対象: 研究開発局 サンドスター化学分析プロジェクト 客席研究員 幕原 徹
インタビュアー: 運営事務局 臨時調査委員会 ███委員長
倫理保安局 同委員会 ██副委員長(副長)
付記: ある委員の提案により心理学に精通した人物に弁護人の役割を依頼し(サポーターと呼称)、スムーズな聞き取りを行えるようにした。
<記録開始>
███委員長:
これより幕原 徹に対する聞き取り調査を行います。
あなたには現在黙秘権が保証されています。不都合な事があれば黙秘をしてもかまいません。しかし、黙秘をしたこと自体が記録に残ることに留意してください。
また、この聞き取り調査は、文面によってその概略が、音声と映像によってそのすべてが記録されることも確認してください。
インタビュアーは███と██委員です。インタビュイーは幕原氏です。お願いします。
██副長:
お願いします。
幕原:
は、はぅ、よ、よろしくお願いいたします。[精神的な不安定さが見て取れる。]
███委員長:
では軽くこれまでの経歴、出来れば事件前後のものをお話しください。
幕原:
えと、えふぃ、はは、はい。
██副長:
落ち着いて話してください。不正確な発言は好ましくありません。
幕原:
あ、ああ、すいません、自分が言い出したことなのに…
[深呼吸をする]
…失礼しました。皆さんご存知の通り、私はケン局[研究開発局]で化学的分析を担当していました。サンドスターを色々な形で分解し、様々な実験を行うことで、その構造を明らかにする研究です。その経緯からサンドスターの特性について人一倍詳しい…つもりです。
███委員長:
続けて。
幕原:
はい。20██年、忘れもしない。久しぶりに故郷へ帰って、出身の中学校で講師をして。パークに戻ってきたその日。自分の中でも久しぶりに落ち着いていた一日でした。
██副長:
その日に「あれ」を見つけたのですね。
幕原:
ご存じでしたか。"SDLBX-51"。生体の再生能力を飛躍的に高める効能があります。こいつのせいで自分の記念すべき最初のサンドスター予想群が修正される羽目になったんですが…
███委員長:
出来ればそろそろ肝要な部分に入っていただきたいのですが…だめですか?
幕原:
ええ、う、え、は、はい。すいません!
███委員長:
責めるつもりはありません、今のところは。
幕原:
ええ、うぐっ…[ペットボトルの水を一気に飲み干す]
う、ガハッ、グオッ、オウッ…
██副長:
ああ、すいません、██さん(サポーター)、予備の水を持ってきておいていただけませんか?
サポーター:
分かりました、それから幕原さんに早速ですがしばらくの休憩を。過剰な水分の摂取は極度の緊張により起こって、さらにその感情を助長します。
幕原さん、もうハルカ理事長のところに言ってしまったのでしょう?
幕原:
ああ、すいません…覚悟は決まってるんですが、どうしても言葉が途切れちゃって…
███委員長:
では、一時中断で、一同問題ありませんか。
[副長に合わせて委員がうなずく]
幕原:
すいません、ほんと…
<記録中断>
<記録再開>
███委員長:
では再開します。
問題ありませんね。
幕原:
はい。落ち着きましたし、覚悟を取り戻しました。
██副長:
そうですか。では、率直に。あなたはサンドスター由来の化学物質、サンドスターを利用した化合物が島外に持ち出されたコトを知っていた。それもあろうことか、相手は要監視対象…『国際連合環境保護推進委員会』。間違いありませんね。
幕原:
否定の余地もありません。その通りです。
███委員長:
なぜ報告を怠ったのですか。
幕原:
脅されていたんです。昔の研究の事で、ちょっと。
███委員長:
昔と言いますと?
幕原:
修士論文です。昔の修論が気に食わなかったようで。
今でこそ、自分も環境負荷について考えていますけど……
流行ったじゃないですか、2125年問題って。
京副[京浜副都心大学の略]の院は、あのシミュレーションの杜撰さを指摘して出てきたんです。
██副長:
驚いた。てっきりあれは石油会社の囲いが書いたものだと……
幕原:
一介の学生がやったことですね。
しかし、あのクソ適当な「予言」を軸にして活動していた国家や団体がいくつかあった。
あれを理由にして予測を更新せずに議論を進めたり、大抵の議論をこれで黙らせていたり、人を煽ったり……
とにかく、様々な要因であれは利権が詰まっていた。
「撤回しなければ科学の世界での立場などない」とまで脅してきたところまでありました。
だから、むやみに誰かに相談なんてできなかったんです。
███委員長:
しかし、物質の流出に関しての取引をして、更に交渉で周囲から人員を引く、そのうえで公の場で、貴方に圧力をかけていたことを認めて謝罪し、1人への未遂事項に関する賠償としては破格の金額を保証する裏約束まであった。
なぜそこまで状況が好転していて、情報の提供がなされなかったのですか。
幕原:
それは、一重に「人助けをしたかったから」です。
███委員長:
……発言の真意が分からない。なぜ人助けをするのに重大な背反行為を行う必要があるのですか。
幕原:
それは、これほどに人類にとって有用で、地球にとって有効で、生態系にとって有力な課題解決の鍵とも言えるサンドスターを、何故この小さな島で数々の事故を起こしながら、隠しながら、作り笑いを世間に見せつけながら、ちっぽけな動物の檻を守るためだけに独せ…
██副長:
き、貴様!何を思ってパークを動物の檻などとっ!我々は少しでも環境を…
幕原:
それは、ここが「動物園」で「研究施設」だからです。
自分だって悔しいけど、それは変わらない…と思います。
多くの犠牲を払ってきているはずです。どんなに環境を整えても、亡くなってしまった動物もいる、知らぬ間に寿命を奪ってしまったこともある。
先日、[削除済]のアニマルガールが還元されてしまった。確かに、その天寿を全うしていたのかもしれないけど、我々はこれ以上、彼女たちを無為に死なせていいのでしょうか。
だからこそ、ここでの研究成果は、世界で活躍しなきゃ、みんな、みんな無駄死にしていることになります。
██副長:
しかし…しかしっ…
幕原:
悔しいんだよ!だって、だって、だだだって、こっちが技術の公開に二の足踏んでる間に向こうは何歩も先に、島の外の動物の事考えてたんだ!
███委員長:
あんたの言ってることは一見正しい。だが、今回の行動がパークにとって、守るべき動物にとってどれだけ危険な事か。理解しているのか。
幕原:
認識が甘すぎましたね………
………
本当はこんな悠長に「ハカセごっこ」をしてる場合じゃないんです。
[突如席を立つ]
今年発生した環境難民の人数を知ってるか!過去最高の1300万人だ!
この五年で4000万人の故郷が廃墟と化した!
次の五年で1億人が各々の家を海に沈め、砂漠に晒し、氷河に閉ざし、川に還す。
食糧バランスが崩壊して、人々はますます健康リスクの高い食生活を強いられている!
既存の再生医療による回復が絶望的な公害患者が600万人!
そして今話している間にも、俺たちが散々「守る」と宣っていた動物が何十、何百種と絶滅しているんだ!
貧困が貧困を呼び、飢餓が飢餓を引き連れて、環境不全が環境不全の火を燃やす今この瞬間!
絶滅種を見殺しにして、同族すら守らずして何が「保護」だ!
ただ俺らの偽善と利権だけを守ってただ無為にデータを封印して何が「研究」だ!
俺らに盾突くやつらを「要監視対象」などと一緒くたに拒絶して何が「支援」だ!
これじゃあ、どんなにここに生きている動物が幸せでも「動物園」なんです。
むしろ動物園以下だ。こんなことはきっとアクチャーズにだって出来るだろうよ。
███委員長:
その通りかもしれん。でも時期尚早だ。技術の不安定な状態での公開は情報漏洩を招く。下手したら戦争になるんだぞ!分かっているのか?
答えられないならお前はただの偽善者だ。その頭を冷やして来い。
幕原:
…たぶんいつか戦争になりますよ。このままじゃ。
実感しました。やはりあいつらは容赦ない裏切り者だった。許せるわけがない。このままなら、俺たちは「悲劇の物質」を研究しただけじゃないか。何にも、何にも報われないじゃないか。
無理をして島民に立ち退いてもらい。無理を承知で様々なところから動物をもってきて。表向きは楽しそうにやってるけど、研究のために隠れた犠牲がいくつも積み重なってる。
あんなに無理して情報を引っ張ろうとするほど世界が待ち望んでいるんです。仮に、このまま研究を隠し通すための新たな犠牲を積み上げたって、いつか、どこかの誰かが情報を毟り取る。
その時までに一人でも多く、一匹でも多く救わなきゃ、俺たちはごっこ遊びで世界を滅ぼしただけのドアホです。
だから!あの時は、あのクソ共の事も信じてたさ。あいつらの勇気ある悪行が、ここから遥か向こうの森を救えるなら……少しは、少しは報われるんじゃないかって……
[右手で目を抑える]
う…ゔ……ゔがぁッ…ざしたらぁ[「そしたら」か]……らあ゙あ゙あ゙゙゙!!!!
[椅子を蹴る]
[床に膝をつく]
[約40秒 嗚咽のみ]
この……始末……
[委員長、顔を思わずカメラに向ける]
[副長、幕原の動転ぶりを見てそこから目の焦点を動かさない]
[約70秒後、副長が退席、委員長が続く。6分ほどの中断。その間も幕原はほぼ動かず]
██副長:
水です。とりあえず椅子に座りましょう。
今更どうしようもありません、せめて我々に協力しなさい。
███委員長:
事件の子細を正確に、忠実に証言できるのはあなただけです。
[幕原、椅子を拾い、開始前の状況に復元しそこに座る]
[十数秒間の無言]
███委員長:
語ることはないのですか?我々は情報が不足しています。このままではあなたにどのような形でその責任を取ってもらうべきか分かりません。
沈黙は続けてもよいですが、私はあんまり好きじゃないですね。
幕原:
…そもそも……私はジャパリグループに対して、ここ最近、というよりは情報の横流しを知った前後からあまり良い意識を持てていませんでした。私が最後に取り組んだ命題は「[編集済]型サンドスター[基本的にはアニマルガールの緊急治療の際の生命維持のための製剤などに用いられる]の保持する気候形成情報の複製法」でした。気象情報と動物の生態情報が互いに参照されることで、その親和性が高いものについては、より強くサンドスターの影響が強くなるという議論から発展したものです。
しかし、私とその周りにいた数人は別の向きを向いていました。私たちの考えは既に島を飛び出していました。島内の食糧はある程度人工的かつ集中的生産が行えていますが、世界的に見ると増大する人口に対してこの手法はあまりにも非効率で、特に露地栽培の革新的な技術革命がなされない限りその充足は遥か彼方の夢です。[この年、国際連合環境保護推進委員会は農耕可能な土地の拡大は現行の技術では不可能で、これ以上の原生林の縮小は近い将来に不可逆的な破局を起こしかねないとしている]
そこで私は、気候の安定化によって凶作の発生を最低限にとどめられるよう、植物の生育に最適な気候周期をシミュレーションしました。例えば、コメなら古典的な農作手法を用いたとしても100日前後で最近20年の収量の102%の収穫を行う事ができるうえに、関東平野で考えると最低6回は連作が可能です。
本来の命題であった情報の取り出しは順調に結果を見せてきました。アニマルガールの血中のものは未だその解読が進められていないので、得られたサンプルは全て研究所長直轄で保管する事となりました。
[再生プレイヤーが故障しました。]
[SHUTDOWN? y/n]
って。▼
第一、なんで十数年間の研究成果が全くと言っていいほど外部に公開されていないんでしょうかね。
動物園は動物学の発展のために生まれたもの。その活動によって得た学術的成果を学問全体に、ひいては社会に還元するのは当然の義務のはずです。
とりわけサンドスターに関しては、島内ではこの世のすべてかのようにはやし立てられているのに対し、島の外では国連やらとのケンカの山車にしかならない。
研究所に入って実用に至った商品があると聞いても、私にはもう、何も信じられませんでした。
だって、だって私は、あの結晶のもっといい使い方を知っている。みんな知っている。
ない宝を人は取り合わない。
私は知っている。こんなことをしている場合じゃないんだって。
還元されない研究は命の無駄。時間の無駄。
短絡的思考に至った私。でも、間違ってはいないでしょう?
ハルカムカシの事件が、今となっては当然の仕打ちに思える。
悪いのはあなた方だ。でも私も悪いのか?
誰が悪い?
誰のせいだ?
私は誰を殴ればいい?
私か?
君か?
幸か不幸か事件は起きました。
私が自分の目的のためにとっておいた、一般的な南西諸島の気候を保存していたテープ状の結晶が遺失しているという報告が同僚からありました。
私用とはいえ、自分の商売道具がなくなるのは非常に不味いので、慌てて部屋に戻ろうと走りました。
すると奥の方で引き出しの電子錠が壊されたことを知らせる符丁アナウンスがなされたため、職員は一斉にその場所を取り囲みに行きました。
私の方はそれどころではなかったのです。一体なぜ、私の部屋の物の中でも、そんなに重要そうに見えないものがなくなったのか、分からなかったのです。
その時の関心は自分がどこにしまってしまったかという焦りと、盗まれたとしたとき、犯人が一体どれぐらいの知識をもって、他の物に手を付けずに、テープだけを取っていったのかと。
向こうにいたとして、囲まれていてはもうお縄にかけられて、それどころの話じゃない。
逃げていることを心のどこかで期待していると、目の前に居たのは、私の唯一の後輩にして助手でした。
両手で、大事そうに、まるで小さな生き物を必死に温めるようにして、淀んだ無邪気な目と、震えながら必死に感情を探している口元が多くを語っていました。
彼の話を聞きました。彼は涙ながらに言いました。「私は、先生を裏切るけど、まだまだ僕は不勉強だから、自分が先生と一番話したこれを持って行きたい」「情報よりも何よりも、先生…先輩の思い出を持ち帰りたい」
何も言わず、彼をガラクタの山の奥へとねじ込みました。
半年間。誰よりも必死に彼は勉強しました。先輩には私より優秀に映っていました。
年の瀬に、用具の掃除をしながら、私の周りの農業研究の集まりで忘年会の打ち合わせをしました。
忘年会が明日にあるというのに、彼は「研究のまとめを提出したい」と言って徹夜すると言いました。
0時に私は寝て、4時に起きました。
そして、私はそのまま二度寝してしまい、再び起きたころには彼はここを発っていて、「紛失」したものを探しているうちに誘いの時間となり、お開きになったころに、やっと、やっと彼が持って行ったのだと気が付いて、そこで第一通報をしました。
██副長:
その後の彼の行方は?
幕原:
分かりません。ただ、彼が帰省用に予約していた便はバンクーバー行きでした。
███委員長:
何か心当たりは?
幕原:
恐らくはカナダ支部です。もしくは車で本部へと向かったか…
周辺にいくつも研究施設があることは聞きだしたので、その中のどこかに行ったかもしれません。
近場なら……バンフ公園?
███委員長:
随分詳しいが?
幕原:
聞けることは何でも聞きましたよ。身の上話位お互い気楽にやりたかったさ。
███委員長:
そんなにそのスパイは出来の悪そうなやつなのか?
幕原:
演技ではないでしょうね。素質はあってもやってきたことは権力闘争ばっかりでしょう。
██副長:
他にめぼしい情報は?
幕原:
うーん……わからないですね……
正直に言うと、彼は実際優秀でしたからね。決定的な情報は出してきませんでした。
███委員長:
それで、君はその腕と情に惚れ込んでスパイを見て見ぬふりをしたと…
幕原:
実際正解でしたね。
対価としてこちらは残りの構成員全員の名前を手にしました。
本人が[削除済]、主犯が[削除済]、あとの二人は[削除済]姉弟。姉さんは同階級の先輩の中で一番信用していたんですがね…
██副長:
泣きつかれて許した割に対応は蛋白だな。庇うほどの価値がな
幕原:
副長は何故いちいち逆鱗に触れるんですかね。
彼が優秀だったのは私が担保します。
間違いなくここで研究員を名乗っている奴らよりもかっこいいし、評価されるべきだと思う。一級品だ。彼の理念も、腕前も、生き様も散り様も。
███委員長:
散り様?あいつは結局逃げたのでは?
幕原:
逃げました。発覚したころには既にセントラル空港からも、成田からも姿を消して、もう誰の手の届かないところに居ました。
結局、国連で彼の働きは評価されなかった。というより、手柄を巡っての内輪もめで失脚したらしい。もうやり取りの手段がないから何とも言えませんが…
そうして主犯以下が士気を落としてしまったので、せめて報告をして彼の供養としようと。
幕原:
とにもかくにも、根本的に反論すべきことはあれど、今回の事件の責任の一端が私にあり、それが故意であったこと、規則に反するという明確な認識があったことは事実です。
鷹峰理事長、おそらくこのビデオも見るのでしょう。
「貴女は誰のためのヒーローでありたいのですか」。
「私は誰のためのヒーローであればいいのでしょうか」。
何とも、私には理解ができない。
<記録終了>
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