文明人之纂略046
文明人之纂略 作者:黒須輝046 自室 「ふむ、なかなか悪くない」 俺は自室のマットに腰を下ろす。厚みがあって断熱や緩衝などの機能を十分に果たしている。柄は曼荼羅、或いはトルコ絨毯のような色彩。おそら...
文明人之纂略 作者:黒須輝
彼女は鞄を漁り始めた。
「実はアルと遊びたいと思ってね。これだ」
リゼはジャラジャラと小銭の音がする巾着を見せる。口を開くとコインが幾つか流れ出た。金色と銀色が混じっている。
「何だと思う?」
ニヤりと口角を上げながら、その内の銀色を1枚、俺に提示してリゼは問う。成る程、『遊び』は始まっているらしい。
「お金……いや。燻んだ感じを見るに鉄ですから、それを模した玩具といったところでしょうか」
もう一種は真鍮か何かだろう。俺が見た金貨はもっと光っていた。鉄貨や真鍮貨というのは聞いた事も無い。
「ほう?燻んだ感じ。それだけで、銀などではなく鉄と判断できるのかい?ちゃんと根拠を示してくれないと困るね」
は?根拠?こいつ、滅茶苦茶意地悪な事言いやがるな。いや、単なる直感って訳でも無いんだけどさ。
「うーん……見たところ我が家で使っている金属と同じようでしたので。ほら、ここに小さいですが赤錆が浮いているでしょう?」
コインには細かい刻印が施されているのだが、その端にぽつ、と一点。
これは大きなヒントだ。
記憶が正しければ銀は滅多に錆びない。化学反応で硫化する事はあるけど、赤錆とはパっと見で違うから分かる。
また、他に俺の知っている金属の中で明確な色が付いた錆は黒錆と、銅の赤・緑青くらいしかない。アルミやマグネシウム、亜鉛なんかは白だったと思うし、チタンやクロムは酸化被膜によって腐食の進行が止められるから基本的に錆びないと聞いた。
「貴方、目敏いんだね」
「そりゃ、どうも。尚、確認するなら金槌で何度も強く叩いて砂に埋めます。僅かですが、砂鉄が採れるようになるはずです」
磁石があれば確実だが、無くとも何回か行えば地磁気なんかの影響で磁極が揃う可能性がある。納屋の鍬がそうだ。
そのような性質を持つ金属を、こちらの言語では "velmus" と呼んでおり、俺はこれを『鉄』と訳している。
「はぁ〜、御見逸れしたよ。聞いた通りの才能だ」
聞いた通り?何の話だ。
尋ねようと俺が口を開く前に、またリゼは喋り始めた。
「じゃあ、これで何をすると思う?」
挑発してやがる。知らん、と突っ撥ねても構わないが……ふむ、2色のコイン。
「賭け事でしょうか?」
「いや、違うよ。これは貴方の推察通り、玩具だ。そうだねぇ、盤上遊戯とでも説明しようかな」
んー、ボードゲームってことか。
続けて、リゼは約20cm四方の格子が引かれたクロスを敷いた。6×6の36マスに、四隅だけ○印が振られている。
「あの、見たこともない遊びなのですが」
「だよね。教えてあげてもいいけど……折角だから、また予想してみてよ」
全く、重ね重ね無茶なことを。だがこのまま引き退るのも悔しい。考えるだけ考えてみるか。
えーと……
盤は見た通り36マス。コインは2色、径は十円玉と同じくらい。ゲームに使うならメダルとか別の呼び名の方が良いかもしれない。
それが一色当たり8枚ずつの計16枚。片面は無地、もう片方は人と骸骨の模様が8枚ずつ刻印されており、色と合わせると4種類各4枚あることになる。
取り敢えず試行錯誤で遊んでみるか。
裏表があるということはオセロができるな。無地を仮に表とし、黒石とするなら……4×4で、こうなって……
「面白くないな」
3対11で白の勝ち。確か6×6までは後手必勝だった。メダルの数は16枚だが、全面を使うと……うん、やっぱり後手が勝つ。
色に着目してみようか。彼此の2列に市松模様となるよう駒を置く。1マスずつ交互に駒を斜め移動で進め、敵駒と接したら飛び越えてその駒を取る。最奥列に到達すると『成る』。
要はチェッカーであるが……
「面白くないな」
チェッカーは最善手を打ち続けると引き分けになったはず。俺も丁度引き分けとなった。
大体、メダルに過不足があるし、四隅の○印の謎も解けてない。裏面の刻印もだ。
「降参です、教えてくださ……如何しました?」
限界だ。
諸手を挙げて投了の意を示すと、リゼは難しい顔をして盤を睨んでいた。
「そういう、遊び方もあるのか……」
一人で感心されても困るんだが。
「早くやりましょうよ」
俺が促すと、リゼは説明を始めた。
「あ、ああ。そうだね。これは『英霊と亡霊』って言って、裏面の刻印がそれぞれ英霊と亡霊を表している。言うまでもなく骸骨が亡霊だよ」
へえ、なんだか面白いルーツがありそうだ。
「で、それぞれ表を向けて自陣の端を除いた8マスに駒を配置するんだけど、この時の並べ方は自由だ。駒は前後左右に1マスずつ動かせて、隣接する敵駒を取ることができる」
成る程、表が無地なのは配置を悟られないようにするためだったのか。見たところ、こちらの面に錆は無い。
「勝利条件は3つ。敵の英霊を全て取るか、自分の亡霊を全て相手に取らせるか、そして敵陣の○印に英霊を運ぶか、の何れかを満たすこと」
ふーむ……海戦ゲームと軍人将棋にトライルールを足したようなものか。規模はそれらに比べれば小さいけど、運や論理が関わる複雑なゲームだ。
「……私、不利過ぎませんか?」
うん。俺初見だもん。将棋、チェス、オセロ、チェッカー……それらは人並みにプレイしたことはある。けど軍人将棋とか海戦ゲームなんて、まともにやったことねぇよ。
経験者であるリゼの方が明らかに有利だ。
「まあまあ、そう言わずに。やってみなくちゃ分からないじゃないか」
そりゃそうだけども。まあ、楽しい遊びを教えて貰えると思って溜飲を下げるか。あとでエレ姉にも教えてあげよう。
「やる気になったかい?」
「ええ、不本意ながら」
要は英霊を敵陣まで護送すれば良いんだよな。相手の駒は最低3つ取っても大丈夫だし、敵の英霊を確定できれば勝てる。そうなると配置が問題だな……
「準備はできたかい?」
「できました」
「先後、選ばせてあげるよ。さて、どっちを選ぶ?」
さっきから楽しそうに。選ばせてあげると言いつつ、心理を読みにきている。
駄目で元々という言葉は俺もよく使うが、やるからには勝ちたい。手番の選択は重要だ。聞くところに拠れば、ターン制のゲームは必勝法の見つかっていないものでも先手有利が多いらしい。
「……先手貰います」
俺は左端の駒を前に進めた。リゼは鏡合わせのように受ける。さてと……どうしたものかな。
初期位置の組み合わせは₈C₄の70通り、そして1つ駒の役が判明すれば半分の35通りにまで減る。最初に考えた3つまでという制約でも5乃至10通りまで絞ることができ、駒の動きを追えば組合わせで運要素を最小限にまで削れる。
ここは取らずに様子を見る。なるべく英霊を見分けたい。
ゲームは進む。
—————あれ?何故俺はこんな膨大な計算が瞬時にできたんだ?というか、何故俺の頭には棋譜が記録されている……?
おかしいな。俺は黒須輝の記憶があるだけで脳のスペックはそこまで高くない。精々人並みより少し上といった程度。こんな事、今までに無かった。
顎を撫で、首を傾げる。
「思考中ちょっといいかい?あともう一つ用件、というかこちらが本題なんだけどさ」
中盤に差し掛かった頃、リゼが切り出した。確かに、ボードゲームの醍醐味と言えば雑談だろう。黙々とプレイするのは面白味に欠ける。
「何でしょう?」
「これなんだけどさぁ」
と、俺に見せたのは粗末なボロ布。数字とグラフが黒のインクで書き込まれている。忘れるにはまだ新しい。
「半年前の……問答ですね」
放物線とx軸に囲まれた面接を求める設問への回答用紙。モーリス氏の金貨12枚と交換した非常に価値のある布だ。
「そう。これが何を表すのかを聞きたくてね。問答は各方面に流したんだけど、こんな不可解なものを送ってきたのは君だけだった」
ということは彼女が出題者だったのか。しかし、自分から出題しておいて中身が解らないとはどういうことだろう。アラビア数字を使わないとしても、積分の概念を知っていれば大体の見当はつくはずなんだが。
「えーと、ただの面積を求める計算式ですが?まだ簡潔過ぎましたか?」
もう少し長くしないと部分点を貰えないのだろうか。そう尋ねるとリゼは首を横に振る。
「とんでもない!逆だよ。どうしてこんなややこしい記号を使わなくちゃならないんだい?放物線の面積なんて、中の三角形を1と3分の1倍すれば出てくるのに」
ああ、数学の授業で小耳に挟んだ気がする。アルキメデスの『取り尽くし法』だったか。となると極限の初歩から説明しないといけないな。
「これはある地点Aと別の地点Hの間の面積をTとして、それと同じ面積の長方形を考えたときに—————」
説明をしながらゲームも続ける。すでに駒は3つ取っており、相手の動きから分布図を探る段階に突入している。
「—————『h→0』であるからして、hは限りなくゼロに近いが、ゼロではないので約すことができ—————」
おかしい……やはり今日の俺は絶対変だ。俺は数学者じゃねえぞ。何故資料や台本も見ずにこんな解説が可能なんだ?
「—————『冪乗』の『微分』は『二項定理』
により—————」
そして何故、リゼの思考を遡って読むことができる?これは頭が冴えているとか、ゾーンに入った、などという生易しい感覚ではない。根本的に脳の活動がいつもと違う。
「—————従って『積分』は『微分』の逆操作であるから、区間内の『関数』を『積分』することで面積が求められ……これが最後の英霊だ。リゼ、私の勝ちです」
駄目だ気分が悪くなってきた。頭痛が酷い。
「すみません、体調が悪く……うっ」
寝室に戻ろうと席を立つと、平衡感覚が乱れて蹌踉ける。
「アル、大丈夫かいっ?!ぃ、いや、大丈夫じゃないだろうけど、ど、どうしたら……ポール!」
「近寄るな!……いでください。少し休みますので、お引き取り、願います。また明日……」
俺の意識はそこで途絶えた。
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