登録日:2022/02/06 Sun 19:51:30
更新日:2024/06/17 Mon 13:47:07NEW!
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コラージュ コラ 美術 白黒 マックス・エルンスト コラの元祖 百頭女
惑乱、私の妹、百頭女。
その球体 - 幽霊の上で、ただひとり生き生きと、美しく、自分の夢にいろどられた──惑乱、私の妹、百頭女。
大気よりも軽やかで、力強く孤独な──惑乱、私の妹、百頭女。
火山よりも力強く、軽やかで孤独な──惑乱、私の妹、百頭女。
海よりも孤独な、いつも軽やかで力強い──惑乱、私の妹、百頭女。
……なるほど、わからん。
『百頭女(仏:La Femme 100 Tetes/英:The Hundred Headless Woman)』は、1929年にパリで出版された、ドイツ出身の画家、彫刻家であるマックス・エルンストにより編集された暗黒小説(コラージュ画集)である。
因みに、邦題では上記のように直訳されて“百頭女”とされているが、英題では“100(cent)”は“無し(sans)”と発音が似ているということから、これも上記の様に“無頭女”と真逆に訳されている。
……が、作中に百個の頭のある女も頭の無い女も出てこないので、そこまで気にする必要は無い。
一応は小説という体で出版されているものの、内容としてはコラージュにより作られた奇怪な図版と、それに付けられた上記の様な意味ががあるようで無いような文面まぁ、確実に無いけどが添えられているだけである。
つまり、マックス・エルンストというか人が何者かと言えば、(この場合に於いては)人類史上初めてコラ画像を生み出した人……である。
この人が居なければ、ネット文化として活発に行われるコラ祭りもネタ改変も無かった……かもしれない。
『百頭女』には、極めて奇怪な印象を与える白黒の銅版画や挿絵が多数収録されているのだが、これは全てエルンストが18世紀末以降からの様々な書物の挿絵や図解図を切り貼りして生み出したコラ画像(コラージュ)である。
……つまり、本作の奇怪至極な挿絵や画像の数々を見て無闇に怯えたり、当時の欧州人って頭おかしい……とか思って怯える必要は無い訳である。安心しよう。いいね?
とはいえ、本作の余りにも奇怪な内容と、そこから受ける印象と想起されるイメージは強烈であり、本作を知る多方の人間──特に芸術家達に影響を与えたのも確かである。(例えば『ゲゲゲの鬼太郎』で知られる妖怪漫画家の水木しげるは妖怪漫画以外にも奇怪な漫画やイラストを残しているが、あからさまに『百頭女』やオディロン・ルドンの黒野時代の版画をパクってイラストを描いたりと、なかなかに触手が広いことで知られる。)
何か深遠で神秘的なメッセージが込められてそうであるが、上記の経緯からも本質的には意味がなく、あくまでも受け手に委ねられているという構図なのだから無闇に難しがる必要は無いというのが正解だろうと思われる。
……が、やっぱり難しく考えてしまう人は少なくなかったらしく、それが暗黒小説なんて呼ばれかたに繋がっているようである。
【主(?)な登場人物】
- 百頭/無頭女
多分、本作というか本企画の目玉、主人公。
少女の図版のキャプションにて幾度も言及される。
語り部(作者?)曰く“私の妹”……らしい。
冒頭に挙げた本文の幾つかからも解るように大抵は“惑乱”しているらしい。
“ジェルミナル”なる、恐らくは人名と共に“百頭(無頭)女”の呼び名が挙げられていることが多いので、その“ジェルミナル”が“私の妹”であり“百頭(無頭)女”かもしれないが、そうではないかもしれない。
繰り返すが、適当なコラージュに出来そうな元の図版が無かったからか、或いは単にインパクト重視で付けた名称であるので呼び名に意味が無いということからか、収録されているコラージュの中に頭が百個ある女も反対に頭が無い女の何れも存在していない。
故に、百頭と無頭のどちらが正しいのかも不明である。
- ロプロプ
“鳥(類)の王”として紹介されている。
“百頭(無頭)女”と同じく、幾度もキャプションにて言及されている。
大きかったり小さかったり、姿も様々であるがコラージュなので仕様がない。
“鳥(類)の王”という厨二臭い呼び名とロプロプという響きに魅せられた読者は決して少なくなかった模様。
追記と修正、アニヲタよりも厨二臭い、消防レベル──私の妹、百頭女。
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