文明人之纂略015

ページ名:文明人之纂略015

文明人之纂略 作者:黒須輝

015 収穫祭


 吐く息は白く、朝は霜が降りるようになった。季節は秋と冬の変わり目。春分から11日後を四月一日とし一年を12等分すると、丁度十月と士月の間だ。秋播きの種籾は既に畑の中。
 さて、そんな今日は収穫祭である。蔵を開いて蓄えを皆で分け合い、安寧の感謝と来年の無病息災・豊穣を祈る、少しだけ贅沢な一日だ。
 「寒いねぇ」
 エレ姉が掌を擦り合わせつつ家から出てきた。
 「今日は一段と冷えてますねぇ。でもその分、空気が澄んで清々しいじゃないですか。深呼吸とかどうです?」
 俺はもう体が起きて体温が上昇に向かっているため、寒さはあまり辛くない。寧ろ、この時間帯でしか味わえない澱んだ冷気が心地良い。この幸福を共有したい。
 “Lung hiaki(:肺が凍る).”
 姉は短く返すと、身繕いを始めた。俺が手遊びで弄っていたヘアアレンジも、自分でするようになって成長を感じられる。
 特別な日なので俺も髪型に少し手を掛けよう。長さ調節で少し編み、いつも通りのポニーテールに纏めた後、垂れた束を半分で折り返して縛る。
 シニヨンほどカッチリしておらず、ラフとスポーティを兼ね備えた中庸の形だ。総髪とは言わせないし、叩いても王政復古の音はしない。
 「アルぅ、ちょっと手伝って」
 ヘルプが掛かった。結びが上手くいかないらしいので少し手伝ってやる。
 「ああ、はいはい……こんな感じですか?痛いとか緩いとか」
 「ううん、無い。ありがと」
 「いえ、お構いなく」
 造作も無い事だが、お礼を言えるのは良い事だ。
 「……よし完成!さぁ行こっ」
 諸々の用事が終わり、エレ姉が勢いよく立ち上がる。
 「行くってどこに?」
 「そりゃもちろん、良い匂いのする家よ。クッキー貰いに行かなきゃ」
 確かに祭の日というだけあって、朝にも関わらず村の空気は少し香ばしい。穀物と鶏卵から作られる焼き菓子の匂いだ。アプフェルジャムの匂いもする。
 夕方、祭の直前に焼く家庭と、早朝にまとめて焼く家庭に分かれていて、それらは村の皆で食べる風習らしい。
 「迷惑ですからやめましょう」
 だが早朝突撃は団欒と平穏を乱す重罪だ。
 「なんでっ?!迷惑じゃないかもしれないじゃん!」
 「よくもまぁそんな根拠の無い自信を……大体、去年それで母さんに怒られたこと、忘れました?何故か私も巻き添えを食らって、大変だったんですから」
 全く以て理不尽な話だが、去年『そういう文化』なのかと思って同伴したら、母よりアイアンクローを頂戴した。
 『法の不知はこれを許さず』であり、また既遂だったので文句も言えず、遣る瀬無い思いが数日間続いたのは忘れない。
 「とにかく、絶対ダメですからね。もし行くんだったら一人でどうぞ」
 「ちぇ、つまんないの。じゃあいつものPEしようよ。時間が余って仕方ないし」
 「良いですよ。固より私はそのつもりでしたし」
 いつものPEというのは準備体操プラスアルファだ。器械体操をする事もあるし、陸上やキャッチボール程度の球技をする事もある。
 PEとは Physical Education の略。要するに体育である。
 「短刀しよ、短刀」
 「えぇ……なんでまた危険なものを選ぶんですかぁ」
 短刀術。合気道にも含まれる格闘形態の一つで、徒手よりも少し長いリーチと、その殺傷能力故に展開の素早い組み立てが求められる頭脳競技だ。
 実際に刃物で遣り合う訳ではなく、ナイフを模した木の棒を使うのだが、目や鳩尾に刺さったら危ないのは変わらない。
 「面取ってくるね!」
 行ってしまわれた。
 とまあ、危ないなりの対策で防具は作った。
 取り敢えず『顔さえ守れば』というコンセプトから、村唯一の木工職人兼大工である Matt 氏に頼み込んで、制作期間中の仕事手伝いと引き換えにオーダーメイドしてもらった。
 造りとしては木製。目と呼吸穴が細く空いているだけで得物は通さない。顔の正面のみを防護し、オプションで喉を保護する垂が付けられる。装着法は剣道と同じで密着固定タイプ。
 「持ってきたよー」
 「ちょっとちょっと!もう少し丁寧に扱ってくださいよ」
 オーダーメイドだけあって装飾には拘った。姉と俺で顔が2種、守護精霊役の【Helene】と悪鬼羅刹役の【AL】。
 『ア(ッ)キラ』セツという洒落が通じないのは口惜しいところだが、それはさておき。仮面には動物の毛を使って眉を表現したり、繊細な部分がある。
 俺の場合、全面を炭と膠で真っ黒に塗装したので剥げるのは避けたいし、ヘレネーは美しい精霊なので、鼻が欠けるなぞ以ての外だ。
 「いいじゃない、壊れてないんだし」
 「壊れてからでは遅いんですよ。修理となれば今度はマットさんに何を要求されるか……」
 「それはその時に考えましょ。さ、やるよ」
 あっさりしたものだな。椅子作りを手伝わされてブーブー行ってたのに。まあ、本人がそれなら構わないが。
 「やれやれ、ではお願いします」「お願いします」
 正座で相対し、座礼をして面を被る。最近の朝はこうして始まることが多い。


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