続けるのか、終わりにするのか

ページ名:毒海月と黒蜆蝶が喋るだけのやつ

 

陶醉:薬物中毒の生ける夢の女の子。生きたドラッグ生成器として夢語りに軟禁されてたり、自分の出す煙で四六時中ラリっている。無気力系クールを装ってるが、性根は寂しがりのツンデレなので構ってくれるのは嬉しい。それが自分を売り飛ばしに来てる襲撃者でも、というのは若干歪んでいるかもしれない。

水奈月 海音:ゆるゆるお喋りサイコパスな女の子。もとは正規ダイバーだったがカッとなってキャラバンを強盗殺人して追われる身に。今は似たような境遇の屑達と一緒に仲良く盗賊団兼革命家な生活を謳歌している。陶酔を売り飛ばしては売却先が滅び次第、回収転売している。今日もそれで来た。

夢語り:ローグダイバーの一勢力の一つで、夢界の技術をお金にすることに心血を注ぐ半グレ集団の総称。お薬はやっぱりよく売れる目玉商品で、同勢力内でもその「苗木」の奪い合いは盛んであり、今回は冒頭以前に既に一族郎党皆殺しにされている。やっぱり悪いことしていると碌な目に遭わないものです。

 


古ぼけてくすんだ木造の館、それは200年前の阿片窟の写しそのもの。そして、その中では極彩色の銀河が海の泡のように現れては立ち消えて、明滅を繰り返している。この銀河と星粒一つ一つに実体はない。触れても届かぬ蜃気楼だ。

それらの正体は煙。汲めども汲めども湧き出し尽きず、立ち込めている。その中でただ一人、ぽつりと床に胡坐を掻いて座り込み半分異形の女がいる。名は陶酔(タオズェイ)と言い、この夢そのものでもある。

煙管パイプを口から離し、ふうと吐き出す。天の川模様の吐息は瘴気に溶け込んで間もなく見えなくなった。

 

「やっほアンちゃん。引っ越しの迎えに来たよ!」

ここにやって来る客人の大半は、わざわざ彼女のところに訪れることはせず、ただ煙を汲み上げるだけで去っていく。

そしてアンティネス、特心対が名付けたこの呼び方をする人間は必然的にそれに近しい、あるいは近しかったダイバーのみであり、ここではたった一人、シュガースポットだけだ。だから、深く煙だけを吐いて、振り向きもせずに返事する。

「……ふは。誰かと思えばまたお前さんか……もうそんな時期か?やけに早いな」

「一段と早かったよね。ねえねえ、どうしてかのヒミツ、聞きたい聞きたい?」

館の主の傍らにまで駆けて屈みこむと、その両肩を掴んでぐりんとこちらの方へと向けた。

「はっ!いつものことだ、どうせ聞かんと終わらんだろう。さっさと話して巣に帰ってくれ」

「んもーそんなに熱望されたら答えざるを得ないなあ!」

つくづく都合のいい耳か脳みそをしている、その言葉は喉まで出掛かったところで大きな溜息に変わった。

 

「今回はねー、何が悪かったかーって言ったら、商人さん達まで薬に手を出しちゃったんだよね。」

「ふむ。」

「やめといたほうがいいよ、って言ったのにね。興味半分かなぁ、それとも自分もダイバーになりたかったのかな?そのへんは私にはわかんないな。で、あとはそのままズブズブズブ~。私がお迎えに来る頃には上から下までぐでんぐでんで、まるで話にならなかったよ。仕事が楽で助かるけどね」

海月の令嬢は両腕を開き、掌をヒラヒラと扇いで『やれやれ』のジェスチャーを取る。はためかせた透明のフリルにはおおよそそのデザインに似つかわしくない返り血が所々にこびりついていた。だが、それを見てもなお、この小さな世界の主は怯えることも、汚らしいと嫌うこともなく、あくまで会話を続けた。

「二兎を追う者は一兎をも得ずか」

「『欲張りな犬、水面の肉を奪おうとして溺死』って感じだね!」

「ここ数回分の顛末としては、笑えるほうだな」

口角だけを上げて、いかにも作ったように笑ってみせる。

「60点!って感じ」

「そんなところだ。……ああ、そういえば次の家はもう決まってるのか?あまり掛かるようだと、石ころの身体では酔えんくて困るし、宗教連中のところは儀礼に付き合わされるのが七面倒でかなわん。」

「心配しないで!その辺のアテはモチのロンでバッチシだよ。次もねー、夢語りなんだけど、今度は中国系だね!」

ずずいとサムズアップした親指を、それこそ指紋がはっきり目視できそうなくらい、眼前まで近づける。

「そうか、なら今まで通りの生活は期待できそうだ。ひとまずは安心かね」

「やったね!」

 

「それとだが」

万歳と掲げた両腕を振り下げて首を傾げる。

「なぁに?」

「常々思うが、お前さんは自分で商売しようとは思ったりしないのか。今も、今までも幾度となく機会はあったろう」

「え~何?あたしに連れ出してほしいってこと?いじらしくてかわいい~!」

頬をついつい、と指のように蠢きまわる触手で突っつかれる。ええい、鬱陶しいと突き返すが、力で勝つこともできずにされるがままだ。

「そういうのじゃない。外の実態は知らんが、あいつらが意固地になって10回も20回も取り合っている程度には値打ちがあるんだ。お前さんはそれを出し抜こうとしないほど、無欲で慎ましいようには思えんのだ」

「素直じゃないなー。まー、そうだね、幾つか理由はあるよ。」

「まず、うちは下っ端の集まりだからさぁ、そういうのに強かったりコネある人が全然居なくて~。それに、そういうのはしたくない、ってまあ、中途半端な人が圧倒的に多いんだ。っていうか、そもそもあんな悲惨なとこばっか見てたらそもそもやる気も失せるよね!」

まあ、そう言われればそうだろうな、という答えだ。

 

「因果な商売なのはそっちと大して変わらんと思うが……おっと」

思いがけず、ボトリと煙管パイプを落とす。四肢は力なくだらりとぶら下がるだけで、それを拾おうとすることもままならない。そして、周りには何十もの小さな小さな海月達が纏わりつき、ポワポワと不思議な輝きを放っていた。それは衰弱と死を呼び込む灯りだ。生ける夢をそのままの状態で運ぶには、宿主と相応の想像力、そしてそのダイバーログを隠匿する手段が必要だ。だが、それらの確保は持ち運びとしてはあまりにも手間暇が掛かり過ぎる。

ゆえに、そういう場面では、専ら一度クオリアに還元する手法が横行していた。しかし、それは人で言えば一度殺してその亡骸を運ぶのと変わらない。ただ、彼らは人と違い何度でも蘇るだけで。

「時間か。」

「いつものこととは言え、ごめんね?」

「何度もやってきたことだ。そこまで痛かったりしないぶん、幾らか他よりはお前さんはマシだしな。」

しばしの間、なんとも言い難いような静寂に包まれる。

 

「……ねぇねぇ!それじゃ、一ついいかな。」

「なんだい。用件があるなら、身体がまだ動くうちに済ませておくれよ」

「このあと、どうしてほしい?」

眼差しには憐憫と、少しばかりの好奇が入り混じっているように思える。

この質問は少し彼女を悩ませたが、それでもあくまで平静に答えた。

「任せるさ。」

それじゃ、おやすみ。目を瞑ってそれからのことは見ないように、感じないように努める。

後にはカラン、と小石が弾む軽快な音だけが残された。

 

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