DDss「買い出し」

ページ名:買い出し

 

内垣がお気に入りの服で着飾り街へ繰り出す。スマホからメッセージの通知を報せる音が鳴る。
「早いなあ」と詠嘆しながら、最寄り駅を目指して小走りになる。
駅に着くと、甚三郎がきょろきょろと落ち着かない様子で待っている。手を振る内垣。
「あー!内垣さん!こっちっす!」
「すごい早かったね。待たせてごめんなさい」
「そんな事ないす!俺がそわそわして早く来すぎちゃって!」
内垣は優しく微笑むと、室内犬のように興奮する甚三郎を連れて駅周辺を歩き始める。
「買い出しの内容はホームセンターで全部揃いますね」
「はいっす!便利ですね~」
お喋りをしながらホームセンターに向かって歩く2人。今思い出したかのように内垣が手を打つ。
「そうだ。ご飯がまだなら、どこかで食べていきませんか?」
甚三郎の表情がぱあっとさらに明るくなる。
「ぜんぜんまだっす!俺実は気になるところがあって~」
甚三郎がスマホの地図アプリを開くと、内垣も身を寄せて画面を覗き込む。
「ここなんすけど~」
「……あ~、この地域は……」
「んえ?……あ~、そっかあ」
二人は顔を見合わせると、事前の知らせを思い出した。
「ね。そこはギリギリ作戦区域内なんですよね」
「っす。俺たちは非番ですけど、2キロ向こうでは悪夢とやりあってるんすよね」
「ええ。甚三郎くんの気になるお店に行けなくて残念です。また次の機会に行きましょ?」
"次の機会に"という言葉に甚三郎がにんまり笑う。しかし突如感じたダイバーログに表情は真顔に戻り、臭う方角をぎっと睨む。内垣も同じようにしていた。
「甚三郎くん」
「はいっす」
僅かに構える二人。すぐにジェット機が間近を通過するような音が響き渡ると、ダイバーと悪夢が休日を楽しむ民衆を風圧で掻き分けてもつれあう。ダイバーはカフェのテラステーブルや商店の看板などを吹き飛ばしながら戦闘を続けていたが、悪夢に投げ飛ばされた拍子にカフェのウィンドウに突っ込む。パニックになった民衆が散り散りになる。
悪夢はその場を去っていく。墜落したダイバーに駆け寄る内垣と甚三郎の二人。
「動けますか。今の状況を簡潔に報告してください」
「……一般人に答えられん!」
内垣がダイバーに特殊心理対策局の階級を示す手帳を提示する。
「私は一般人ではありません。報告してください。ここは作戦区域外のはず」
「し……、失礼しました。イ、イレイザー。ご存じでしょうが、我々は悪夢討伐の任務中です」
「"我々"?他のダイバーはどこですか?」
「仲間は自分の機動力に追い付けず……、あとで追い付いてくると思います」
「"思います"、って」
呆れた様子の内垣の横から甚三郎が口を出す。
「それって単独で先行してるって事っすよね。区域内の囲い込み上手くいってないし」
「悪夢の抵抗が激しく……」
「抵抗は想定の範囲内です。じっとしてれば討伐されるわけですから」
黙り込むダイバーに小さく溜息を吐く内垣が、腕捲りをして立ち上がる。
「ここからは私が指揮を執ります。甚三郎くん、この辺りに残った民間人の避難誘導をお願いできますか?」
「了解!」
内垣がダイバーを見下ろす。
「ダイバーネームを名乗りなさい」
「し、失礼しまし……タンゴスラストです」
「スラスト。作戦区域の再設定を要請したのち味方と合流し、私の指示を待ちなさい」
内垣は狼狽するダイバーを無理矢理立たせ、特心対に繋いだ彼のスマホを押し付ける。
そして引き換えに彼の任務用デバイスを手渡させる。
「開始段階でホルダーの所在地は不明か。しかし悪夢の移動ルートからある程度は予測できる……」
ぶつぶつと独り言を呟く内垣の元へ甚三郎が帰ってくる。
「内垣さん!」
「手際がいい……、流石です」
「へへへ!あんまし残ってなかったんで!」
内垣に概念上の尻尾を振る甚三郎たちの元へ、タンゴスラストの仲間2人が合流する。
「げっ、死神」
内垣を見るや1人が小さく声を漏らした。ぎっと睨む甚三郎。
素早く仲間の口を手で塞ぐもう1人を後目に、内垣と甚三郎はダイバー体となる。
「再度確認にしますが、これより私が指揮を執ります。スラスト隊は悪夢に対し新区域内への封じ込めを」
内垣がそう指示したあと、いつもの声色で甚三郎にも指示を与える。
「甚三郎くんは私と来てください」
「了解!!」
「お言葉ですがイレイザー。あの悪夢の速度に追い付けるのは、今居る中だと自分だけかと……」
内垣のガスマスクレンズ越しの視線がスラストを見る。
「我々は律義に追いかけっこはしません。まずはホルダーを特定します」
「しかし予測範囲内の家屋は訪問済です」
「家屋とは限りませんので。……早く行動を開始しなさい」
内垣の圧に敗北したスラストたちは、デバイスで示された地点に移動を開始した。
「さて甚三郎くん。ホルダーはどこにいると思いますか?」
「そうっすねえ……。家じゃなかったら、公共施設とか」
そう言いながら甚三郎が地図を確認すると、あっという声を漏らす。
「公園だ。公園のベンチか遊具か」
「ふふ、私もその可能性が高いと思ってます」
予測範囲の中心付近には休日に児童が集まる公園があった。今日は平日である。
「ホルダーを見つけて、そのあとは?」
「作戦があります。甚三郎くんが必要不可欠なんです」


住宅地の真ん中にある小さな公園。住民は偽の事故情報を受けて避難し静まり返っている。
内垣はダイバー体を解いた姿で公園を歩きながら周囲を見渡す。
「ベンチ、にはいないか。それなら……」
公園の中心にあるUFO型の遊具を見る内垣。6本の脚で支えられている円盤型の本体には6人ほどの子供たちが入って遊ぶことができる。内垣は4つある出入口の1つに脚を掛け、中を確認してみた。
「やっぱりね」
内垣が穏やかな表情を向ける先には遊具の中で眠る子供の姿があった。彼がホルダーで間違いない。
<イレイザー!こちらタンゴスラスト!悪夢が急に進路を変えた!そっちに向かってる!>
「了解。把握してます」
専用無線で慌てるスラストに対して内垣が落ち着き払って応答する。そこへ再びジェット機のような轟音が接近する。悪夢は公園のモニュメントを薙ぎ倒しながら内垣に接近する。
「ヤらセはシなイぃぃぃぃ!」
悪夢がおぞましい声で絶叫する。その爪が内垣の背に触れる刹那、振り下ろされた筈の右前腕のみが宙を舞う。
「ナぁっ?!」
近くの植え込みに身を隠していた甚三郎のアンブッシュである。予想外の状況に狼狽する悪夢。
「コんノ……!」
悪夢は逆噴射で距離を取ろうと図るが、なぜか移動できない。
「ナゼぇ!」
「私が掴んでるからですよ」
内垣が悪夢の身体から伸びるワイヤーの数本を束ねて掴んでいた。悪夢が出力を上げてもビクともしない。それどころかワイヤーはさらに手繰り寄せられる。怖気づく悪夢。
「甚三郎くん!」
「了解!!!」
甚三郎の返す刀が悪夢の急所を貫く。絶叫しながら霧散していく悪夢。その後にはクオリアだけが残った。


内垣と甚三郎は事後処理を本来の担当であるスラストたちに任せて帰路につく。
「大変な1日になっちゃいましたね。お疲れ様です甚三郎くん」
「平気っす!内垣さんと一緒なら!」
甚三郎はワンワンと概念尻尾を振りながら内垣に満面の笑みを見せる。
「私もです。今日はたくさん頑張ってくれましたね。買い出しにも……、あっ」
「そういえば買い出に来てたっすね」
うーん、と内垣は少し考えたあと、ぱっと甚三郎に微笑む。
「今日は帰りましょう!」
「賛成っす!」
「それに……、また一緒に行けばいいですよね?」
「はいっす!お供します!」
嬉しさが手足の挙動に表れる甚三郎。その様子を嬉しそうに見守る内垣。
仲良く2人が歩く街は夕暮れに染まっていた。

 

 

シェアボタン: このページをSNSに投稿するのに便利です。

コメント

返信元返信をやめる

※ 悪質なユーザーの書き込みは制限します。

最新を表示する

NG表示方式

NGID一覧