文明人之纂略022

ページ名:文明人之纂略022

文明人之纂略 作者:黒須輝

022 訪問


  コン、コン、コン、コン。
 休暇としてマイブームの一刀彫りに勤しんでいると、扉をノックする音が聞こえた。木屑やナイフを片付けて玄関に向かう。
 こんな田舎で律儀にドアを叩く人間などいない。相手の見当はついているが、念のため確認しておこう。
 「はい、どちら様で?」
 「昨日お世話になったリゼだ。アレックス殿が御座すと伺い、参らせてもらった」
 やはりそうか。慇懃な挨拶だなあと思いながら、扉を開ける。そこには昨日よりも幾分身形を整えたリゼと、護衛の男が立っていた。
 「こんにちは。予約も無しにごめんよ、お話する時間あるかい?おっと、先にこちらだね。彼は Porl Aumite 、私の護衛だ。昨日は共々、ご迷惑をお掛けした」
 リゼは口速にそう述べると、頭を下げた。後ろの男——ポール・オーミット——もそれに倣う。成る程、謝罪を口実にお近付きをという魂胆か。
 驚いたのは護衛のポールにファミリーネームがあることだ。生まれて初めて苗字持ちに出会ったかもしれない。そんな彼が護衛するリゼとは一体何者?
 疑問は一旦置いて、来客の対応をしなければ。
 「お気になさらず。どうぞ中へ、私一人しか居ませんが。席はご自由に」
 母は一時間程前、用事で出掛けてしまった。まあ、ポールを家に上げることを考えれば、そちらの方が良かったかもしれない。
 「では失礼するよ……アルはいつもどこに座ってるんだい?」
 「私は奥の小さな椅子ですが」
 「じゃあその正面に座ろう」
 ああ、上座下座じゃないんだな。応接間も無い簡素な建築だから座位を気にするような格式でないことは確かだけど。尚、ポールは座らずにリゼの背後で待機するようだ。
 「お茶をどうぞ。水出しのハーブです」
 生憎、直ぐに出せる飲み物が水とハーブティーしかなかった。今から湯を沸かすのも厭味ったらしいので有るものを湯呑みに注いで3人分提供する。
 と、リゼが徐に人差し指を立てて挙手をした。
 「無知でごめんよ、 “tea” って何だい?あと “herb” と」
 そうか、外からの文化が入って来なかったから英単語で通ってたけど、思えば正式名称じゃなかったんだよな。でも手持ちに語彙がないし……
 「うぅんと、『お茶』っていうのは水に植物の葉などを浸し味付けしたものですね。『ハーブ』は薬草や香りの良い花など、可食で、それ以外にも用途や効能のある植物の総称です」
 「ふむ、 “tē” のことだね。『ハーブ』については対応する言葉が無いなぁ。飲んでも、大丈夫なんだよね?」
 「一応」
 安全性を示すため一口飲むが、それを見て湯呑みに手を伸ばすリゼをポールが必死に制している。「良いでしょ」とか「貴女に無害な保証は…」など、小声でも距離が近いので結構聞こえる。
 これがカルチャーギャップか。
 「あの、そんなに揉めるなら水にしましょうか?」
 このまま押し問答を続けていると日が暮れそうだ。別にお茶を強制するつもりはないので、無難な水でも出そうか。
 「いや、お茶で構わないよ……んく。あぁ〜美味しい」
 制止を強引に振り切ってリゼは茶を呷った。ポールは唖然としか形容できない表情を満面に貼り付けている。
 「えと、解決しました?」
 「うん、固より問題なんか存在しないからね。お茶があるなら、丁度私も菓子を持って来たんだ」
 リゼは手持ちの鞄から包みを取り出して机に広げる。中身は黄色いドライフルーツだった。開いた途端、甘い匂いが立ち昇る。この果実は初見だ。
 「……食べても?」
 「ははは、安心してよ。毒なんか入ってないから」
 ジョークとか皮肉じゃなくて、単に許可を請うただけなんだが。俺が彼女にしたように、リゼは一つ口に放り込んだ。
 一つ摘み、鼻に寄せて嗅ぐ。ねっとりとした甘さを含む芳香はバラ科の果物に近い。
 「では『いただきます』」
 前歯で齧る。プツプツと繊維の切れる音。味は匂いほど甘くなく、酸味もある。アンズに似ているかもしれない。
 「美味しいですね。お茶とよく合います」
 「お気に召したようで嬉しいよ。ところでその、 “Wex elvo jag fai.” っていうのは?」
 興味津々だな。リゼにとって俺は多分、言葉の通じる異民族って感じなんだろう。通じてない部分もあったけど。
 「食物への敬意、ですかね。お天道様、恵みの雨、これを作ってくれた人。私に与えてくれたリゼもその一人ですね。そして今から食らう生命そのもの。我々は命を貰いながら生きていますから、それに関わった全ての存在に『食べられて光栄だ』と述べるのが私の礼儀なのですよ」
 「ほう?複数ある敬意の対象を纏めるとは、なかなか面白い価値観だね」
 ああ、言われてみれば。黒須輝の友人でカトリック系のクリスチャンがいたが、「主よ」とか「父と、子と……」とか長ったらしい祈りの言葉を言っていた。
 感謝の示し方として真摯なのは彼の態度だろう。
 俺のような精霊信仰者は対象が多過ぎるからな。横着になるのも致し方無い部分はある。良く言えば自然との折り合いだ。
 「ところで、そちらの用件は何ですか?」
 てか、俺の話はもういい。
 「ああ、そうだった」


 

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