屍人荘の殺人

ページ名:屍人荘の殺人

登録日:2021/01/26 (火) 15:23:30
更新日:2024/05/24 Fri 13:30:31NEW!
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アリバイトリック ミステリー今村昌弘実写化密室小説所要時間30分以上の項目推理小説




※※※当記事はネタバレを含みます。未読者の方は必要に応じブラウザバックを願います※※※



「読んだことのないミステリを!」という一念で書き上げた作品がこのような栄誉を賜ったのですから、
本格ミステリとは私が思い描いていたよりもはるかに自由で懐の深いものなのだと実感しました。


今村昌弘 第27回鮎川哲也賞受賞の言葉より抜粋




屍人荘しじんそうの殺人』は、今村昌弘により2017年に執筆された長編推理小説。
密室!館!クローズドサークル!な王道かつ古典的な本格ミステリを大胆不敵な発想のもと現代を舞台に成立させた作品であり、
第27回鮎川哲也賞を審査員の満場一致で受賞。
「このミステリーがすごい!2018」「2017年版週刊文春ミステリーベスト10」「2018 本格ミステリ・ベスト10」の3つで第一位を獲得、「第18回本格ミステリ大賞」を受賞するなど、
デビュー作にして今村氏を2010年代における新本格派の代表格へと押し上げた快作である。


2019年には神木隆之介主演で割と設定改変されて映画化されたほか、
ミヨカワ将作画で「少年ジャンプ+」にてコミカライズ連載された。全4巻。
原作表紙絵は綾辻行人作品でお馴染みのイラストレーター遠田志帆が手掛ける。


シリーズ化され、2023年現在で続編が2冊出版されている。


【あらすじ】


神紅大学ミステリ愛好会会長にして「神紅のホームズ」を自称する明智恭介と、彼のブレーキ役にして唯一のミステリ愛好会会員葉村譲
二人は警察にも協力して難事件を解決してきた同大学の「探偵少女」剣崎比留子の誘いに応じ、
映画研究部の夏合宿に同行して映研OBの親が所有するペンション紫湛荘しじんそうを訪ねる。
しかし『今年の生贄は誰だ』との脅迫状を受けながらも強行されたその合宿は、
就職斡旋目当てに美人をOBに宛がうことを暗黙の目的としたものであり、一行には険悪な雰囲気が漂う。


そして肝試し中に巻き込まれた想像しえなかった事態の発生により一行は紫湛荘での立てこもりを余儀なくされる。
一夜明けたその時、部員の一人が密室で惨殺死体として発見。そしてそれは連続殺人の幕開けに過ぎなかった…




【紫湛荘】


本作の舞台。館と見取り図は本格ミステリの嗜み。
S県娑可安湖近隣の山の斜面を階段状に切り開いた平地に立つ、3階建ての洋風建築。田舎の小学校レベルとかなり立派な建物。駐車場は1段下の平地に備えてあり、ペンション本体とは鉄製の階段で行き来する。
ペンション本体は「横を向いた拳銃」に例えられる東―中央―南の雁行型。オーナーが別荘として使っていたものを会社の研修施設兼保養所として増改築したものであり、廊下の扉などにその名残が見える。
部屋の扉はカードキー式のオートロック+ドアガードで、壁のホルダーに差し込んで電気をつけるタイプ。ホルダーはキー裏面の磁気ストライプを読み込む高級なもので、別の部屋のカードならともかく無関係のカードでは電気が使えない。扉を開錠状態に保つにはドアガードを立てる必要あり。
エレベーターが定員4人の非常に小さなもの一つしかないため、行き来には東側端の階段も併用の必要あり。南側端には非常階段があるが、建物の外であり内側からしか非常扉は開けられない。


1階

建物中央部にある玄関正面から入るとガラス窓のはまったフロント、奥には裏手の庭に繋がるテラス。
左手はガラス張りの大窓で採光良好な広いロビー。南側には大浴場、東側には食堂と厨房を備える。フロント奥は管理人室。


2階

中央のラウンジには中世の戦を愛好するオーナーの意向で西洋の武具のコレクションが壁一面に並ぶ。テレビ台の脇に並ぶ1メートル大の九偉人のブロンズ像もあって極めて圧が強い。
南側2部屋、中央3部屋、東側3部屋の客室を備える。ラウンジと南廊下、東廊下はそれぞれ両側から施錠可能な扉で仕切られている。
部屋割りは南から201(剣崎)、202(高木)、203(星川)、204(立浪)、205(空室)、206(名張)、207(出目)、208(空室)。


3階

中央にはエレベーターホールの他、リネン室と屋上に繋がる非常用倉庫あり。
廊下の扉と客室の数は2階と同様。合宿の性質上、部屋割りにはOBが標的を同エリアに寄せる意向が透けて見える。
2階も同様だが、客室の壁は防音素材でできており隣室の音は聞こえない。一方、天井やドアは防音が施されていないため廊下やラウンジなどの音は割と聞こえてくる他、直上ないし直下の音が耳を澄ますと聞こえることも。
南から301(七宮)、302(下松)、303(明智)、304(重元)、305(進藤)、306(空室)、307(静原)、308(葉村)。








以下は重大なネタバレを含みます。































誰一人として革命の結果を目にすることはできないだろうし、仮にそれが叶ったとしてもその時の彼らは意味を理解できはしまい。




「こいつはもう手遅れだった。殺さないといけない奴だったんだよ。」



「人を噛み殺すのはゾンビだけの特権か?」



「もういつゾンビが二階を占拠してもおかしくない。その前に現場を検証しておかなきゃ」



「人間並みの知性を持ったゾンビだなんて、本気ですか?」






食糧危機とゾンビ殺人者、複数の波濤がぶつかり打ち消し合う、不思議な平穏の中に俺たちは身を置いていた。


※※※「屍人荘の殺人」は本格ミステリです※※※


屍人荘の殺人



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ミステリー 推理小説 トリック 密室 アリバイ ゾンビ 所要時間30分以上の項目 動く死体 小説 実写化 映画 東宝 神木隆之介 浜辺美波 ペンション クローズドサークル 洋館 2017年 屍人荘の殺人 今村昌弘 中村倫也




本作品は、クローズドサークルと化した館での連続殺人事件夏のペンションを舞台としたゾンビパニックホラーを組み合わせた全く新しいミステリ小説である。
実はミステリーとゾンビの組み合わせ自体は業界初ではないのは内緒だ!



……ゾンビ出しておいて本格ってなんだよ、と思われる方は絶対いらっしゃると思うのだが、
詳しくはリンク先項目見てもらうなりで調べてもらうとして、ごくごく簡単に言うと本格ミステリとは「作中情報で論理的に解くことができる」「トリックの推理に重点を置いたミステリ」というものなので、
「このミステリを読み解くには提示されたゾンビの概念が不可欠である」ならゾンビが出ても何も問題はない。
本作はこれを見事に成し遂げ、「明らかに邪道なのに物凄く王道ミステリ」という作品に仕上がっている。




【本作におけるゾンビ

S県娑可安湖近隣で実施された5万人規模のイベント、サベアロックフェスがバイオテロの標的となったことで誕生(?)した「動く死体」。めんどくさいことに五感以外での人間の探知能力を持っている節があり、明るく騒がしいロックフェス会場が起点にもかかわらず紫湛荘へと山を越えてやってきた。
人間の脳を乗っ取った細菌によって酸素循環を必要としなくなった「元人間」が動き回るものであり、
細菌の本能的指示でしか身体を動かせないため思考能力・学習能力は幼児レベルにも満たないうえ手足の連携が拙く走れない、歩くのも割と下手とゾンビとしては最低限レベルのスペック。
噛みつかれた者は確実に感染し、ゾンビへと変化するのはお約束通りだが、これは細菌の「繁殖行動」の一環であり、ゾンビの噛みつきは捕食ではない。このため、ある程度噛むと繁殖完了として次の感染対象を捜索する傾向がある模様。まぁそうでないと被害者が骨だけになっちゃうしね
とはいえ、脳破壊以外の攻撃をものともしない無尽蔵のスタミナを持つ存在僅か十数人しかいない紫湛荘の生存者を探知して人数と耐久力任せに執拗に襲ってくるのは十二分に脅威であり、生存者たちは基本的に時間稼ぎできる障害物の向こうに逃げ込む以外の対応策が存在しない。
総じてゾンビがいかに純粋に脅威かを堪能できるバランスと言えるだろう。
途中政府による公式発表があり、感染から発症まではおおよそ3~5時間ゾンビの体液から粘膜感染する毒性に耐えられないため蚊などを媒介としたベクター感染はしないことが判明した。


紫湛荘で手に入る武器で脳破壊を行える手段が限られている都合上、基本的に戦闘になった際は目を狙っての刺突だけが有効打




【登場人物】


実写映画版のキャストを併記。


主要人物

■葉村 譲(演:神木隆之介)
「カレーうどんは、本格推理ではありません」
「探偵っていうのは颯爽と事件に関わるから格好いいんですよ」


本作の主人公ワトソン。神紅大学経済学部1回生にして、ミステリ愛好会会員。
ミステリ好きだが同大学のミステリー研究会が極めてライト(婉曲表現)だったため入部を躊躇っていた折、
真のミステリ愛好家を探し求める明智に生まれて初めて奢ってもらい、学校非公認団体ミステリ愛好会に入会。以降とかく事件に首を突っ込みたがる明智のブレーキ役として振り回されている。コーヒーアレルギーで、ミステリ愛好会行きつけの喫茶店での注文はクリームソーダ。
中学生の頃に震災*1の被害にあっており、こめかみに残る当時の傷の影響と根暗な気質により陰気な顔がデフォ。当時「騒ぎ立ててもどうすることもできない惨事」を経験した影響により、非常事態においても起伏を見せない精神性を持つ。……表面的には。
貸切ペンションでの夏合宿(脅迫状付き)という事件フラグ、とかく衝突(含む明智の詮索)の絶えない人間関係、さらには自分にだけ妙に気安い剣崎からの「アプローチ」に翻弄されつつ紫湛荘の一日を過ごすが、
剣崎とペアを組んだ肝試し中に想像しえなかった事態=ゾンビと遭遇、以後一連の事件に精神を摺り削られることになる。




■明智 恭介(演:中村倫也)
「くっそう。なかなか理屈どおりには動かんものだな、人間というのは」
「ペンションと聞いてもう少し奇怪なロマン溢れる事件を期待していたんだが」


神紅大学理学部3回生にしてミステリ愛好会(総勢2名)会長、そして自称「神紅のホームズ」
上背のある体格とリムレス眼鏡が目印の謎と事件をこよなく愛する男。
飽くなき謎への欲求と「ヴァン・ダインや都筑道夫も知らんような連中」ことミステリ研究会への敵愾心から、学内のサークル・近辺の探偵事務所・交番に「ご入用の際は連絡を」と名刺を配り歩く奇人。
これでも事件の場では鋭い閃きを見せたり見せなかったりし、学内の事件をいくつか解決してきた実績の持ち主。結果的に大学内なら大抵の相手に(ある意味)顔が利く有名人だが、剣崎に対しては「名探偵」としての実績の差から一方的にコンプレックスを抱いていたため接触したことがなかった。
底抜けのアクティブ精神の持ち主であり、およそ物怖じするということがない。常々振り回されている葉村も何だかんだ彼のアクセルぶりに大いに救われていることを零している。
映研の行うペンション貸切の夏合宿にミステリの雰囲気を感じて参加を打診するも、三度に渡って断られていたところを剣崎にコンビで指名され、似合わないアロハシャツで紫湛荘へと到来。

――うまくいかないもんだな。

こうして、俺は呆気なく俺のホームズを失った。


静原とペアを組んだ肝試しにてゾンビと遭遇。彼女を庇いながらギリギリのタイミングで紫湛荘前広場の階段までたどり着き、静原を玄関に向かって押し出すも、足首をゾンビに掴まれ、ふくらはぎに食らいつかれながら階段を転落。
伝聞ではなくその死が描写された人物としては、最初となる被害者として舞台を去った。




■剣崎 比留子(演:浜辺美波)
「取引しましょう」「その理由を訊ねないこと。それが私からの交換条件です」
「単刀直入に言おう。私の助手になってよ。私には君が必要だ」


神紅大学文学部2回生。警察も手を焼く難事件に幾度も協力してきた「探偵少女」
150cmと少しの小柄な体格の佳麗な黒髪美少女で、横浜の名家のお嬢様。
明智が映画研究会の合宿に興味津々なことを聞きつけ、映研夏合宿の裏事情を開示しながら自らを加えての合宿への参加を打診する。
実績を重ねた「名探偵」というべき人物であるがミステリにはおよそ造詣がなく、探偵とミステリを不可分とみなしていた明智を大いに狼狽させた。
「殺害方法とかはあんまり気にならない」*2と述べ、そうせざるを得なかった理由ホワイダニットを現場から見出すことを重視する傾向があるが、よりにもよってゾンビに目下命を狙われている状況で、生還のための頭数を減らす殺人を強行するという不自然を前になかなか上手くいかず、ミステリマニアの意見を取り入れながらのトリック推理ハウダニットを模索していく。
思考を巡らせる際に髪の毛を弄る癖がある。基本は自分の髪先だが、他人のでも構わない。というか葉村の髪でやる方が冴えてくる。


沈着にして果断な「名探偵」として振る舞う一方、葉村に対してはやけに人懐っこくかつ無防備結果葉村は彼女が隠れ巨乳であることを知った

「誰かに請われたり、自分から望んで事件に首を突っ込んだりしたことは未だ一度もないもの。これはね、葉村君。体質なんだよ」
「私はただ事件に巻き込まれ、そこから生き延びるために必死になって解決してきただけ」
「怖くてたまらないんだよ。私には君の好きなミステリのように探偵という特等席は用意されていないの」


2階非常階段の崩壊によるゾンビ包囲下での孤立と、立浪の常軌を逸した殺害状況の精神的負荷で卒倒した彼女。それでもなお事件解決にこだわる様子に抗議した葉村に明かされた真実は、生涯この方自発的に事件に挑んだことなど一度もないというものであった。


この世に生を受けて以来周囲で事件が異様に発生する、生粋の体質を持ち合わせるが故に、中学時代には周囲が悪影響を恐れて家から遠ざけられ、14歳で初の殺人事件に遭遇して以降は頻度と凶悪度が悪化し続けて現在は3カ月に1回は死体とご対面する日々。思ったより頻度少ないって意見は米花町と不動高校に毒され過ぎている
純然たる巻き込まれとして事件を終了させ生還する努力を続けてきた結果「名探偵」になってしまったのが彼女の正体であり、葉村を助手として強く求めたのは自らの体質を受け入れてくれる味方が欲しかったため。



無意識に超人扱いしていた「名探偵」がその実、当たり前のように事件に怯える一人の少女に過ぎなかったこと。
残虐な事件に精神を擦り減らし自らに縋る少女を、「名探偵」として羨望交じりの色眼鏡で見ていたこと。
この事実に直面して以降葉村は徐々に懊悩を深めていき、事件解決を願っているとは思い難いモノローグが散見されるようになっていく。


俺は、ワトソンなんかではないのに。



なお皮肉なことに、本作は『紫湛荘から生還した剣崎の依頼を受けた調査報告書』で幕を開けており、読者視点では彼女はれっきとした特等席持ちの探偵である。





映画研究部夏合宿関係者


剣崎曰く「覚えやすい、まさしく名は体を表す」人々。合宿の裏事情の都合上、女性陣は美人揃い。



■進藤 歩(演:葉山奨之)
「僕らはその餌食ってわけだ」


神紅大学芸術学部3回生にして、映画研究部部長。
眼鏡で痩身、やや気弱なところがある「真面目そう」な男。
数少ない去年の夏合宿の参加者であり、脅迫状について部員に箝口令を敷くなどどこか後ろ暗さが窺える。
見た目とは裏腹に出来の悪いところがあり、コネ就職の機会を求めてOBに媚びるための合宿を強行。脅迫状の影響もあって部員が集まらず自分の彼女まで引っ張り出す姿は、参加したほぼ全ての女子に冷ややかな目で見られている。
初日夜のゾンビ襲来を生還するも、先に逃がした筈の星川が戻っておらず、錯乱状態で紫湛荘中を探し回る。
翌朝、施錠された扉に『ごちそうさま』とのメモが差し込まれていた自室ベランダにて、全身を食い荒らされ顔面は判別不能なほどに食いちぎられた姿で発見される。
七宮が動いた瞬間を見たと主張したため高木により頭部を串刺しにされるも、部屋の隅に『いただきます』とのメモが発見されたことにより、
「明らかにゾンビに襲われたようにしか見えないにもかかわらず、ゾンビの仕業と考えると密室とメモの存在が説明できない」という謎を残す。




■立浪 波流也(演:古川雄輝)
「二人ともビギナーってわけだ。一番楽しい時間だ」


映画研究部OB。オールバックに日焼けした肌の「サーファー系」二枚目。
見るからに遊び慣れた男で、他のOB二人がロクデナシ癖の強い性格な分まとめ役を担うことが多い。
散々不倫を繰り返したのちに間男と組んで夫の保険金殺人を行った母親の影響で人の愛情を信じることが出来ず、愛情を模索して交際を行っては破綻させる、の悪循環を繰り返す評価に困るお方。結果去年の合宿で手を出した相手は大学を辞めてしまった。
ゾンビ襲来後は逃げ場を確保するため空き部屋のドアガードを立てて開錠状態に保つことを提案するなど積極的に生還のための行動を模索。いざゾンビに襲われた際に自室を開錠するのもロスだとして外出中の自室も同様に開け放しにすることを提案し自ら実行するが、こちらは女性陣に全く賛同を得られなかった。
一方で私物のナイフを隠し持ち、就寝時にオートロックのこじ開け対策*3を行うなど殺人者への警戒を独自に行っていたが、三日目早朝、血の海となったエレベーターのカゴの中で全身をゾンビに食いちぎられ、引きずり回され、鎚矛メイスで完膚なきまでに粉砕された頭部に『あと一人。必ず喰いに行く』とのメモを差し込まれた常軌を逸した死体として発見される。
2階がゾンビに侵攻される中での決死の現場検証の結果エレベーターでゾンビで一杯の1階に送り込まれて殺害されたことが確認されるも、
「どうやって部屋から立浪を連れ出したのか」「2階にカゴを戻す際、乗り込んできたゾンビに襲われるリスク」「ゾンビに噛ませるなら南エリアの扉まで退避できる非常扉側を使えば十分であり、リスクを負ってまでエレベーターを使う理由が不明」など多くの謎を残す。

「ハングリー・ハート」がゾンビ映画の挿入歌に使われていたため知っていたことを契機に、重元が二日目の午後4時半にラジカセが一瞬止まったのを管野と共に聞いたことを思い出し証言。
そのタイミングは立浪は屋上で喫煙中だったため本人が弄った可能性はなく、付け直された以上名張辺りがラジカセを切りにいったとも考えにくい。
この証言をきっかけに剣崎は「ホワイダニット以外は、すべて解けたよ」と宣言するが……?




■七宮 兼光(演:柄本時生)
「俺の部屋に一歩も近づくな。来たら撃ち殺してやる!いいな、警告はしたぞ!」


映画研究部OB。映像制作会社の社長である紫湛荘オーナーを父に持つ「七光りのボンボン」。
小柄で整った顔立ちだが、顔のパーツが小さく色白のため仮面を被っているような印象を与える。
代々の部長に圧力をかけ、女性部員に手を出す舞台として紫湛荘を合宿所として提供してきたOB連中の主犯。去年手を出した相手は睡眠薬を飲んで自殺しており、脅迫状の言うところの生贄はほぼこの件絡みだろうと周囲からは疑われている。
非常に我儘かつ短気で極端な潔癖症とある意味では名張以上の神経質。
やたらこめかみを叩いたり目薬をさしたりと非常に忙しない。目薬が自分も使っているコンタクトレンズ用であることから、静原はこの奇行を「過矯正が原因の頭痛やストレスの影響」と見立てている。
肝試し中のゾンビ襲来を下松を置き去りにする形で生還して以降部屋に籠りがちであったが、立浪殺しの際のメッセージから自分が狙われていることを確信し、上記の末路が察される捨て台詞と共にボウガンを携えて籠城。
しかし自室目前の3階非常扉が破られたにもかかわらず一切の反応を返さず、屋上からの観測により苦悶に身を捩らせながら死亡済みであったことが確認された。




■名張 純江(演:佐久間由衣)
「あーーっははは!はぁーはっはっは!」


神紅大学芸術学部2回生。心霊動画の撮影で星川と二人一役を担当する演劇部員。
鋭い空気を纏った理知的な美人だが、車に酔う・蜥蜴がダメ・睡眠導入剤なしでは眠れないと非常に「ナーバス」。
至極当然の結果として一連の事態に神経を尖らせる一方、献身的に全員の生還を目指して尽力する管野の姿に徐々に心惹かれていく。

「ほら、管野さん。私の危惧したとおりだったでしょう。あのキーのせいで私に罪をなすりつけようとする愚か者が現れたでしょう」


進藤殺しの時点でマスターキーが疑念の矛先になることを想定済みであったため、管野に預けた206号室=本来の自分の部屋の鍵とマスターキーを、二日目夜に秘密裡に再度交換していた。




■高木 凛(演:ふせえり)
「蹴り潰す」


神紅大学経済学部3回生。映研部員にして、数少ない去年の夏合宿参加者。
高身長でボーイッシュなショートヘア、まさしく「凛とした」美人の姉御肌。
去年の事情を理解しているだけに、可愛がっている後輩の静原が進藤に参加を強要されるのを見逃せず参加。身内だけの集まりに防犯ブザーを持参し静原にも持参させるなど、OBを全く信用していない。
三日目の午前4時半頃、2階非常扉が破壊されたことで隣の部屋の剣崎と共にそれぞれ自室前をゾンビに包囲されるも、
犯人から二人それぞれにかけられた内線電話によって異常事態が通達されたこともあり、
何とか剣崎ともども上階から縄梯子で救助される。


映画版では学生ではなく、ゾンビ発生後に紫湛荘に避難してくるおばちゃんとなっている。



■静原 美冬(演:山田杏奈)
「赤いからちょうどいいじゃないですか」


神紅大学医学部1回生。大人しく、小柄で「もの静か」な清楚系美少女。
部長である進藤の要請を断り切れずに参加した映研部員。
仲の良い高木と常々行動を共にしている。これに関しては合宿開始前から高木が彼女の身を案じていたところも大きいが。

「私にできる償いがあればどうか言ってください。お金でも、体でも」


肝試しの際のペアであった明智の尽力により辛くもゾンビの襲来から生還するも、
それが彼の犠牲と引き換えであったことに対し強い苦悩を抱いており、葉村に対して懺悔を行う。
明智の勇気をきちんと受け止めてくれる人がいた事実は、ほんの少しだけ葉村の救いとなった。
「ライヘンバッハ」を期待することが前向きになったと言えるのかは疑問が残る。


映画版では紫湛荘の招待客ではなく、ロックフェスの客である。落とした携帯電話を拾った七宮と立浪にナンパされた後、ゾンビが発生すると、紫湛荘に避難してきた。



■重元 充(演:矢本悠馬)
「人々はゾンビに自分のエゴや心象を投影するんだよ」


神紅大学理学部2回生。撮影機器類を担当する映研部員。
縁の太い眼鏡をかけた「肥満気味」の男。コーラ以外を飲もうとせず、500ミリコーラを1ダース持ってきた。
ゾンビに襲われた夜中にゾンビ映画を見て過ごせる筋金入りのゾンビマニアであり、一行を襲う想像しえなかった事態ゾンビの襲来と超速理解して即応。皆に「噛まれたら終わり」「頭部破壊以外は無意味」のゾンビものの鉄則を伝授する。
以後も実際に発生したゾンビの観察と考察に余念がなく、周囲からは辟易とされながらも異常事態を乗り切り受け止める方策として彼の知識が応用されていく。




■管野 唯人(演:池田鉄洋)
「でも夏とレジャーと若者といえば、僕はミステリよりパニックホラーを思い浮かべますけどね」


紫湛荘の「管理人」。30前後の誠実そうな雰囲気の男。
以前の勤め先の倒産によりツテを頼って去年冬から勤めている人物であり、去年の夏合宿の事情は知らない。
ゾンビ襲来以後も年長者として、管理人として全員の生還を目指して心を配り1時間ごとのバリケード・非常扉の点検を買って出るなど奮闘するが、全員にコーヒーを用意する気配りをコーヒーメーカーに睡眠薬を仕込むという形で犯人に利用され、結果的に2階非常扉からのゾンビ侵攻を看過するというピンチを招くことになる。
剣崎からの救援要請の内線電話を受けたタイミングが推定犯人が高木に内線電話をかけていたタイミングと重なっていたため、高浪殺しにおいて数少ないアリバイ持ち。




■星川 麗花(演:福本莉子)
「歩、心配ないって言ってたよね。あれで心配ないって本気で思うわけ?」


神紅大学芸術学部3回生。恋人である進藤に請われて撮影に参加する演劇部員。
緩くウェーブのかかった栗色の髪の、愛嬌に満ちたアイドル系美少女。「まさしく美人にしか許されない名前」「正直進藤には高嶺の花」
撮影現場である廃ホテルを歩くのに向かないサンダルで来てしまった剣崎のために、「どうせ自分は幽霊役の都合上裸足だから」と替えがあるわけでもないのにパンプスを貸し出した。
女性参加者狙いを大っぴらにするOBの姿に不安が隠せず、進藤との諍いが目立つようになっていく。
肝試し中に進藤と共にゾンビと遭遇し、進藤曰く「自分が囮になって逃がした」とのことだが、
ついぞ紫湛荘にその姿が現れることはなく、完全に消息を絶った。




■下松 孝子(演:大関れいか)
「先輩の機嫌を取ろうと必死なのよ。まあ所詮男だし、アドバンテージはこっちにあるけど」


神紅大学社会学部3回生にして映研部員。金髪巨乳のギャル系美女。
心霊動画の撮影という建前の夏合宿の実態がコネ就職をエサにした七宮らの女漁りであることを承知の上で、自ら女の武器を使って就職を分捕りに来た中々に「したたか」なお人。
非常に明るく面倒見もよし、七宮への取り入りも順調に進んで合宿を誰より楽しんでいた女性であったが、
七宮曰く肝試しで向かった神社にてゾンビに群がられて喰われたとのこと。
ゾンビパニックに登場するにはあまりにも存在が死亡フラグだった感は否めない。




■出目 飛雄(演:塚地武雅)
「こっちは朝からずっと女の子を待ってんのにさぁ、先に到着したのはデブ男で吐きそうになったぜ」


映画研究部OB。ギョロついて間が離れている「飛び出た目」とモヒカン風の髪型の、魚類を思わせる風貌の男。
OB連中の中でも一段軽い扱いを受けており、その反動故か非常に高圧的。
酒が入ると素行が輪をかけて悪くなる問題人物であり、去年夜這いを目論んで大いに顰蹙を買ったにもかかわらず今回の合宿でも名張に絡んでトラブルを起こし、罰として一人で肝試しの脅かし役を担うことになる。
バーベキュー中の煙を避けるため葉村が置いておいた高校入学祝いの時計をくすねており、葉村は後で何としても返してもらわねばと考えていたが、肝試しのゴール地点となる神社でゾンビに貪られているのが七宮により発見される。

剣崎と葉村が2階ラウンジの現場検証を行っている最中、南エリアの扉を破壊して殺到するゾンビの1体として紫湛荘に再登場。
東エリアの扉をこじ開けかけるも、静原の突撃を受け右目から頭部を貫かれ、今度こそ動かぬ死体となった。
これまでの退場者が皆行方不明orゾンビ化が確定する前に頭部破壊だったため、ネームド登場人物初のゾンビという大役を担ったことになる。


映画版ではOBではなく、ゾンビ発生後に紫湛荘に避難してくる関西弁の男性となっている。


その他

■浜坂 智教
これはパンドラの匣というより、戸棚だ。かつて班目機関と呼ばれた組織の残した戸棚。


儀宣大学生物学准教授にして、サベアロックフェスで発生したバイオテロ=ゾンビ発生の主犯。
既に公安により解体済みの研究機関「班目機関」に所属していた研究者であり、20年の歳月を費やした研究成果を世間に知らしめるべく熱狂状態のロックフェスにて秘密裡に観客をゾンビウイルスに感染させた。
実行犯らと共に自らにもゾンビウイルスを投与したため本人は恐らく死亡したと思われる。拠点にしていた廃ホテルに暗号化された手帳を残しており、これは撮影現場として映研一行が廃ホテルを訪れた際に葉村の猛抗議を無視して重元に回収され、バイオテロ首謀者としての「マダラメ機関」MADARAME org.の存在を伝えることになる。




■班目 栄龍
岡山の資産家であり、「班目機関」の創設者。
登場人物紹介に名を連ねているが、本人は登場しない。




【屍人荘】

くそったれ。これじゃ紫湛荘というより屍人荘じゃないか。


初日夜のゾンビ襲来を受けて生存者が籠城態勢を整えたのちの紫湛荘。洋館とバリケードはゾンビパニックの嗜み。
あくまで作中での扱いは紫湛荘であり、屍人荘と呼称されるのは引用した葉村のモノローグのみである。
幸運なことに客室も含めて外開きの扉が多いことからゾンビの体当たりに短時間なら耐えられることを期待したうえで、封鎖が破られた際は「適宜廊下扉を施錠することで防壁とする」「逃走困難の場合は内線電話で連絡を取った上で部屋で待機し、直上の部屋からの救助を待つ」との方針がとられる。
葉村が限界まで行方不明者の荷物利用を避けるよう提案したこともあり、基本的に使用者のいた部屋はそのまま放置状態。

1階

施錠こそされていたものの、ガラス窓が多すぎるためゾンビたちの襲来を抑えられず放棄される。


東側

重元の主導のもと、踊り場に設置した2段構えのバリケード・階段に板を渡しシーツを撒いた悪路化・自動販売機と棚を動かしての壁の設置とやれる限りで階段を封鎖され、封鎖が破られた際に気づけるよう高木の防犯ブザーを鳴子として仕掛けられた。
但し元々の建物の仕様とエレベーターの使用にかかる制限により、2-3階間の移動はゾンビの発生させる衝撃音を聞きながらここの階段を使わざるを得ないことも多い。

+ 防犯ブザーが鳴ってからでは逃げ遅れる可能性のある名張が205に移動したため、2階東側は完全に空室。-

リダイヤル機能を用いて高木に掛かってきた内線電話を絞り込んだ結果、名張の去った206号室から高木の部屋であった202号室へのリダイヤルが発生。
名張が初日時点で部屋のデジタル時計の不調のためフロントに内線電話をかけていたことから、犯人がここから内線電話を使った可能性が濃厚となる。*4



中央

管理人室を失った管野が、2階の状況把握を重視して進藤の許可のもと星川の部屋であった203を利用。
幸いにしてゾンビの乗り込みなくカゴが回収されたエレベーターは、偶発的に1階から呼び出される可能性を避けるべく不使用時は扉に物を挟んでおくことに。……つまり到着側に誰かいないと出発側にカゴがない時は呼び出せない。
3階非常用倉庫は厨房喪失という状況下の貴重な食糧源となった他、孤立者救出のためのアルミ製縄梯子、ゾンビと肉薄する際に体液から身を護るマスクなど中々役立つものが発見される。

+ 進藤が殺害された305は、薄気味悪さと腐敗抑制の都合上エアコン付きっぱなしのテーブルライト消し忘れっぱなし。-

推理に行き詰って膝枕を餌にしても髪を弄らせてくれない葉村にむくれた剣崎が掛け布団を引っぺがした際、布団の裏にも血痕が付着していることが発覚。
これを見て進藤殺しの真相への閃きを得た剣崎は、この血痕と進藤の部屋にある鞄の中身の撮影を葉村に求める。

+ 2階ラウンジは共同生活の場&武器の供給元として大活躍だったが、エレベーター内での立浪の惨死&ゾンビの侵攻により一挙にいつゾンビが迫るかわからない事件現場へと変貌する。-

高浪殺し&2階非常扉崩壊の混乱の最中、南側廊下扉が非施錠状態で閉められているのが発見される。廊下扉の鍵はラウンジに置かれたままだったため、事件中ゾンビと共に取り残されていた筈の剣崎と高木のアリバイが成立しないという事態に。
また普段から像の念入りな管理を行っていた管野の証言により、立浪殺し以後ブロンズ像がずれている可能性が示唆される。


南側

最も非常扉に近い七宮の独断により、静原の防犯ブザーが3階の非常扉に鳴子として設置。
金属扉の頑丈さへの期待と裏腹に、足場が安定している分接近したゾンビの破壊行為に歯止めがかからないという問題点がどこよりも先にブザーのない2階非常扉が突破されることで発覚。
三日目午後には3階非常扉も崩壊し、以後生存者は拠点を倉庫に移さざるを得なくなる。


屋上

倉庫からたどり着ける娑可安湖がよく見える屋上。最後の最後の生存圏であり、生存者が出られる唯一の屋外。
下を見下ろせば当然無数のゾンビがひしめいており、たまに非常階段のゾンビと目が合う。目が合ったゾンビは発見した人間めがけて身を乗り出し墜落する。異様な光景は葉村には「迫りくる対処のしようがない災害波濤」の、立浪には「自分以外の全員が自覚なく患っている、理解不能の」のイメージをそれぞれ想起させた。
政府による救助開始のニュースの後、管野と葉村によりSOSが描かれる。






以下、物語の核心に迫るネタバレ注意!

































「ここで罪を暴き、殺人者を名指ししたところでどうなるというんですか。私たちはこれから力を合わせて生き残らなければならないのに。犯人の検挙は私たちが救助された後、警察がやってくれるはずです」


「いいえ。私たちには知る権利があるはずです。責める権利があるはずです。どんな理由があれ犯人は三人もの命を奪ったのですから」




「この中に二人も殺人犯がいるというんですか」
「違います。この中に犯人は一人しかいません。なぜならもう一人の犯人はすでに人間ではないから」


■星川 麗花
進藤殺しの犯人。
進藤の部屋の布団内側に存在した血痕と進藤が回収した荷物の中に隠された替えがない筈のパンプスからその存在が証明された、バリケード構築以前から進藤の部屋に匿われていた感染済みの人物。
初日夜の襲撃の最中、表から戻ってきた重元が「ゾンビに噛まれた者は助からず、殺す以外ない」と主張しているのを聞きつけた進藤が、既に噛み傷を受けた星川を他の者の前に出せば殺害は避けられないと判断して紫湛荘内部に星川を捜しに行くふりをして非常扉を開放、裏手から潜入させ自室に匿ったことにより対ゾンビの封鎖が完了する前に秘密裡に紫湛荘に帰還していた。
その後看病の甲斐なく発症し、進藤をその本能のままに襲撃することになる。


ベランダでの進藤襲撃後、一部始終を自室のベランダから見ていた人物を発見して手すりを乗り越えようとしたことにより墜落。以後は恐らく有象無象のゾンビの中に紛れたと考えられる。
この目撃者は進藤の死がゾンビの犯行であることを隠蔽することにより、以後の殺人計画で疑いを向けられた際のために「進藤殺しが不可能」という反論を用意することを画策。進藤がゾンビ化する前にその死体が発見されるよう扉にメモを挟み、さらに現場に踏み込んだ際にこっそり2枚目のメモを配置することで「明らかに人間が関与した密室殺人」を演出し、進藤の発見された状況が完成することになる。






彼らに法の裁きを与えることなんて微塵も考えなかった。

そんな私にとってはゾンビたちの襲撃は復讐の啓示に思えました。

おかげでなにが起きても警察はやってこないし、奴らは逃げることもできない。そしてなにより――


喰われた者喰う側に回るというゾンビの在り方が、私の復讐を後押ししているように思えたんです



■静原 美冬
進藤殺しの目撃者にして偽証者、そして立浪・七宮殺しの犯人。
映画研究部に入部する以前から、姉のように慕っていた人物遠藤沙知の自殺をもたらした「女を食い物にする男」への復讐心を心に燃やしていた女性。
偶然目撃した進藤がゾンビ化した星川に襲われる様を星川を応援しながら観察し続け、星川がベランダから転落し進藤の躯のみ残されたことを契機に上述の隠蔽計画を着想し実行。
部屋に籠った七宮の殺害を後回しにし立浪の隙を伺う中で、開錠したまま立浪が外出している間にホルダーに刺さったままのキーを自分のものとすり替えることで立浪の部屋のキーを獲得することに成功。コーヒーメーカーを通じて全員に前もって準備していた睡眠薬を盛った上で立浪を拘束状態でエレベーターまで運び、ラウンジの銅像を使ってゾンビが乗り込んでいると重量オーバーになるように調整したエレベーターカゴで1階に送り込んで殺害。星川の件で確認できた「十分に感染させると次の獲物を目指す」習性によってカゴに乗り込むゾンビがいなくなった段階でカゴを回収し、銅像の跡を隠蔽するために立浪の体を引きずり回して血の海を整えつつ、その頭部を粉砕した。
206号室で銅像の血痕を隠滅している最中に2階非常扉の崩壊を察知し、剣崎と高木が取り残された事実に狼狽するのと同時に剣崎の救出という名目があれば直上の七宮は部屋を開けざるを得ないという閃きを得て、救助対象となる二人を叩き起こすための内線電話を発信。並行して二人のアリバイ成立を妨害すべく南廊下扉を未施錠の状態で閉じる。
日頃から持ち歩いている目薬が七宮の使用しているものと同じだったため、立浪の血=粘膜接触すれば発症を免れ得ない感染者の血をこれに吸い取り、必殺の毒が仕込まれた目薬を七宮のものと交換することで極度の警戒と潔癖症で隙の少ない七宮の目を欺き殺害計画を完了した。


極めて鮮やかにゾンビ襲来という異常事態を自らの殺人計画に取り入れて見せたことから剣崎は彼女がゾンビ襲来を事前に認識していた可能性を疑っていたが、恐るべきことに静原の計画はほぼ全て即興であり、ゾンビ襲来に関しては彼女自身もあくまで被害者に過ぎない。
しかしゾンビの存在が彼女に復讐の機会・手段・そして彼女の復讐心に合致した方法を提供したことは間違いなく、彼女はゾンビという概念を神のもたらした復讐の啓示として陶酔と共に受け止めていた。
また、合宿中止を促す脅迫状も彼女とは無関係。いやまぁ彼女の立場ではOBと相対する機会である合宿がなくなると困るので当然ではあるのだが。


標的の殺害という観点では完全に成功した静原の殺人であったが、事後に犯行を否定する上では致命的と言えるアクシデントが二つ発生していた。
一つは立浪のキーを持ち去る際にラジカセがコンセント接続されていることに気づけず、ラジカセの音が一瞬途切れてしまったこと。立浪の部屋からカードを抜き取り、自分のものとすり替えた*5時間がこれにより特定されたことで、「以後に『所持カードキーが立浪のものではない』か『自分のカードキーで扉を開錠した』のどちらかが確認されている」、もしくは「ラジカセの音が途切れた瞬間のアリバイがある」者の潔白が証明されてしまう。
もう一つは206号室での作業をすべて終えて自室に戻ろうとしたその時、偶然睡眠薬を摂取していなかった人物と鉢合わせてしまったこと。相手から持ち掛けられた交換条件もあって告発は回避したものの、この事実上の共犯者の証言の綻びから2階非常扉崩壊騒ぎの時206号室にいたことを暴き出される。偶発的に共犯関係となった相手に足を引っ張られる形になったが、彼女自身は目撃者は脅迫によって従わせたと主張し、「交換条件」の存在を認めることは最後までなかった。
犯行の隠蔽こそ成立しなかったが、彼女の隠蔽工作はあくまでも標的の警戒を掻い潜り鏖殺を成し遂げるための手段に過ぎず、もとより自身の犯行を隠蔽しきる意図はなかった。七宮の死亡が確認された時点で剣崎が自身の犯行を見抜いていることを確信し、自ら犯人の告発を要求。剣崎には解き明かせなかった立浪をエレベーターで殺害した理由ホワイダニットを含むすべてを自白したのち、倉庫に襲来したゾンビから管野を救出した際に負傷喰う者喰われる側になった。これも啓示の続きです」と粛々と自らの眼窩に槍を突き立て、屋上から飛び降りて遠藤のもとへと旅立った。






やはり比留子さんは気づいているのだ。俺がついた嘘に。

いったいどこで気づかれたのか。わからない。

だが果たして、嘘をついた理由にまで彼女はたどり着いているのだろうか。



■葉村譲
206号室から出てきた静原を目撃するも、交換条件を提示しこれを黙秘した「共犯者」。
コーヒーアレルギーのため睡眠薬の仕込まれたコーヒーを飲んでおらず、全員が寝ている間に済ませようとした「ある行為」を終えて部屋から出る瞬間、隣室から顔を出した静原と遭遇。お互いが相手の行為に関して黙秘を貫く共犯関係を構築し、それぞれ自室にいたとして口裏を合わせた。
葉村がそこまでして隠蔽したかった「ある行為」とは、「207号室への侵入及び出目に盗まれた時計の回収」。ただしこれを理解する上では、彼の背景知識が必要になる。


被災時、全壊した自宅から家財を回収しようとした際に火事場泥棒の二人組と遭遇、揉み合いになって瓦礫で殴りつけられ負傷。それ以来、被災者からさえ物を奪おうとした輩に対する拭えぬ憎悪を抱えながら生きてきた結果、「窃盗」という行為が抑えがたい憤怒・侮蔑・憎悪の対象、一種のタブーとなる。廃ホテルから手帳を持ち出した重元への強い抗議や未帰還者の荷物を利用することへの抵抗など、そのタブー意識が彼の行動に与える影響は根深い。


しかし、震災後の苦境の中で妹が苦心して贈ってくれた掛け替えのない時計を出目に盗まれ、その出目がゾンビに襲われ未帰還、彼の部屋のある2階がいつゾンビに占拠されるかわからないという事態の結果、絶対に失ってはならない時計を取り戻す方法が、「災害被害者の所持品を漁る」という最大のタブーを犯す以外存在しないというジレンマに追い込まれる。皆が起きていない早朝の内に時計を回収することを決意しこれを実行するも静原と鉢合わせになり、タブーを犯す様を知られた恥辱に耐えられず黙秘に同意した。
しかし証言の際に部屋のデジタル時計を使っている限りでは不自然になる時間表現をしたことと、「隣室から出てきた静原」の描写が間取り上自室の308号室からではあり得ない内容となる矛盾から嘘が露見。重元とのトラブルの直後、剣崎が明智から「タブー」について説明を受けていたこともあって、静原と共に立浪殺し後の居場所と行動を突き止められることとなった。



「もう謝る必要はない。明智さんだって君を恨んじゃいない。気を落とさずに、君の望むままに生きてくれれば、それでいい


「――私は、許しを得ました」



また、静原の自供まで無自覚であったが、静原が殺人という一線を越える決断を抱く最後の一押しをしてしまった人物でもある。立浪殺しを実行する前の唯一の懸念として明智という男の献身で生存した自分に男を断罪する資格があるのかとの逡巡を抱えていた静原が、懺悔に対する葉村の返答を、復讐へのゴーサインと理解していたためである。このことを知った際には、外道と謗られてでも彼女を自分の支配下に置いていれば事件は発生せず、静原が人道を踏み外すことはなかったのではとの後悔に打ちひしがれることとなる。
全ての真相が暴かれた後、葉村に残されたのは「保身のために探偵を裏切り、無能と浅慮故に犯人の味方であることもできない罪人」としての自己認識だけであった。
……彼の名誉のため付け加えると、重元と揉めた際のやり取りを見る限り、最大の理解者である明智の要請であれば、自身のタブー意識と折り合いをつけることは出来ていた。葉村ワトソンの迷走の全ては明智ホームズの喪失に依拠するものであり、一概に非難を受けるべき人間とは言い難い。




私は沙知さんの直接の仇である立浪だけは、二度殺さねば気が収まらなかったんです。

だって立浪は二人の――沙知さんとそのお腹にいた赤ちゃん、二人分の命を奪ったんですから



■立浪 波流也
去年の合宿以降遠藤沙知と交際するも最悪の形で破局させた、静原のメインターゲット。
映研部員は遠藤が退学したところまでしか事態を把握していなかったが、退学から約2カ月後、妊娠が発覚した遠藤からの連絡に堕胎費用を詰めた封筒のみをもって応えたことにより彼女の自殺を招き、静原の復讐の対象となった。
彼を殺害する上で静原がエレベーターを利用した理由はつまり、二つの命を踏みにじった復讐として、「人間として」「ゾンビとして」の二度の死を与えるため。静原が睡眠薬を盛ってまで立浪殺しの時間を捻出したのも、そもそも静原がゾンビ襲撃の最中に復讐を強行することを選んだ根幹も、ゾンビへの変貌が立浪への復讐に不可欠だという天啓を得たからに他ならない。すべてはゾンビという異常が初めて可能にした静原の復讐計画通りに進み、完全に束縛されたままゾンビに全身を喰い破られた4時間後、発症間もなく静原に執拗に頭部を粉砕されその生を完膚なきまでに終えた。
擁護するには所業に問題がありすぎる人物であると同時に、その背景事情を知る葉村には憎み切れない人物でもあり、葉村自身が一連の事件の中で清廉とは言い難い立場であった分だけ、「憎んだ相手は本当に『人でなし』だったのか」という苦悩を葉村に残すこととなる。



■進藤 歩
上述の通り、一連の事件の引き金。
なりふり構わず合宿参加者を集めた魂胆は静原に見透かされており、「女を喰い物にする男」として彼女の復讐対象に加えられていた。
星川を失っての錯乱の様子は全て演技であり、見事に星川の存在を生存者全員から隠蔽して見せたが、結果的に星川は発症。ベランダにて襲撃を必死にこらえるも助けを求めて星川を殺害される選択をどうしても取ることが出来ず、ついに力尽きて餌食となった。静原曰く、最期の瞬間に星川に接吻を行い、その顔面を食い千切られて息絶えたとのこと。
私的利益のために女性を利用する精神性と恋人に対する献身、相反するようにも思える内面のどちらも間違いなく彼の本性であり、彼の在り様もまた立浪と同様に葉村に苦悩を残すことになった。


遠藤の参加した去年の合宿に積極関与したかは不明。あくまで今年の所業から復讐対象に加えられていたと考えると、葉村の想定した「静原に明智への贖罪を強いて彼女を束縛する」IFは葉村が復讐対象に加わるだけのような気がしないでもない。



■七宮 兼光
静原の標的の一人。すり替えられた目薬に仕込まれたゾンビの血により、人知れずその生を終えていた。
葉村は静原と鉢合わせた際に最後の標的である七宮殺し実行までは見逃してほしいとの懇願を受けており、
黙秘によって事実上七宮を見殺しにしたことは葉村に強い悔恨を残す。
殺害方法の都合上、立浪の死体に残されたメモとは裏腹に静原の復讐対象の中で唯一ゾンビに喰われていないし、以後も喰われない。
粘膜感染も喰われるの内なのか、妥協したのか、立浪への復讐の完了で満足したのか。



■出目 飛雄
静原の標的の一人。
標的の中で唯一静原の手の届かない場所で生を終えた筈だったが、紫湛荘に戻ってきたため結局静原の手にかかることになった。
こんなことまで起きてしまうと彼女がゾンビを神の意志と捉えるのも不自然ではないのかもしれない……。
映画版では標的ではない。ゾンビ化して殺害されるのは同じ。



■高木 凛
紫湛荘より生還。夏休みの終わりと共に大学を辞め、看護学校を目指している模様。
合宿中止を促す脅迫状は彼女の手によるもの。結果的に彼女の狙いは果たされず、大切な後輩も失われた。
いずれ彼女が漏らした「今度は人を救える人間になりたい」との願いが叶う日は来るのだろうか。



■名張 純江
■管野 唯人
紫湛荘より生還。時々連絡を取り合う仲とのこと。
相対的に見れば一番事件の悪影響が少なかった人々。
思えばこの人たちは映研にも探偵組にも完全に部外者であるので、必然の結果かもしれない。



■重元 充
紫湛荘より生還……したが、以後の消息が完全に不明。
なんでも救助隊到来後に「班目機関」の手帳が見つかって以降別室送りになったそうで。
彼が首を突っ込んだ先に何が待っていたのかは、最早誰にもわからない。










この手で彼を突き落とせるわけがなかった。


舞い戻ってきたホームズを、ワトソンの手で再び崖下に突き落とすなんて。



■明智 恭介
全ての封鎖が破られ3階を放棄し、倉庫扉を閉めるのに失敗して屋上へ逃げ延びる生存者たち。
屋上扉を閉ざそうとした瞬間、襲い来るゾンビたちの先頭にいたのは明智であった。
憔悴しきった状態で最大の理解者の生還ならざる帰還を目撃し放心する葉村に掴みかかり、その本能のままに顎を向ける。





「――あげない」


「彼は、私のワトソンだ」


■剣崎 比留子
明智の頭部を槍で貫き通し、葉村を救出。共に紫湛荘より生還を果たす。


盛大に啖呵を切ったが、結局「葉村を自分の助手にする」目的は達されなかった。
一連の事態への罪悪感に苦しむ葉村が、己が探偵の助手として振る舞うことを許せなかったためである。


明智を失ったミステリ愛好会、その構成人数は今なお二人。
償いの術を模索する葉村と共にすべての発端たる「班目機関」の謎を探る美女の正体は……お察しの通りであろう。



■下松 孝子
結局ゾンビ襲来後どうなったかが描写されていない唯一の人物。
流石に生きているとは考え難い。ゾンビパニックの貞操投げ捨てた金髪巨乳とか存在が死亡フラグみたいなものですし。
なお、映画版ではゾンビ化していたため重元に頭を砕かれて死亡する様子が描かれた。







「立て主さんの記事を追記修正して。できたらちゅーしてあげる」
「うええっ」情けない声が漏れた。
記事って、このぐちゃぐちゃの状態のを?いや、こんなことを言っては立て主に失礼かもしれないが、見えちゃいけないものがたくさん見えてしまっているこれは触っていいものじゃない。



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  • 初見時に発想に感心させられた。携帯が普及した現在、クローズドミステリーの舞台作りはどうしても無理やり感が出がちだが、ここまでぶっ飛んでると何も気にならなくなる -- 名無しさん (2021-01-26 17:04:33)
  • Twitterのミステリクラスタが一致団結しているかのように、ネタバレをせずに勧めまくってたのは、知ってる側に回ると楽しかったな -- 名無しさん (2021-01-26 18:46:38)
  • おもしろかった -- 名無しさん (2021-01-26 23:47:06)
  • 面白かったんだけど、最後の明智のシーンだけ悪い意味でドラマ的すぎて冷めてしまった -- 名無しさん (2021-01-26 23:48:19)
  • 立浪がところどころ高並になってる -- 名無しさん (2021-01-27 22:26:01)
  • 明智を早々に退場させたのは勿体なさ過ぎする。葉村のタブーにしても、自分が盗まれた物を取り返すのにそこまで罪悪感を感じるのはちょっと無理矢理すぎる。 -- 名無しさん (2021-01-28 00:06:13)
  • 明智は勿体ないキャラなのは事実なんだが同時に「『超正統派な探偵役』の退場」はこの作品の重要ギミックだから残してこの作品がビシッと決まったかは疑問符があったりもする。葉村は……出目の死因がゾンビじゃなきゃギリ割り切れたんじゃ、という気がしないでもない。平常時でもタブーなのに相手が一種の災害被害者になった+タイムリミット発生で制御が利かなくなったんじゃろ -- 名無しさん (2021-01-28 13:18:14)
  • 明智が早いうちに早退したことは後のシリーズに一つの課題となる重要なポイントだったりします -- 名無しさん (2022-01-01 15:55:53)

#comment

*1 明言されていないが、執筆年を作中の現在と対応させた場合のタイミングと、作中で説明される彼の被災描写から、ほぼ東日本大震災と思われる
*2 現に事件が発生している以上「上手くやれる方法があった」事実は変わらないので、不可能だ無理だと問題視しても事件解決は進展しない、程度の意味合い
*3 ドアの隙間からドアノブの高さに合わせたL字型の針金を差し込み、ノブを外から回すことでドアを開ける方法。立浪は「ドアノブの下に障害物を貼り付ける」ことで対策した
*4 高木が犯人で嘘をついている場合などが在り得るため、この履歴=高木の主張する「犯人からの電話」の証明とはならない。どちらにしてもあくまで第三者として通話の錯綜に絡んだ管野のアリバイは成立する
*5 置いていった鍵が自分の部屋のものでなかった可能性は、唯一使用可能な進藤の部屋の電気が付きっぱなしだった=進藤の鍵は抜き取られていないことにより否定される

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