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更新日:2026/07/05 Sun 16:56:09NEW!
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ニュータイプ(NT)とは、ガンダムシリーズにおいて、主に『機動戦士ガンダム』を始めとした宇宙世紀シリーズに登場する概念。
●目次
【概要】
ニュータイプとは、アニメ『機動戦士ガンダム』から登場した概念である。
提唱者はジオン共和国建国の父ジオン・ズム・ダイクン。
ニュータイプの細かい設定はアニメ内では語られておらず、小説『機動戦士ガンダムⅢ』における彼の演説で説明されている。
ダイクンは、
- 第一のルネッサンスを「猿から人への変革」
- 第二のルネッサンスを「封建社会から文明社会への転換」
- 第三のルネッサンスを「宇宙を得た新しい人=ニュータイプ」
と位置づけた。
ダイクンの語るニュータイプは、宇宙環境に適応し、より広い認識と慈愛を持った新しい人類像を指していた。
しかし、作中で特殊な感応能力を示す者たちが現れたことで、「超能力を開花させた能力者」というような意味へと捻じ曲げられてしまったのである。
劇中ではリック・ドム部隊を「ニュータイプ部隊」と誤解するギレン・ザビの描写があり、ニュータイプという言葉の曖昧さが物語的にも利用されている。
ギレンはシャリア・ブルの感応能力を目の当たりにして「ニュータイプが存在し得るのではないか」と信じ始めるが、その定義は政治的・思想的にも混乱を招くこととなった。
理屈としては、宇宙の「重力に縛られない活動領域」及び「過酷な生活環境」により、人間の大脳皮質の休眠部分が活性化し、空間認識能力・環境把握能力・直感的判断力が高まるというもので、
簡単に言えば、宇宙空間という広大な環境に適応した結果、遠距離の敵機や仲間の動きを瞬時に把握できるようになったという設定である。
この仮説は、SFでよくある「人間は脳の30%しか使っていない」という俗説と似た構造を持つ。
現代の研究が進んだ神経科学的には、脳は常時活動しており、未使用領域というものは存在しないとされることから、上述のような俗説が信じられていた1970年代のアニメ作品だからこそ登場した設定と言えるだろう。
シリーズ2作目の『機動戦士Ζガンダム』からは、このニュータイプの能力を研究し、人工的に再現・強化した存在として、強化人間が登場。
このためニュータイプが「宇宙環境による自然進化」するのに対し、軍や研究所が行う強化人間は「人為的覚醒・能力操作」へと概念が対比されていった。
ニュータイプは本来、空間把握能力やマルチタスク能力に優れた人類の進化形という位置づけであった。
しかし劇中では、
- 敵の思考を察知する
- 死者の声を聞く
- 遠距離で心を通わせる
といった描写が多く見られ、テレパシーや超常的能力に近い存在として扱われるようになった。
この結果、「ニュータイプ=エスパーのようなもの」といった誤解が広まり、物語内でも理想主義的な象徴として扱われることが多くなった。
富野由悠季監督自身も後年、「ニュータイプはエスパーではない」と語りつつ、「誤解を含めて広義に受け取ってほしい」と述べている。
【作品外でのニュータイプ思想】
アニメ『機動戦士ガンダムΖΖ』終了後のインタビューで、富野監督はまだ正式タイトルが決まっていなかった次回作の映画(『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』のことである)について聞かれ、
人生の繰り返しのように「ガンダム世界」の中で何回もニュータイプ論をやらざるを得ないのかなあという実感を持ったと語った。
また、前の映画(テレビ版を編集した初代ガンダム映画三部作)で描いた通りにニュータイプ論に関していえば「あとはみんなの問題なんだよね」「みんなでニュータイプになりましょうよ」と語った。
同インタビューで富野は、「ドラマとしてのニュータイプ論はまだあると思う」とも語り、「イエス・キリストがはりつけになるまでのプロセスはドラマになるわけで、みんなをニュータイプにする話は、ぼくには作れません」と映画においてシャア・アズナブルが死亡することの暗喩と同時に、人類全部をニュータイプにする話が作れないと言及した。
2000年6月に発行された「THE MEMORY OF FIRST WIND「∀ガンダム」全記録集 2」のインタビューで、富野監督は宗教に代わるべき「新しいイデー(理念)やモラル、ディシプリン(規律)」、そして「人間の経済活動の新しい在り方」を含めた新しい原理をどのように構築していくべきかという話の中で、
人類に必要な新しいディシプリンor原理の「ヒント」となるのが「人類全体がニュータイプになること」であると言及している。
2025年11月18日の「土木の日」に公開されたインタビューで、富野監督は長年考え続けてきたニュータイプ概念について、新たな答えに辿り着いたと語っている。
最新作『Gのレコンギスタ』で掲げたエネルギー論を振り返りつつ、人類が生き延びるためには理想論を考え続ける必要があると述べた上で、ニュータイプとは「人類全体が統合され、一段階上に進むこと(アウフヘーベン)」と定義し、
ある官公庁で新人職員向けに講演した際、思いがけず答えを得たとして、次のように語っている。
「水道管などのインフラを恒久的にメンテナンスできる組織とそれを支える組織人こそが、ニュータイプなのだ」
人間が作ったインフラを人ごとにせず、毎年しっかりと点検・更新し、劣化が見えれば適切な対処をとる――
永久的な忍耐力を持ち、社会基盤を持続的に維持する行動こそが、地球環境を保全し人類を一段上に導く存在=ニュータイプだと位置づけたのである。
一方で漫画『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』の作者である安彦良和はニュータイプという概念に対し否定的である。
2020年2月に朝日新聞の公式サイトにおけるインタビュー「続編に興味はない 安彦良和のTHE ORIGIN(後編)」で安彦氏は、劇中では人類の革新=ニュータイプが世界を変えるといった選民思想になっていて、それが『ガンダム』のテーマなんだと誤解する一部オタクや評論家がその後どんどん現れたと語る。
また、ガンダムの続編の何本かはそう解釈するしかないような作られ方をしているとも感じたという。
同インタビューで安彦は、ニュータイプ思想は学生運動の時に語られた「前衛党が先頭に立って革命を実現し、大衆を導く」という発想と同じで、レーニン主義に立つこの考えは旧左翼と変わらないとも語っている。
ニュータイプ概念は、宇宙環境への適応というSF的設定から始まったが、
シリーズが進むにつれ、「人間と機械」「認識と虚構」「死者の意思」「同化の危険性」といった
より抽象的で思想的なテーマへと拡張されていった。
富野由悠季監督は、公式インタビューにおいてニュータイプを
「超能力者ではなく、虚構として成立する意思疎通の象徴」
と繰り返し述べている。
戦闘中の会話が成立しているように見えるのは編集による“フィルムの魔法”であり、
ニュータイプはその虚構性を物語内で可視化するための仕掛けであった。
この「虚構と現実の境界の揺らぎ」は、
Zガンダムのカミーユの精神崩壊、
逆襲のシャアのサイコフレームの暴走、
UCの“死者の意思”の顕現、
ハサウェイの認識の限界と制度疲労
といった形で宇宙世紀全体に受け継がれていく。
【ニュータイプの登場】
U.C.0079年に勃発した宇宙戦争「一年戦争」は、ニュータイプが出現した時期である。
サイド7に居住していた少年アムロ・レイが偶然にも、父親が開発していた地球連邦軍の新型MS・ガンダムに乗り込み、マニュアルを読みながらがむしゃらに操縦して、訓練を積んだパイロットが操縦するジオン公国軍のMS・ザクⅡを2機撃破するという戦果を上げた。
当初アムロ自身もこの戦果はガンダムに搭載された教育型コンピュータのおかげと認識しており、ホワイトベース内でもアムロ個人の能力とは大きく認識されていなかった。
しかし、アムロと接したマチルダ・アジャンは彼の働きぶりを見て、エスパーかもしれないと感じるのであった。
やがて戦局が激化するにも関わらず敵を倒して生き延びるアムロは、敵・味方からも、思想家ジオン・ズム・ダイクンが提唱した新人類・ニュータイプとして認識されていく。
なお、アムロの所属する地球連邦軍と敵対するジオン公国軍の傘下にある研究機関「フラナガン機関」では、NTの軍事利用に関する研究が連邦軍のものよりも遙かに進んでおり、
NTがレーダー技術とミサイルなどの誘導兵器を無効化するミノフスキー粒子による電波撹乱下においても阻害されない「サイコ・ウェーブ」という特殊な脳波を発していることから、これを利用して通信を可能にする装置「サイコミュ」やサイコミュを通じて遠隔操縦されるミサイル「ビット」が開発された。
こうして「ニュータイプ」として認識されたアムロだったが、『ガンダム』の本編では危険視等はされておらず、『ガンダム』終了後には連邦軍や政府から危険視こそされても命までは奪われず、7年軟禁される程度であった。
『ガンダム』とほぼ同じ年代を舞台にしたゲーム『機動戦士ガンダム外伝』では、ニュータイプが現行人類を将来脅かすことを恐れたクルスト・モーゼス博士が、ニュータイプの戦闘能力を抽出しコンピュータに反映させるシステムEXAMシステムを完成させるが、どの媒体でも破壊されておりそこまでの影響力はなかったとされる。
つまり、U.C.0079時点では組織的に見れば、そこまでニュータイプが危険視されていないといった扱いである。
しかし、U.C.0096を舞台とした小説『機動戦士ガンダムUCでは、『逆襲のシャア』で起こった「アクシズ・ショック」の影響により、政府や軍はニュータイプを明確に排除するという姿勢を見せており、
表向きは開発を中止したサイコ・フレームの研究を極秘に継続していた他、『NT-D』こと『ニュータイプ・デストロイヤー』*1を搭載したユニコーンガンダムをアナハイム・エレクトロニクス社に開発させている。
【ニュータイプ論の文化】
ギレン・ザビはジオン公国の独裁者として、ジオン・ズム・ダイクンの提唱したニュータイプ像を捻じ曲げて、
自国民がエリートであるというようなプロパガンダに利用したが、ダイクンの提唱した元来のニュータイプ像に関してはそのまま認識していた。
デギン公王との対談で、ギレンはキシリア・ザビが主導する「ニュータイプ部隊」(≒超能力者の集まり)について、
「方便ですよ」「国民の戦意高揚のために必要なのです」と、その存在を軽視するかのような発言をする一方、
対談の最後で「人類は限界を超えました」「(戦争に勝ったうえで)真のニュータイプの開花を待ちましょう」と発言し、ララァのような超人的な「ニュータイプ」ではない、宇宙移民者の未来の形としての「元々のニュータイプ」の概念を示唆しているのである。
映画『機動戦士ガンダムⅢ』レビル将軍も、「ニュータイプとは、戦争なんぞせんですむ人間のことだ。超能力者のことではない!」ということを話しており、ニュータイプは戦争が得意なエースパイロットではないという見解はギレンと共通である。
ギレンとデギンは一年戦争において戦死したが、彼らの死後、ジオン・ズム・ダイクンの提唱した元来のニュータイプ論を認識していた男はジャミトフ・ハイマンである。
彼は小説『機動戦士Zガンダム』にて「人は、意思と感性の狭隘さを突破するだけで、ニュータイプになり得る」と語っていた。
つまりカミーユ・ビダンのような超能力などなくても、それどころか宇宙環境にわざわざ移住なんかしなくとも、意識の持ちよう次第で人類は新段階に進めるということである。
ニュータイプ能力に関しても『根本的には人間が仲間、特に番となる異性と連携する為に種として元々持っている能力』と理解しており、個人差はあるにしても個々人の意識の持ち様や修養で活用できるとの意見である。
実際、ジャミトフはパプテマス・シロッコがサラ・ザビアロフを自分の第二のセンサーだの言っているのを聞いている前で、「単なる相思相愛のカップルだよ、若造。番として認めた異性と連携する能力なんて人間、昔から持っている。」と内心で本人達以上に正しい論評を下している。
『機動戦士ガンダムΖΖ』でのエル・ビアンノもジャミトフと同じく「ニュータイプ能力と呼ばれているものは人間が種として持っている潜在能力」との主張を述べている。
もっとも、当のジャミトフ自身の思想はニュータイプ論とは全く無関係……と言うより、『人間が本来持っている能力を上手く使えるだけで、宇宙移民時代には有益性が増す』と人類の新段階でも何でもないと思っている。
彼の本来の目標は「全人類の宇宙移民(それでも地球に残留するものは経済的に滅ぼす)」で、ここだけ見るとシャア流ニュータイプ論のようであるが、そうすることで求める最終目標は「地球環境の保全・回復を果たすこと」であり、ニュータイプ論の最終目標「宇宙移民により人類を新しい段階に進めること」というものではない。
それにジャミトフも他者に理解してもらいたいという意志など全く持っておらず、要は彼はニュータイプ論をより理解しているだけの別の思想の持ち主であり、そもそもニュータイプ論者ではない。
例えて言えば、キリスト教に詳しい仏教徒(どれほどキリスト教に対して深く理解しても、本来の思想は仏教)というべきか。
しかし、集団の長であるギレンやレビル、ジャミトフが認識していた「『ニュータイプ』という言葉の『意味の区別』」だが、彼らがその区別を周知しきれなかった……というよりはギレンは自分のために利用していただけなので、区別して広めるメリットはほぼない。
レビルもジオン・ダイクンの思想を理解しているだけで、信じていたかは不明であり、なおかつ方便だと理解していた可能性も高く、彼としても区別して広めるメリットはほぼない。
ジャミトフが終生語らなかった理由も「語ったところで別に意味がない」の言うのが大きいだろう。
つまり、あまり意味のない話である。
極論、ライラ・ミラ・ライラがカミーユに殺される瞬間に理解した「傑出した能力や才能を持つ相手と対峙した時に、本能的に反感や敵意を向けるのがオールドタイプ、この人はそういう人と素直に受け入れられるのがニュータイプ」という見解に従うなら、
ニュータイプが社会の主流になれば確かに争いは減るだろうし、適材適所も行いやすくなる。
まあ、優れた相手に惚れ込んだ挙句にヤンデレ化するパターンもあり得るし、より深く理解することで気遣いや思想なども暴かれてより深刻に対立もしやすくなりそうなど、争い皆無にはならないだろうが……
実際に類まれなほどNT能力の高いカミーユ・シロッコ・ハマーン達は立場の違いだけというには極短期間の因縁で凄まじく対立している*2。
【ニュータイプへの覚醒】
シャアは地球である程度の期間を過ごしてから宇宙に出ることでニュータイプとして覚醒を果たしたが、ララァは地球で生まれ、宇宙に出たことがなくてもニュータイプになっていた(宇宙に出て更に戦争に参加したのはニュータイプだと確信したシャアが連れ出したため)。
アムロに関しても一時宇宙にいたものの、地球生まれでニュータイプの片鱗を見せ始めたのも地球にいた時からである。
このことから分かるように、素質そのものは誕生出自や地球・宇宙という環境には左右されないものと思われる。
また、ニュータイプだからと言って、人と完全に分かり合えたり、争いを回避出来るというものではない。
能力が強ければ相手の他人には知られたくなかった秘め事まで暴けるため、ニュータイプ能力がかえって争いを生む場合もある。
人と人の付き合いとはそんな単純かつ確実に正解に導けるものではないため、もともとが敵対関係であるならばニュータイプだろうが対立の回避は困難である。
もちろん、相手の心が読めたとしても、政治や権力・利権や闘争が絡むと、もはや理屈では解決できなくなる。
そもそも、相手について理解することと、対立を解決することは別の問題である。
さらにギレンがシャリアに対して釘を刺したように、「人の心を覗きすぎるのは、己の身を滅ぼすことになる」のだ。
ニュータイプの中でも最も落ち着いていて、洞察力にも観察力にも長けるシャリアでさえ、人間同士の軋轢に翻弄されて死を選んだのがその証明であろう。
またニュータイプという言葉同様に、能力の発現者は若年者が多く、柔軟だったり純粋だからか子供であるほど目覚めやすい描写がなされている。
ア・バオア・クーから脱出した直後の、ほぼ全員がアムロと交信したホワイトベース隊の様子からも、この時点で最も幼かったカツ・レツ・キッカが最も早くアムロを察知している。
原作時点でも『1st』のレビルとシャリアのように老齢でもNT能力を見せている者も一応はいたが。
しかし、そうした若者は充分な社会経験がないまま能力に目覚め、結局その能力の使い方や節制の仕方、人間関係の円滑な取り方などが分からず、周囲に軋轢を撒いたり、能力に溺れて傲慢になったりと暴走してしまうことが多かった。
色々な意味で特殊な例としては、小説版『機動戦士Ζガンダム』のサラは自分の持っていたニュータイプの資質を接客業で活用し、ハンバーガー屋のバイトから10代のうちに店長になり、実績を挙げていた(それでもティターンズにスカウトされて自分は軍人の方が性に合っていると認識して作中の立場に望んでなっているが)。
危機意識の高まりで発露しやすくなるらしく、非常に強い心的重圧下にその身を置くと能力に目覚めやすい傾向にある。
つまり、「戦争」とある種の極限状況下はNTに覚醒しやすく、そしてNT能力を生かしやすい状況であるとも言える。
事実、これ以後も戦争によって覚醒、あるいは存在が確認されたNTは多く、世間がNT能力を戦争のための能力と誤解し、それが促進されてしまうのも不可避な流れだった。
カミーユは普通にコロニーで生活していた高校生の段階で宇宙のビジョンが見えるレベルに覚醒していた。
しかし、ニュータイプ能力の肥大化によって、死念を感じ取れてしまう影響などで彼の精神状態は加速度的に悪化していき、シロッコを倒した際についに限界を迎え、精神崩壊に至ってしまった。
一方、2005年から順次公開された三部作の映画『機動戦士Zガンダム A New Translation』(新訳Ζ)では、NTの神髄は「隣人愛」にあるという回答を用意して、TV版と違ってカミーユが精神崩壊することなく物語を終えている。
『新訳Ζ』のカミーユは、自身の周りをよく観察し、多くの死や戦場の哀しみを彼なりに咀嚼して受け止めることができ、
死念たちとの精神的な繋がりだけでなく、大切な女性(ファ・ユイリィ)と肉体的な繋がりも得たことで、TV版の自分が精神崩壊してしまった戦場での悲劇と向き合い、乗り越える強さを手に入れた。
この新たなカミーユは、富野監督の理想のニュータイプ像であったとされるが、それはこの時点の回答であって、2020年代のニュータイプ論とは齟齬があるものとなっている。
ララァに至っては大変な生活ではあったが、戦争どころか宇宙に出てすらいない。
ついでにクェス・パラヤの能力も(元々気付いていなかっただけかもしれないが)インドでの修業が基になっているとされており、ここらや強化人間の扱われ方も含めて考えると環境に左右されないことはもちろん、前述の通り地球人類がNTになれば宇宙進出云々の話も改めて疑問符がつく。
そして、このような他人の心情を事細かに察せられる人間は精神に余計な負荷もかかりやすいとも言える。
アムロやシャアが「感性がOT」というのも一見悪く見えるが、逆に言えば局所的にNT能力を使う以上の部分は割りきっている分、(NTが人類の革新だと信じていた割には)上手く自己の能力と付き合えていたとも言えるだろう。
……その意味では、ニュータイプという言葉が歪められ、意味が狭められたことは確かで、同時に未熟な時代でニュータイプ達が戦場という生きる道を見つけられた事は、それは決して幸福な道でも正しい道でもないのだが、局地的には意義があった……のかもしれない。
【強化人間とNT専用機の台頭】
一年戦争で連邦・ジオン双方でニュータイプのパイロットが単独で戦局すら左右するほどの戦果を挙げたことで、戦争終了後、ニュータイプの軍事的価値は高騰した。
アムロの残した戦果はRX-78-2の「ガンダム神話」同様にNT神話を産み、戦時にあった軍部がその能力を利用、もしくは対抗しようとしたのは当然の事と言える。
同時に、ジオン公国軍を形成する宇宙移民の象徴たるニュータイプを連邦政府は恐れるようになり、ニュータイプと思われるアムロやホワイトベースのクルーを冷遇するようになる。
その一方でNTの軍事的利用価値は認め、オーガスタやムラサメ、ネオ・ジオンなどのニュータイプ研究所において、
NT(の能力を持つ人間)を人工的に再現した「強化人間」の精製に着手する事になる。
前述の通り、強化人間とは訓練や薬物投与により後天的・強制的にNT能力を引き出された人間である。
NT同様にサイコミュ兵器を操る事はできるものの、研究途中ということもあってその精神は極めて不安定であり、フォウ・ムラサメやロザミア・バダムのように軍に有利な記憶操作を施され、利用される者も多い。
最初から非人道的な発想による計画である上に、兵器として利用するつもり=制御できなければ意味がないので、そこも非人道的な方法(前述の記憶操作)で制御したりと、人道的にも倫理的にも問題がある、外道と揶揄されても仕方ないような計画となった。
そして、なかなか精神や制御が安定しないという問題点や、計画途中で頓挫することもあったものの、強化人間のパイロットとしての能力は凄まじいという一定の成果はあがっていた。
ニュータイプの研究と同時にサイコミュの性能向上や小型化が進むにつれて、MAやMSにサイコミュを付随した「ニュータイプ専用機」が台頭。
パイロットの特性に加え、高い追従性、ファンネル等のサイコミュ兵器など、量産機と比較して破格の性能を持った機体が多く、それがエース機=NT専用機という風潮を産み出した。
しかし、NTは良くも悪くも互いに惹かれ合う性質のためか、戦場で同等、あるいはそれ以上のNTと戦う場面が多く、コスト相応の戦果を挙げたNT専用機は実は少ない。
宇宙世紀作品群では、ニュータイプは単なる感応能力ではなく、
「人間と機械の境界」「認識の限界」「死者の意思の継承」
といったテーマを扱うための思想的装置として機能するようになる。
- Zガンダム:死者の意思が力として作用し、精神と機械の同化が極限化する
- 逆襲のシャア:サイコフレームが“最適化の暴走”を起こし、虚構が現実を上書きする
- F91:幻想化したニュータイプ表現を技術的現実へ引き戻す
- UC:死者の意思が歴史的・社会的文脈で再解釈される
- ハサウェイ:認識の限界と正義の暴走が社会思想として描かれる
これらはすべて、富野作品が提示した
「同化」「虚構」「認識」「死者の意思」「最適化の暴走」
という思想の変奏である。
【ギャザー・スタイム】
富野監督は『ガンダム』でニュータイプを登場させて以降は、概念をどんどんと深化させていった。
シリーズ二作目である『Ζ』ではニュータイプという概念を一歩進めた「ギャザー・スタイム」という概念を検討していた。
これは、レーザーディスク「機動戦士Ζガンダム・メモリアルボックス1」のライナーノーツによれば、人の精神と同化するというようなもので、同作の最終回においてカミーユが残留思念達相手に自分の身体を貸すと言ったフレーズで触れられている。
しかし、取り込まれた精神側の主権はどうなるのかと言った問題、この概念の至る処は愛という結論も出せるがそれでは宇宙戦艦ヤマトと同じになってしまうからこの前提を回避する方法が設定されなければゼーター・ガンダムの意味はないとしている。
「kotoba2021年9月号」のインタビューにおいては(新書『ネオ・サピエンス誕生』にて再録)、カミーユの話題に「突出した能力故に人間の限界を超えて全能に近づいたために崩壊した」「全能とはお釈迦様とアインシュタインの脳を併せ持つだけでなく日常を送るセンスも失わない人間」
などと語っており、具体的なギャザー・スタイムの概念に触れている。
「別冊アニメディア 機動戦士ガンダムZZ PART.2」に掲載された『ΖΖ』の初期案である『ゼータ・ガンダム パート2』によれば、最終局面で主人公であるジュドーがニュータイプ能力で地球圏の人間に呼びかける。あるだけの自己を表出し、それを他人に重ね合わする同化を行うのだと。
そして、人の意思を自分の意思に重ね合わせることができれば、人の和解があるのだと。
これはラスボスであるシャアのやり方が自分が納得するだけの姑息なものであるのと対比となっている。
つまりはジュドーはギャザー・スタイムへの覚醒を人類規模で促すといったもので、これは『ΖΖ』の本編でもそのままの流れで採用されている。
第二次ネオ・ジオン抗争以降は大きな戦いが無く、ニュータイプと強化人間が表舞台に出てくることも無くなり、軍縮が始まった事もあってNTや強化人間専用機は過去の遺物(ネーミング)となっている。
U.C.0123を舞台とした『機動戦士ガンダムF91』では、学生のシーブック・アノーの当初の認識ではニュータイプは「モビルスーツのスペシャリスト」といった浅いものであったが、彼は戦争を潜り抜けた終盤には、「ニュータイプは人類の革新――戦争など超えられる」という説があることも受け、
彼やセシリー・フェアチャイルドなど、「特別な訓練もしていないのに即座にモビルスーツを乗りこなせた人」を糸口にして「人類全体がニュータイプになる方法を考えるのも悪くないのではないか」という結論を出すまでに至っている。
また、同時代ではサイコミュにバイオ・コンピュータを組み込むことでパイロットの意思をピック・アップしたコンピュータが、その意思を正確に機械管制に反映することで操縦の大半をコントロールするようになっているなど、技術が進歩していた。
ロナ家を母体とする秘密結社クロスボーン・バンガードではコスモ・クルス教団なるニュータイプ主義の新興宗教を立ち上げており、U.C.0136でも健在であった。
U.C.0153を舞台とした『機動戦士Vガンダム』では、ニュータイプはかつて存在した伝説的なパイロット達という認識で、13歳ながら多大な戦果をあげたウッソ・エヴィンもやはりニュータイプと見做されていった。
ザンスカール帝国の傘下であるスーパーサイコ研究所ではサイコミュ搭載機の開発も行われ、ザンスカール戦争終盤では、サイコミュ要塞のエンジェル・ハイロゥの建造、その影響を観測するためにサイコミュが搭載されたゾロアットも登場した。
U.C.0200年代を舞台とした小説『ガイア・ギア』では、ニュータイプの存在や軍事利用の意識は残っていたらしく、サイコミュを搭載した兵器なども使われている。
ニュータイプという概念に対して自分なりの独自解釈を真剣に考えている人間も残っている*3が、作中でニュータイプと噂された人物はその評価に対して否定的・懐疑的な反応をしている。
また、シャアの反乱におけるアクシズ・ショックについては、シャアの人徳とニュータイプ能力が起こしたもので、そのためにシャアは死んだとも説明されており、細部は省かれているが、『逆襲のシャア』でサイコフレームにシャアの命が吸われたという部分はそのまま伝わっているということである。
【NTとサイキッカー】
『V』では「サイキッカー」という存在が登場した。
とはいっても、呼称が違うだけで実質的にはニュータイプであり、小説版の最終巻の説明では、サイキッカーであるマリア・ピァ・アーモニアが入るエンジェル・ハイロゥのキールームがニュータイプ用の部屋となっている。
マリアは女王となる前は診療所をやっており、患者の病気部分を感知しその部分を消滅させていたとされる。
しかし、女王となった以後に病気の人間を集めて国民の前でそれを治すというパフォーマンスをしていたが、それはザンスカール帝国によるサクラが混ざったヤラセ儀式であり、本当に女王マリアが病気を治せていたかは曖昧なものとなっている。
一方で、サンライズ準オフィシャル設定の漫画『機動戦士クロスボーン・ガンダム ゴースト』では、NTとサイキッカーは別存在とされている。
【NT能力】
「NT能力=互いに分かり合え、争わずに済む」ということも実現するに至っていないのが宇宙世紀の現状である。
小説『機動戦士ガンダムⅠ』ではアムロとララァが究極の思惟を発生させたもののララァはアムロの手で殺害され、『Ζ』ではカミーユとハマーンがその段階にまで行こうとしていたが、ハマーンがシャアとの思い出をカミーユに見られたことで激昂し中断されてしまった。
煩悩、エゴ、生の肉体を持っている限り、真のニュータイプへ至る道は未だに見えない。
『逆襲のシャア』に登場するクェスのように、ニュータイプ能力は高いが故にその才能をマシーンのように利用された挙句、
最後の最期で隣人愛に目覚めてハサウェイ・ノアを身を挺して庇ったものの、悲劇的な末路を迎えた者もいる。
ついでにクェスは能力に溺れて傲慢になり、シャアの触れられたくない分野(ララァ関連)に土足で踏み込んだために、シャアからはニュータイプうんぬんよりも人間として嫌われ、道具扱い=柔らかく拒絶されるようになった。
シャリアはNT能力がありコミュニケーション能力も高かったが、自身の生真面目な性格と立場の板挟みに遭い、戦場に出て戦死することとなった。
そしてこれはシャアの思惑も絡んでいる。
カミーユも、立場や意見の違いの他、自身の能力で人の心を覗いた上でそれをあけすけに話して怒らせるなど、ニュータイプ能力は確かに突出したものがあった一方で、それを用いても他者とのコミュニケーションが上手くいかず、
他人の思惟や悪意といった外の情報を直接受け入れる力がまだ足りていないがままにニュータイプとしての能力を使い続けた結果、シロッコの思念がトドメとなって疲弊しきった精神が遂には限界を迎えてしまい、精神崩壊を引き起こしてしまった。
ギレンがシャリアに言った「無闇に人の心を覗くものではない」というのは、思惑を読まれて裏切られるかもしれないリスクに曝される以上に、思考を勝手に読む方も読まれる方もお互いにいい気分がしないから、という理由もあるだろう。
このためか、『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』のシャリアは、アマテ・ユズリハ(マチュ)への尋問時にNT能力をフル活用し、
相手が話さずとも、思考しただけでそこから重要な情報を読み取るという無体な所業をやってのける一方で、シャリアからもマチュにとって有益な情報を提供する事で結果的に情報交換に持ち込んでいる*4。それはそれとしてNT能力を使った尋問の恐ろしさを視聴者に思い知らせた。
悪意や憎悪、嫌悪や恐怖、隔意や幻滅といった、ネガティブな感情も「わかり合う」の名のもとにダイレクトに伝わってしまうのも問題点。
上記のクェスは父を殺害した瞬間、彼の発する死の恐怖や感触を感じ取ってしまい、以後も人の死を感じとって情緒不安定になっていった。
ソーラ・レイ発射時など、多数の人が死ぬ衝撃をアムロが感じ取り恐慌を来したシーンももちろん同類。
同じく『逆襲のシャア』のナナイ・ミゲルに到っては、これが原因でシャアの本人も隠したかったであろう本性を感じている。
シャアがアムロに撃墜されポッドでふっ飛ばされた際、ナナイは「わたしたちを見捨てるつもりなんですか!?」と咎めた。
これは撃墜された(好きで放り出されたわけではない)相手に対しておかしな台詞である。
しかし、シャアがナナイの思念に「男同士の間に入るな!」と怒鳴った際に「アムロとの戦いに比べればナナイもネオジオンもどうでもいい」「世直しなど考えていなかった」という本心がつい漏れ出てしまい、しかもニュータイプとして目覚めていたナナイに正確に伝わってしまったのなら意味が繋がるのである。
人間は誰しも大なり小なり悪意を持っているもので、それを普段は包み隠しながら善人の仮面を被って生きているものだが、そんな隠しておきたい真っ黒な腹の底まで暴き合うことは決して良い結果にはならないのである。
これらの具体例からも、NT能力とは情報伝達の一手段と直感の強化程度に過ぎず、人格や発言や行動などの『普通のコミュニケーション能力』のほうが重要であることが分かる。
あるいは、上記の隠しておきたい悪意さえ暴いてしまえるという点を顧みると、そうした『普通のコミュニケーション能力』を台無しにしてしまうとさえ言える。
見方を変えると、これ自体にはコロニー落としやら隕石落としなどの虐殺を正当化してしまう能力(洗脳)ではないので、ある意味良かったと言えるかもしれない。
……人心掌握に優れた人物にとってはたいへん役に立つ力なわけで、『機動戦士ガンダム サンダーボルト』に登場した宗教団体「南洋同盟」の指導者レヴァン・フウは、アナハイム・エレクトロニクスを滅ぼす「聖戦」の駒集めにNT能力を洗脳の演出として最大限に利用しており、争いを収めるどころか戦火を拡大させる忌まわしい能力として描かれている。
今までの文章を読めば察せられると思うが、『機動戦士ガンダムUC』において作中の人物から「定義が曖昧で人によって様々な解釈がある」と評された通り、シリーズ内でもニュータイプ能力の質や、ニュータイプそのものに対する解釈は一定していない。
定義については上記の通りだが、能力についてもシャリアやカミーユのように感受性の高さからくる読心能力に秀でた者や、
正史ではないパラレル世界の人物ではあるがマチュのような空間把握能力の優れた人物、エグザベ・オリベのような本当にNTなのか視聴者に疑われるほど戦闘極振りで、それ以外は鈍感な人物など、「ニュータイプではあるが、できる事の個人差がありすぎる」描写が解釈をややこしくさせている。
『クロスボーン・ガンダム』*5では能力よりも定義に関する発言が多く、
主人公のトビア・アロナクスは、「ニュータイプは宇宙という環境に適応しただけの人間。本質的な意味での進化にはまだ時間が必要」と解釈している。
一方で、長年の恨みつらみ等の私怨から木星帝国を率いて地球滅亡を企てたクラックス・ドゥガチは、ある人物に「地球から生まれた生命でありながら故郷である地球を滅ぼすことに微塵も躊躇がない。ある意味では新人類と言えるかもしれない」と皮肉交じりに評されている。
オフィシャル作品ではない(作中のメタ発言)が、『クロスボーンガンダム・スカルハート』ではNT能力を持つサルも確認されている。
一見すると不真面目に見えなくもない絵面だが、これを受けてちゃんと作中で「NTが人類の革新?」と疑問視される場面も描写されている。
とにかく、「NT能力に目覚めたことで人同士がわかり合って戦争がなくなるなら苦労はしない。歳の差があるなら尚更」「そもそもNTが人の進化・革新であるなら指導者・煽動者がいること自体がおかしい」というのはシリーズ通して一貫している。
それを踏まえてか、『GQuuuuuuX』ではわかり合うのは若者同士・大人同士となっている他、誰かに護られ導かれるのではなく、自ら道を切り開き、そのために傷付く覚悟も持った者こそが「真のニュータイプ」とし、
まさしくそんな気質を持つアマテやニャアンのような若者たちこそが、ニュータイプの未来を切り開くだろうという、希望を持たせるような描き方がなされている。
これはシャアとて例外ではなく、彼もまた「護られる立場」も「導き手となる野望」も捨て、自らの足で未来を探しにいく結末を迎えている。
【サイコ・フィールドの発生】
ニュータイプがサイコミュを搭載した機体に乗ると、推力やビーム兵器の強化が起きる。
これはサイコミュが、ニュータイプが発する脳波「サイコ・ウェーブ(感応波)」を変換し、サイコ・フィールドという力場を発生させているのである。
バイオ・センサーを搭載したZガンダムが変形もせずにハンブラビのモビルアーマーに追いつく推力を発生させたり、巨大化したビームサーベルなどを発現し、同装置を搭載したZZガンダムもエネルギーが枯渇していたにも関わらずサイコ・ガンダムMk-Ⅱを切り伏せるビームサーベルを発生させている。
また、全身のフレームがサイコ・フレームで形成された「フル・サイコフレームMS」であるユニコーンガンダムは『NT-D』が発動し、リミッターが解除されたデストロイモードの状態で『機動戦士ガンダムUC』において時に超常的なパワーを発揮したが、
小説版の劇中で、アーロン・テルジェフから機体から発生する異常なパワーはサイコ・フィールドのおかげであると明言されており、「ビームトンファーの巨大化」、サイコ・フレーム資材とバンシィとの共同での「サイコフィールドの展開」によりコロニー・レーザーを無効化している。
サイコ・フィールドが歴史上、特に顕著に現れた事象が『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』における地球に落下しかけた小惑星「アクシズ」を跳ね返したアクシズ・ショックである。
小説版『UC』では、これは億単位の人の意思が取り込まれたサイコ・フィールドが発生したからだと説明されている
映画『機動戦士ガンダムNT』では、疑似的なサイコ・フレームである「サイコシャード」が発生させるサイコ・フィールドの強大さが表現されている。
劇中、IIネオ・ジオングがゼネラル・レビルの艦隊を吹き飛ばすためにヘリウム3を内包したタンクを臨界爆発させる際、艦隊の乗組員は「ミノフスキー粒子が過剰集中しています!」と発言している。これは通常はありえない現象である。
劇場入場者2週目特典のレポートにおいてカイ・シデンは、「ヘリウム3の臨界には密閉された融合炉と膨大な量の粒子が必要であり、散布されたミノフスキー粒子とヘリウム3原子核の結合は物理的に起こりえない」
「貯蔵タンク一基分のヘリウム3を臨界させるには地球連邦全軍のミノフスキー粒子散布装置を集めても量が全く足りない」
という専門的な見解を示している。
この物理的な常識に反する事象が劇中で発生したことから、サイコシャードによるサイコ・フィールドは、通常の物理法則では実現不可能な現象を意図的に引き起こしたということである。
【NTに類似した他シリーズの存在】
ニュータイプという言葉が登場する上に重要なワードとなっており、一般的には「人類の新しい革新」など明確に定義されている。
しかしながら、宇宙世紀と似た経緯から戦争や政治のための道具として扱われているため、プロパガンダの道具でしかなかったり、フラッシュシステム(宇宙世紀でいうサイコミュ兵器に近いもの)を操作出来る者がNTとして重要視されており、そのことが物語に大きな影響を与えている。
NT能力だけでなく、未来予知、双子で距離関係なく意思疎通などの、宇宙世紀でいうところのサイキッカーに当たる能力も登場している。
さらにニュータイプの能力を持つイルカが登場した事から、人間固有のものではないことが分かる。
最後に『ガンダムX』の世界(アフターウォー)におけるファーストNTである「D.O.M.E」が語った事には、「たまたま超能力を持っていた人間をNTという価値観概念に仕立てあげたに過ぎない」とし、超能力と人類の革新は別であるという真実が明かされた。
更に本作のNT達はアムロとララァと同じようにその能力で素晴らしい刻(未来)を予知していたので「人類の革新」と信じていたのだが*6、それも夢や幻に過ぎないことを説明。
何故ならばNTの予知は当てずっぽうではないが、相応の努力や行動をしないとそんな刻は訪れないし、NTである必要もない。
好例として「D.O.M.E」はガロード・ランを指してティファ・アディールの悲劇的な予知を幾度も覆したというこれ以上ない実例で証明した。
また、アフターウォーにおいてカテゴリーFと呼称され、差別された超能力者達もNT能力者も、くくりとしてはどちらも等しくただの超能力者に過ぎないという事になる。
そしてNTを利用しようとした各勢力は色々あって滅んでしまい、NTであるために狙われ続けてきたティファはもちろん、善良なジャミル・ニート、ランスロー・ダーウェル達ですらも『ニュータイプという言葉』に囚われるのは卒業しようという作風になっている。
これは宇宙世紀におけるニュータイプ論への解答とも受け取れる内容になっている。
なお、ときた洸一氏による漫画版ではシナリオ初期稿の設定であるためかD.O.M.E.の消滅=NT能力者の能力そのものの喪失という描写になっているが、これはアニメ本編とは異なる(前述の通りシナリオ初期稿での設定と思われる)。
NTと同じく「革新した人類」として、イノベイターという存在が描かれている。
変革した者は細胞の変異により常人の倍ほどの寿命を得る他、高レベルの脳量子波を発するようになり、NTと同じく超人的な反射神経や未来予知といっても差し支えない的中率の直感、相手の心を感じ取り、同じく高レベルの脳量子波を持つ者とテレパシーのような形で対話できる能力を得る*7。
変革できるかどうかは個人差などがあるようだが、GN粒子を多く浴びる環境下にあれば変革しやすくなるという。
提唱者のイオリア・シュヘンベルグが睨んだ通り、イノベイターは(特にGN粒子が存在する空間ならば)「他者と誤解なく分かり合う」ことを可能とする存在であり、
実際、2ndシーズンでは人類初のイノベイターに変革した刹那・F・セイエイとその乗機・ダブルオーライザーが展開したトランザムバースト*8により、誤解によってすれ違っていた登場人物たちがお互いや故人の真意を悟って和解することに成功している。
だが、これはあくまで互いに「分かり合おう」とする意識があることが前提条件である。
突然変革した自身の身の振り方に悩み、自分の殻に閉じこもってしまった『劇場版 機動戦士ガンダム00-A wakening of the Trailblazer-』序盤の刹那は仲間内で孤立し、
地球圏に飛来した謎の金属生命体・通称ELSをハナから『敵』だと決めつけた*9デカルト・シャーマンは地球人類に助けを求めるELSの脳量子波による『叫び』の内容を理解できず、ただ「頭に響く不快な叫び声」を出す存在として敵視し、ELSに激しく攻撃を仕掛けている等、
イノベイターに変革すればそれだけで他者と容易に分かり合えるわけではない、相互理解の難しさも描かれている。
ただし、「分かり合うことはできないという事をお互いに分かり合う」という事でもあり、それはそれで有意義な事である。
分かり合う事の重要さを説く刹那も分かり合った結果、戦うか離れるしかないという結論を出すことまでは否定していない。
この作品ならではの特徴として人類から変革を果たしたイノベイターが実際に発生する前の段階で、そのイノベイターと「性能」面でほぼ同等の人造人間=イノベイドを合成蛋白質から生成する技術が完成している。
そのイノベイドは「もし人類がイノベイターに進化したらこういう能力を持つと思われる」という推測から設計されており、
常人の平均を上回る身体能力と長い寿命をもって生まれた(製造された)上に、脳量子波の感知や通信などが可能なのだが、
そのイノベイドを実用化して一世紀以上経った本編終盤に初のイノベイターとなった刹那はまさしく「おおむね基本的には」イノベイドと同等以上の能力を持っている。
ただし、イノベイドを作成・運用する者の目的は「人類全体をイノベイターに革新すること」で、イノベイドはその目的のために使われる生きた道具として活用されており、例えば用途に応じて性別の有る者と無い者がいたりする*10。
もちろん一般社会においてはイノベイドの存在自体を極秘にしているため、宇宙世紀のニュータイプのように政治利用や差別問題などは起きていない。
ただし、イノベイドはともかくとしてイノベイターの存在が一般に周知された劇場版以降の時代はイノベイターと旧人類の間でしばらくは紛争が起きた事は事実である。
余談だが、本作は上記のイノベイター関連を含めて「変革」を大きなテーマとしているが、「変わらなくてもいいものもある」として、パトリック・コーラサワーが脚本上で意図的にキャラクター性や能力等が変化しないキャラ付けで対比させられている(嫁さんもらって劇中トップクラスのリア充と化したが)。
劇中でしばしばNT的な描写をされている能力、あるいは能力者として「Xラウンダー」があり、Xラウンダー同士の感応やサイコミュ兵器の操作など、明らかにNTを意識して作られている。
しかし、その実態は獣が本来持っていた本能が覚醒して先祖返りした人間とされ、劇中ではむしろ人間としては退化であるとされている。
すなわち、宇宙に適応するなどの「進化」したNTとは根本的に正反対の概念といえる。
ただし、これはフェザール・イゼルカントによる一説に過ぎないため、本当かどうかは不明。
かの井上敏樹氏が脚本を手掛ける漫画作品。
本編より700年前に起こった大戦ではニュータイプが存在しており、ガンダムを駆って戦争を終結させたという。
しかし、戦後その力に恐怖した旧人類はニュータイプ達をスペースコロニー「コキュートス」に押し込め、元の住民諸共毒ガスで抹殺した挙句にコロニーごと宇宙の果てに廃棄してしまった。
しかし、どういうわけかコキュートス内部には生き残った人々がおり、700年の時を経てニュータイプから更に進化した存在「ネオス」が誕生した。
他のガンダム作品に登場するニュータイプ系の新人類と異なり、ネオスは精神や感覚よりも肉体面での進化が著しく、強力なネオスであれば串刺しの上で火炙りにされようがショットガンで脇腹を吹き飛ばされようがものの数秒で再生してしまうほどの生命力を持つ。
主人公シャギ・カオリスはこれを利用し、自らの体内に武器を隠し持ち、敵につけられた傷口から引っ張り出して使う戦法を得意とする。
加えて、自身の血液を固形化できるデュラン・ロータスや、掌から氷を発生させら操れるジューン等、超能力バトルものじみた特殊能力を有する者もいる。
その凄まじい戦闘能力と良くも悪くもガンダムらしからぬぶっ飛んだ能力描写から、同じ井上氏が過去に描いてきたアギトやオルフェノクを連想するファンも多い。そして同作はガンダムの出番が滅茶苦茶少ないので、読んでいるうちにガンダムであることを忘れそうになる読者も少なからずいる
【アナザーガンダム/オルタナティブの類似例】
同作におけるガンダムファイターは劇中において「拳を通して互いの心を理解することができる」存在である事が語られており、NTのメタファーだと見ることも出来る。
そう考えると『Gガンダム』はNTの主人公とOTのヒロインによる話という風に解釈する事も可能となる。
実際、ヒロインのレイン・ミカムラは悩んだ末にガンダムファイターにもなっている。
ただし、同作にはそもそもニュータイプという概念がなく、物語の展開もその場の勢い任せなところが良くも悪くも多く*11、
宇宙世紀でのサイコミュ兵器にあたる『ローゼスビット』などはあるが、それもニュータイプとは言及されなかったりと、そこまで関連付けするものでもないと思われる。
最終話の件もいわば裏表のない純粋な愛の告白だから強烈に効いたのであって、そんな理屈めいたことを考えるだけ無粋では?という人も多いだろう。
また、劇中における悟りの境地という名の『明鏡止水』の方が既存のガンダムファイターよりもパワーアップしたり、より深く拳を交えることで分かり合いやすくなるなどの点でニュータイプに近い描写である。
アナザー作品である『機動武闘伝Gガンダム』は、
宇宙世紀の思想を直接継承してはいないものの、
その構造を肉体レベルの儀式として極端化した作品と解釈できる。
- ● 肉体的同化(モビルトレースシステム)
- 精神的同化(サイコミュ)を身体レベルへと拡張し、
ガンダムと人間の境界を儀式的に消失させる。 - ● 認識と身体の融合
- ガンダムの動き=身体の動きとなり、
認識と身体の境界が消失する構造は、
富野作品の「認識の危うさ」の肉体的再演である。 - ● 最適化の暴走(デビルガンダム)
- DG細胞は「環境を最適化する」という演算が暴走した機械であり、
逆襲のシャアのサイコフレームの暴走と同型の思想構造を持つ。 - ● 死者の意思の継承(マスターアジア)
- 師匠の意志が肉体的同化を通じて継承される構造は、
Zガンダムの「死者の意思」の肉体的極端化である。
カトル・ラバーバ・ウィナーが「宇宙の心」を感じて離れた人物の痛みを感知するなど、ニュータイプという単語は出ないが、それに類するものとして描かれている。
初期稿や漫画版ではゼクス・マーキスがNTという設定があったが、放送時にはNTのない世界観となり、漫画版もそもそもNTとは何なのかという事すら一切説明されず、すぐにNTの設定が語られなくなった。
一方で、NTの代わりに各種センサーや演算結果をパイロットの脳に送り込み、それを映像として知覚させることで、空間認識の向上や近未来の予知など、他作品の(軍事利用としての)NTに似た特性を持たせるゼロシステムが登場。
ただし、理解し合うNTとは程遠い兵器であり、結果的にシステム使用者を廃人にしたり暴走させたりと、コミュニケーションではなくシステム使用者の未来予知のためだけ(あるいはそれに打ち勝つ精神修行)のシステムになっている。
どちらかというとこれは宇宙世紀における強化人間のそれに近い。
分析結果が脳に伝わると感覚として認識されるためか、応用したシステムを用いたカトルとドロシー・カタロニアはNTの感応に似た現象を起こしている。
ちなみに前述の漫画版ではNTでなければゼロシステムを扱えないという旨の言及があった*12ので、サイコミュ的な扱いにもなっている。
ダイクン的意味でのニュータイプ論はホワイトファングが地球圏への宣戦布告で近い意味の事を主張しているが、この世界に真の意味での戦争の終結をもたらしたのは最終戦争により戦力が壊滅するとともに、核の冬を巡る最後の決闘を見た人類が非暴力の戦いで平和を守ることを決意したことであった。
宇宙世紀のガンダム作品ではニュータイプの代名詞であるオールレンジ攻撃が可能な兵装がいくつか登場するが、その『ガンバレル』及び『ドラグーン・システム』を十全に扱うには「高い空間認識能力」が必要という設定がある。
ただ、これは「高い空間認識能力がなければ操作が難しい」というだけであり、有線式のガンバレル、無線式のドラグーン共に攻撃に使う攻撃端末は特殊な脳波等は関係なく、ケーブルor量子通信を用いて母機となるMA・MSのシステムによって制御される*13。
空間認識能力の高いパイロット達は既知の相手ならば何となくお互いに感知出来るというNT的な描写もある。
宇宙世紀のNTと異なり、空間認識能力が高いからといって生者、あるいは死者の念などを感知できるわけではなく、またビームを弾いたり、魂がビームを強めたり敵機を停止させたりといった特殊能力を持っているわけではない模様。
その他、「ニュータイプ」のように「新人類」を名乗る「コーディネイター」という存在も劇中に登場するが、彼らは胎児の段階で遺伝子調整によって外見・免疫力などを調整され、人によっては高い素質等も持たされて生まれた人間であり、
能力に関してはいくら素質があろうと自ら努力しないと開花しないものの、生まれだけ見ればどちらかといえば強化人間に近い。
さらに、「コーディネイター」という名称に関しても、名付け親であり「ファースト・コーディネイター」とされるジョージ・グレンは「やがて生まれる新人類との関係を調整する者」という意味と願いを込めた名前だと、外伝作品である『機動戦士ガンダムSEED ASTRAY』で語っているが、
世間一般では「遺伝子を調整した者」という意味合いと誤解されて広まっており、こちらはジオン・ダイクンのニュータイプ論に近い扱いである。
なお、ジョージが言うところの「新人類」へ進化しうる因子「SEED」という概念も存在している。
これが発現することで、パイロットとしての操縦技能や戦術構築といった能力が向上する描写があるが、前述の空間認識能力とは関係がない。
また、劇中では「SEED」を発現したのは5人中4人がコーディネイター(キラ・ヤマト、アスラン・ザラ、ラクス・クライン、シン・アスカ)だが、残る1人(カガリ・ユラ・アスハ)はナチュラルであり、遺伝子調整の有無も恐らく関係はないと思われる。
さらに、空間認識能力については個々人の素養によるところが大きく、コーディネイターであれば誰しも高い素質を持つということはもちろんなく、ナチュラルでもコーディネイターを凌駕する空間認識能力を持つ者は当然いる*14。
とはいえ、人間の持つ能力である以上、高い空間認識能力の素質を持つよう遺伝子調整を施されたコーディネイターも存在し得る。
実際スーパーコーディネイターとしてあらゆる能力を高めるよう調整を施されたキラは、『SEED』の最終決戦でドラグーン兵装を用いるプロヴィデンスと死闘を演じた経験もあってか、『DESTINY』以降は高い空間認識能力が開花し、ドラグーン兵装を苦も無く操れるようになっている。
この作品では、『Ζ』の年代の連邦軍がニュータイプを恐れていたように、コーディネイターとナチュラルが互いの能力の差等から互いを敵視し、対立する形で両者間の戦争が続いており、
どちらであっても結局は人間であり、能力以外の面では良くも悪くも変わらないことを描きながらも、同じ人間でありながら能力や生まれの違いだけを見て互いに敵視し合い、殺し合う愚かしさも強く描かれている。
また、コーディネイターは作中でも優秀な場面を多く描写されている一方で、出生率の低下という致命的に近い負の側面も描かれているため*15、コーディネイターの方がより優秀な種族なので全員コーディネイターになるべし、などの優生学的な差別が肯定されないように設定されている*16。
宇宙世紀と同じニュータイプに関する逸話も伝承として残ってはいる*17ようだが、金星のビーナス・グロゥブでは宇宙の低重力や宇宙放射線への被曝が原因で人体が変異を起こす「ムタチオン」という現象も起きている。
これだけ書くと今までのガンダムシリーズにもよくあったニュータイプの亜種と同じようなものに見えるが、そうして変異した人間は栄養失調の子供のような体毛が抜け切った痩せぎすの小さな身体となり、さながらリトルグレイのような異形の姿に変貌してしまう。
実際にムタチオンが発生したラ・グーの発言から察するに寿命が著しく長くなるというメリットもあるようだが、見た目通り身体的には非常に脆弱なようで、まともに生活するには普通の人間の首から下を模した「ボディスーツ」と呼ばれる特殊な服が必須となる。
当然ながらビーナス・グロゥブの人々はこの現象に怯えており、ジット団がロザリオ・テンやラ・グーに反いてレコンギスタ作戦を強行し、そしてそんな彼らに少なくない支持者が存在する理由のひとつでもある。
R.C.におけるスペースノイドとアースノイドの地位は宇宙世紀とは完全に逆転しており、地球はスコード教から供給されるエネルギーのお零れに預かってどうにか文明を存続している有様。
そんな時代において本当に起きてしまった「宇宙空間における人間の革新」に人々がただ恐怖し、コロニーよりも低い地位にあるはずの地球に対して望郷の念を募らせる姿は、ガンダムシリーズ生みの親本人によるニュータイプ神話に対する最大級の皮肉と見る視聴者も多い。
『ガンダム』の名を冠する作品群の遥か未来という設定にして富野作品の一つである同作では、富野御大が既に制作順では後発となる上記『Gレコ』と同様の感想=メタ的な意味も含むガンダムシリーズの総括と否定を目論んでいたためか、劇中での用語としては『ニュータイプ』という用語は登場せず。
……が、用語として出てこないだけで番組設定、世界観構築の為の要素としては盛り込まれており、
実際に『∀』に登場してくるメカニックは過去の世界の遺産や発展技術であり、サイコミュやニュータイプ的な感応といった描写が説明はされていなくとも演出としては確りと描かれている。
『∀』世界(正暦)の人類の説明としては遥か過去にニュータイプが発生した時代の末裔となっており、過去のシリーズではニュータイプ達は自らの能力を使って遥か外宇宙まで飛び出していく姿が描かれたり想像されていたが、
そうした旅路に疲れはてて地球圏へと戻ってきたのがムーンレィスの先祖なんて説まである*18。
また、技術的にもサイコミュがより一般的かつ、日常生活に取り込まれる形で使用されているなんて予想*19まであり、
かつての『1st』でのニュータイプの発生が宇宙という環境に適応するためであったのと同様に、この時代では人類の中にニュータイプの劣化した素質が等しく存在しているために環境次第では先祖返りしたように素質に目覚める可能性が高いとのこと。
本編ではギャグ編の一つとして流されていたが、初めての宇宙空間でストレスを感じた地球側のオッサン達が、触ったこともなかったMS(ボルジャーノン)に乗り込んで脱出を図る中で急速にMSの操縦に慣れるばかりか、宇宙空間での戦闘への適応をも見せ初めている。
アニメ本編では以上のように“気付く人だけ気付けばいい”という程度の扱いだったものの、番組では上記の理由から裏設定扱いとなった資料も渡されて執筆された福井晴敏版の小説などでは、
それらの情報も盛り込まれて執筆された為に明確に主要キャラクターがニュータイプに覚醒したり、物語の方向性そのものが黒富野化したりといった面も。
【ゲーム作品での扱い】
Gジェネやスパロボ等、パイロット毎に能力の差異が生じるゲームでは強い存在感を発揮することが多い。
細かな扱いは作品によって変わるが、特殊技能扱いされる点、命中率・回避率に補正がかかる点、
ファンネルなどのサイコミュ兵器を扱う際に重要な能力という点は大体共通。
Gジェネではパイロットや艦長以外に戦艦の操舵手や通信士に補正が付くこともある。
ニュータイプ能力がシステム的に特殊技能として扱われない場合でも、大抵は「覚醒値」という数値でその素養の有無や強弱が示される。
サイコミュ兵器の起動にNT能力が必須ではない場合でも数値が高いほど威力や射程の強化等より大きな効果を発揮できることには変わらない。
これだけで強さが決まるわけではないとはいえ、やはり純粋なオールドタイプ(覚醒値0)との間には大きな差が存在する。
具体的にはNT能力特化で素の能力が壊滅的なイワン・イワノフがそれなりにやっていけるぐらいの影響力はある。
なお、初期のGジェネでは命中・回避への補正値がえげつない上に、ファンネルの最大射程・最大火力が全武装でもトップクラスなのでNTとOT(NTLが0のキャラ)の格差は相当なものだった。
イワン同様NT能力以外壊滅的なティファがガロードやフロスト兄弟よりも明らかに強く、主役・ラスボス級のNT・強化人間と張り合える人材となると東方不敗ぐらいしかいないほど。
さらに『F.IF』では基礎ステータスの引き上げが可能となっているため、最終的にNTLで優劣が決まってしまう。
スパロボではF・F完結編での補正が凄まじさが有名で、「ニュータイプにあらずんば人にあらず」などという格言がまかり通っていた*20。
もっとも、ここまで言われたのはNT技能補正そのものだけではなく、NT技能持ちでないとまともに戦えないという劣悪高難易度なゲームバランスに起因する部分も大きい。
以降の作品ではNT技能の補正が抑えられ、NTとOTの能力格差も無くなり、計算式の変更などで好きなユニットを活躍させられる難易度になったためNT以外も十分にやっていけるようになっている。
また、初期の頃のスパロボオリジナル主人公はNT技能を持っていたりした。
い、今、冥殿が言った。ニュータイプは、追記・修正する道具ではないって。
アニヲタWiki(仮)では強力な武器になる。やむを得ん事だ。
貴様だって、ニュータイプだろうに!
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▷ コメント欄
- コメント欄が長くなってきたのでリセットしました -- 名無しさん (2017-03-18 12:20:50)
- 主役を本物扱いしデカチンやら強化人間やらを偽者扱いしたUCやOOより、二回もラスボスに論破された最高のコーディネーター()が主役のSEEDのがNT論的NTをうまく描けてると -- 名無しさん (2017-03-23 08:55:17)
- ↑途中送信 思うの私、優れた主役級を描けば描くほど離れてくという気がする -- 名無しさん (2017-03-23 08:58:46)
- SEED世界に「誤解無く人とわかり合え、不要な争いを回避できる人」っていたっけ?誰も彼も天上天下唯我独尊を地でいってたイメージしかないんだが。それとも反面教師的な意味で? -- 名無しさん (2017-04-11 15:58:10)
- 特殊な力を「人の革新」と見るガンダムシリーズは多いけど、その割に全人類がその力を持った時代を描くガンダムってあまり見ないなあ、とちょっと思った -- 名無しさん (2018-02-06 21:23:23)
- ↑4 あれそもそも議論そのものが成立してないから論破もへったくれもないんだよなぁ… -- 名無しさん (2018-03-27 19:01:41)
- シャアってオールドタイプ見下すようなシーンあったっけ?地球を離れようとしないアースノイド(というか連邦高官)には失望してるけど -- 名無しさん (2018-04-04 08:11:28)
- 高官への失望もあるけど、そもそもとしてシャアはオールドタイプはニュータイプにならないといけないって考えが根底にある。これがアクシズ落としの理由の一つにもなっているしニュータイプを特別視し過ぎるあまりにナチュラルに見下しているよ。 -- 名無しさん (2018-04-04 08:35:57)
- 生みの親自身すら「扱いきれなくて八方塞がりだったのが打ち切りに救われた」なんて言ってるくらいだし、もうニュータイプ論を主軸に据えるのやめた方がいいでしょ。どうせF91の時代にはほとんど忘却の彼方に消え去るんだから何やっても一緒だよ。 -- 名無しさん (2018-07-15 18:47:36)
- 生みの親である富野が既に答えを明示しているというのにいつまでもニュータイプとはなにか!みたいな話続けるのちょっとなぁ……って思っちゃうよね。バンダイの商売事情とかもあるんだろうけどさ。 -- 名無しさん (2019-02-04 23:28:27)
- 殴り合いで思いを伝えあえるガンダムファイターの皆さんはNTに近いのかな -- 名無しさん (2019-02-22 17:00:06)
- ↑そういえば決勝で、ドモンがぶつかりあった拳から、師匠の悲しみを感じ取ってたね。 -- 名無しさん (2019-02-22 17:25:08)
- っていうか「宇宙世紀以外の例」に書かれてた気がするけど、消された?>拳で伝える -- 名無しさん (2019-02-22 21:15:13)
- そのGガンでもラスボスのレインとは殴り合って和解なんて出来ないから人として基本的なコミュニケーションの言葉に行くしかなかった、つまりNTへの逃避を否定したわけで、そういう意味では一足早くXの結論に達している -- 名無しさん (2019-06-26 07:44:38)
- シャアは見下しているというより失望しているって言った方が正しい。旧世紀に宇宙進出しようとしていた人たちの事はリスペクトしているし、人は重力から解放されれば自然とニュータイプになれるって信じていた。だからこそいつまでたっても行動せずに地球を汚染し続ける事に嫌気がさしてた -- 名無しさん (2019-06-26 08:53:48)
- ニュータイプという存在のオカルト化は角川春樹の影響があったのではないか。そっち系の人であるあの人にとってニュータイプ=人の革新などという存在は興味をそそらずにはいられない存在だろうから。角川がガンダムに手を伸ばさなかったらこうなることはなかったのかも。 -- 名無しさん (2019-09-12 00:39:15)
- 逆シャア前後でNTメインの外伝と小型MSsageはもうお腹いっぱいですわ。何よ高次元て -- 名無しさん (2019-09-12 01:52:06)
- ↑4 レインは告白前の話で「私はファイターじゃないからファイトで分かりえない」と言ってるしうまいよね。イボルブで殴り合ってるけど問答無用でボコっただけだしライジングが無事なことから最終決戦前だろうから、まぁ -- 名無しさん (2019-09-13 10:56:03)
- 実はセイラさんの台詞が最もニュータイプの本質を突いてたりしてな。「人がそんなに便利になれるわけ無い」 -- 名無しさん (2019-10-24 13:31:04)
- 首切り王のNTとのチェスの話は面白かったな アムロがアホ程強い理由付けにもなってるし -- 名無しさん (2019-10-26 18:37:23)
- 個人的にニュータイプは宇宙に適応した人類というより適応したのは高濃度ミノフスキー粒子化だと思う。ニュータイプが起こした不思議な事って後付けでミノフスキー粒子がかかわってること多いし… -- 名無しさん (2019-10-26 18:42:43)
- 方便というか精神的なものとして謳われていた「宇宙に適応した新人類」が、物理的存在として本当に現れてしまったせいでみんなパニック起こしているという感じ -- 名無しさん (2020-03-13 17:18:27)
- ↑ そんでもってその力に固執した者は隣人を愛する者(歴代主人公)に敗れ去っているんだよな。 -- 名無しさん (2020-03-13 17:29:08)
- Gレコのムタチオンはニュータイプ信仰に対するこれ以上ないくらいの皮肉だと思う -- 名無しさん (2020-03-13 22:33:06)
- 結局の所太陽系出ても髭のお兄さん作ってる辺りドンパチやってるという人類の性よ。嗚呼まさにWar.. War never changes. -- 名無しさん (2020-04-16 02:14:56)
- 地球で産まれた生命のはずなのに自分を木星人だと認識して、地球を焼き尽くすことに全く躊躇がないドゥガチは能力とは違った意味で新たな人類(ニュータイプ)って捉え方は好きだったな -- 名無しさん (2020-05-05 19:05:54)
- 長谷川ガンダムだと通信機や暗視ゴーグル感覚でめっちゃ気軽にニュータイプ能力使ってるシーンが散見されるのが好き。本人にとっては持って生まれた当たり前のものでしかないんだから、そりゃ使える時に使って当然よね -- 名無しさん (2020-08-08 20:31:54)
- 結局の所ニュータイプは単なるモビルスーツの生体CPUみたいなものでFA? -- 名無しさん (2020-11-12 02:42:19)
- ↑ ただの五感の延長だと思う。それを大げさにいっているだけで進化したって言うならGレコや∀の時代にもっとNTがいてもおかしくないんだよね。XのDOMEが言っていたように人の革新と人を超えた能力は別 -- 名無しさん (2021-02-13 10:34:29)
- 「殺気を感じ取る」って強キャラの必須技能みたいなところがあるけど、当時のロボットアニメで強調されるのは珍しかったんだろうか -- 名無しさん (2021-02-13 12:37:46)
- ↑2 そしてGレコの時代に本当に人間が宇宙の環境の影響で変化するムタチオンが起きたら、当人達は「こんなん嫌だ」って恐怖して地球にレコンギスタしようとするのが皮肉としか言いようがない -- 名無しさん (2021-03-30 20:27:10)
- NTにできることはようはSNSみたいなもん、って意見は面白かったな。 -- 名無しさん (2021-03-30 20:40:17)
- 「なぐりあい宇宙」のメチャクチャ理論に笑った。「それは……根性(ガッツ)だ!!」「それが不自然なのよ!!」 -- 名無しさん (2021-06-10 07:59:59)
- 角川春樹がこの設定に興味を持ったから角川とガンダムが手を組むようになった、と見るのは -- 名無しさん (2021-07-05 14:17:38)
- ↑続き、こじつけか。そうでもなきゃ雑誌名にニュータイプなんてつけないと思うんだ。角川春樹ってそっち系の人だし。 -- 名無しさん (2021-07-05 14:19:07)
- シャアは結局ニュータイプでもオールドタイプでもないよく言えば中間、悪く言えば出来そこない -- 名無しさん (2021-07-05 14:20:30)
- ↑2 あー、そういえば帝都物語では何かすごい宗教の教祖で、加藤と霊体バトルとかしてたりしたもんなぁ。さもありなん。あってもおかしくない。 -- 名無しさん (2021-08-29 15:01:02)
- やっぱり「ニュータイプ」の『答え』として一番正しいのは「X」だと思う。 -- 名無しさん (2021-08-29 15:51:09)
- 結局単なる「不安定な突然変異体」の域を出なかった存在。長谷川先生が冗談半分でチンパンジーNTを書いてたけど「人類の次のステージではなかった」っていう皮肉が効いてて好き。 -- 名無しさん (2021-09-08 15:31:35)
- 人類全てがNTに覚醒した時、世界は滅ぶ。互いが相容れない存在と解った暁は。 -- 名無しさん (2021-09-17 05:09:30)
- ↑「思想が一致しない」と「相容れない(相手を認められない)」は違うものだから別に滅んだりはしないでしょ。人間自体が妥協を知らないほど強い生物ならともかくそうじゃないんだから結局それまでと同じように利害や思想の一致の度合いでグループを作るだけ。だからラプラスの箱も意味がなかったわけで… -- 名無しさん (2021-10-25 08:11:17)
- ↑10 他人の意思が流れ込んでくるのはツイッターの書き込みが目に見えるようなもんとかそういうやつだっけ? それで分かり合えることもあるし、嫌な物ばっかり流れてきたらきついわな -- 名無しさん (2021-10-25 09:19:40)
- 項目中だと「相手の心にずけずけ踏み込んだ結果『分かられる』ことを拒否されることも多かった」ってあるけど、これとは逆に「こいつだけは許せない」っていう敵意もまた誤解なく伝えてしまえるのもニュータイプの負の側面よね -- 名無しさん (2021-10-25 10:51:53)
- ↑「解りあう」事と「互いを容認する」と言う事は全くの別物だからね。 -- 名無しさん (2021-12-02 04:11:33)
- ↑9 シロッコがZ本編でほぼ同じ事を言っていたな。 -- 名無しさん (2022-05-27 04:28:57)
- 結局のところ人間性が求められるのはNTもOTも変わらない -- 名無しさん (2022-06-11 14:49:15)
- 分かり合えるといえば聞こえはいいけど、意思疎通の方法として「言葉」を選択した人類が「言葉による相互理解」を放棄した姿とも言える。なんかイデが怒りそう。 -- 名無しさん (2022-06-24 01:05:45)
- 「重力に魂を引かれた人間」ってよくシリーズ現行作を受け入れられないオールドファンへの揶揄としても使われるけど、劇中だと頻繁にこの言い回しを使ってたハマーン自身がいちばん地球の重力に魂引かれてたよね -- 名無しさん (2022-06-26 18:47:48)
- ↑逆にZZの主人公であるジュドーは(宇宙生まれの宇宙育ちなので)宇宙人という言葉をその通りだと受け入れる、地球は人類の故郷で大切だけどこだわりがあるわけじゃない、と自然な意味で地球の重力から解放された人間として描かれてるのかな。 -- 名無しさん (2022-08-15 21:05:00)
- ↑ハマーンはサイド3で生まれて11さいからアクシズ暮らしで「太陽光すら届かぬ僻地に小4から押し込められた」っていうコンプがあるから地球知らないはずだけどコンプレックスは抱いてるな -- 名無しさん (2022-08-15 21:10:06)
- 水星の魔女のガンドはニュータイプに「いつ来るかも分からない進化を待つよりも、科学技術で人間をより高いステージに押し上げる」ってアプローチから切り込んだ設定のように思える -- 名無しさん (2022-10-06 22:33:27)
- 敏樹ガンダムのネオスは? -- 名無しさん (2022-11-30 08:57:00)
#comment
*2 メディアでの関係性の違いから、カミーユとハマーン間は出会いが良ければ関係性も良かったとする描写もあるが、逆に言えばNT能力が異常に高くてもその程度の溝すら埋められなかったことになる。また同じ敵対関係でもよりカミーユは因縁の深いジェリドなどに対しては(付き合いの長さもあったとはいえ)殺人への忌避感もあってそれなりの言動をしているように『ティターンズや敵兵は皆殺しにすべし』とは考えていなかった……ということを踏まえると作中で殺意満々だったシロッコやハマーンには特別に凄まじい敵対心があったということになる。
*3 小説版では「十字架にかけられないイエス・キリスト的な存在」が真のニュータイプという解釈が出てくる一方、パラレルの世界線とされるラジオドラマ版では「ニュータイプのパイロットとしての適正能力は人の持つ潜在的な能力が宇宙空間に出て拡大しただけで人類が進化した姿ではない」などの個人解釈も出てくる。
*4 ただ、この時点で尋問に同席していた側近のコモリ・ハーコートがニュータイプかどうか不明瞭だったため、オールドタイプという前提で「コモリからすれば上司が黙りこくったままの捕虜相手に重要な情報をペラペラ自発的に喋っている絵面なのでは?」と、客観的に見た尋問の様子のシュールさを面白がる声もあった。
*5 後にシリーズ化しているが最初のシリーズは富野氏が原作でプロットも出している(名義だけではない)。つまりニュータイプ描写も当時の富野氏の意向に沿っていると思われる
*6 ただし、ティファは例外。悲惨な境遇のせいで自身の不幸を予知することが多かったため、劇中後半まで悲観していた。ガロードによって後半には自分の能力を肯定的に見れるようになったが、ジャミル達のように「人類の革新」的なことにはこだわっていない。
*7 脳量子波を伝播しやすいGN粒子が高濃度で放出された空間内ならば、非イノベイターとも同様に対話が可能。
*8 高濃度のGN粒子を広範囲に放出する
*9 ELSの『対話』方法が侵略行為にしか見えなかったのも要因だが。
*10 諜報員など、人間社会に溶け込む必要があるイノベイドは性別を持っている者が多いが、戦闘員などの人間とそこまで関わる必要のないイノベイドは性別がない者が多い。ただし、性格的に男性的、あるいは女性的なイノベイドはおり、例えば戦闘用の「ヒリング・ケア」は肉体は性別の無い「中性」だが、本人の容姿や性格から敢えて女性として振る舞っており、人間の軍に参加した際には自ら胸パットを付けたりしている。
*11 かなり勢い重視であることは、師匠の強さがその場のノリでかなり増減したり、途中までは良い師匠になったり、悪い師匠になったり、決戦後無理やりネオ香港に移動したドモン・カッシュより早く開会式の会場入りしたり(ちなみにシュバルツも)などの忙しい立ち回りなどからも分かりやすい。
*12 というか、漫画版でNTの言及があったのは「守るものと戦うものがしっかり見えていればシステムには支配されない」というゼロシステム回りの会話くらいだった。
*13 前者はケーブルが切断されれば制御不能となるが、ドレッドノートガンダム(Xアストレイ)は有線式ではあるが量子通信でも制御できるよう設計されているため、ケーブルが切断されても問題なく制御が可能となっている。
*14 というより、コーディネイターは努力をしてもあくまで「人間としての限界値」の範囲内の能力しか持ち得ないことや、どのような素質を持つよう調整されたか、またそれが成功したかなどもまちまちなため、コーディネイターは平均レベルが高いだけで、ある分野に関して高い才能を持っていたり、弛まず努力して磨いたナチュラルに敵わないということも往々にして起きる。
*15 コーディネイター同士だと先細りしており、『SEED』開始時点でも婚姻統制されている。ならコーディネイターは絶滅するのか?というとこれらの現実的な解決方法はナチュラルと融和していくことだとされているので回避可能(※パトリック・ザラもこの問題を把握しているが、未来の技術でどうにかできると信じた)。
*16 これらを突き詰めていくとブルーコスモスやザフトの過激派を肯定するようなものになることも影響しているだろう。
*17 とはいえ、ロックパイ・ゲティが「伝説に言われているニュータイプなんてものが、いるわけはないだろう」と発言しているあたり、知っている人間からも半ば与太話扱いされているようだが。
*18 『∀ガンダム』のメインヒロインでありシンボルでもある月の女王ディアナ・ソレルは明確に地球へと戻ってきたニュータイプの子孫であるらしい。
*19 神経接続による徹底したオートメーション化やかつてはニュータイプでもなければ不可能だったレベルの射撃を可能とする異様な精度の火器管制システム……etc.
*20 それ以前の第4次では単にファンネルが使えるだけの能力で、新では補正が追加されたものの微々たるものだった。
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