文明人之纂略014

ページ名:文明人之纂略014

文明人之纂略 作者:黒須輝

014 蟻ㇳ蛬


 「期待通りの反応ありがとうございます」
 「いや、アレックス。お前アホだろ。酔狂か血迷ったかは知らんが、もう一度考え直せ」
 これは村長の言。
 「そうよアル。よく分からないけれど、貰えるものは貰っといた方が良いんじゃないかしら」
 「病気以外な」
 「そうそう」
 女性陣は暢気な事を言っている。そんな中、口を一文字に閉じる人物が。
 「父さんは……?」
 「俺は、アレックスの自由だと思う。というよりこんな訳の分からん、桁外れな大金をどうしろってんだ」
 まあ確かに。感覚で例えると、宝くじで一等が当たったのと同じ心理状態だろう。おっかなくて手が付けられないのも頷ける。
 そんな中エレ姉が、「そもそもさぁ……」と切り出した。
 「そもそもアルは何で村に預けようって言ったの?」
 それは純粋な疑問ではなく、訝しみの混じった様子。普段は自由主義的に振る舞う俺が、今回に限って独占しないとは、一体何を企んでいるのかと問い質す。
 「う~ん……それが最善だと思ったから、ですかね。お金っていうのは使える人間が持って、使える人間が使わないと価値がありませんから。そうでしょう、モーリスさん?」
 このメンツで最も貨幣の扱いに長けているであろう、カモ……ーリス氏に話題を振る。
 「ああ、間違いない。その点では、預かる相手というのは私が適任だと思うのだが?」
 財布の中身をごっそり削られた怨みか、随分不機嫌に応える。
 「はは、ご冗談を。信用が足りません。と、エレ姉はそれだけで納得するはずがないですよね。易しく言えば[community(:共同体)]の[management(:運営)]方式が助け合い(相互扶助)の精神を必要としているから、です」
 「むぅ……全然易しくない。変な単語出てきたし」
 すまねぇ、相当する語彙が無かったんだ。雰囲気でも通じればと期待したが失敗したらしい。
 「では。以前『アリとバッタ』のお話しましたよね?働き者のアリたちと、歌って踊るバッタの物語を」
 「うん。したした」
 ご存知『アリとキリギリス』。有名な童話なので今さら改めて紹介する必要はないだろう。
 「私たちの生活って団体、アリたちに似た生活なんですよ。コツコツ皆んなで助け合って、厳しい冬も乗り越える。うちの村にバッタはいませんよね?」
 強いて謂わば、共同体に属さないモーリス氏のような人物(歌って踊るかは別として)が当て嵌まるだろうけど、今それを持ち出す必要は無い。
 「言われてみればそうね」
 「結局、蓄えの無かったバッタは冬に耐えられなくて死んでしまいましたが、両方一匹に同じ量、バッタが生き延びるだけの餌が与えられたとしたらどうなるでしょう?」
 「んー?その量ってアリ全員にとってはどれくらいの大きさ?」
 おっと、そこに質問が来るか。
 「一匹には多過ぎて、全体では足りないくらいと考えてください。ただし、アリ側には既に充分な餌があって、どちらも保存がきくこととします」
 そう条件を提示すると、エレ姉は顎に手を当てて考え始めた。なんか、俺に似てきたな。
 「バッタの場合は……それで冬を越す。アリは……取り敢えず貯めとく。いざとなったら皆んなで分け合う」
 長考の後、詰まった答え。
 「アリも独り占めすれば楽に生き延びられますよ?」
 「アリって、一匹だと弱いじゃない?巣も大勢で作らなきゃいけないし、そんなことしたら女王アリとか他のアリに奪われたり、怒って追い出されちゃうかも」
 うん。まあ、及第点かな。
 「話を戻しましょうか。食料を貰う一匹のアリが私、食料とは金貨12枚。であるなら、私が今独り占めをしても良い事ってあまり無いんですよね」
 狭い集落だから情報の伝達やプライバシー面で用心が悪いことも関係している。家には鍵もないし盗られて疑心暗鬼になるのも厄介極まる。口には出せないが。
 「成る程、だから村に預けるって言ったのね」
 「そうです。これだけあれば不作の年でも足りない分を補えますし、村の整備に役立てられます。まさか、酒や贅沢品に替えるなんて浅はかなこと、村の長がするはずありませんからねぇ?」
 牽制の眼差しで村長を見遣ると、彼は煩わしげな溜め息と共に了解した。
 「わーかってるよ。五月蝿いヤツだなぁ、小姑かよ」
 「それなら良いんです。可能ならばそれら情報の周知も頼みます」
 「おう、任せとけ……にしても、よくそこまで頭回るよな。ウチの倅にも見習って欲しいところだ」
 村長は嘆くが、それは酷ってもんだ。俺には黒須輝の思考力が宿っているが、その黒須輝だって持って生まれた訳ではない。教育を受けて培った能力なのだ。段階がある。
 「凄いだろ?しかも家ではこれが子供同士の会話なんだぞ」
 父が嬉しそうに誇る。
 ああ、確かに。兄や姉との会話って、他の家の子供よりも語彙や論理を気兼ねなく使えているように思う。
 ガヤガヤと騒めきが続く中、モーリス氏だけは苦い顔で俺をじっと見つめていた。


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