文明人之纂略046
文明人之纂略 作者:黒須輝046 自室 「ふむ、なかなか悪くない」 俺は自室のマットに腰を下ろす。厚みがあって断熱や緩衝などの機能を十分に果たしている。柄は曼荼羅、或いはトルコ絨毯のような色彩。おそら...
文明人之纂略 作者:黒須輝
畑を出て、草木の繁る林を10分ほど突き進むと、遠くからガヤガヤと人の声が届いてきた。水の流れる音も聞こえる。
「母さん!」
兄は目的の人物を見つけ、呼ぶ。エレ姉と同じ赤い髪の女性が振り向く。
「あら。グラッツ、早いのね。アルもお疲れ様」
川端で洗濯物を両手に持った母が応えた。
「ちゃんとやったよ、ほら」
と、成果を見せつけるように兄は桶を差し出した。心做しか少し自慢げである。
「グラッツ君は偉いねぇ。それなのに、うちの子なんか仕事放ったらかして遊んでるのよ?」
他の奥様方も手を止めて寄ってきた。
「……兄さん顔がニヤついてますよ」
「……うるさい」
背中から耳打ちする。
余所のママさんに褒められて照れているのだろう。実際には顔など見えていないが図星だったらしい。煩われた。
「アレックス君もこんにちは」
今度は俺に視線が移る。
「こんにちは、 Lyra さん。母さん、ただいま」
「おかえり。汗掻いたでしょうから、水浴びしてきなさい」
「はい」
他の奥様方は俺達を見て、お利口だねぇと口々に言葉を投げかける。
「私たち人気者ですね」
「だな」
この歳の男子は見境いがないものだ。
ごつん。
「痛てっ」
「すまん。なんか今バカにされた気がして」
一瞬、兄の後頭部で視界が埋まった。頭突きを喰らったらしい。大事な頭脳なんだから丁寧に扱ってくれよ。
「さ、降りて」
「はい」
母らの邪魔をしない程度に距離を取った川上で荷を下ろし、水浴びを始める。誠に残念な話であるが、これは風呂と同じ扱いをされる。
湯に浸かる、笑止。ここにそんな贅沢な文化は存在しないのである。
石の転がる川原で甚兵衛のような麻の服を脱ぎ、ハンカチを携えて流れの緩やかな淀みに向かう。
「兄さん、早く」
「分かってる。ちょっと待て」
保護責任者不在のまま水に入ることは禁止されている。俺は川縁で待機する。
「……そういや、俺の顔ってこんなだったのか」
思えば自分の顔を見るのは生まれて初めてだ。水面が揺らいで詳しくは見えないが、父や兄の角張った顔立ちではなく、母や姉に近いシャープな輪郭が映っている。
「魚でも見えたか?」
音も無く肩から兄が覗き込む。
「いや、私の顔って母さん似なんだなぁと思って」
「なんだ、魚じゃねぇのか。そうだな、確かに母さん似だ。眉毛と鼻の感じが特に」
やっぱり兄も同感らしい。だが気になることがある。
「……毛の色、何色に見えます?」
「ん、黒だろ?」
「ですよね」
そう。黒髪なのだ。一族、というかこの村は全体的に赤っぽい茶髪の人間が多いのだが、そんな中で俺は紛う事無き黒。兄がコゲ茶と言わないことから、光の加減ではない正真の黒色なのだろう。
だが一体何故?
隔世遺伝、と一瞬脳裏にチラついたが、黒髪は優性。赤色に優先して発現する色であり、確率的に不自然。黒から赤が生まれても、逆は起こり得ない。
じゃあ俺は誰の子だ?
「……あんまり悩まなくてもいいんじゃないかな。昔から黒髪は賢い人が多いって言うらしいし」
気を使ってくれている。
「そうですね。今夜にでも婆ちゃんに聞いてみましょう。何か分かるかも知れません」
父方の親に黒髪がいれば、同じ優性である茶髪の遺伝子に隠れていたと考えられる。そうなれば現状との整合性もつく。
ざばぁと水が降ってくる。
「うわっぷ、何ですか急に!?」
「お前は考え過ぎなんだ。少し頭を冷やした方が良い」
兄が桶を持って立っていた。
呆然としていると、空桶に再び水が汲まれた。口が傾く。
「わわっ!待って下さい!わ、分かりました。十分冷えましたからっ」
両手を突き出し制止する。
全く。姉といい兄といい、俺の扱いが粗雑じゃないか?
「はぁ……では水浴びしましょうか」
「そうだな」
頭が丁度濡れているので、今日は洗髪からにしよう。俺は "chanfba" と呼ばれる植物の葉を手に取る。
このチャンバという植物はどこにでも生えている野草の一つで、葉に独特の匂いがある。
この葉を一枚手の中で揉み潰すとシャンプーのように泡立つ……はずもなく。要は臭い消しである。料理や一部では茶にも使われるような、所謂ハーブだ。日本でそれに近い特徴を持つのはヨモギだろうか。形も似ているし。
その潰した葉と川の水を混ぜ、頭の上で汁を搾り出す。
水を加えて液を薄め、髪に馴染ませる。そしてそのまま潜り、流水で洗い落とす。
「あぁ~気持ち良いぃ」
この時こそ至福。清潔を保つことが生活の中でこれほど貴重だったとは。
耳の裏を擦り、頭皮をマッサージする。心地良い。
「ホント、綺麗好きだな」
兄が呆れたように息を吐く。
「他の人が汚れに無頓着過ぎるだけです。せっかくですし、背中流しますよ」
「ああ、じゃあ頼むよ」
提案すると、先程まで俺がお世話になっていた白い背中が向けられる。
持ってきたハンカチを濡らし、チャンバの葉を包んで擦る。
「うわ、垢がスゴいですよ。ちゃんと洗ってるんですか?」
改めて言う事ではないが、俺はまだ赤ん坊であり、力もそれ相応だ。にも関わらずボロボロと消しカスのように出るわ出るわ。正直ここまでとは思わなかった。
体は洗っているのだろうか?
「洗ってるよ……月一くらいで」
「全然じゃないですか。いいですか、あそこで母さん達が洗濯してますね?」
ここはひとつお説教だ。
「……してるな」
川下を見遣ると、母達がせっせと布を揉んでいる。
「何を洗っていますか?」
「服だ」
「そうですね。汚れが酷いので時間がかかっています。では何故汚れが酷いのでしょう?」
「……俺たちの汚れが、酷いからだな」
「その通り。であるならば、私たちが母さんの為に出来ることは?私が言いたいことは分かりますね?」
「わーった、分かったよ。頑固なヤツだな」
「じゃ、交代です。お願いします」
「はいはい」
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