文明人之纂略011

ページ名:文明人之纂略011

文明人之纂略 作者:黒須輝

011 舞


 手早く石で竃を作り、鍋を火にかけた俺達は水浴びをする。
 原則として、子どもだけで川に入ってはならないのだが、ほぼ毎日洗濯などで誰かしら大人がいるため、その人に声を掛ければ我が家の場合は問題無いらしい。尚、向こう岸は「獣が出る」とのことで立入禁止だ。
 そんな事情もあるが、今日はエレ姉の友人である Lytten ちゃんの母、リラさんが居たので話が早かった。
 彼女はマホガニーの髪とオリーブの瞳が特徴的な妙齢の女性である。
 「アルって髪解くと女の子みたいだよね~」
 髪を濯いでいる俺に対し、姉が揶揄う。
 「エレ姉は妹の方が欲しかったですか?」
 と返す。その場合、黒須輝の記憶がどのように作用したのか疑問だが、興味は少しある。
 「んー、どうだろ。別にそんなこともないかな。今、私はアルと一緒なの楽しいと思ってるし」
 「……」
 「どした?」
 感激で涙が出そう。目頭が少し熱を持つ。
 心のどこかで引っ掛かってたんだろうな。やはり自分はマトモな人間じゃないのでは、そのうち嫌われるのでは、と。そんな中、素を知った上で認めてくれる人が身近にいるというのは、何物にも代え難い喜びであり、幸せなのだ。
 「お姉ちゃん……大好き」
 「え、急に何?気色悪い。冷えるから戻るね」
 「えぇ!?どうしてそこで突き放すんですかっ!弟の告白くらい受け止めてくださいよ」
 「う~ん、やっぱり妹の方が良かったかも」
 くっ……そんな、酷い。上げて落とす鬼畜の所業。
 てか、俺も冷えてきた。戻ろう。
 「おかえり。お湯沸いてたしお茶淹れたよ」
 「ありがとうございます。ご飯の用意しますね」
 取り出したナイフを火炎滅菌・熱湯消毒し、川で洗っておいたイモと、自生の野草を一口大に切って鍋に投入。具材の芯まで火を通すため蓋をして煮込む。
 その間は濡れた髪を乾かしながら寝転んで待つ。
 味付け?知らんな。素材の味を楽しめば良かろう。
 ……ビュン、ビュン。
 日向ぼっこに勤しんでいると、何やら不穏な風切り音が複数回、耳元を通過した。
 「エレ姉、何やってんすか?」
 目を開けると、やはり姉の仕業だった。
 「昨日さ、兄ちゃんが友達とこんな感じで遊んでたんだよね。だから真似してる」
 こんな感じ……とは、チャンバラのことか。
 「どう?」
 「『どう?』って聞かれましても。騎士か誰かに理想でも抱きました?」
 お年頃だし、そういう物語のヒーロー・ヒロインに自己投影することは珍しくない。だがエレ姉は首を横に振って否定する。
 「いや、別にそんなことはないわ。単純に興味があっただけ。アルもやってみてよ」
 持っていた棒切れで脇腹を小突かれる。
 「面倒です」
 「できないんでしょ?」
 「いや、できますよ。この村で一番上手いと思います」
 嘘ではない。合気道には徒手に加えて杖術、短刀術、そして剣術の項目があったし、より実践的な形を目指して剣道や柔道に手を出したこともある。
 村一番かは不明だが、近接格闘なら素人や並の経験者くらいに遅れをとることは然う然うないだろう。
 「じゃあ、やって見せてよ」
 あー、こうなると姉は暴君なんだよなぁ。棒の小突きも徐々に強まってるし。痛ぇ。
 俺は立ち上がって棒を受け取る。
 「はいはい……舞踊でいいですか?」
 「うん」
 よく誤解されているのだが、合気道には試合がない。そのため実力というのは稽古で実際に相対するか、演武の美しさくらいでしか判らないのだ。
 しかし「合気道見せて」と言われ、そんなことを前置きするのは非常に面倒だし、その割に他の武術に見られる特別な派手さも無い。
 それ故、黒須輝は合気道の要素を取り入れた軽めの剣舞を披露する事で切り抜けていた。
 「いきますよ」
 造作も無い。抜刀、抜き打ち、切り返し、構え、足捌き、払い、諸手突き、そして納刀。これらをただ流麗に熟(こな)すだけ。
 音楽も詩吟も必要とせず、ただ魅せるだけの数秒間。
 ヒュン、と音を鳴らして血払い。合谷(ごうこく)に得物を沿わせて納刀の所作をゆっっくりと行う。大事なのはこの『間』。素人は武の荒々しさと、舞の静寂のギャップに弱いからな。
 「……どうですか?」
 「『どう?』って聞かれても困るわ。強いて言うなら……あなた、器用なのねぇ」
 「感想が薄いですねー。もっとこう、絞り出せないですか?」
 「うーん。まあ、兄ちゃんたちがカッコイイって思うのは理解できたかな。ちょっと憧れるかも」
 「ほう、憧れですか」
 肯定として捉えるのか。姉は基本、初見の物事に対してニュートラルな立場をとるから意外だった。
 「……教えて?」
 ポツリと呟いたその言葉に、違和感を覚える。
 「なんか、変ですよね。今日はどうしたんですか?」
 前までこんなに積極的だったろうか。好奇心が強い人であることは4年余りの付き合いで知っていたが、自分からやりたいと言い出すのは文字の一件を除いて全くなかった。
 俺の問いに対し、神妙な面持ちで口を開く。
 「婆ちゃんがさ、『アレックスから学べることはとにかく吸収しなさい』ってさ。私はスゴく『環境』に恵まれてるんだって」
 へぇ~、婆ちゃんがね。結構先進的な教育方針なのな。若しくは俺が孤立しないようにとの気遣いか。であるなら、拒む理由など存在しない。寧ろ大歓迎だし、協力してあげたい。
 「了解です。私が応えられる範囲ではありますが、全力で応えましょう」
 特に、こういった武道は真面目に指導しないと大怪我に繋がる。まずは受け身の方法や『礼』の理念などの基礎から叩き込まなくてはならない。
 責任は重大な分、こりゃあ楽しみだ。
 「……なんか一人でニヤニヤしてる。やっぱり気色悪い」
 「ふふっ、いえ。そろそろ時間ですし、まずはお昼にしましょうか」
 そのあと二人で飲んだスープは、案の定ただのお湯だった。気にかけて様子を見に来てくれたリラさんに振舞ったら、微妙な表情が返ってきた。申し訳ない。


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