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蒸気機関車とは蒸気機関で走る機関車である。SLとか汽車とかカマとも言う。
黎明期には「鉄の馬」、明治時代には「陸蒸気」と呼ばれていた事は有名。
▽目次
動力
搭載されている蒸気機関は発電所などで使われるタービン機関ではなく、蒸気でピストンを動かすレシプロ機関である。
燃料は石炭や重油・灯油がメインだが、枯れ草や木、製糖工場で出たサトウキビの絞りカス、ミイラなど可燃物であればほぼ何でも使える。
電気の熱で温めてもいいので、化学反応(アンモニアや苛性ソーダ+水)で高圧蒸気を発生されるものもあったが、危険な上に出力が物足りないので廃れた。高圧蒸気さえあればいいので、エアコンプレッサーで動かす事もできなくもないが。
工場作業用ではボイラーの代わりに蒸気タンクを備え、高圧蒸気を外部から補給してピストンを動かす「無火蒸気機関車」という変わり種も居たりする。
更に核燃料を使うトンデモ機関車も大真面目に計画されていたが、「普通に原子力発電所で発電した電気を使って動く電車走らせたほうがいいんじゃね?」と気づき、
計画倒れに終わったが放射性廃棄物はどうする気だったんだ。
なお1度使用した蒸気は基本的に捨ててしまうが、性能をフルに発揮するにはその水の質も大事になってくる。
基本的にカルシウムやマグネシウムを多量に含む硬水は不適で、軟水が適切とされる。
硬水だと水垢がパイプ内に付着して性能低下や最悪の場合ボイラー爆発につながる為である。
なので硬水が出る機関区では軟水化処理をしたり、軟水が出る地域で給水したり、わざわざ運んできたりと様々な工夫をしていた。
ちなみにきかんしゃトーマスの原作絵本ではこのネタで「イングランドの水を飲むと具合が悪くなる」という趣旨の発言がある。(第23巻1話)
種類
滅茶苦茶多い。
動力方式の他に、駆動の伝達方式やら車軸の種類や配置やらボイラーの燃焼方式やら独自の方式も多く、またそれに伴って人名由来の言葉が使われていることも多い。
わかりやすいのはタンク式とテンダー式の2種で、基本的に前からボイラー・運転席・タンク/テンダーという車体構成。
燃料と水をタンク式は機関車後部に搭載し、テンダー式は機関車本体ではなくテンダーという別の車両に搭載する。
一長一短あり、タンク式は小回りが利くものの、長距離運転が苦手。逆にテンダー式は長距離運転が得意だが小回りが利かない。
ごく少数ながらタンク・運転席・ボイラーという構成や運転席・ボイラー・テンダー(キャブフォワード式)、ボイラーの上に運転席(キャメルバック式)も存在したが、
色々都合が悪いため結局多数派の向きに直され、更にボイラー爆発などの事故時には乗務員が危険すぎるため、
トンネルの多い山岳区間を抱えた路線(こういう路線では運転席に煙が入らずに済む)等の利点が生かせる区間での活躍が中心で、少数派にとどまった。
また、先頭部にも連結器が付いているが、こちら側への客車連結は特別な理由がない限り行われない(終点で機関車の向きを直せないなど)。
これもボイラーが爆発した時に危ないというのが理由。
これ以外に動輪数が多い場合、全部をつなぐとカーブで曲がり切れなくなったり、ロット類の重量がかさむことによる振動増加を防ぐため、
前後2つ以上に走り装置を分ける「関節式」というのもあり、
日本では後部固定・前部首振りというマレー式が少々使われたが、世界的には「前後とも台車のように首を振るフェアリー式」や
「台枠を3つ設け、ボイラーのある中央を前後で支えて両方首を振るガーラット式」なども比較的メジャーで、
これら以外にもはやらなかった多数のマイナー形式が存在している。
また、日本に現存していないがロッドから車輪への動力伝達に歯車を使った方式もある。
特に軽量小型化に成功し、ピストンなど走行装置を全て片側に寄せたシェイ式は世界的な知名度が高い。
他にもロッドと直結した車輪を走行用車輪の上に置いて摩擦伝達させる、各車輪ごとにピストンを設置するなどの試作機関車があるが、いずれも失敗に終わっている。
いかに車体が重かろうと、鉄の車輪とレールでは摩擦が少なすぎて空転しやすい。
粘着力が稼げるよう走行装置を工夫し同調させる車輪の数を増やしたことで成功するのも、滑りやすいやり方をして失敗するのも当然と言えるだろう。
鉄道の上より先に、舵を持つ自動車として発明された。
初の記録では重量バランスの問題で舵が切れず起動早々に家の塀に突っ込み自動車事故第一号の記録を同時に打ち立てている。
鉄道自体は鉱山のトロッコなど人力や馬で引く荷車用に既に存在しており、蒸気機関の使用も試されたが、
初期は鉄のレールを鉄の車輪で滑らずそれでいて壊さず走るのがなかなか難しく、レールの間に設けた歯車で推進するアプト式がまず実用化された。
鉄道上を駆動輪で走る蒸気機関車は炭坑用の「パッフィングビリー」号が初の成功例となる。
機関車はそれから続々と実用化されて行くが、当時は不安視・疑問視する報道も多く、10数年後にハッキリさせるため競技会が開かれる。
ここで洗練されたシンプルな構造で安定性・耐久性・スピード全てにおいて圧倒的な性能を見せた「ロケット」号が、後の蒸気機関車の基本構造のスタンダードとなっていく。
性能
煙突から出る煙の色でボイラー内の燃焼状況が分かり、黒い煙を吐いている時は燃料が上手く燃えていない。白い煙は上手く燃えている証拠。
なお煙には大なり小なりススが含まれているため、夏場に客車の窓を開けていると鼻の穴が真っ黒になってしまったという。
その熱効率はなんと5%しか無く、発生させた熱エネルギーの95%は捨ててしまう。なおフランスには10%越えのSLがあったが、それでもその程度である。(同じ熱機関でも内燃機関は普通に30から40%は使える)
これは効率を改善すると車体が重くなり性能悪化の原因となってしまう為、ならば熱効率の悪さには目をつむり、叩き出されるパワーに全振りしようという訳。
燃料は粗悪なものでも使用可能なので熱効率が1/6でも、燃料代などが1/6を下回ればこっちの方が経済的というわけである*1。
しかも非常に効率の悪い蒸気機関車は、見た目の大きさの割にパワーでは電気機関車やディーゼル機関車に劣る。*2
更に上述の様に空転が多発するため、特に上り坂には非常に弱く貨物列車を中心に立ち往生する事例も多かった。
このため路線を建設する時は上り坂がなるべく緩くなるようルートを選定したり、つづら折りにしたり、出来ちゃったものは仕方ないからと機関車を2両以上連結したりしていた。
それでも
- 上り坂で立ち往生して再発車に手こずり、しかも止まった場所がトンネル内だったので機関士と助士が窒息して気絶→死亡してしまう
- トンネル内で列車が立ち往生し、煙から逃れるために線路へ降りた乗客が後退してきた列車に轢かれて亡くなる
という痛ましい事故も過去に起きている。
運用
運転は車両の加減速を操作する機関士と、ボイラーに燃料をくべるなど機関士のサポート役の機関助士の2人1組で行う。
重連運転*3をする時はそれぞれのカマに機関士と助士が乗り、汽笛を合図に走っていった。
燃料をくべるにしても、ひたすら石炭を放り込めばいい訳ではなく、炉の中で均等に燃えるように工夫したり、
勾配次第で投炭スピードを変えたりするなど、非常に高度な知識と経験が求められる専門職であった。
下手な機関助士がペアになると機関士は露骨に嫌な顔をすることがあったりなかったり。
1日の運行終了の度に火落とし・再点火を繰り返すとすぐ傷んでしまうので、ボイラーに一度火を入れると、基本的に次回の分解整備・検査まで火は付けっぱなしとなる。
ボイラーに溜まる燃料の燃え殻は、基本的に車両基地に帰ってから処理するが、長距離列車だと途中の主要駅で落としていく事もあった。
仕組みこそシンプルだが色々な部品が直接触れ合っている関係上、調整やコンディションチェックはかなりシビア。
精度が悪すぎてもダメだが、良すぎてもダメ。
時に「蒸気機関車は生き物」と言われる。
途中駅での乗務員交代時に触れ合う箇所が熱を持っていないか、油切れを起こしていないか、足回りを点検する光景も日常茶飯事。
そのかわり、電子制御なんてものは使ってないので、部品が製造できる限り半永久的に運用できる。
台枠という車両の基礎の部分やボイラーなどを取り替えて100年以上現役のカマも存在するというのだから驚きだ。
日本では動力近代化計画の名の下にSLは電車やディーゼル車に続々と置き換えられ、スクラップにされていった。
だが公園や博物館、学校などに引き取られて大切に保存されているカマも多数存在し、一度静態保存になってから再度本線復帰を果たしたカマや、
圧縮空気を動力に短距離ながらも走行できるようになったカマもいる。
中には静態保存車の修復や復元を行う際に採寸し、中身をディーゼル車化したレプリカを新造して運行するという変わり種も。
ミニチュアサイズのSLは外見だけの電気機関車も少なくないが、蒸気機関車も存在する。
とはいえ永きに渡る静態保存中に自然や心無い人の手で朽ち果ててしまい、やはりスクラップにされたという事例も少なくはない。
□国内の主な蒸気機関車の形式
- 8620
動輪が3つのテンダー式機関車。国産初の量産型機関車で、客車を高速で牽引することに長けている。ナンバープレートから製造順が特定しづらいが、
万の位の数字×80+(下二桁の数字-20)+1
の公式で特定できる。JR九州と京都鉄道博物館で動態保存中。
ハチロクの通称でよく知られるが峠を爆走したりはしない。輸入機の流れを汲んだ優美なスタイルが特徴的で、特に初期車はキャブ下のランボードがS字を描いており、「Sキャブ」と呼ばれ人気があった。
大正の終わり頃までは東海道本線の急行などで活躍し、より強力な後輩機が登場すると手頃な大きさからローカル線用や入れ替え用機関車として明治時代に欧米から輸入された雑多な輸入機を置き換えるなどして重宝された。
(なので昭和初期の鉄道ファンからは9600とともに「個性豊かな輸入機達を引退に追いやった没個性でつまらないカマ」と、100年後の未来でも通じるような罵倒をされていたりする)
SL末期までわりと現役の車両が残っており、また製造ロットによる設計変更や製造後に受けた諸改造で個体ごとの外観が個性豊かな形式でもあった。
最近の創作では、『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』に登場したSL無限号のモデルとなった*4。
- C10
動輪が3つのタンク式機関車。都市近郊路線で客車を牽引することを念頭に製造されたが、ちょっと重すぎたため、23両という少数の製造に終わった。
大井川鐵道で動態保存されている8号機が現存する唯一の個体。
ちなみにC10の名称は「アルファベット:動輪の数」「二桁の数字:種類」という命名規則に由来する。
この二桁の数字のうち、タンク式には10から49までを、テンダー式には50から99までを順に割り振るようになっている。
これ以降の車両も基本的にはこれに従っている。
- C11
動輪が3つのタンク式機関車。
C10を軽量化して線路規格が低い(=重量制限が厳しい)ローカル線でも運用しやすくした。381両(+私鉄用の同型20両)が生産された。
JR北海道、東武鉄道、大井川鐵道で動態保存中。
小柄な車体故かトーマスへの変身機会が多い機関車でもある。
- C12
動輪が3つのタンク式機関車。C11よりも更に軽量化し、運転コストの低減と運用線区を広く取った。
日本列島だけでなく中国・インドネシアでも軍の要請で供出された個体が活躍し、樺太、台湾、海南島、インドネシア、タイでも運用されていた。
真岡鉄道で動態保存中。
- C50
テンダー式機関車。C51より番号が若いが製造はこちらの方が新しい。
8620を近代化させた設計としたが、先台車まわりの構造の違いと装備増加の影響で取り回しは悪化した。
だが一見改悪に見えた設計が入れ替え作業に適しているとわかり、大きな駅や操車場の入れ替え機として活躍した。
現在は6両が静態保存されている。
- 18900/C51
テンダー式機関車。製造途中で附番方法が改定されている。
当時の狭軌鉄道では最大級である直径1750mmの大動輪を搭載した、日本初の高速旅客用機関車。営業運転時の最高速度は時速95km/h。
東京-大阪間を結ぶ特急「燕」の初代牽引機として活躍した。中でも239号機は天皇の乗るお召し列車を百回以上も牽引するという栄誉の持ち主。後継のC53が登場してからも特急やお召し列車の運用に就いていたことからも、信頼性の高さが伺える。
C57など後続の機種に置き換えられるのが早かったため、当時の評判とは裏腹に現存数は5両と少ない。
- C52
テンダー式機関車。車体の左右両脇に加えて中央部分にもシリンダーを搭載した変わり種。当時欧米の最先端技術として普及しつつあった3シリンダーを日本に持ち込むための研究サンプルとして6両だけアメリカから輸入された。
データの収集後は持て余され、各地をたらい回しにされた末、戦後すぐに廃棄された。
- C53
テンダー式機関車。C52によって得られた知見を元に3シリンダーを採用し、走行時の乗り心地と牽引力を向上させた。
しかしその代償として保守整備にコストがかさみ、複雑な機構や設計の拙さ故に不調も頻発するという両極端な性能で賛否が分かれた。
それでも当初は特急用ということで、浜松工場の「標修車」を始め、各工場の威信を賭けた徹底的な整備を行っていたが、やはり扱いが難しかったのかお召し列車の牽引実績が無い。
結果SLブーム到来よりも早く淘汰され、京都鉄道博物館にわずかに1両が残るのみに。
他の車両についても一部は廃車後に炭水車のみを糖蜜輸送用タンク貨車のタキ1600へと魔改造された。
43号機のみ流線形に改造されたが、ただでさえ保守の難しい当機を後から改造したため非常に扱い辛く、
戦時中にはカバーを外された不格好な姿になってしまい、現場からは「お化け」と呼ばれていたという。
- C54
テンダー式機関車。耐久力の劣る路線にも投入できるC51の軽量化版・・・の名目で開発されたが、
軽すぎて牽引力が大幅に低下したために空転が多発、さらに強度不足ですぐに破損する等、多くの問題が露呈して不評を買った。
結果わずか17両で生産打ち切り、保存機もゼロ。その不遇っぷりから、SLファンの間では日本屈指の迷機として有名。部品はごく僅かのみ現存する。
開発者の言によれば、そもそもが改良機の投入を見越した試験機のつもりで設計したとの事。要するに初めから使い捨てる前提だった。身も蓋もないが見方を変えればサンプルとしての役割は果たせたとも言える。実際、本形式で初めて標準搭載された除煙板は後続機の基本装備となり、それ以前の機種にも追加で装備された。
余談だが、本形式に限らずDD54にED54、EF54と54と名の付く機関車はいずれも構造的欠陥から不遇をかこっており、ファンの間では「54番の呪い」とも呼ばれている。
- C55
テンダー式機関車。C54が上記の体たらくだったため、その失敗を踏まえて不足分を補うために開発された。
台枠がそれまで主流だった板台枠*5から耐久性で勝る棒台枠*6に変更された他、動輪など各部位に補強が施されており、動輪にかかる重量も配分が調節されている。また、それまではボイラーの上に二つあったドーム(砂箱と蒸気溜め)が一体化されている。
20~40号機の2次形は当時流行の流線形のボディで製造された。
しかし無駄に整備点検を煩雑にした上、機関室に熱気を閉じ込めて乗務員の負担を増大させたため戦時中に通常形態に戻された。
期待されていた空気抵抗の軽減も殆ど効果が無かったが、流線型カバーが排気煙を整流する副次効果は狙い通りに働き、乗務員と乗客からは喜ばれた。
国内では4両が静態保存中。
流線型の保存機は存在しないが本来流線型の30号機が保存される予定だった。
しかし手違いで廃車後すぐに解体されてしまい、誤魔化すためにプレートの付け替えや刻印の打ち直しで流線型ではない50号機を30号機に仕立て上げたという逸話が残る。
しかし見た目が違いすぎるのですぐにバレた。現在50号機は小樽市総合博物館で保存されており、今も誤魔化しの痕跡が残る。
C53やC55の例を見ても分かるように、日本の蒸気機関車は昭和に入って以降、最新技術の導入に大体失敗しており、
少なくとも速度の向上という点に限って言えば日本の鉄道技術は停滞気味であったと言わざるを得ない*7。
その原因としてはよく線路幅が狭いのに加えて、地形の高低差が激しく地盤も緩いためカーブや急勾配が多くならざるを得なかったという点が挙げられるものの、
同じような地形条件を有していながら欧米との太い繋がりのあった南アフリカ*8やニュージーランドの鉄道*9ではそれらの条件をクリアし、
宗主国に引けをとらない高速運転を実現させていた辺り、むしろ厳しい財政事情や保守的な経営陣等に起因する所が大きいという実情があった。
その理由は幾つもあるが、結果として欧米に引けを取らない高速かつ安定した鉄道輸送の実現という開発陣の悲願は戦後、東海道新幹線の開通によってようやく実現する事になった。
一方、運用や整備の汎用性という点では大きな成功を収めた。世界では機関車乗務員が特定の一機種だけを専属で運転する組織形態が主流であったのに対し、
日本は機関車と乗務員の運行を全面的に別個のものとして、誰がどの機種を操縦しても効率的に運用できるような体制を実現していた。
また、欧米の機種は最新鋭であるが故に複雑な操作や緻密なメンテナンスが要求されるため委任統治領での運用が難しく*10、
現地向けの簡素な機種を別途開発していたのに対して、日本型の機関車は現地の人間でも容易に運転できる事から
国内で用いられるのと全く同じ機種が台湾や東南アジアに広く持ち込まれ、使用された。
これは他国の蒸機と比較して勝っていた日本型機関車の大きな特色だったと言える。
部品の統一による標準化やユニット化など、こうした運用体制や保守修繕などのシステム面は、戦後の80系電車から新幹線の運用や開発でも活かされた。
- C56
動輪が3つのテンダー式機関車。愛称はポニー。
C12をベースにある程度距離の長いローカル線向けにテンダー式へと改良した機関車。
バック運転がしやすくなるよう、テンダーの両サイドを大きく切り欠いている。
ただバック運転時に脱線事故が相次いだためか、バック運転はあまり行われなかったとも。
戦争中、軍の要請でタイ・ビルマへ90両が送られた。
戦後もタイやミャンマーで運用され、今も大切に保存されているカマや奇跡の帰国を果たしたカマもいるが、
中には脱線事故現場に放置されたカマや、ボイラー内に火薬を詰め込まれて自爆し、その命を散らしたカマも多い。
大井川鐵道と京都鉄道博物館、タイで動態保存中。
- C57
動輪が3つのテンダー式機関車。元々はC55の4次形として設計されたが、変更点があまりに多いことから新形式を与えられた。
C54当初のコンセプト通り、線路規格が厳しい地方幹線での運用を目的としており、本機は言わばその完成形態。主に1次形と2次形はその整ったスタイルから貴婦人の愛称で親しまれた。
最終形となった4次形はC59の設計を取り入れたためにC57としては賛否両論の外見となってしまった。
手頃なサイズと扱いやすさから、現場から非常に好まれた蒸機の一つで、各地の機関区に引っ張りだこだったという。
お召し列車や急行列車を牽引することも多く、蒸機時代最晩年まで活躍した。
日本で最後の蒸気機関車牽引の旅客列車*11を牽いたのもC57で、通常ならD51が牽引するところをわざわざC57に変えたという逸話が残る。
当該機のC57 135は秋葉原の交通博物館→大宮の鉄道博物館に保存されている。
おそらくD51やC62と並び最も一般に馴染み深い機種。
JR東日本、西日本で動態保存中。
- C58
動輪が3つのテンダー式機関車。長距離である程度線路規格の強いローカル線で貨物列車と旅客列車を引っ張ることを前提に設計された。
特に本線級路線でも地盤が軟弱で大型機の導入ができなかった四国地方では、SL全廃まで最強の蒸気機関車として活躍したことで有名。
日本全国に配備されていたため北海道から九州まで幅広く保存車があり、JR東日本、秩父鉄道で動態保存中。過去には山口線用に動態保存機が存在した。
- C59/C60
C53の不評を受けて2シリンダー型に回帰した堅実な設計の大型機。日本における急行用機関車の完成形で、戦後形の全長は国内最大。
線路規格に収まるギリギリの重量バランスなためやや摩耗が激しく、燃費も若干悪くなったがボイラー圧力は限界まで高められた。運転台の乗り心地も最悪レベルだったが現場からの評判も良く、C62より好まれていたとか。
活躍時期が大戦期と重なり、戦後はすぐにC62に主力の座を譲るなど、今一つ地味な印象を拭えないが、
重厚感がありながらスピードを出せそうな軽快さも漂わせた外観から最高傑作に推す声もある。C57の貴婦人ほどは浸透しなかったが貴公子というあだ名もある。
乗り入れられる路線が限られていたため地方に転属する際、一部が従台車を2軸にしたC60に改造された。
京都鉄道博物館、九州鉄道記念館、広島市こども文化科学館に3両が残る。C60は仙台に1両が保存されている。
- C61
戦争中に大量に製造され、戦後余剰となっていた貨物用機関車のD51を改造し、旅客列車用に転用した。
同時期に製造され主要幹線に配置されたC62に対し、こちらは東北や九州の地方幹線で活躍した。
JR東日本、京都鉄道博物館で動態保存されている他、2両が静態保存されている。
- C62
通称シロクニ。
銀河鉄道999でもおなじみ。貨物用機関車のD52を改造し、旅客列車を高速で牽引することに長けている。
蒸気機関車としての国内最速レコードである129km/h(狭軌最速でもある)を達成したレコードホルダーだが、当時の機関士曰く「日頃から140km/h出していた」。
そのレコードホルダーである17号機はリニア・鉄道館に保存されている。
様々な特急・急行を牽引したまさに花形だが、意外なことにお召し列車の牽引は一度も無い。
動輪の配置はハドソン式と呼ばれ、ゲームメーカーハドソンの社名の由来でもある。
デフレクター(除煙板)にツバメのエンブレムを取り付けた個体が2両存在し、スワローエンゼルの愛称で呼ばれる。
特に2号機の人気は高く、梅小路蒸気機関車館(当時)の保存機の選定に影響を与えたと言われる。ただし調子が悪く現場からの評判は最悪だった。
京都鉄道博物館で動態保存中。かつてはJR北海道にも動態保存機が存在した。
- C63
電化完成やディーゼルカーの投入を待っていられない程著しく老朽化した機関車を置き換えるべく計画された形式。
ベースはC58ながら、性能面ではC51に近くなるよう設計がされた。
1956年に設計図こそ完成したものの製造命令が下されることはなく、そのまま蒸気機関車全廃を迎えたために幻の機関車となってしまった。
ただし設計図を元に縮小動態模型が製造され、京都鉄道博物館と郡山総合車両センターが展示・所蔵している。Nゲージでも製品化されている。
- 9600
動輪が4つの貨物用テンダー式機関車。
大正時代に誕生し、最も長く現役で活躍した日本最長寿の形式。
設計ミスで動輪クランクピンの位置が左側先行になっており、左足から歩を進める「武士道機関車」と渾名されている。
軽量ながら牽引力が比較的高い特性が輸送量の割に路盤の悪い炭鉱鉄道の需要にマッチし、国鉄以外にも北海道の炭鉱会社系の鉄道が独自発注した車両が多々ある。
中には二世代後のD51が生産されている時期に新造された機体(夕張鉄道11号機)もあった。
幹線での貨物輸送を退いた後も、手頃な大きさと牽引力の高さで石炭列車の牽引や入換機として重宝され、
入替機として最後まで現役だった追分機関区の3両の9600形が国鉄蒸気機関車最後の稼働機となった。
この機関車も8620形同様、長い現役期間で度重なる改造を受けたため、個体ごとの差異が非常に多い。
炭鉱の多かった北海道と九州を中心に静態保存機は多数あるが、酷使されたカマが多いのと最高速度の遅さから、本線上を走る動態保存機は今の所無い。*12
- 9900/D50
動輪が4つの貨物用テンダー式機関車。製造途中で附番方法が改定されている。
9600の後継機としてより強力なパワーを発揮できるよう設計された。
あまり目立たない機種だが、地上設備や輸送計画においては多大な影響を与えている陰の功労者。
改造機として従台車を2軸にしたD60が存在する。
現在はわずか2両が静態保存されるのみ。
- D51
動輪が4つの貨物用テンダー式機関車。通称デゴイチ。もっとも有名かもしれない。
D50をコンパクトにして汎用を高めるというコンセプト*13で設計され、やや寸詰まりな外見をしている。
1115両と、国産機関車としては最も多く生産された。
一応貨物列車牽引用の機関車であったが、勾配の多い山がちな路線などではパワーを買われ日常的に旅客列車を牽引したりもしていた。
また峠越えでは補機としてそのパワーを生かすことも多かった。
JR東日本、西日本で動態保存中。
その他、各地の公園や博物館に多く静態保存されているが、あまりに大量に作られたためにレアリティは低く、マニアからはほとんど注目されない。
1次形の1~85、91~100号機は煙突からドームまでが一体化した異様な外見をしており、その長いドームの形から「ナメクジ」と渾名されている。
中でも22、23号機はドームが運転台まで長大化した「スーパーナメクジ」として特に異彩な存在感を放っていた。
また長期間運用された量産機の宿命から配属地に合わせた改修や追加装備などで個性を獲得した機体も多く、中にはその差異に注目するマニアも居た。
特に山岳区間などに使用されたカマは煙突に大型の集煙装置(施工工場ごとに形状が異なる)を装備したり、
炭水車やボイラー上に重油タンクを増設したりなど、目立つ追加装備改修が施されたマッシブな印象の「重装備型」に生まれ変わっており、こちらはマニアの間でも人気が高かった。
特にSL時代末期に北海道の追分機関区に配備された北海道仕様の各種耐寒・耐雪装備・重油タンク増設と
『ギースル・エジェクタ』と呼ばれる特殊な煙突*14を装備した個体などは「フルアーマーD51」とも呼ぶべきカマでもあった*15。
改造機として従台車を2軸にしたD61が存在し、主に北海道の留萌本線で活躍した。
- D52
動輪が4つの貨物用テンダー式機関車。
1200トンクラスの貨物列車を牽引することが出来るようパワー・牽引力が大きく取られ、最大出力は国内最強の1660馬力。
しかし戦時中に製造されたため粗製による不具合や異常が多く、設計通りの性能を発揮できなかった個体がほとんどで、
ボイラー爆発事故という最悪の事態を複数回起こしている悲劇の機種。
戦後に修復されたものは実力をフルに発揮できたのだが、その頃にはDLやELの台頭が始まっており、活躍できた期間は短かった。
生産が途中で打ち切られたため、製造数とナンバーが一致していないのも特徴。*16
7両が保存されているが、保存されている地域に偏りがあり、5両が神奈川と静岡の御殿場線沿線(現役時の主な活躍線区)に集中している。
本線を走ることの出来る個体はいないが、圧縮空気で走れるようになっている個体はいる。
改造機として従台車を2軸にしたD62が存在する。
- E10
奥羽本線米沢-福島間にそびえる板谷峠を通過する列車に連結する補助機関車として開発された、動輪5軸を誇るタンク式機関車。国鉄最大にして最後に新規製造された蒸機。
板谷峠のトンネルで機関士が煙を浴びなくても済むようボイラー側が後ろを向くのが定位となっているキャブフォワード式機関車なのが最大の特徴。(普通はボイラーが前を向くのが定位)
投入から1年で板谷峠区間の電化が決定し、奥羽本線を追われて北陸本線の倶利伽羅峠越え区間に転用。
この時にボイラー側が前を向くように改造したが、ロッドや配管の配置の関係で機関士席の位置が通常とは逆の右側になっていた。
あまりに大きい車体からなかなか転用先が見つからず、晩年は峠どころか平地区間の北陸本線米原-田村間でピストン運行に転用され、最終的に1962年までに全廃された。
青梅鉄道公園で静態保存されている2号機だけが現存する。
- B20
戦時中に登場した、2軸の超小型機。車体が小さすぎて前面のナンバープレートがボイラーからはみ出している。
貨車の入換用として登場したが、あまりにも小さすぎる上、戦時設計の粗い造りで性能は良くなかった。
多くは機関区で雑務をこなす事業用車的な役割を果たしていたが、ほとんどは昭和30年代に早々と廃車になった。
一方で1号機と10号機は長く生き残り、現在も保存されている。
特に10号機は京都鉄道博物館に動態保存機として収容されており、「豆タンク」の愛称でマスコット的な存在となっている。
□営業線上を運行中の蒸気機関車
- C11 171
運行会社:JR北海道
北海道の炭鉱町の駅を舞台とするNHK連続テレビ小説「すずらん」撮影のために、北海道標茶町の公園で保存されていたカマを復元。
ドラマのロケ地となった留萌本線を走る「SLすずらん号」を皮切りに季節ごとに道内各所の路線で運行されていたが、
JR北海道の経営悪化や札幌圏や旭川圏で使用される新型ATS搭載が難しいことなどにより、現在は冬季シーズンに釧路で運転される「SL冬の湿原号」で稼働している。
- C11 207
- C11 325
- C11 123
運行会社:JR北海道(207)/真岡鐵道(325)/江別市の個人の静態保存(123)→東武鉄道
207号機は北海道静内町の公園に保存されていたカマをJR北海道が動態復元。
現役時代は海霧の立ち込める日高本線で活躍していたため、濃霧対策に「カニ目」と呼ばれる並列二灯ヘッドライトを備えているのが外観の特徴。
単独で運行したり、時にはC11-171と重連を組んだりしていたが、JR北海道の経営悪化や車体が小さいため新型ATS搭載が困難などの理由により2014年11月の団体列車を最後に運行を終了。
運行に必要な検査を受けさせず、車庫の片隅で静かに眠りについていた。
それに目をつけたのが東武鉄道。SLの運行を計画していた同社はJR北海道と機関車の貸し出しと客車の譲渡に関する契約を締結し、
JR東日本、西日本、四国、貨物から客車、車掌車、転車台などの譲渡に関する契約を締結。
更にSLを運転する乗務員の育成や整備のノウハウなどは既にSLの運転・整備実績を豊富に持つ真岡鐡道、秩父鉄道、大井川鐵道の協力を受けた。
なお東武鉄道線を走るのに必要なATSや無線機は機関車の隣に連結される車掌車に本体を搭載しており、運行時は常に車掌車とセットになる。
207号機は表向きJR北海道から貸し出しということになっているが、東武博物館の花上館長によれば「北海道に戻ることはないかも」とのこと。
325号機は新潟県の中学校で静態保存されていたカマを真岡鐵道が譲り受けて動態復元。
C12と共にSLもおか号として運行していたが、財政難を理由に形ばかりの売却入札の末東武鉄道への売却が決定。JR東日本の工場で検査を受け、2020年7月に東武鉄道へ入線。12月から営業運転を開始した。売却入札への参加条件が東武鉄道とJR東日本しか該当し無さそうなものばかりだったのは有名な話。
最後の123号機だが、これは国鉄のC11ではなく江若鉄道が製造・運用し、雄別鉄道を経て釧路開発埠頭で運用されていた同型機。製造当初は江若鉄道沿線の比叡山に因んだ「ひえい」と名乗ったが、後にC11 1に改番し、そのまま譲渡後も番号が引き継がれた*17。
廃車後に北海道江別市の山田さんが購入して長年密かに保存していたもので、一部の鉄道ファンの間で有名な山田コレクションの1両。
山田さんによる車両の管理が難しくなったことから2011年に日本鉄道保存協会へ譲渡され、譲渡されたコレクションからC11 1を東武鉄道が譲り受け、動態復元が決定した。
動態復帰後の車両番号は東武鉄道創立123周年に引っ掛けて123号機となる。
- C12 66
運行会社:真岡鐵道
福島県の廃駅跡で静態保存されていたカマを真岡鐵道が譲り受けて動態復元。
SLもおか号として週末や大型連休、夏休み、春休みなどを中心に運行している他、過去にはJR東日本エリアを中心に出張運転も行っていた。
- C58 363
運行会社:秩父鉄道
埼玉県内の小学校で保存されていたカマを'88さいたま博の目玉とするべく動態復元。
現在は秩父鉄道でSLパレオエクスプレス号として運行しているが、かつてJR線上を営業列車で走ったことがある。笑点で未だに秩父は電車が走っていないと水色の人から馬鹿にされる。
オフシーズンに合わせて大規模な検査をJR東日本の工場に持ち込んで行うため、検査終了後の試運転でJR線上を走ることがある。
- D51 498
- C57 180
- C61 20
- C58 239
運行会社:JR東日本
それぞれ復活の経緯が異なるため、順を追って記載する。
D51は上越線後閑駅の構内で保存されていたカマを動態復元。初運行は1988年に来日したオリエントエクスプレスの牽引。
復活後、高崎を拠点に東日本各地で運行している。山岳区間での運用が入る場合などは前述の「重装備型」に改造される機会もある。
C57は新潟県内の小学校に保存されていたカマを動態復元。復活後は新潟を拠点にSLばんえつ物語号をメインに運行している。
ばんえつ物語号は以前は新潟駅発着で運転されていたが、新潟駅高架化工事完了後の現在は新津駅発着で運転されている。
C61は群馬県内の遊園地で保存されていたカマを動態復元。
復元を決めるきっかけになったのはD51の出張要望が多く、キャンセルせざるを得ない案件が多かったことや、1両のカマにかかる負荷が大きくなりすぎるのを防ぐため。
復活後はD51同様高崎を拠点に活躍している。現役随一の急客機で最も高速運転に特化しているのだが、ブレーキ制動と安全規格の関係上、最高時速70km/h程度しか出せず従来のポテンシャルを今一つ発揮できないのが惜しい。
C58は岩手県内の公園で保存されていたカマを動態復元。東日本大震災の復興を後押しするという名目で復元が決定し、SL銀河号として釜石線で運行している。
ちなみにSL銀河号の客車は気動車を改造したもので機関車に引っ張られずとも自力走行できる。なので回送運転時には機関車が最後尾にぶら下がって客車が先頭で走るという何ともな光景が見られる。
但し、SL銀河号は気動車の老朽化から2023年春での運行終了が発表されたため、その後の処遇は未定。
JR東日本の個体は何れもP形系のATSの取り付け、誤差の少ない電気式速度計への交換などが行われている。
- C10 8
- C11 190・227
- C56 44
運行会社:大井川鐵道
何れもSL急行として新金谷-千頭間を運行。
C10は岩手県宮古市で保存されていたカマを1994年に譲り受けたもの。宮古市で動態運行されていたこともあって、整備と試運転を行って1997年にデビュー。
C11 190は熊本県の個人が保存していたカマを2001年に譲り受けたもの。
保存していた個人がいつか動態復活することを夢見て大事に保管していたのが大井川鐵道の目に止まったという。
C11 227は大井川鐵道で最初に本線での動態運行を行うようになったカマ。
国鉄が北海道で使っていたものを廃車直後に大井川鐡道が手に入れ、1976年にデビュー。
途中ボイラーや汽笛を後述する312のものに交換しつつ、同社への入線順では最古参ながら現在まで現役運用されている。
C56は太平洋戦争中に泰緬鉄道で使用するべく日本から送られたカマが戦後もタイで使われ、1979年に帰国後大井川鐵道で動態復元されたもの。
太平洋戦争中に南方へ出征した機関車で唯一現役機として帰国を果たしたカマであり、タイとの友好の証にタイ国鉄で運行されていた当時の姿で運行されたこともある。
以上4両に加え、現在C56 135がクラウドファンディングでの資金提供を受けて動態復元に向けて工事が進められている。
- C57 1
- D51 200
運行会社:JR西日本
C57は1979年に本線復帰したカマ。
現役時代は宇都宮機関区での機銃掃射、羽越本線での脱線転覆事故を経験し、本線復帰後にはSL京阪100年号事故、阪神淡路大震災で被災と大きな災難を4度も経験している。
その後はSLやまぐち号・SL北びわこ号として活躍。
保存機の多くは蒸気圧等のスペックを現役時よりも抑えて運行しているため、中々本気の走りを見る事ができないが、本機はそうした調整をあまり行っていない。
そのためしばしば最高時速80kmという往時のままの本気走行を見せてくれる。当然全国最速である。
D51は2017年に本線復帰したカマ。
本線復帰前は京都の梅小路蒸気機関車館構内で動態保存され、SLスチーム号として運転されていたが、
SLやまぐち、SL北びわこ号として運行していたC56 160が新型ATSの搭載やパワーの問題から本線運転を取りやめることとなり、代わりに本線運転が行えるよう整備された。
前面ナンバープレートの装着位置が低めのため、どこか若さや幼さを感じさせる顔つきが特徴的。
- 58654
運行会社:JR九州
熊本県で静態保存されていた8620形の435両目を動態復元。
製造が1922年と大変古く、復元に際してはボイラー、運転席の床板、ランボード、動輪などが新造の上交換されている。
復元後はSLあそBOY、SL人吉として豊肥本線、肥薩線で運行していたが、軸焼けが頻発したのと台枠が歪んできた事から2005年に一旦運行を終了。
2007年に歪んでいた台枠を新造し、現在は肥薩線で運行中。国内で本線運転を行っているSLで最も古い。
2020年には主戦場の肥薩線が大雨被害で壊滅状態となってしまったが、11月からは同型機が登場する『鬼滅の刃』とのコラボ企画で無限列車仕様となり、
鹿児島本線の熊本-博多間を走る特別運行が実施された。
ほぼ全てのパーツが新製されているため、平均時速だけならSLやまぐちよりも速く、全国最速。そのため「テセウスの船」の実例としてよく挙げられる。
しかし老朽化やメンテナンスが困難になったことから2023年度中に引退予定。
- 愛知こどもの国B形
運行会社:フロンティア西尾
1974年にB11(まつかぜ)とB12(しおかぜ)の2両が新造された国産蒸気機関車。
もろもろの理由からテーマパークどころか実際の鉄道でも見た目だけの蒸気機関車を使ったりするものだが、これは本物。ただし小さい。
奴のいるところと同じ762mm軌間を採用していて、ちゃんと石炭を炊いて客車を曳いて走れるようになっている。
小さいながらも本物の蒸気機関車を走らせられることから、様々なテーマパークでアトラクションとしてミニSLが導入されるきっかけとなった。
現在有火での運転を行っているのはB12のみで、B11は圧縮空気での運転となっている。
B11はその性質を生かし運転体験という新たな役目を与えられた。
ちなみに本機は協三工業で製造されているが、協三工業はこのタイプの762mm6t機関車をかなり製造しており、同じ形の機関車は各地に現存する。中には遊覧用ではなく産業用のものも存在する。そして那珂川鉄道保存会が保有するものは2013年に新造した最新の蒸気機関車である。
- ウェスタンリバー鉄道の機関車
運行会社:オリエンタルランド
1983年に3両、1991年に1両が新造された最新の国産蒸気機関車。こちらも協三工業製。
米国アナハイムのディズニーランド鉄道4号機関車(ボールドウィン社製・製造番号58367号)をもとに、762mm軌間用として再設計した機関車である。
もちろん東京ディズニーランド内にあるウエスタンリバー鉄道のアトラクションを走っている。
ただ導入するのみならず園内で旅客営業もしようとしていたが、激しい戦いを繰り広げた末に敗北し結局一アトラクションになってしまったという哀しい経緯も持っている。
燃料は石炭ではなく灯油もしくは重油。
- やながわ希望の森公園B621418号「さくら1号」
運行会社:やながわ希望の森公園
1985年よりデビューした協三工業製機関車。形式名は運行開始日から。
こちらも愛知こどもの国のものと同タイプ。そしてこの手の遊覧鉄道としては珍しくループ線ではなく起終点が存在し、移動手段として機能しているタイプ。
- 碓氷峠鉄道文化むら3950号「あぷとくん」
運行会社:碓氷峠交流記念財団
1998年にイギリスWinson社で新造された機関車。「グリーンブリーズ」の愛称を持つ。
イギリス製だけありヨーロピアンな外観が特徴。但しオイル炊き。
ループ線で運行されるが逆周り運転も行われている。
□本線運転を終了したカマ
動態保存されていたものの、様々な理由から本線運転を終了せざるを得なかったカマ達。
- C58 1
最終運行会社:国鉄
C57 1と共にSLやまぐち号などで運転されていたが、ボイラーの老朽化と国鉄の財政難が重なって本線運転を取りやめ、梅小路蒸気機関車館→京都鉄道博物館で静態保存。
汽笛はC56 160号機に流用されている。
- C62 3
最終運行会社:JR北海道
小樽市内で静態保存されていた物を1986年に動態復元。
北海道鉄道文化協議会が復元、検査、運行に関する費用を寄付で集めるという形をとり、C62ニセコ号として小樽-ニセコ間を運行していたが、
維持費の高い大型急行機な上に寄付が思ったように集まらず、1995年に運行を終了。日本の鉄道ファンは事業者にアレコレ文句を言いながら保存等事業者にお金を落とすことを嫌がる傾向が強い(=口は出しても金は出さない)のも理由の一つである。
軸焼き付きという致命的な故障を起こしたのを切っ掛けに除籍されたが、現在はJR北海道の苗穂工場で大切に保管されている。
JR東日本が一度動態復帰させようとしたが、JR北海道がそれを認めなかったらしい。
なお運行スポンサーにはハドソンも加わっていた。
- C11 312
- C12 164
最終運行会社:大井川鐵道
C11は三重県のドライブインで静態保存されていたカマを動態復元。
2007年に老朽化を理由に引退。
部品取り機としていろいろな部品を取られながら放置されていたが、2020年11月にオープンした新施設『KADODE OOIGAWA』への展示のために静態復元作業が行われた。
C12は千頭駅構内で静態保存されていたカマを大井川鐵道が復元。
1984年に検査期限が切れたために静態保存に逆戻りしたものの、日本ナショナルトラストが本線復帰に必要な費用を負担するという形で1987年に復帰。
2005年まで運行していたが、ATSの取り付けに必要な費用を集めることが出来ず、現在は新金谷駅構内で保存されている。
- C56 160
最終運行会社:JR西日本
1939年に製造されてから令和の現在に至るまで一度も廃車されたことのない奇跡のカマ。
航続距離が比較的長いテンダー式ながら、小型・軽量で運転路線を選ばないことから国鉄時代から各地で出張運転が行われ、
出張先は北海道、九州を除くJRグループ各社にとどまらず、JRと線路の繋がっている私鉄にも及ぶ。
(北海道は国鉄時代に出張実績はあるが、JRになってからは出張していない)
JR西日本エリアでは琵琶湖線のSL北びわこ号、山口線のSLやまぐち号をメインに運行していたが、
小さい故にパワーが弱く、牽引できる客車の数に限界があること、
新型ATSを取り付けると比較的運転距離の短い北びわこ号として走らせることすらできなくなるほど航続距離が落ち込むなどの理由から、
梅小路蒸気機関車館で構内運転されていたより大型のD51 200を本線復帰させることとなり、2018年に本線運転を終了。
現在は京都鉄道博物館構内で客車を牽引して運行している。
なお本機の装備している汽笛は京都鉄道博物館で静態保存されているC58 1のもの。
□海外の主な蒸気機関車
鉄道発祥の地イギリスを筆頭に、海外にも魅力的な機関車が多数存在している。
挙げればキリがないので、そのなかでも動態保存機の一部をご紹介。
- LNER A1型60163号
所属国:イギリス
海外の蒸機ファンやきかんしゃトーマスファンの方々はA1型と聞いて、ゴードンやフライング・スコッツマンの兄弟機かと思ったかも知れないが、
イギリスにはA1型という機関車は2種類あり、ゴードンの方のA1は、設計者のナイジェル・グレズリー卿に因みグレズリーA1、
こちらは後年にグレズリー卿の弟子であるアーサー・ペパコーン氏が設計した機関車であり、ペパコーンA1と区別されている。
この機関車自体は当時保存するお金がなかったので全機スクラップにされてしまったのだが、
2008年、なんと愛好家団体の手により、博物館に保管されていた設計図を元に改良の上新造された
英国紳士パネェ・・・
かくしてトルネードと名付けられたこの60103号機関車は、イギリス各地の鉄道をなるべく他の列車の妨げにならないように120km/h(試験では最高180km/h)で疾走している。
- ユニオン・パシフィック鉄道4000形
所属国:アメリカ
アメリカの機関車といえば、西部劇に登場するような大型排衝器(スカートというか雪かきみたいなアレ)を装備した機関車の次に思い浮かぶかもしれない。
D51の動輪をシリンダー込みで2セット着けたような(動輪の大きさはC62と同等)、単式マレー等と呼称する足回りと巨大なボイラーを持ち、
ビッグボーイの愛称を賜った、現在営業運転が可能なカマの中では文句無しの世界最大・最強のモンスターマシンである。
時はWW2真っ只中。逼迫する鉄道需要、不足する機関士、立ちはだかるロッキー(ワサッチ)山脈。
これらの問題を解決すべく、アメリカン・ロコモティブ社(以下アルコ社)が造ったこの機関車だが、重すぎ&でかすぎて線路や転車台の改造が必要という問題が発生するも・・・
全てパワーでねじ伏せた
その巨大なボイラー(大きすぎて燃費は悪化した)で産み出した大量の蒸気を注ぎ込んだその馬力は平均で
約6300馬力
を叩き出す(数字だけ見れば日本の力自慢EF66電気機関車とタイマン張るレベルである)。
この馬力を持ってすれば、3300tの貨物を牽きながらも勾配11.4‰のワサッチ山脈を単機で走破し、
(補助機関車が不要なので結果的に安上がり)平地では100km/hで爆走することが可能となる。
更にアルコ社は、こんなデカブツ最初からフル人力制御とか無理だと解りきっていたので、自動給炭装置等で徹底的な省力化を施した。
その結果、新米機関助士や徴兵をハネられる程度の体力しか無い者でも、その能力を充分発揮する事が可能となった。
気は優しくて力持ちを地でいくナイスガイである。
そんな米国面の極地ともいえるビッグボーイだが、アメリか大陸横断鉄道開通150周年を記念して、静態保存されていた4014号機が、
一部地域の環境規制に対応するために重油燃焼式ボイラーに改造した上で動態復元されている。
更に、2023年7月には、立ち往生した貨物列車を自分の列車を牽きながら押して救援するという離れ業を成し遂げた。
安全のため、相棒のディーゼル機関車1両を引き連れているとはいえ凄まじい馬鹿力は今尚健在である。
『銀河鉄道物語』の主人公機ビッグワンのモデル機はコイツ。
- CT273
所属:台湾
台湾で日本統治時代から使用され、2014年に動態保存機として復活した蒸機。「仲夏宝島号」として運用されている。
外見は日本のC57にそっくりで、スカートや前照灯など細かな違いはあるが、黒い車体やデフレクタ(除煙板)といった日本国鉄と共通した特徴を今なお備える。
日本のC571が牽引する「SLやまぐち号」とは姉妹列車協定を結んでいる。
他にも台湾には日本統治時代からの蒸機が動態保存されており、C12そっくりのCK124、D51そっくりのDT668、汽車会社製のCK101が活躍している。
□蒸気機関車と創作
多くの人の心に根付いているからか、創作への登場も非常に多い。それこそ、いちいち挙げていてはキリがないほど。
蒸気機関というオールドな動力源ゆえに、ファンタジー作品での起用も多い。ハリーポッターとか。
スチームパンクにおいてはほぼ主役格のような扱いである。
ウィルバート・オードリー、クリストファー・オードリー作の絵本とそれを原作としたテレビ番組。フジテレビ系ポンキッキなどで放送され、人気を博した。
大井川鐡道では、なんと実車で同作品の機関車を再現し、臨時列車として本当に運転を行っている。
しかもちゃんと日本語版を製作するソニー・クリエイティブプロダクツの許諾と協力を得たもの。つまり公認コスプレ
臨時列車として牽引する動態車はC11-227がトーマス、C56-44がジェームスになった他、静態保存車ではヒロ*18とパーシー、さらにはいじわる貨車やいたずら貨車まで登場している*19。
なお実車再現トーマスは本場イギリスの保存鉄道でも盛んであり、作品に登場した実機や設定上の姉妹機が「お面」をかぶる事もあるとか。
阿川弘之・岡部冬彦作の和製きかんしゃトーマスとも言える絵本。
宮沢賢治作の童話。ジョバンニ少年が親友のカムパネルラと銀河鉄道のSLに乗って旅をする。
銀河鉄道のモデルとなったのは賢治の地元を走っていた「岩手軽便鉄道」(現在のJR釜石線)とされ、
劇中でも「軽便鉄道」だという記述がある。
見た目こそ汽車だがジョバンニによれば石炭をたいていないらしく、カムパネルラはアルコールか電気だろうと推測しており、
1969年角川文庫版では「ここの汽車は、スティームや電気でうごいていない」と言われている。
日本に鉄道ができたばかりの頃に各地で語られだした怪談話。
1997年に公開されたアニメ4期鬼太郎の劇場版。
地獄に封印されていたまぼろしの汽車を奪って地獄から脱走した西洋妖怪達に鬼太郎ファミリーが立ち向かう。
松本零士作の漫画、及びそれを原作としたアニメ。主人公達が乗る999号は国鉄C62形がモデル。
松本零士原作のアニメ。アメリカのユニオン・パシフィック鉄道4000形ビッグボーイをモデルとした戦闘列車ビッグワンが登場する。
- 山太郎かえる
手塚治虫の短編マンガ。アニメ化もされた。
登場する機関車はC62の「しい六」で、北海道に流れ着いたアラスカヒグマの子熊「山太郎」を可愛がっていた。
猫や烏にまで虐められる山太郎を、レールの上しか走れない自分と重ね合わせたしい六は、「お前は陸で一番強い動物だ」と叱咤激励し、
やがて山太郎は杭を倒し、自由の身となって里から逃げた。
それからほどなくして、蒸気機関車の廃線が決まる。時を同じくして、巨大な雄グマに成長した山太郎は、家畜を襲い暴れまわっていた。
山太郎はしい六の汽笛ばかりマネしていたので、鳴き声まで汽笛そっくりになり、猟師たちを震え上がらせていた。
猟友会はしい六を囮にして山太郎をおびき寄せ、射殺しようとする。
自分が山太郎を追い詰め、人間たちと戦わせる運命を導いてしまったことを悟ったしい六の取った行動とは…。
明治11年が舞台の本作では、陸蒸気は6年前に開通したばかりの最新の乗り物である。
原作でも背景などで登場するが、アニメでは第22幕で剣心らが搭乗し列車強盗と戦っている。
左之助は「あんな馬鹿でけえ鉄の塊が湯気なんかで動くか! 狐か狸に化かされているんだぁ!」と目の前で動いていてもまだ信じていなかった。
『るろ剣』の40年後くらいの大正時代が舞台であり、前掲の通り8620を舞台としたSL無限号を舞台に長編「無限列車編」が連載。
敵キャラである下弦の壱・魘夢が無限そのものと融合し、主人公たちが激戦を繰り広げた。
アニメ第1期終了後劇場化され、2020年の全世界興行収入一位という空前絶後の大ヒットを記録。
これに伴いJR九州では58654 SL人吉が無限列車とコラボした臨時列車「SL鬼滅の刃」が運行となったが、切符は1秒で完売というすさまじい人気であった。
京都鉄道博物館でも動態保存機の8630が無限のナンバープレートを装着して構内運転を実施した他、同型機を所有していないJR東日本でもコラボキャンペーンが行われるなど、その影響力はすさまじかった。
本項目で挙げられているコブラ、るろ剣、ワンピース、鬼滅の掲載された『週刊少年ジャンプ』黎明期を飾った漫画。
連載されていた70年代前半は蒸気機関車最後の黄金時代であり、日本中を舞台とするため度々移動手段として登場する。
中でも圧巻なのは色恋に絆され東京へ向かおうとした主人公・万吉が、暴風雨の中崩落した鉄橋から暴走機関車を止める為、
手下の悪ガキどもの喧嘩を収めて即興で鉄橋を修復してしまうという凄まじい回。
勿論そこら辺の木で無理矢理修復しているので通れるわけが無いのだが、万吉一家は総出で無理矢理柱を抑え込んで乗客全員を救い出した。
たった1人、万吉の男を信じて散っていった綱村を除いて…。
煉獄さんが大正の誇る男の中の男だとすれば、綱村もまた昭和の誇る男であった。
『天の川鉄道の夜』やそれを原作とした映画『ドラえもん のび太と銀河超特急』で宇宙機関車が登場。
(車掌がチビなのも含め)まんま999だが、前者がアレ発明後に不便すぎるのを理由に廃線になったのとは裏腹に、
後者は観光地化した鉱山惑星郡への移動手段兼アトラクションとして大人気を博した。
なお作者藤子・F・不二雄がSLファンだったためSLをモデルとした道具は「人間機関車セット」や「SLえんとつ」などが登場しており、
とくに後者ではのび太が考え無しに爆走した結果、周囲から煙害を訴えられて走れなくなるという世知辛さまで反映している。
ちなみに後者の冒頭で畜生青狸の発したセリフは作中屈指の暴言と名高い。
「人間は自分が持ってないものに強く憧れるものさ。
いかにも男性的でたくましくて力強くてエネルギッシュでスピード感に溢れていて、まるっきり君と正反対だもんね」
ドラえもんズ映画第5作。22世紀にもなって真っ赤な機関車「ロコ」が本作の舞台に。詳細は該当項目参照。
主役がキッドなのはガンマン=西部劇=大陸横断鉄道のイメージだろう。
プレイヤーの動かすコマは基本的に蒸気機関車である。
しかしオナラで吹っ飛んだり、地球を一周して飛んできたボールに当たっても故障一つなかったりする。でも突如として大爆発を起こすことも。
更に充電ができたり電車やうんちに変身したりもするのでただの蒸気機関車とは言い難い。というかこの機関車のコマ自体が「電車」と呼ばれている。
移動手段として蒸気機関車が使用される。ちなみに本作の登場人物の多くも鉄道関係から来ている。
本作を象徴する交通機関。エドとアルの兄弟が線路の上を歩くシーンは2度のアニメでも何度もOP・EDに使用されていた。
序盤でトレインジャックを二人が懲らしめるエピソードがあり、アクションゲーム『鋼の錬金術師 翔べない天使』では最初のステージがSLになっている。
ノイタミナで2016年に放送されたオリジナルアニメ。人々の移動手段としてSLが登場。
蒸気機関車自体は登場しないが、蒸気機関車をモチーフとした有線客船「海列車」が登場。
水上都市「ウォーターセブン」の船大工トムが考案したシステムで、あえて路線を固定せず水上にロープのように渡し、その上を走る仕組み。
作中では試作機「ロケットマン」、1号車「パッフィング・トム」が登場したほか、
第2部では一番弟子のアイスバーグがガレーラの仲間たちと共に制作した「パッフィング・アイス」が竣工した。
名前の由来は蒸気機関車の歴史的な名車「パッフィングビリー」と「ロケット」。
- まいてつ
Loseから発売されたエロゲー。
ヒューマノイド形の鉄道車両制御モジュール「レイルロオド」のハチロクと主人公の右田双鉄が共に8620系蒸気機関車の復活を目指すというストーリー。
アダルト要素を抜いたPS4移植版もあるよ!
- Railway ~ここにある夢~
Emuから発売されたエロゲー。
廃駅を改装した喫茶店「レイルウェイ」に住み込みで働くことになった主人公が、納屋に保管されていたC62の復活を目指す。
ちなみにゲーム中に登場するのは明言こそされていないものの32号機。
コブラがダスト星のアスファルト・ヒルにて、車輪の足を持つ原住民から逃れる「足」にするため、「人形遣い」マリオの能力で黄金を加工し純金の蒸気機関車を作り上げた。
しかも可燃物が見当たらない岩盤の荒野において、燃料にしたのがなんとダイヤモンド(最初の火付けには神殿の篝火と重油を使っている)。
史上他に類を見ないほど贅沢な機関車である。
劇中では長距離移動はもっぱら(開拓時代のデザインの)蒸気機関車牽引の列車が使われる。
ちなみに玩具化もされている。
- 魔装機関車デコイチ
- スチームロイド
- 勇気機関車ブレイブポッポ
遊戯王OCGの効果モンスターカード。
デコイチの名前の元ネタはD51の愛称「デゴイチ」と思われ、性能が劣悪な専用貨車を率いると効果の性能が上がる。
スチームロイドは攻撃する時に攻撃力が上がるが受ける時には弱体化、ブレイブポッポは攻撃力が高いが攻撃する時に弱体化と対のようになっている。
SLがモチーフのキャラ「SLマン」が登場する。陸上はおろか、水中や宇宙も走ることが出来る。
『究極の超人タッグ編』でプラモマンが1/1スケールのD-51に変形している。
その出来栄えはお前らカオスがあまりの感激に試合をすっぽかして写真撮影をせがむほど。
勿論パワーも本物さながらだ(がテリーマンなら止められそうだ)。
キノコタウンで運用されている蒸気機関車「K64」が登場する*20。キノコタウンとゴツゴツ山を往復する時に乗車することになる。
主人公けんたが公園で発見したプラレールの「シュッポくん」が登場。
オモチャの国の行き方を探る彼とたまたま近くにいただけでガールフレンドということにされたクラスメイトのゆかりをオモチャの国へ連れて行き、その後も彼らと共に旅を続けた。
その他蒸気機関車がモデルのキャラクター・ロボット・メカニック他
キャラ名 | 作品名 | 備考 |
---|---|---|
J9Ⅲ号/サスライガー | 銀河疾風サスライガー | |
アストロトレイン | トランスフォーマー | トリプルチェンジャーという特性上、スペースシャトルにも変形する |
ディーゴ | トランスフォーマー ザ☆バトルスターズ | |
サンディーゴ | トランスフォーマー合体大作戦 | |
チャージマン | ロックマン5 ブルースの罠!? | |
魔列車 | FINAL FANTASY Ⅵ | |
ブラッチャー | 超特急ヒカリアン | |
ロコモライザー、マイトガンナー | 勇者特急マイトガイン | マイトガンナーはグレートマイトガインの必殺武器・パーフェクトキャノンに変形する |
アドベンジャー | 黄金勇者ゴルドラン | 列車形態に変形、キャプテンシャークの右肩と合体しハイパーギャラクティカバスターを発射する |
ドリルライナー/ダグドリル | 勇者指令ダグオン | |
EI-04 | 勇者王ガオガイガー | |
グラディオン | 電脳冒険記ウェブダイバー | |
ロコモン | デジタルモンスター | |
グランドロコモン | ||
機関車仮面 | 秘密戦隊ゴレンジャー | |
スチームパンクス | 劇場版 超力戦隊オーレンジャー | |
蒸気機関オルグ | 百獣戦隊ガオレンジャー | |
魔法特急トラベリオンエクスプレス | 魔法戦隊マジレンジャー | |
炎神キシャモス | 炎神戦隊ゴーオンジャー | マンモスとのWモチーフ |
レッドレッシャー、ハイパーレッシャー | 烈車戦隊トッキュウジャー | |
魔進ジョーキー | 魔進戦隊キラメイジャー | |
SL邪面 | ||
ゼロライナー | 仮面ライダー電王 | |
スチームライナー/スチームホッパー | 仮面ライダーガッチャード | |
キシャジコチュー | ドキドキ!プリキュア | |
未来へかえる君 | HUGっと!プリキュア | |
ヴァルドル | 劇場版 新幹線変形ロボ シンカリオン | |
魔術列車 | ZOMBIEPOWDER. | |
神居コタン | 駅メモ! -ステーションメモリーズ!- | モチーフは神居古潭駅(廃駅)に保存されているD51 6号機 |
敷島ヒメギ | C61 20号機 | |
茅沼みゆき | C11 171号機「SL冬の湿原号」 | |
徳島ると | 8620 68692号機 | |
夕陽ケ丘マツカ | 愛知こどもの国こども汽車B11「まつかぜ」 | |
夕陽ケ丘ウシオ | 同B12「しおかぜ」 | |
アンナ・チェルトナム | グレート・ウェスタン鉄道4073形蒸気機関車「チェルトナム・スパ・エクスプレス」 | |
シャンティ・ダージリン | ダージリン・ヒマラヤ鉄道(通称「トイトレイン」) | |
ミア・ジェムブルック | パッフィンビリー鉄道G42形 |
□余談「ACE3000計画」
ACE3000は1980年代にアメリカで計画された蒸気機関車。
アメリカはその広い国土から都市近郊の通勤列車を除いてディーゼル車が主力だが、
中東などから輸入する原油価格の高騰により、燃料代が鉄道会社の経営を圧迫するようになっていた。
「石炭ならアメリカでもたくさん取れるし、いっそ蒸気機関車作っちゃわね?」
と考えた技師がおり、80年代のテクノロジーをしこたま詰め込んだ機関車が計画された。
- 石炭を焼べるのはコンピューターによる自動制御とし、運転は機関士1人で行う
- 復水器を設置。一度使用した蒸気は捨てずに復水器へ通し、無給水で運行できる距離を伸ばす
- 運転席は冷暖房完備の密閉構造とする
もし実現していれば蒸気機関車の復権に繋がったかもしれないが、設計を行っているうちに原油価格が下落し、ACE3000計画は頓挫。
海外輸出しようにも売れる見込みが立たなかったのでACE3000は歴史のゴミ捨て場に置き去りにされた。石炭から合成石油を作るという方向に動かなかったのがアメリカらしいというか何というか。
ちなみにアルゼンチンから蒸気機関車の高性能化について研究していたポルタ博士もこのときに呼ばれていたが、
博士が考えていたのは自分が考案した新型の火室と煙突を取り付け出力を上げるという比較的シンプルなもので、
実際これ以前にアルゼンチンや南アフリカでこの方法で既存の機関車を改造し出力を大幅に上げていた実績もあったのだが
*21、
アメリカに呼ばれていきなり自分も知らない上記の条件を満たしたものを作れと言われて困ったらしい。
その後、
- 博士の初期案に近い昔の流線型機関車風のA案
- ACE3000の拡大版で復水器をなくし代わりにテンダーを拡大のB案
- 汎用性を犠牲に運炭列車専用にしたガーラット式のC案
と出たが、一番楽そうなC案でさえ「石炭を焼べるのはコンピューターによる自動制御」付近がネックになって試作機すらできなかったという。
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▷ コメント欄
- 蒸気機関車って電気機関車より馬力弱かったのかと思ったが言われてみればそりゃそうか… -- 名無しさん (2019-03-16 19:57:16)
- なんというか重量感あるからモチーフにするとパワータイプになりやすいしな -- 名無しさん (2019-03-16 20:05:18)
- エネルギー効率5パーってマジかよ。でも蒸気の強みとしては電気がないような所、特に発展途上国で動いてるのをドキュメンタリーとかでよく見るな。ただし故障して部品が欠損したりすると3日立ち往生とかよくある話らしいが。 -- 名無しさん (2019-03-16 20:32:51)
- ↑3 国鉄では「確かに電気機関車は速度も馬力もあるけど、蒸気機関車の方が引っ張り出す力が強いから必要」という意見もあって、両者を連結させて引き相撲させることになったらしい。結果は言うまでもないけど。 -- 名無しさん (2019-03-16 20:35:15)
- D51は知名度の割に動態保存が二両しかないのか……デカいから扱いづらい、てのは分かるが -- 名無しさん (2019-03-16 23:40:16)
- ダグオンのダグドリルもお願いします。 -- 名無しさん (2019-03-16 23:52:23)
- 個人的に人の作り出した工業機械でもっとも美しい物だと信じてる -- 名無しさん (2019-03-17 02:52:44)
- アドベンジャーとかマイトガインとか勇者シリーズは列車と車が多すぎる -- 名無しさん (2019-03-17 07:15:16)
- ドラえもんズとかサバイバルファミリーとか、何らかの理由で電気等のエネルギーが使えなくなった時に引退車両を引っ張り出すような使い方が印象に残っている -- 名無しさん (2019-03-17 10:32:50)
- テスタメントシュピーゲルとか。2016年のウィーンで活躍してる。 -- 名無しさん (2019-03-17 20:56:20)
- 燃えるものさえあれば走れるってところが文明の及ばない世界での物語にも入れやすいよな -- 名無しさん (2019-03-18 23:43:22)
- カマという聞き慣れないフレーズが連呼されると、由来が気になってしまう -- 名無しさん (2019-03-19 22:11:05)
- ↑ 火を使う竃や窯じゃない?と思ったが本家Wikipediaでも由来が書いてないな。 -- 名無しさん (2019-03-21 14:51:32)
- 秋本先生のブラックタイガーでは、大砲などの兵器を搭載した蒸気機関車が登場してた。 -- 名無しさん (2019-03-21 18:00:53)
- アメリカでUPビッグボーイ#4014が復元完了、ついに動き出した。なんつーか圧巻 -- 名無しさん (2019-05-12 20:46:13)
- ボイラーの代わりに蒸気タンクを備え、外部から供給された蒸気の圧力で動く蒸気機関車もあるとか。勿論走行距離は微々たるものだけど、火気厳禁の場所で重宝したらしい。 -- 名無しさん (2019-09-20 18:55:18)
- SLってずっと「スチームライナー」の略だと思ってたら「スチームロコモーション」なんだね、とロコモーションって意味調べたら「ロコモーション号」て・・・そんなんでいいのかこの名前 -- 名無しさん (2019-12-13 20:54:23)
- スチームゴリラ号はこれに入るの? -- 名無しさん (2019-12-17 01:43:08)
- 遅いというイメージはあるが時速160キロなんてスピードを出した機関車もいる -- 名無しさん (2020-02-15 21:37:06)
- 無限列車の追記お願いします↑↑あれは蒸気自動車 -- 名無しさん (2020-03-28 22:32:28)
- 日本香堂・毎日香のCMでさだまさしの歌声に合わせて蒸気機関車が走る所が好きです、毎日香のCMに登場する蒸気機関車はなんだろう?炭水車(テンダー)の形状から見てD51じゃないのは確かだけど。 -- 名無しさん (2020-05-02 17:14:33)
- お湯を沸かせれば何でも良いので、戦時中のスイスには「架線からパンタグラフで電気を取り込み、電熱式湯沸かし器で蒸気を発生させて走る蒸気機関車」なんてのもあったらしい。戦争で石炭を節約しなくてはならなかったこと、一方で水力発電のお陰で電力には余裕があったことなど、当時のスイスならではの事情が産んだ珍品。 -- 名無しさん (2020-05-08 10:29:25)
- 「カーロボット」でもデストロンがさらった大西博士の記憶からデゴイチを究極兵器と勘違いして奪おうとしたエピソードがあったなぁ…(大西博士は無類の鉄道マニア) -- 名無しさん (2021-01-18 07:36:05)
- TDLの蒸気機関車って灯油焚きだけど本物らしいね -- 名無しさん (2021-03-13 12:32:20)
- 灯油重油混燃焼じゃなかったっけあれ -- 名無しさん (2021-03-28 13:37:02)
- そういえばちゆ12歳が取り上げてた70年代のエロ漫画でD52が登場していて、やけに詳しく解説されてたなあ… -- 名無しさん (2021-12-31 15:00:38)
- ACE3000を取り上げるなら5AT先進技術蒸気機関車のことにも言及していいのでは? -- 名無しさん (2022-02-07 23:53:49)
- 現代の日本で蒸気機関車を新造することはできないのかな? C100形とかD100形とか名付けて。 -- 名無しさん (2022-11-03 15:13:52)
- ↑成田ゆめ牧場で新造された亀の子機関車が走ってるよ -- 名無しさん (2022-11-03 15:36:46)
- ウォルト・ディズニーは蒸気機関車好きすぎてまず自宅の庭にミニチュアの汽車走らせていて、それがマジですごくよく出来てたらしい。愛が余ってディズニーランドにウエスタンリバー鉄道を作ったそうな -- 名無しさん (2023-01-24 23:02:22)
#comment
*2 例えば日本最強出力のSLであるD52形は最大1660馬力を叩き出せる。総重量は137トンなので、1トンあたり12馬力のパワーを秘めている。一方、製造時期の近い電気機関車であるEF15形は2652馬力。総重量は102トンなので、1トンあたり26馬力のパワーを秘めていることになる。
*3 機関車を2両以上連結し、それぞれ動力を使用する形態
*4 なお、無限号は度重なる改修を受けた現存の8620形をモデルとしているため、舞台となった時代に実際に走っていた実際の8620形とは細部が異なっていたりする。
*5 一枚の大きな鋼板を切り抜いて作る台枠。箱のような形のため部品交換で使い回せるが整備点検や改造が困難。それらの解決や重量軽減のために開口部を設けて強度が弱くなりがちだった。
*6 型に溶鋼を流し込む鋳造で作る台枠。骨組みのような細い形状にする分、太さを持たせて強度を増している。ただし一度変形・破損した場合の替えは効かない。絶えずコスト問題に悩まされていた日本の鉄道では交換までのスパンを長くできるこちらの方が好ましかった
*7 もっとも、技術全般の進歩で言えば蒸気機関車にまでローラベアリングを採用した米国が群を抜いていたぐらいで、鉄道先進国の英国が誇る世界最速LNER A4形蒸気機関車すら不具合を抱えながらの運行をしているなど、各国で大きな隔たりがあった訳でもない。
*8 狭軌ながら許容軸重は20トンと日本の16トンを大きく上回る
*9 ただしどれも噂レベルのため確証はない。営業最高速度は日本より遅い
*10 本国でも乗員を機関車に固定しない、日本のような運用を行うようになると運転に支障が生じることも多かった
*11 1975年12月14日7時50分発・室蘭発岩見沢行き普通列車
*12 圧縮空気で動く真岡鐵道真岡駅に保存された車両が唯一の可動保存機である
*13 D50は大型で重い関係で線路が堅牢な路線でないと軌条を痛めたり脱線することがあった。
*14 石炭の燃焼効率を高め、燃費とパワーを向上させることのできる煙突。「きかんしゃトーマス」のピーター・サムが装備しているものがコレ
*15 ちなみに日本で最後の蒸気機関車による定期貨物列車を牽いたのがこの追分の「フルアーマーD51」であるD51 241であった。当該機も保存が予定されていたが、その後の機関庫火災で失われた。
*16 製造数は285両だが、ラストナンバーは468号機。
*17 青梅鉄道公園にあるトップナンバー機とは一切関係ない。
*18 CGアニメ版と2Dアニメ版のオリジナルキャラクターで、デゴイチことD51をモデルにしている。
*19 千頭駅構内で行われたイベントでは、機関車4両が並ぶということもあった。
*20 名前は掲示板の裏で確認できる。
*21 アルゼンチンと南アフリカで行った改造はシンプルだが、高度な知識を整備維持や運転に必要とするため、前者は博士がアルゼンチンを離れると不具合が続出、後者は試験段階で問題が続出した失敗作という曰く付きであった
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