文明人之纂略046
文明人之纂略 作者:黒須輝046 自室 「ふむ、なかなか悪くない」 俺は自室のマットに腰を下ろす。厚みがあって断熱や緩衝などの機能を十分に果たしている。柄は曼荼羅、或いはトルコ絨毯のような色彩。おそら...
文明人之纂略 作者:黒須輝
えーと、まず疑問が一点。この子誰?
小さい田舎の村落だから、住人の顔は一応把握できているつもりだ。特に子供は何かと一緒に行動させられるから尚更。しかし目の前の少女は記憶に無い。
俺と同じ特徴的な黒髪でストレートロング、目の色は碧。年齢は、身長から推して10歳くらいか。はっきりした目鼻立ちから思慮深い印象を受ける、大人びた雰囲気。
服装は小綺麗なものの、品質はここら辺の標準と大差ないので、アンバランスさが若干の違和感。
右手には探していたボール。
「ああ、どうもありがとうございます。探しものはそれです」
まあ良い、相手が誰だろうと俺には関係ない。旅行か転居にでも来たんだろ。婆ちゃんも隣村出身の移住者だし。
手を差し出してボールを受け取る。
「では、これで失礼します」
一礼、踵を返す。
「貴女」
エレ姉を待たせているから急がないと。
「ねえ、貴女」
帰ったら仕事の後片付けもしないとな。
「ねぇって、呼んでいるのだけれど?」
肩を掴まれる。振り返ると先ほどの少女がいた。
「私のことですか?」
「貴女以外に誰かいるのかい?」
え、だって『貴女』って。完全に女性用の二人称だったし、俺は男だし……ああ、俺を女の子だと勘違いしている訳か。稀にあるパターンだ。
「すみません、急いでいたもので。して、ご用件は何でしょう?」
「いや、特に大したことではないんだ。君も私と同じ黒なんだなぁと思って。貴女、名前は?」
「名前、ですか……?先にお聞きしても?」
よく言うよね。相手に名前を聞く時はまず自分から名乗れ、って。
しかし、俺も暇じゃないんだけどな。黒髪に親近感でもあるのかな?ロリコンに目覚める歳でもなさそうだし。
俺の問いに、少女はやや逡巡して口を開いた。
「失敬、そうだね……私は Lize と呼ばれてる」
ふむ。リゼ、か。リーゼ、エリーゼ、リーゼル、リゼット、リーゼロッテ、リーゼガング……或いはエリザベス関連の愛称だな。
『リゼ』が名前なら英語の “I’m called” に相当する遠回しな文法は使わないだろうし。
「リゼさん、ですか。私はアルと呼ばれています。どうぞ宜しく」
相手が本名を隠しているようだから、こちらも略称で通す。う~ん、イイトコの嬢ちゃんか?
「アル……ちゃん、ね。アルと呼ぼう、貴女もリゼと呼んでくれるかい?」
「構いませんよ。ところで、リゼ」
「なんだい?」
「そろそろ行って良いですか?人を待たせているので」
長居しすぎた。そろそろエレ姉がブチ切れて俺を狩りに来る頃だ。手遅れ感は否めないけど、連行されるよりは出頭した方が良い。
「それはごめんよ、あともう一つ。私もお供して良いかい?」
「……お好きなように」
何も面白いことはないだろうが、エレ姉がリゼに興味を持ってくれれば俺への追及が逸れるかもしれない。
長くない帰り道を歩く。
「いやぁ、アルが居てくれて助かったよ。初めての土地で迷ってたんだ」
「そうですか。さほど広いくもない村ですが、どこも同じような景色ですからね。無理もないでしょう」
リゼは「確かに」と呟いて苦笑した。
住んでいる人間からすれば現在地も分かるし、大きい道が村の中心に繋がっていることは周知なのだが、初見には無謀だな。
「時に、アル。貴女の持つその玉は非常に興味深い造りをしているね」
リゼは話題を変え、詮索するように俺の瞳を覗き込む。一瞬、下ネタかと思ってたじろぐが、直ぐに俺が暴投したボールの件だと察することができた。
「え、あぁ、気になりますか?」
とか言いつつ、体の陰に隠す。自分は流石にこの場面で見せびらかすような馬鹿ではないからな。
俺の態度に勘づいたかは不明だが、彼女は満足そうに頷いて前に向き直った。そして語りかけるように話す。
「素材は動物の革……のように見えるけど、中身は複数の材料が組み合わされてるね。核となる堅い玉に植物の繊維、糸や布が厚く巻かれているっぽい。その上を外皮が覆っているみたいだ。設計も特殊で、2枚の同じ形をした革が向かい合わせに接がれ、これにより縫い目が環になっている。ふむ、実に気になるね」
お見通しだよ、とでも言いたいのか。事細かに分析した結果を並べ、捲し立てた。
まあ、殆どリゼの考察通りなので、俺としては『感嘆』ってところか。本当に一人でそこまでの答えを導き出したなら、ではあるが。
「いや、お見事です。全て見抜かれてしまっているようですね。そこまで分かっていて、何が気になるのでしょう」
内心は漏らさない。だが確実に毒を混ぜる。
「これを作った人物かな。構造一つ一つが考えられている。重さ、大きさ、弾力、耐久性、安全性、材料費……欲しいね、その能力を」
何者だ、この人。俺をスカウトしに来ているのだろうか?
「……畑を耕すには、必要ありませんよ?」
警戒を強め、少し突き放した言い方をする。
これは兄から貰った言葉だ。原文は、『畑を耕すには必ずしも要らない。現に俺は耕しているし、お前は耕していない』である。
まだ兄の背中に負ぶさっている頃、喋る俺に対して彼が放った現実的な二文。この世界、体を動かして生産することが第一なのだ。頭脳は二の次でも構わない。
俺の返答に、リゼは誤魔化すかの如く手で空を煽る。
「おっと、いや忘れて欲しい。独り言だよ」
あっそう。自分のことを差し置いて申し訳ないが、リゼという人物は相当な変人らしいな。
「……ああ。あそこにいるのが私の家族です」
「へえ、あの二人かい?見たところ貴女の兄と姉かな」
「ええ、そうです」
歩いていると家が見えてきた。エレ姉の他に兄の姿も見える。ここからでは姉の機嫌は窺えないな。
ま、兄がいれば何とかなるだろ。
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