証言記録6

ページ名:証言記録6

 スレイヤープレデター

 

出現日時: 20██年9月██日   アンインエリアにて出現。

 

インタビュー対象: 服部 文  元Celliens Database Center 隠蔽・秘匿行使部(当時)

インタビュー場所: █████

インタビュー日時207█年██月██日

 

 

 

あの日…今日は何時もと様子がおかしい…そう気が付いたのは目が覚めてからだった。目を開けると暗闇が広がっていた  いや、視界が黒い何かで遮られているのだ。

視界が封じられている中、腕を何かで縛られているような圧迫感、痛みに続いて、腕が殆ど動かせないでいる事を自覚した。

何処かに連れ去られたのかと考える暇も無く、木々の生い茂る森の香りが鼻腔を突いてくる。ここは森の中の様だ。どうにかして抜け出そうにも、上手いことキツく縄が巻かれていて自分だけでは脱出が出来そうにない。

打つ手がないか頭を馬車馬のように鞭打ち、無理矢理に働かせて居ると、不意に声が聞こえて来た。

 

 

おはようございます。お目覚めですか。生きてますか?

 

 

開口一番に生きて居るかどうか聞いてくる存在が明らかに目の前には居た。一体何時からそこに立って居るのか見当がつくはずもない。
貴方は誰なんだと問いかける前に、それはこちらの視界を解放してきた。
目に光が入り込んでくる。光に眩み、暫くは白い闇に遮られていた。闇が消えた頃、周りには沢山の木々が取り囲んで、目の前に立っている女性と共にこちらを見下ろしている様だった。
何処に拘束されているのか見当はついた、だが特に目を引いたのは目の前にいた人間だった。

黒い。いや、少し藍色が入った服を着ている。いやよく見れば服も普通じゃない。
一昔前…下手すればかなり前の和服。それも漫画などで見る様な、典型的な忍者の装束を纏っていた。
マフラーも面頬もしっかり装備していたが、その見た目からは作りものの気配は感じられない。まるで本物がそこに立っている様な異様な空気を醸し出していた。

 

 

見た目に合わず頑丈な方だ、これなら多少強く縛った方が良かったかな。

…ここまで何故連れられたのか、見当はつくでしょうか。

 

誰なのかも知らない人間に、恐らくは誘拐されて、山奥に幽閉されている。
ともすれば、そんな事をされる覚えはただ一つを除いて存在しなかった。

 

…僕が、色んな方からセルリアンの話を伺っているからでしょうか。

 

その通りです。…私は元セルリアン・データベース・センターに所属して居た、服部 文と申します。

今は住みかを失ったものです。

 

目が動かない。面頬に隠された頬から下の表情が伺えないが、その声は明らかに寂しげな声をしていた。だがそれ以上に耳を引いたのが、忍者が名乗った役職の名前だ。
今目の前にいる忍者のような人物、そしてセルリアンと名のつく組織の名。僕は今までのインタビューの中で、一つだけ思い当たる人物があった。

だが、今そこでそれを言うべきだろうか。このままきっと恐らくは、もしかしたらこの人が。で済ませて入れば良いのかもしれない。

垂直の姿勢を保って直立するその忍者に、ただ静かな訴えをかけるような眼差しをぶつける。

 

 

その目は私についても心当たりがあるような顔ですね。…まあ、私のことなど、私が居た組織のことなどを覚えて居ても意味はないのかもしれませんよ。
もう、そんな組織も存在しないのですから。  貴方ならわかるでしょう。あのパークが、あの楽園が滅び去った後に…CDCが存続する理由なんてないのですよ。
それでも、我が使命は未だに終わらず。
セルリアンの話を集める輩がいると風の噂に聞き及んで、今貴方を拘束させていただいて居るのです。

その状況を飲み込んだ上で、私の質問に答えていただきます。

 

なぜセルリアンに対面した人々から体験談を聞き出しているのです?   …その話を持って、何をしようと言うのです?

 

 

その目は、光がなく、ただ使命を果たさんとする意志だけがなんとか目の焦点を保っている有様にも見えた。濁りきった紅い瞳から感じる冷たい刃のような感覚に本能が発する警告を身を以て感じているが、今ここで逃げ出せるわけも、縄を千切れる手立てがあるわけでもない。

ならばもう、腹を括って話をするしかないだろう。

僕はなぜセルリアンに襲われた人々から体験談を聞き出し、調査しているのか。その理由を簡潔に忍者に語った。

 

 

……ふむ。なるほど。

正気でしょうか、それとも本気なのでしょうか。  まさかセルリアンのネタを書き綴って、やろうと言うことがそんな事だとは。

 

ええ、本気です。こちらはもうとっくの昔から覚悟を決めているのですから。あの時パークで、それを見た時から。

 

 

こちらが強気に目的に対する決意を指し示すと、忍者は少し呆れたような目つきをこちらに投げかけてきた。だが少なくとも、出会った当初と比べれば、向けられて居た敵意は鈍くなったように感じられる。

目つきから温もりを感じて、ひとときの安堵を覚えた僕の目の前に忍者は座り込んだ。 少しくぐもった声と飾り気の無い装束で分からなかったが、どうもこの忍者は女性の忍者、所謂「くノ一」であることが分かった。

 

 

外にばら撒くでもなく、パークを卑しめるでもなく、痕跡を残す為に…と。

そうですか。  ……では、その行為の踏み台となって進ぜましょう。…しずかに、私の話を聞いてくださいますね。

 

 

どうやらこの忍者も、こちらの酔狂に乗ってくれるらしい。 或いはもう、話を止める理由も無いのか。落ち葉と枝に包まれた地べたに腰をかけて、話を始めた。
何故話してくれるのか、何故僕の目的を良しとしたのか。聞きたい事も山ほどあったが、あの場では割愛して話を聞く事に集中する事にした。

詮索すれば、その鋭いままの眼差しに切り裂かれてしまいそうだったからだ。

 

 

私の話の中ではそうですね、あの日の事が良いでしょう。  あの日は本当に大変な仕事でした。

 

 

我らCDCにも様々な部署がありまして、私はその中で隠蔽・秘匿行使部という…言ってしまえば、直接的にセルリアンの情報を隠す仕事を行なっていたのです。 隠蔽の手段は様々です、口封じ、言い付け、薬剤投与による記憶処理…使える物は何でも使いました。  それが私達の仕事だったのですから。

それをしなければパークが終わってしまう。 そう、私達はあの楽園を影から支えていたのです。誇張なんてものはありません、事実の一つです。今こうやって貴方を拘束していたのも、そのための行動でした。

当然楽なものではなく、時にはフレンズたちに不安を招いてしまう事もありました。その中で、頼れる相方と出会った事も。

 

(一枚の、黒猫のフレンズと写った服部氏の写真が取り出される。とても大切に保管してあるのか、状態はかなり良い)

 

毎日が苦労の連続でした。しかし…私は、あの日、あの時以上に苦労した事を未だに知りません。ある人物を探すのも、貴方をこの場所まで運ぶのも大分苦労しましたが、大変だった仕事で云えば、あの日も中々負けていません。なにせ、スレイヤーとプレデター…二つの危険なセルリアンと対面したのですから。

 

 

あの時は夏が終わりかけていた長月、9月の…中旬頃でしたかね。…パークがまだ続いていた頃の日。私は何時ものようにセルリアンの報告書を眺め倒していました、セルリアンの情報は何回頭に叩き込んでも無駄にはなりません、個体によっては寧ろ報告書でも不完全な情報であった事も多々あります。ウォーマーや、ホシクイソウ等が良い例です。

 

話を戻しますと、報告書を読み耽っていた私の元に大西殿から連絡がありました。聞けば来園者の一人がスレイヤーに襲われているというのです。ただちにスレイヤーを駆除し、目撃者に対し隠蔽を行え。…大雑把な命令が下されました。相方のファントム殿は生憎別件であの場に居なかったので、私が単独で行くことに。…無論、一人でやるのは相当無茶なものでしたので、私の独断でフレンズを連れて行きました。

おや、意外という顔をしていますね?私はイエスマンとは言われていましたが、根本から忠実な飼い犬というわけではないのですよ。

主体性のない言いなり、それに悩む忍者好きの職員…そういった人物を演じることは、私にとって容易いもの。機器などに記録されていない範囲での越権行為とかは報告してませんから。今回も上には内緒でアニマルガールを2名…「これから相対する生物の事は口外しない」ことを条件に抜擢しました。

松風のアニマルガール、狼王ロボのアニマルガールの二人…私が知りうる中では口止めの必要も無く、実力もある存在でした。忍びの世界においても、優秀な知り合いとは関係を築き、利用していくのが常だったので抵抗も無かったですね。むしろあと1名ほどいれば…とすら考えて居ました。事実大仕事となったのですが…。

事は急を要し、確保できた人員の少なさにぼやいている時間を与えてはくれない。早急に現場へ向かい、来園者の捜索を開始しました。

 

 

「オイオイ、この森ん中から探すのか?」

 

「…そうなんですよ」

 

目的地はアンインエリアの森林地帯、この場所ならば殺戮者から身を隠すのにはうってつけですが、それは同時に私たちからも見つけにくくなってしまう事も意味していました。思わず、私は心労を顔に表してしまいましたよ。なにせ大西殿から聞いた話では、スレイヤーに襲われていたのは小学生くらいの子供だというのです。広い森林の中から小さい子供を探す…楽な仕事にならないのは明らか。そもそもスレイヤーに襲撃されて生きているかも怪しかったのです。ですが、私の身体は考えるより先に探し始めていました。人と関わるうちに感覚が鈍くなったあの頃の私ならば、スレイヤーが森に残した痕跡を探る…そんな行動を取るのに、躊躇などしなかった。

尤もやつは盛大に暴れていたので、鬱蒼とした草木を掻き分けてまで探すほどの手間はかからず、木や地面を見やれば足跡、爪痕が激しく自己主張をして存在を示してくれていたので、痕跡が続いている場所を見つけて辿っていくのは容易な事でしたよ。

 

そうして点々と現れている異形の足跡を頼りに暫く歩いていると、木々の奥に2m程の黒い生物がキョロキョロとした様子で蠢いているのが視界に飛び込んで来て、すぐに色めき立った二人を掴んで木の陰に身を隠しました。

 

「シッ、隠れて。気付かれないように」

 

なんだなんだと驚きを顔に書いてこちらを見てくる視線が刺さりましたが、少なくともスレイヤーの危険性を考えれば妥当な判断です。しかし、間違いなくやつは何かを探している動きをとっていた。動きから判断できる可能性、それは無事に来園者は逃げ延びたのか、それとも…スレイヤーは新しい対戦相手を探しているかのどちらか。前者であって欲しい。そんな微かな望みを抱いて、ロボの方に視線を移し頼みごとを寄せました。

 

「ロボさん。この辺りに、あの黒い獣以外に誰か居そうですか」

 

「………ふむ。奴以外にも生きて居るなにかが居るな。…香水の匂いが多少キツい」

 

確かに良く匂いを嗅いでみると、真新しい香水の香りが鼻を通り、ロボさんの言う様にこの場に誰かが居るという確証が得られた。

イヌ科の嗅覚のおかげで幸運な事に後者の考えは杞憂に終わったのです。しかしすぐに、如何にして奴の認識から外れつつ来園者を発見するか。といった難題が立ち塞がり、これまた頭を悩ませましたね。

見て居られないなとばかりに脚をつんつんと朱槍の柄で小突かれた事に気付いたのは、ほんの2分後でした。

 

「しょうがねえなあ。派手好きな囮役の助けが必要かい?」

 

棚引く青い髪に惹かれ、思わず息を飲むほどの気品を醸し出しながら、松風が腰を上げこちらに目を向けて居ます。彼女の鋭く研ぎ澄まされた目と、たった一言の言葉から、彼女が何をしようとして居るのかは良く分かりました。すぐにちょっとした不安が脳裏によぎったものの、ここは彼女に託そうと、信じようと…首を縦に振りました。

 

「よし、ぱあっと踊ってくるぜ!」

 

 

 

 

「今のうちだ。探すぞ」

 

私からの信頼をしっかりと受け入れ、松風が槍を担いで単身スレイヤーの目の前へと踊り出ているスキに来園者の匂いを辿ってゆきました。

背後から発生する甲高い、金属をすり合わせたような鳴き声と、それに負けぬほどの気高い女性の声。声の押収が終われば、すぐにきな臭いと感じるような激しい物音が響き、聴覚を通して思考を揺さぶりかけてくる。それでも仕事に慣れきっていた私の心はロボさんを追いかけることに専念していた。仕事は迅速に、正確に果たさなければならない。それがどんな結果を招こうとも向き合わなければならない。

幸いにも私たちは、木に隠れている良い結果が見つかったのですがね。

 

「ひっ…ぇ…ぁ、ロボさ…?」

 

「お前だったのか。メイベル…全く、何故こんな場所に居るんだ」

 

メイベルと呼ばれた子供と、ロボさんの間で目が少し丸まった。

名前を互いに呼んだ辺りどうも初めて会う関係ではないことが伺えたが、逆に話が早いとも思いましたね。ロボさんが彼女について何かしらのことを知っているのなら、彼女が望む場所へと早く、正確に送り届けることができるはずだ。仕事は順調にいっている。そう確信していました。

 

「ロボさん、その子を街まで送り届けてください。   少なくともここに残すよりはずっと安全です」

 

「街までか。二人で奴を対処し切れるのか?」

 

すぐにも少女を安全な場所へ連れ出す用意が出来ていると目で訴えるものの、私に対しての懸念を向けてきた。 以前にもロボさんはあのスレイヤーと交戦した覚えがある、スレイヤーの実力を熟知しての言葉でしょう。『私たちみたいな人間が加わって対抗する力になり得るのか』と。…穿った見方をすれば、私の事を心配してくれていたのでしょう。

けれども私は、心配はいらないと返しました。

 

なぜそう答えたのかは…正直に申し上げると…子供の安全が確認された時点で、その仕事に対する重いプレッシャーが、すっと抜けていったのです。何も関係がない、何の罪も無いであろう人間が、これで死んでしまうことはなくなった。確信をもってそう信じられるだけでも、仕事のほとんどが片付いた気すらしましたね。

メイベルという少女には私からしっかりと口止めを済ませた上でロボさんに後を任せ、私は手筈通り松風の元へ戻って行きました。仕事は順調にいっていました。…その時はそう感じていたんです。

 

「…この音。まだ松風さんは無事ですね…………?…」

 

木々の上を渡って元の場所へ向かう途中で、ふと奇妙な物たちを見つけました。二本足で立つ小さな爬虫類のようなモノを。羽毛が付いていて、体高のサイズはまちまちで…20cmから60cmくらいの小さな爬虫類型のセルリアンの群れ…CEL-1-085/PD レイバーが、私と同じように木の上を移動していたのです。それが20頭も…しかもかなり警戒している様子で木の下を見つめていました。恐らくスレイヤーに対しての警戒を強めていたのでしょう。私にはざわざわとする彼らの姿を見て、既に懸念が湧き上がっていましたがね。

 

レイバーは私を見つけても一向に近寄らず、ただただスレイヤーと松風が戦っているのを見ている。いくつかはこの場から離れたものさえいた。…私からすれば答えは決まっていました。間違いなく近くに彼らが共生関係を結んでいる存在がいると。それが何であるかは、流石にこの時点で確実な答えは分かりませんでした。フレンズが連れているのかもしれないし、もっと大きな別の存在に追従しているのかもしれない。それでもあの場のピリピリしきった空気は、スレイヤーとは違った実力者が居ることを示していた。

それがどうしても、私達を救う存在だとはどうしても思えませんでした。

 

次の瞬間には、レイバーたちが一斉に高い声をあげたのです。

まずい、存在が知られてしまった。慌てる足で急いで私は木から、二人の戦場に降りたった。

 

「松風さん!近くに別のセルリアンが!」

 

「あぁ?!マジかよ、これ以上増えんのか!」

 

私はすぐに今考えられる最悪の想定を伝えた。何事も悪い事態を想定して動くものだと常識が固まって居ましたから。しかし松風さんも決して小さく無い傷を負って居たものの、見やればスレイヤーの腕が斬り落とされているのが眼に映ったのです。

 

「小童はどうなった?」

 

「ロボさんが今街まで連れて行って居ます!」

 

「おし、じゃあさっさとやっちまわないとな!」

 

そんな最中にもスレイヤーは殺意を向け、松風さんに襲いかかって居ました。しかし、彼女もただではやられずに本気を向けて切り込んでいくのが見えて…

次の瞬間には話に割り込むように飛びかかって来たスレイヤーの爪を身を翻して虚空になぞらせ、朱槍をスレイヤーの腹に突き刺し、そのまま振り回して投げ飛ばして見せたのです。まるで武将のような見事な手前に、思わず目が丸まってしまいました。あれは本当に迫力がありました。…今だから言えることですけどね。

 

「音にも聞け!目にも見よ!凶暴粗暴の獣を我が花の一撃にて穿たん!!」

 

そう芝居掛かったセリフを唱え、松風さんは再びスレイヤーに向かって猛進していきました。私も少しは手助けをするべく後を追い、懐の刀に手を忍ばせて備えを取って居ました。

 

しかし先ほど見たレイバーの群れが、すぐに戻ってくることなんて想像もつきませんでしたよ。あまりにも早すぎるじゃないですか?そう、それは私が想定して居たよりかなり近くにいたのです。大きな獣脚類の脚が、木々ごとスレイヤーの身体を踏みつけた時には、松風さんも私も、一瞬立ち止まってしまった。

スレイヤーが群がるレイバーの群れを叩き潰して抵抗して居る最中に、それは咆哮を上げた。映画で聞いたような高く、力強い雄叫びを、プレデターは森に轟かせた。

 

「コイツが新手か…!?」

 

大きな、大きな恐竜のような姿のセルリアン。CEL-1-612/ID プレデター。それが勝ち誇ったような声を上げて居る。このまま立ち止まっていたら、松風さんが狙われてしまう。意識が私の手に戻った時には、既に松風さんの腕を掴んでその場から駆け出していました。

 

「ちっ、さすがに逃げなきゃイカンか!」

 

「ええ、来園者の無事は確保しました。早い所逃げてしまいましょう!」

 

呻き声が、骨を踏み砕くような嫌な音を皮切りに止んだのを感じて、駆け抜ける足を更に早く動かそうとしていました。傷ついて居るとはいえ、こうも早く敵を倒せるのかと、改めてプレデターの実力を実感していました。しかしプレデターは力馬鹿なだけでなく、歩幅が大きくて目的地までの移動距離がこちらより短いのです。

逃げて居る途中から重々しい足音がこちらに迫り始めていて、足元にも青いセルリアンがうようよと走って追いかけて来て居る程なんですから、恐ろしさはよくわかるでしょう。

 

 

「オイオイ、これ俺を引っ張って走るより俺に乗って逃げちまったほうがよくないか?」

 

「乗る?何を言って!」

 

「そんなこと言うなって、忘れたか?」

 

 

今にも捕食者が追いついてしまいそうな逃走劇の中にあって、松風さんはまだ手があるような余裕を残していました。そして、彼女が一息入れ、目を光らせると、手持ちの槍を振り回して、周りの小間使いたちをふっとばしてしまったのです。そして、周りにけものプラズムの残渣が撒き散らされ、視界を一瞬覆った。そこから、松風さんはどうなったと思います?

 

「っし、お前さんも忍ぶのなんてやめてさ、俺のケツを鞭で叩いとけ!」

 

なんて言って、呆気にとられた私を引っ掴んで"乗せた"んです。

思わず下を見ると、松風さんの腰から下が大きな青い馬に変わっていたんです。びっくりでしょう?これが彼女の野生解放だと知って腑に落ちるのは先の事なのですがね。

 

松風さんは颯爽と、力強い四つの足で森を駆けていきました。すぐさま近くの公道に出てからはもう早いもので、鞭など持ち合わせていない私は松風さんの体にしがみつき、踏ん張るのでいっぱいいっぱいでしたよ。それでもまだ音は後ろから響いていたのですが、次第に小さくなって来て…数分もした後には、足音は聞こえなくなっていました。

 

「ふーっ!どうでい、偶には馬に乗るのもいいもんだろ!」

 

「っ…こんな力があるんですね。知りませんでしたよ」

 

そのまま、彼女はあの異形たちについては何も聞かずに、街を目指して走ってくれた。まるで利用して居るみたいで心が苦しかったのですが…。

…そうです、彼女たちはそう言うところがあるんです。文句ひとつ、愚痴ひとつこぼさない。松風さんもまた、そんなフレンズの一人だったのです。

ただただ真っ直ぐを見つめる青く、勇ましい目に、私は畏敬の念を抱かずには居られませんでした。

 

 

それからロボさんと街で合流して、軽く今回のことについても口止めをするように釘を刺して別れました。…話で聞くぶんには楽そうですがね、スレイヤーとプレデターに遭遇して、ここまですんなりと物事を運べたのは奇跡に等しいのですよ。ガイザートータスの時もこうはいかなかったのですから。

 

 

 

 

これで、私からの話は終わりです。

あなたは何を感じたのか、何を思ったのか。今度はお聞かせ願いたい。

 

 

ふうと息を吐いてから彼女はこちらを見下ろして来た。装束から覗く目は相変わらず冷たく感じたが、彼女の話を通して意思を、彼女の考えの一端を知ってからは、どうにも無機質なものとは考えられなくなっていた。そのまま彼女に、思った気持ちをそのまま返した。話を聞いて、抱いた気持ちや感想を。洗いざらいさらけ出した。

 

 

 

なるほど。ふむ。

…ふむ、ふむ。

そう考えたのですか。貴重な言葉、貴重な証言だと。この場所に残すべきものに相当すると。

ともすれば、私が態々貴方を捕らえたのも無駄にはならなかったようで。

ええ、骨折り損だけはしたくないので…よかった。

 

 

鋭く硬かった声が、いつしか少しだけ柔らかさのある声になった。
やはり、彼女にも血が通って居るのだ。きっと、きちんと暖かさを残して居るのだろう。
そう考えて居る矢先に、彼女は懐から刀を取り出し、こちらを封じていた拘束を切り、解いてくれた。
話を聞いて居る間もずっと縛られていたから姿勢が固まりかけていて少し痛みが走ったままだったが。それもすぐに収まっていった。
ゆっくりと立ち上がって、今ようやく服部氏と同じ目線に立った。近くで見るとよりわかるが、その目には信念を感じさせられるほどの鋭さを伴っていた。その決意が、志が、目的が何なのかは終ぞ分かることはなかった。

 

彼女が相変わらずの鋭い目をこちらに向けると、こちらに向けて、直ぐには信じられないような言葉を口にした。

 

 

 

記録を記し、遺す…か。

 

ならば、あなたをここから連れて戻る必要はありませんね。  …この地で、この島で。貴方の信じる役目を為すと良いでしょう。

私は、あの人を探します。 私の同期…健気な裏切り者を。

私の大事なともだちだったものを。

 

 

 

最初は意味がわからなかった。だが言葉を紐解くうちに自身が置かれて居る状況がようやく分かってきたのだ。だが、これは大きなチャンスだと同時に考えてもいた。少なくとも…"島"にどうたどり着くか、などといった杞憂を心配する必要がなくなったからだ。

集められたセルリアンの話が少ないのが少しだけの思い残すところ。だが、せっかくこの場所まで連れてこられたのだ。服部氏にはそんなつもりなど微塵もなかったのだろうが、利用させてもらう事にした。

 

 

これで、こちらにとってのもう一つの大きな気掛かりを確かめることができる。

もうすぐ、旅が一つの節目に近づこうとしていた。


+運命は手紙を許してはくれない-それでも彼女は、言葉を届けてくれるという

 

 

 

「最後に、故郷に残す言葉はありますか」

 

 

「……もう戻ることはないと、全てを捨ててでも大切な存在を追うと」

「僕を育ててくれた人たち、僕に言葉をかけてくれた人たちに、伝えてください」

 

 

「分かりました。では…その様に伝えます」

「おさらばです。…御武運を」


Tale クライシス・オブ・ジャパリパーク 負の遺産

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