文明人之纂略013

ページ名:文明人之纂略013

文明人之纂略 作者:黒須輝

013 行商人②


 ギャラリーの視線がかなり集まってきたので、少し場を外れる。エレ姉だけ付いてきた。
 「アル、これ分かるの?」
 「んー、多分。予想が正しければ数字のお勉強です」
 「数字?足し算引き算のやつ?」
 エレ姉には文字と並行して算数も教えているため話が通じる。
 「そうです。その延長です」
 俺は問題の『グラフ』を地面に書き写す。x軸とy軸、原点と交わる上に凸の二次関数の放物線。目盛りは10ずつ。
 「ふーん……って、ペン使わないの?」
 「これは清書用ですから」
 グラフには記されていないので放物線とx軸に囲まれた図形に斜線を引き、 “S” と記入して面積を計算する。

▼▽▼▽
y=−ax²+bx+c
(0,0),(3,9),(6,0)→y=−x²+6x
0=−x²+6x
  =−x(x−6)  x=0,6
S=₀ʃ⁶{−x²+6x}dx
S=−₀ʃ⁶{x²−6x}dx=−₀[x³/3−6x²/2]⁶
=−{(0)−(216/3−216/2)}
=−(72−108)=36
∴ S=36
▲△▲△

 「……と、まあこんな感じで」
 答を出すだけなら6分の1公式を使えたのだが、結構丁寧に展開した。ありがたいことに整数となるよう問題が設定されていたので楽だった。
 あとは清書するだけ。紙は渡されていないから、携帯しているハンカチに書き込んでいく。
 「ごめん、ちょっと何やってるか分からない」
 エレ姉の頭にはクエスチョンマークが浮かんでいる。
 「 integral って計算でして、いつか教えますよ」
 「ふーん、でもなんだか面白そうね」
 マジか。黒須輝は高校時代、数学が得意でなかったからその感覚は理解できない。
 「そのタテ線とナナメ線は何?」
 欧米式のカウント方法だ。正の字を書いて通じるのは漢字文化圏だけだろうしな。しかし、画線法ってこっちの言葉だとなんだろ。思い付かないな。
 「何て言うか……この棒線1本を1として数を表しているんですよ。出題者が文字の読めない人かもしれませんから、念の為。」
 アラビア数字が伝わるとも限らない。ローマ数字の使い手や、まさかの漢数字表記とか、文化による違いを避けるため、視覚的に分かるよう配慮する。
 「5が7個と1が1つで36ね」
 「その通りです。さ、提出に行きますよ」
 ハンカチは折り鶴状に畳んだ。地面の跡を消して立ち上がる。
 「お、戻ってきた。どうだ、アレックス?」
 「楽勝でした。モーリスさん、これを出題者の方に渡してあげてください」
 清書の布を手渡す。ペンとインクも返しておく。
 「構わないが、先に回答を聞こうじゃないか」
 「ええ、そうですね。回答は『36』です。いかがでしょう?」
 「……正解だ。確かにその通り伺っている」
 やったぜ。
 「では約束通り」
 「ああ。褒賞の金貨12枚だ。受け取ってくれ」
 モーリス氏が差し出す金貨を両手で受け止める。さすが、金だけあってずっしりと重い。
 「凄いよ、アル!これで大金持ちだね」
 エレ姉がピョンピョン跳ねながら俺の肩を叩く。揺さぶる。
 「エレ姉、強い。首が折れる」
 「あ、ごめん。つい」
 「つい、じゃありませんよ。もう……それと、家の皆んなを今すぐ呼んでください」
 「了解」
 勢いで賞金を吊り上げてしまったが、こんな大金は田舎暮らしの俺からすれば無用だし手に余る。
 さて、どうするか……
 「エレーナに呼ばれたのだけれど、どうしたのアル?」
 程なくして母さんが一番に来た。
 「母さん、実はこれを貰いまして」
 「あらまあ、綺麗ねぇ。ところで、何なのこれは?」 
 ……嘘だろ。
 確かに貨幣経済が浸透していないことは知っていた。俺も、言葉の概念として『金貨』は知っていたが実物を見るのは初めてだ。しかし、それが想像もつかないとは……アネクドートじゃねぇんだぞ。
 「兄ちゃんは忙しいからいいってさ」
 どう説明しようか迷っていると、エレ姉が帰ってきた。
 「アレックス、大金を手にしたってのは本当か?」
 父ランクルも半信半疑で続いている。
 「父さん。これです」
 「へぇ、これが金貨ってヤツか」
 「あなた、知ってるの?」
 「ああ。都会じゃあ、これで食べ物と交換できるって話だ」
 「不思議ねえ。ただの硬い板じゃないの」
 夫婦で仲良く話すのは構わないのだが、俺の存在忘れてないか?
 「ランクル、ルイーザ、息子を置き去りにするんじゃないよ。アルの話を聞いてやりんさい」
 「あ、婆ちゃん」
 ナイスフォロー。そして、これでやっと揃った。
 「村長さんも一緒に参加してください。私が得たこの12枚の金貨なのですが……村に預けようと思います」
 「えっ?!」「は?」「ん?」「アホかあんた」


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