血より濃いカカオの香り

ページ名:リクマのバレンタイン

バレンタイン。
それは年に1度訪れるとされる、カップルの愛を誓う日。
2月14日、その日がそれだ。

 


2月13日、午後13時。
カタカタカタカタ・・・
「・・・・・・・。」

ここはカントーエリアの試験解放区。とあるアパートの一室で、1人の男がパソコンに文字を打ち付けていた。ほぼ無言で。
彼の名は雪鳴 遊立セツナ ユウダチ)。この諸島で永住することを決めた職員だ。

「・・・・・・・・・、うん。このくらいにしておこう」

今書いているのは、アニマルガールの観察レポート。彼ら特殊動物飼育員の主な仕事内容は、アニマルガールの生活をサポートし研究すること。日々の健康管理はもちろん、不測の事態に駆けつけることも辞さない。そんな彼の担当アニマルガールはというと・・・・。

 

パタンッ

 

パソコンを閉じたため確認できなかった。レポートが一通り済んだのか。
それは同時に、次の行動に移るための合図でもあった。

「・・・・たまにはハネを伸ばしますかぁ・・・!」

今日は非番、明日は掃除当番、そして世間はバレンタイン本番となる。お客も盛んになるだろう。今日の内に楽しんでおこう。
いつもの帽子は被らず、外出を行った。

 

 

向かった先は、ホートクエリア。そこには、鳥類と間近に触れ合う憩いの場としての施設が存在している。このエリア内も何かあるだろうと目的なく歩いていたら偶然見つけたので、とりあえず入ってみることにした。

 

どこか、古い館に入ったような感じだ。そう思わせるのは、外装や今居るエントランスホールに、そういう意匠を凝らしているからだろう。レトロ調。2000年代。自分が生まれるよりも前の時代。まるでその時代を堪能できるかのような、心の底にある失いかけた冒険心をくすぐる。

 

「楽しそう・・・・!」
口から出たのは、子供のような感想だった。

 

受付を済ませ、同じホール内の巨大掲示板の存在に目が止まる。近くに行き、豆知識の吸収を行う。この青年は実のところ、同年代の職員よりも動物知識は乏しい。遅れを取らぬよう、日々の自己啓発は欠かさないように気を付けている。

 

「あはははッ。そんな必死な目で見てるなんて・・・・お兄さん面白ぇー。」

 

隣から笑い声がした。
見ると、・・・・・・子供・・・?

「・・・君は誰?」
「あ、ごめん、なさい。いきなり笑っちゃって・・・どうしても面白くってさ。
俺は穂霜愛作(ホシモ アイサク)。ホシモでいいよ、お兄さん。」

「ホシモ・・・・!」

セツナの脳裏に不愉快な記憶が蘇った。しだいに表情が曇る。

「・・・お兄さん?」
「!・・・ああ、ごめんね。何でもないよ。
僕は雪鳴遊立(セツナ ユウダチ)。セツナでいいからね。」

「じゃあ、セツ兄(セツにぃ)って呼んでいいか?」
「え、・・・ま、まぁいいけど。」

馴れ馴れしいなぁ。子供は嫌いではないが・・・純粋とは時には刺なり。
チクチクとつつかれるような気分だ。この少年の調子に乗った口調がそれを助長する。

 


この少年、ホシモは17歳の高校生。穂霜学園という本土の進学校に通っていて、学園長の息子なんだそうだ。しかし、こんな平日にこの島に来ている。今の時間帯だと授業の最中のはずだが。

 

「主席だし、学年トップの成績だし、生徒会長だし、学園長の息子っていう恵まれたステータスを持ってるからかなぁ?親父に事前に許可貰って、今日は一日中遊んでられるんだよ。」
「へ、へぇ・・・って、生徒会長なの?意外だね、だって君、見た目が中学生みたいで」
「あー!それ気にしてんだよ俺。クラス整列で一番前ってのはもう慣れてるけど、やっぱり身長も欲しいから毎日牛乳飲んで頑張ってんだぞ!」

 

それ迷信だったと思うが・・・・言わないでおいた。

 

「さーて、別の施設行くかー」
「もう廻った後だったんだね」
「そっ。ついでに忠告だけど、1匹超危険なアニマルガールがいるから、挑発しないように気を付けろよ?」
「うん。またね」

 

小柄な高校生はゲートを通って外へと消えていった。これでホールにいるお客は自分だけになった。今日は平日、しかも明日はバレンタインデー。世の中の女の子は明日の為の弾丸を各々の家で作っているのだろう。今日はいつもの平日よりも静かなのかもしれない。

 

 

 

 

 

―――――憩いの大木。

「はぁ・・・つまんねぇ。」
太い枝に座った1人の鳥が、深くため息をついていた。

 

 

 

 

 

 


館内博物館は巡り、バードハウスも一通り堪能した。
そして今、雲海展望台にいる。
そこにいた眼鏡のアニマルガールに少し話を聞いてみると、この先の枝には超危険な鳥”カンムリクマタカ”がいつも居座っているらしい。さっきホシモも言っていたが、恐らくその子だ。
危険な理由を聞くと、どうやら人間に懐疑的らしく、担当もころころ代わるようで、手に余っているとのこと。カンムリクマタカ。愛称リクマ・・・・一度見るくらいなら平気だろう。僕はその子の居る枝付近まで近づいてみた。

上空の枝を見上げると、逆立つ髪の毛の鳥がいた。


「・・・・誰だテメェ。」
「うっ・・・・!」

 

威圧の篭った鋭い目。身体の動きが鈍くなる。これが・・・最強の猛禽類。

 

「僕の名前はセツナ。君は、カンムリクマタカのリクマ?」
「・・・・・だったら何だ。客か?それとも視察か?」
「視察・・・」

 


聞いた話には続きがある。この子は、言いにくい話だがこの施設から出ることが許されていない。フレンズ化直後、様々なアニマルガールに喧嘩を売るだけに収まらず、無抵抗のアニマルガールにも危害を加えたことがある。野生で放置は勿論、アニマルガールの多い場所でも迷惑を掛ける存在なら、ここのような鳥類のみの施設で穏便に過ごしてもらうくらいしか打開策が見当たらなかったのだ。

可哀想な話ではあるが、合法で駆除を行わないためでもあるのだろう。それでも、本人に掛かるストレスも相当あるはず。だからか、彼女は日頃から職員に強く当たっているらしく悪循環を辿る一方のようだ。

視察というのは、彼女を監視する職員たちが定期的に彼女の身柄を拘束し、様々な質問をするという意味合いだ。まるで不良を目の敵にする警察のような感じで、視察と呼ぶには程遠い。

 


「僕は・・・ただの飼育員だよ。エリアは違うけど」
「そうかよ。」

 

そっけない態度で返された。顔は既に向こうを向いており、身体の拘束が解かれたように軽くなった。話を続ける。

 

「・・・・深く込み入った事を聞いていい?」
「あん?なんだよいきなり」
「どうしてバードハウスに入ろうとしてるの?」
「・・・は?」

 

バードハウス。5つのエリアに分かれており、それぞれに適応した鳥の住処のような場所。過去にサンドスターの流出事件があり、ハウス内の鳥が大勢フレンズ化したことがある。それを反面教師として、サンドスターを無効化する装置が置かれている。フレンズが立ち入れば瞬時に元の生物に戻ってしまうので立ち入り禁止になっているが、リクマは度々そこに入り込もうとしているらしい。無論、監視の目を避けられるはずがなくいつも未遂で終わるようだが。

 

「・・・・・当ててみろよ。その目、疑問なんかハナから抱いてねぇみたいだしよ。」
「気付いていた…?」
「馬鹿が。分かり易いんだよ、お前の顔。」

 

帽子をしていないのが仇になったか。何も遮られていないその素顔は、感情を正直に映し出していた。その青い瞳の男は応える。

 

「楽しくないのか?ヒトの姿になってからさ。」
「・・・血の気の少ないヤツばっかでよ。」

その鳥は続ける。

「狩りをして当たり前、恐怖されて当たり前、ヒトの天敵それがオレ。それがカンムリクマタカのはずだろ。何が悲しくてオレを庇ってんだって。
わかってんだよ、自分勝手で傲慢だってことは。だからバードハウスに入ろうとした。元の鳥に戻っちまえば、こんな生活すぐに終わる。ヒトになっただけで窮屈なんだ。嫌気が差す。だけどよ、お前ら人間の命令なんか聞きたくねぇ。弱いヤツらとつるんだら、カンムリクマタカの名が廃るって感じちまうんだ。それなら一生独りでだっていい。俺は孤高のまま、終わってやるよ。」

 

カンムリクマタカ。霊長類を好んで捕食するとされる猛禽類。
そうだ。僕は知っている。その恐ろしさを。
飼っていた狐を・・・・ミドリを襲った鳥も、同じカンムリクマタカだった。

ヒトを襲うと云われる鳥。同じヒトのナリをして、さらに強大な力を手にしているなら、こうやって拘束じみた管理をせざるを得ないのも頷けてしまう。

 

「・・・そうだよね。楽しくないよね。僕らがずる賢いせいで、君が苦しんでるんだもんね。」

 

僕ら人間は彼女より格下でなければならない。狩る側と狩られる側として、慣れ親しむことはできない。その生まれついての線引き故に、彼女はヒトと分かり合うことを放棄したのだろう。己の威厳を緩めることは、今後の一生を左右するかもというある種の生存本能からかもしれない。

 

「・・・それでも僕は、分かり合いたい。」
「諦めてくれよ。オレはオレの強さだけが認められればいいんだ。」
「今日のところは帰るよ。・・・・また来るね。」
「・・・・勝手にしやがれ。」

 

吐き捨てるように言葉を吐かれた。しかし最後に発したその声は、寂しそうな感じだった。

 

 

 

 

 

―――――どこかの暗い一室。
「カンムリクマタカ・・・・このアニマルガールを、ですか?
・・・・・・えぇ。引き受けましょう。それが貴方様の望むことであるならば・・・♪」

 

 

 

バレンタイン当日。世間はカカオの香りに包まれる。非リアの僕には関係ないがな。
今日は区域内の掃除当番を任されている・・・・・はずなのだが。

 

「鳥類センターからの連絡だ。欠員が多いらしい。行ってきてくれ。」
「!・・・・はい。」

 

やった。自分の幸運に感謝!圧倒的、感謝!
早速リクマのいる鳥類センターへ向かう。

 

館内での挨拶を済ませ、掃除用具を取りに行く途中、見てしまった。
白いアニマルガールが、展望台を登っていく姿を。

セツナには分かっていた。そのアニマルガールの正体が・・・・!

 

「くそっ!なんでお前がここに・・・・!!」

 

 

 

 

いつものように大木の枝に座り、天井の青空を見上げる。
今の彼女は籠の中の鳥に等しい。この空へ飛び立つことが許されない。だけど、彼女自体が妥協しなければいけないのは、周りはもちろん彼女すらとうの前に理解している。

悶々とした悩みを抱える彼女の前に、その狐は近づく。
自分の武器の射程距離範囲に入るまで近づいていく。音を立てず・・・・。
そして、取り出したクナイをリクマに向かって投げた。

 


「!!」

 

間一髪。リクマはクナイを避けた。投げてきた先の狐を睨んでいる。

 

「惜しいですね。まぁ、貴女程のアニマルガール相手なのです。予想はしてましたよ。」
「不意打ちか。オレもその手の類だが、テメェのは陰湿極まるな。名乗れ。」
「・・・・呪術師イズナ。主の命令に従い、貴女の命を奪いに来ました。」

「・・・・!」

 

吊り橋の向こうの展望台では、既に2匹が相対していた。このまま吊り橋を渡っても気付かれる。階段の途中で身を潜めて気を伺うしかない。

 

呪術師イズナ。パークを騒がせる指名手配犯。
悩みを抱えるヒトの下へ現れては、依頼としてそのヒトの命令を請け負うという変わった存在。依頼者の命令の下、そのヒトの障害となる存在を裏工作で抹消したりなど。平凡な学者がとんでもない賞を受賞した背景にはイズナが関わっているとまで疑われるレベルには、パークで問題視されている。一番恐ろしいことは、イズナが金品の奪取を繰り返していること。そしてそれは決まって、依頼者から奪取して姿を眩ませるのだ。

このイズナもまた、誰かからの依頼で動いているのだろうか。


「イズナ?・・・・はッ。見た感じチビっこい狐じゃねぇか。」
「ヒトは見かけによらず、ですよ?」

 

言葉が切れると同時に、新たなクナイがリクマを襲う。
枝から飛びクナイを躱す。頭の羽を羽ばたかせ、睨む目をさらにキツくする。

 

「オレ様に喧嘩を売ってるみてぇだな。上等だ、買ってやる。こちとら鈍ってところだ、リハビリ運動に付き合ってもらうぜぇぇ!!」

羽を広げ、急速にイズナに接近する。そのまま頭を掴もうと右手を構えながら。

 

「楽しむ気などありません。一方的にカタをつけるだけ。」

近付いてくるのは予想済み。6本のクナイを投げつける。
それを右へ左へと躱し距離を詰めていく。しかし・・・・

 

 

グサッ・・・という音がした。見ると脇腹にクナイが刺さっていた。

 

「なっぁ・・・あ・・・!?」
「貴女に向けられたクナイの後ろに本命の2本を投げました。避けた先に当たるよう弾きあったのです。予見できず残念でしたねぇ・・・くふふっ・・・!」

 

イズナの手前で落ちるリクマ。出血はあれど死亡には至らないだろう。
勝ち誇った顔で、イズナは彼女に近付いていく。

 

 

「・・・貴女は、害です。早々に消えることを推奨いたします。」
「おい・・・いきなり何言ってんだ・・・?」
「主は貴方を疎ましく思っているようですよ。私に命を奪って欲しいと頼むほどに。」
「・・・・・恨まれてんのかオレ・・・・。」
「ヒトの営みを妨げるだけの存在、それはまさしく貴女だ。ヒトに何の利益ももたらさず、のうのうと生き延びる。傲慢に、身勝手に、寄り添う者達の善意を踏み躙る。」
「何が悪いってんだ・・・・オレの、何が悪いってんだ!!」
「全てです。・・・優しくされている内が華だったのですよ。言う事をちゃんと聞いて、愛想を振り撒けとはいかなくとも、期待に応えるだけの機会は幾らだってあった。それをドブに捨てたのは貴女自身です。恨むなら、視野の狭い自分のアタマを恨みなさい。」

クナイを取り出し、とうとう詰めに取り掛かる。

 

「今すぐバードハウスに飛び込みなさい。・・・・最も、元よりそのつもりでしょう?」
「・・・・・オレは・・・!」

 

 

バシィ!・・・カンッ・・・カラカラカラカラ・・・・

手に持っていたクナイが宙を舞い地面に転がった。手の甲に微かに香るのは・・・カカオ

 

「何者です!?」

 

振り返った先には、スリングショットを手に持ったセツナがいた。もう片方の手に持っているのはチョコ菓子のビニール袋だ。そしてゴム紐の先にチョコボールを装填し、

 

「バレンタインデー・・・・・キィーーーーーーーッス!!!」

 

必殺技名を叫ぶが如く、2発目のチョコをイズナに向けて発射した。
が、あっさり避けられてしまった。イズナのポーカーフェイスは崩れていた。

 

「貴方は・・・・・馬鹿ですかッ!?」
「やぁクダギツネ。僕のチョコの味は如何かな?」
「市販の既製品を自作と称するのはお辞めなさい。というより貰われる側でしょう。」
「生まれてこの方、女の子からチョコなんて貰ったことないからどうだっていいよそんなこと。手渡したい相手がいるなら、性別だの作者だの関係ないね。要は渡すという行為自体が大事なんだ。」
「そんな・・・・達観なさるほど、曲折した心にお育ちに・・・(泣)」
「誰のせいだァー!!」

 

3発目、4発目、クダギツネはヒョイヒョイっと躱していく。
リクマ達の周りの地面は、しだいに無数のチョコが転がる。

 

「お前は・・・・?」
「ん?・・・・あーそっか、帽子したままじゃ分かんないか。」

 

帽子を外す。リクマが驚愕の顔をする。イズナは・・・・それをジッと見つめていたが。

 

「リクマ。その狐の言うことは、半分正論で半分不正解だよ。昨日ここの職員に聞き込みをしてみたら、確かに君には手を焼いているけど、決して見捨てはしないってさ。」
「それが辛いんだよ!・・・・変わりたくても中々変われないのがよォ・・・!!」
「リクマ・・・・・それが君の本音なのか?」
「・・・・・嫌われ者が、今更心を入れ替えて何様ってハナシだろ。オレは格下に見られるのだけは大嫌いなんだ、死んでも頭なんぞ下げたかぁねェ。最強の猛禽類の看板を汚すことだけは、生態系のトップとしてのプライドが許さないからな…!」

 

・・・・・・・・・・・。

 

 

「・・・・外に出ようか。それで街を歩いてさ、ヒトを知ろう?」

 

考察し、答えが一つ出た。この子は、ヒトを理解できてないのかも。動物だった頃の常識に依存しすぎて、それに固執するあまり新たな環境に全く対応できていないのだ。ご飯に困らない生活だが、不自由ない生活だが、心の底から自由ではなかった。まさしく籠の中の鳥。出ることを諦め、自ら命を終えようとしているのだ。

 

「ヒトを知ろう、もっと色んなことを学ぼう。学ぶことは誰も禁止してないだろ?」
「お前らのことを知ってどうなるんだよ・・・・絡んだって迷惑なんだろうが。」
「いいじゃないか絡んでいったって。誰もリクマの足元を掬おうだなんて思ってないよ。少なくともここの人達は君と分かり合いたいって思ってるはずなんだ。」
「信じねぇ・・・そんなこと、信じねぇ!オレの傲慢さは変わらない!お前が知らねぇだけだ。日頃のオレを間近で見りゃすぐに諦める。信じられなくなる!」
「それでも、信じたいんだ!僕は!リクマを!動物を!アニマルガールを!
だから、強さを見せてよ!君の、カンムリクマタカの強くてすっごいトコロをさぁ!」

埒があかない。なら思いっきり言おうか。焚き付ける、その心の蝋に火を点けてやる。

「それともカンムリクマタカはぁァァ!・・・・目の前の、狐一匹狩れないのかよぉーーッ!!」

 

カチンッ
バサァッ!!

 

「なァぁぁッ!?」

 

長い会話を横で聞いていただけのイズナを、大きな羽の一閃で吹き飛ばした。

 

野生解放だ。カンムリクマタカの羽が大きくなる。2枚の羽の長さを合わせれば2メートルは軽く超えるようだ。その存在感、まさしく最強の猛禽類に相応しいだろう。

 

「狐程度・・・・本気出しゃあ、殺れるに決まってんだろ・・・?」
「ぐ・・・・うううぅ・・・ここでは分が悪いようです、ねッ・・・・!」

 

イズナは勢いよく壁に打ち付けられたようだが、それでもまだ動けるようだ。
展望台から飛び降り、大木の後ろ側へ消えていった。

 

「・・・・あの先は・・・・バードハウス?」
「オイ、セツナぁ。」

 

首根っこを掴まれた。

「随分嘗めたクチ聞いてくれたじゃねぇか・・・狐一匹?ヒト一人の聞き間違いだよなぁ?」
「痛い痛い痛い痛い!!ゴメンてゴメン!分かってる!リクマは強いってことを見たかっただけ!それだけだからぁ!痛いってばぁぁ!」
「ケッ・・・・(手を離す)」
「ゲホッ・・・ゲホッ・・・オェェ・・・・」
「・・・チッ。はぁぁ・・・・なんつうかよ、色々吹っ切れそうだわ」
「それは良かった。・・・っと、まだ安心しないでよ。イズナはまだいる。」
「分かってぇよ。バードハウスの入口で待ち伏せして、オレを誘い込んでやろうって魂胆なんだろうが・・・そうはいかねぇぞってこったろ?」
「そそ。でも万が一だ。不測の事態を考えて、これを君に。」
「あん?デッキブラシ?」
「いざというときに役に立つ。」

 

 

 


バードハウスに繫がる通路。奥にイズナはいた。その後ろの扉を潜れば、あらゆるアニマルガールが元動物に戻ることだろう。向こうからすれば背水の陣のようだが、それこそがイズナの罠なのだろう。

 

 

リクマがやってくる。
リクマは低空飛行しながら、イズナに直進していく。


口元がニヤけるイズナ。術の構えをとると、左右に四角形の結界が貼られた。鳥の性質上、羽を広げなければならない。ただでさえ狭い空間なのに、飛ぶための広さを奪われてしまった。

 

「そういうことか。だったらこうするまで!」

 

羽を畳み、託されたデッキブラシを構え、足で走ることへ切り替えた。さらに狭くなった通路を少し身体を反らせながら、イズナへ走っていく。

 

「走ることまでは想定済み。要は躱せなくなればいいのです。」

 

6本のクナイを1本ずつ投げつける。先程のトリックは無いが、左右に躱すことはもう出来ない。
走りながら、それをデッキブラシで一本ずつ弾いていく。距離はもう目と鼻の先だ。

「もらったあああああああああああ!!」

 

 

ジャンプしデッキブラシを大きく振りかぶる。

 

 

 

が、次の瞬間、イズナの身体が霊体に分裂した。一撃を躱すかのように、リクマの身体をすり抜け、やがて元に戻る。

 

 

「慣れないことをするからですよ・・・・自分から飛び込んでで消えなさい♪」

 

「消えるのはお前だ!!」
「・・・ッ!」

 

 

よく見ると、リクマの腹部に巻き付いているのは・・・・ロープ

セツナのいる場所からロープは続いていて、リクマはそれに繋がれていた。
バードハウス内へのギリギリのところで、リクマの身体は移動をストップした。ロープの限界距離だったのだ。
気付こうと思えば気付けた。しかし、両隣を結界で狭め視野を狭くしたせいで、真正面のリクマしか注目していなかった。

 

「このような小細工をォォ!!」
「小細工なんてお前の専売特許だろ?クダギツネ。」

 

後ろからのリクマの殺気に気付き振り返る。だが接近戦でイズナがリクマに勝てるわけがなかった。クナイで応戦するも、リクマの足技で両腕を負傷された。

 

「オレのキックの味・・・・オレからのバレンタインを受け取れぇぇーーッ!!」

 

野生解放により通常の数十倍の脚力の蹴りをイズナはモロに喰らった。後方に広がるバードハウスへと飛んでいった。しかしそこではアニマルガールの存在は許されない。

 

「ぐぅっ・・・・うわああぁぁあぁぁぁ・・・・こんな、ところでぇぇぇッッ・・・・!!!」

宙を舞うその狐の身体は、絶叫と共にみるみると霧散していった。跡形もなく。

 

「!・・・消えた?」
「あれは妖怪。元から存在しない架空の生物だよ。プラズムだけで構成されてるクダギツネは、そのまま跡形もなく消滅するってわけ。」
「これで、終わりか?」
「少なくとも今の個体はこれで終わり。でもあれ、分身体なんだ。つまり本体を倒さない限り、アレが居なくなることはないよ。」
「お前、あいつと知り合いなのか?」
「・・・・まぁね。過去に色々あって。」

 

 

 

 

 

 

「お客も職員も都合良く居ないで助かったー。見られていたら騒ぎを起こされていただろうからね。ま、事後処理はしなきゃいけないけどさ。カメラはあるだろうし」
「・・・イズナってのは何だ?」
「僕たちヒトの敵。いちゃいけない類の人類悪だよ。」

少し、経緯を話しておこうか。帽子の無い青年は語りだす。

 

 

「僕ね、普通ならパークで働けなかったんだよ、しかも特殊動物飼育員は女性比率高めで取ってるからさらに難しかった。」
「ならどうやって?」
「・・・イズナを始することを条件にね。元々あの子の飼い主だったんだ、僕は。いや、正確にはクダギツネを飼っていたというのは違うんだけど・・・・まぁそれでもいいか。僕の身勝手さ故に、あの子をこの地に置き去りにしちゃったことがあるんだ。それで僕が本土にいる間に、あの子がこの島で悪さをしていて皆手を焼いてて・・・・。」
「悪いって思ったのか?」
「・・・うん。こんなロクデナシのせいで沢山の人に迷惑を掛けてるんだ。飼い主として、あの子をどうにかしないといけない。」

 

少し呼吸を整えて。

 

「これからは、余った時間に君の顔を伺うことにする。それで可能なら外へ散歩でもしようよ。それからそれかr」
「オレも手伝っていいか?」
「・・・え?」
「偉そうな口を叩くあの白いのはよ、最後までオレを嘗めくさってた。どうも腹の虫が収まらねぇ・・・・っていう体でもいいぜ。」
「ど、どういう・・・?」
「外に連れ出してくれんだろ?なぁ。」

 

相変わらず鋭い目付きだ。だが、敵対するためではなく、会話をするための目だ。先程の熱い説得が、少しは彼女の冷めた心に届いたのだろうか。

 

「ところでよぉ。チョコって美味いのか?今日はバレンタインってんだろ?なぁなぁ買ってこいよぉ。」
「いやいや。君たち女の子が渡す側だって」
手渡したい相手がいるなら、性別なんて関係な・・・・だろ?」
「・・・・はい。」

 

袋に余っていたチョコを渡す。数は残り少ないが、リクマの目はキラキラと輝いてくれた。

 

 

 

 

終わり。

 

 

 

 

【登場人物】

雪鳴遊立

穂霜愛作

カンムリクマタカ「リクマ」

呪術師イズナ


Tale

シェアボタン: このページをSNSに投稿するのに便利です。

コメント

返信元返信をやめる

※ 悪質なユーザーの書き込みは制限します。

最新を表示する

NG表示方式

NGID一覧