蘭亭ぽんた

ページ名:蘭亭ぽんた
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「湯島・蘭亭ぽん多」さんのお出迎え初夏の装い(暖簾は年数種をかけかえ。麻の白地は初夏から真夏)

これがとんかつ?と噛みしめてしまう豊かな逸品で知られているとんかつ屋さん。長時間低温揚げの揚げ上がりはあちこちで取り上げられていますのでご存じとは思いますが、湯島に行ったら是非寄りたいお店です。

【21.真っ向勝負のとんかつ屋さん:湯島・蘭亭ぽんた(多)さん】[]

右手の蹲(つくばい)と、通り側の植え込みが出迎えてくれる入口。植え込みの竹葉の何か所かから、蘭の花が顔をのぞかせています。香りも素晴らしい。さすがに蘭。いっぱいの竹葉にひっそり見える花の姿を見ると、花を飾ると云うより、花と生きると云った方がふさわしい、当店あるじの心意気が見えます。

ここは圧巻の「とんかつ亭」にして「蘭亭」。入口右上の電飾に蘭亭ぽん多の文字が浮かび、その下、目の高さにも蘭の一鉢からは、こちらに手を指し伸ばしているような、ゆるやかなカーブを描く花径に数輪の蘭の花。

春のころ、渋い紺ののれんには湯島・蘭亭ぽん多の白抜き文字と家紋。おや?のれんの右手に新しい大看板が。厚手の楓を原木に、磨きこんだ仕上がり。去年暮れに二代目の友人から贈られた手彫り作品だそうです。漆をのせた「蘭亭ぽん多」の書き文字は二代目の直筆。(写真の白のれんは夏場。麻の風合いが生きて甘い白色がいかにも湯島。)

店内に入ると、右手のお食事処には手前からテーブル4卓(各4名+α)と奥に小上がり。小上がりは3卓でそれぞれ6席くらい。ちょっとした集まりもできる広さ。すっきりした無駄のない店内は、親しみやすく品がある湯島らしい広がりです。

ちょっと前まで、上野・御徒町と云えばとんかつ屋さんの町と云っても良いほどとんかつ屋さんがたくさんありました。蘭亭ぽん多さんのご主人によると、戦前から営業しているお店だけでも15~6軒ほどはあったそうです。

それが、双葉さんが営業を終えたりして半分くらいになり、最近は少し寂しくなった感じが否めません。アメ横に近いお店で閉店が多かったそうです。そんな中で、「蘭亭ぽん多」さんは益々意気軒高。知り合った36年前と少しも変わらない元気な二代目ご主人渡井豊さんは「食は文化なり」が口癖。奥様とご主人でお客さんをお迎えしてくれます。

今では三代目若主人研太郎さんが厨房を任され、店内にとんとんとんと、何かを叩く音が響きます。聞き耳をたてると、音には二種類あるような。

伺ってみると、一つは肉そのものを「肉叩き」という特別な道具で力加減が強すぎないよう叩いて肉の柔らかみを出してゆくとき。そしてもう一つは、揚げ油に入れる前、ころもに包んで両の掌でパンパンと打って微妙な圧をかけるときのやさしく軽い音。「蘭亭ぽん多」さんでとんかつを待つ楽しみは、ここからです。

私はご店主お薦めの日本酒「横笛」をこの間に。小笊におちょこが10個くらい乗せられて「どれになさいますか?」とかなり真剣な表情でご主人から聞かれ、陶芸に入れ込んだご店主自作の備前焼のおちょこを撰んでひと口。蘭亭ぽん多さんの、とんかつを待つ時間が順調にスタートです。

じっくり選ばれたお通しをいただきつつ、通りに面したガラス窓の手前に懸けられた小ぶりの蘭の鉢植え、椅子席脇の小棚にさり気なく置かれた一輪挿しと置物、それに落ち着きある雰囲気を高めている飾額。どれもが蘭亭ぽんたさんでお料理を待つあいだ、相手をしてくれます。

とんかつが揚がってテーブルに運ばれると、揚げ上りのころもは薄い黄金色、というより、むしろピンクゴールドっぽい白色。光沢と色あい、そのいきの良さ、そのひと粒ひと粒が形をとってふんわり感が立ち上がっている。そしてふっくりと豊かな厚み。外見だけで、もうおいしい。

揚げ油の香りが立つようなカリッとした揚げ上がりのとんかつとは対極にある、しっとりした軽さ。また来たくなる“ここでしか味わえない”逸品です。とびきりお薦めはロースのとんかつ。厚い肉の切り口から肉汁が光って見える。適度にしまってていれ柔らかく、歯を当てると肉の旨みがジューっと口の中に沁みわたる。このジューシーさ加減はどうなっているんだろうと、誰でも聞きたくなります。

肉は朝ご主人が問屋に出向いて選ぶ。始めは肉屋さんだったお店の歴史が(昭和7年=1932=創業)、今も変わらない上質の肉に繋がっているのでしょう。揚げ上がりのとんかつは、3センチくらいはある厚みたっぷりの肉、ころも付きの外寸で3.5センチを超える厚み。何とも豊かな小判型で厚いのが特徴。

こんもり、ふっくら、見事な丸みの蘭亭ぽん多のとんかつは良い香りと共に極細の千切りキャベツを枕に、箸を入れてくれと云わんばかり。右に生きのいいトマトの一切れ。う~ん、もう待てません!

からしやケチャップ、自家製ウースターソースが出ていますが、最初の一口はその中の一つ、厳選あら塩でいただくことに。すっきりした塩の風味がきりりと味覚を引き締めてくれます。

実は蘭亭ぽん多さんには、自家製のマヨネーズが。一度頂いたことがありますが、スーパーで買ってくるマヨネーズがマヨネーズだと思っていた私は本当に天地がひっくり返るようなオドロキでした。塩気が全然違う、風味はあっさりしてコクがあり、そのまま食べたくなる。食べものに味付け材料を使わない私ですが、これは特別でした!「野菜サラダ」はドイツ製のサラダオイルを使い、このマヨネーズで合えるそうです。

蘭亭ぽんたさんのとんかつ。その味わいは、お肉、手をかけたころもにラード油、そしてもちろん揚げ方に。170℃くらいで揚げる店が多いなか、「蘭亭ぽん多」さんは100℃程度。手で軽く丸めたパン粉を落として浮き上がる時間で温度を見るのはもちろんのこと、熱っせられて浮き上がろうとする揚げ箸の抗力の強さで油温を確かめつつ、直径45センチ、深さ約10センチ、厚さ2ミリの鍋でゆっくり揚げます。

揚げ時間は私の腹時計では20分弱。ゆっくり厚い肉に油の熱が加えられて行きます。この間に店内に飾られた花、こだわりの書や絵画、陶器の花入れ、置物などを眺めたいもの。額装された押し花アート3点は女将の作。やさしい色合いと形が、いつも感じるお人柄と一緒です。

今では良く知られた蘭亭ぽん多さんの「長時間・低温」揚げの手法は、二代目ご主人の父親、初代「ぽん多」ご主人が苦心の末にたどり着いたもの。蘭亭ぽん多さんはこれを守り受け継いで、すでに70年の歴史を刻む揚げ方です。

当日あれば大ラッキー、確実にいただくには前日までに頼んでおいた方が安全なのが蘭亭ぽん多名物タンシチュー。黒毛和牛のタンを約7時間ボイルした後、一人前ずつカットして急速冷凍して保存。お客の来店前、1時間かけてドビソースで煮込みます。ソースには毎日火を入れ、味を保つそうです。文字通り手間暇かけたお料理です。

深みのあるソースにサッとほぐれるタンが醸し出す肉の旨みがもう味覚の極楽。目が点というより目を横一文字に閉じるしかないこの味わい。初めてなら、きっと、新しい刺激です。酸味が効いたソースに若干苦味が感じられるのは山椒のせい?濃厚な味にしてサラッとしたソースがかけられた2枚のタン。さっそくいただきましょう。とろとろになったタンには肉の旨みがたっぷり。これは忘れられない味と食感!

「エビフライ」や季節の「かきフライ」も、もちろん蘭亭ぽん多さんのおすすめ料理。テーブルに運ばれ、ひと口食べると、厳選した食材の閉じ込められていた海鮮のおいしさがいっぺんに飛び出して来ます。蘭亭ぽん多さんはディナーだけでなく、ランチで寄るのもおすすめです。

店名に「蘭亭」と冠名をつけるほどの蘭。数年手塩にかけても、1輪・2輪の花が開くかどうかわからないそうですが、その蕾がふくらみ始め、1輪が開いたときの喜びや、花に会う嬉しさは格別なものだそうですが、味わい豊かに丸みと黄金色に揚がった特製とんかつと共に私たちを迎えてくれる蘭亭の心を感じさせます。

そうそう、蘭のファンに、とっておきのお話しを。ご主人はただいま屋上の温室内を整備中で、完成次第、育てている1,000はあろうかという蘭の鉢植えを同好の方々にお見せできるようにしたいそうです。目下のところ、棚の作り替えに奮闘中とのこと。

店内入ってすぐ左、植込みと通りを見通せる大窓を背に、販売もできる蘭が並べられています。お馴染みの胡蝶蘭のほかに、カトレア(属)インターメディア(種)、カトレア(属)スキネリィー(種)、リカステ(属)アロマティカ(種)など。原産地もメキシコ、ブラジルなどがあるそうです。ご店主に質問すれば、この先奥の深いお話しに発展しそうですが、また次回に。

お昼のつもりでお寄りしながら満腹になってしまいました。でも、心配ご無用。(ちゃんと噛んで食べていれば)少し歩くと、もうまた食べたくなってしまう。日本食の素晴らしさを知らせてくれる蘭亭ぽん多さんです。

少し歩いて、立寄り処★6.コンドルさんの名建築「旧岩崎邸庭園」、あるいは★3.酒悦(しゅえつ)本店と★4.鈴本演芸場に向かいましょうか。お土産なら、かりんとうの★22.花月さんと、どら焼きの★23.うさぎやさんも徒歩1~2分。すぐそばです。

上野公園に寄りたいとおっしゃる向きには、蘭亭ぽん多さんを出たら左へ。すぐ角をまた左へまっすぐ。春日通りを渡って進めばすぐに不忍池。池の中央にある散策路を通って弁天堂、さらに上野の山に入って寛永寺・清水堂、西郷さん…というコースをとれば、この散策コースご案内の冒頭地点に逆から行けます。但し、上野公園を入れると、湯島を楽しみたい方には時間配分から見て一日が厳しくなりますのでご注意を!




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