日曜の昼下がりにも関わらず店内にはいつも通り沢山の飲み客が居た。
多くの人間が競馬に興じており店内で放映される競馬専門チャンネルははこの店にとって最も重要な存在かも知れない。
様々な客から発せられる様々な個性に画一性は無い。
制約から開放された人間の個性はユニークでバライティ豊かだ。
落ちるまではこれらの人たちを見てもオレとは永遠に関わることのない珍しい種族のように感じていた。
最近は違和感を感じつつもここにいる人達はオレと一緒であることを理解している。
しかし認識が変わったことで彼らに対し親近感を感じることは無いく、どちらかと言えば自己嫌悪に近い感情を抱くようになった。
それは彼らと直接的に関わっている証なのかも知れない。
普通に生きていると意識する機会はあまりないが現在も各々の哲学と経済状態に応じて所属する階級は異なる。
階級により受け入れられる場所は異なりそれは自分自身で選択可能なものでは無い。
そんな当たり前の事実を理解してしまえば嫌悪感を抱きながらもここにいるということに意味は無く今はここが自分の居場所である事を受け入れるしか無いのだ。
居心地は悪くない。
多くの人間が大切なことを捨ててここに流れてきた。
おそらく元に戻ることにも興味は無いのだろう。
それもオレと同じだ。
その時々に所属するかりそめの組織や階級に受け入れて貰いながらも孤立するのはどこに居ても同じことだ。
これまで関わってきた多くの人達から教わってきたように独善的に自閉し続けていれば良いだけだ。
店の狭いカウンターに着席し生ビールと冷奴を頼み残り少ないタバコに火をつける。
凍結したグラスになみなみと注がれたビールが嬉しい。
一気に1/4程度のビールを飲み干す。
キンキンに冷えた液体が食道の輪郭を意識させ胃の奥に流れ込むと液体は生ぬるく淀んだ体の熱を奪い頭の中の霧が晴れ体中が一瞬の爽快感で満たされてゆく。
爽やかな風が体を駆け抜けるような感覚。クソみたいな日常に差す数少ない希望だ。
ゴワゴワした少し固めの昔ながらの木綿豆腐の上には幅の広い本物の鰹節。
さらしネギ、ミョウガ、大葉、皮ごと削ったであろう少し茶色みががったおろし生姜が添えられている。
少し多めに醤油を掛けて頬張るとこちらも清々し清涼感を感じさせてくれる。
薬味のシャキシャキとした食感、爽やかな大葉やミョウガの香り、鰹節の発する強烈なイノシン酸の旨味。
後味には大豆のおおらかな滋味が口に広がる。
最高のつまみだ。
階級が下がるほどに食への執着は強くなる。
安くて旨い店は我々の階級にとって最も必要な存在だ。
ニーズは供給者を産みそこに適切でバランスの取れた商売が成立する。
金持ちの美食家もいるが我々と同じく暇で卑しいのであろう。
多くを必要としない体を手に入れると豆腐とビールがあれば空腹は満たされる。
しかしそれだけでは気持ちを充足することは困難だ。
追加で焼き鳥を3本と煮込みを頼む。
そしてビールを一気に飲み干しホッピーの黒を頼んだ。
ホッピーはそれ自体にアルコールは入っては居ないがジョッキに注がれた焼酎を割りステアして飲むカクテルだ。
正式には麦酒様清涼飲料水というらしい。
ビール的なものを目指した失敗作だが定番化するだけあって当然に悪くない。
甘みは無くほろ苦い。
この店ではセットで400円。別途「中(なか)」と呼ばれる追加焼酎が200円、
割り方のバランスは人それぞれではあるが1本のホッピーで4杯程度は強めの酒を楽しむ事が可能だ。
この生活を始めるまでは試した事は無かったが1000円で程よく酔える低所得者の心強い味方だ。
今日もつまみを含めて2000円以内で済ますことが出来るだろう。
次の勝負レースは阪神10Rだった。
1600万下芝のマイル戦だ。
新聞を広げ改めてPCより赤マジックで転記された予想を確認する。
オレの馬券スタイルは基本荒れる可能性の高いレースを選択し極力購入数を絞り購入している。
荒れそうなレースとは実力が拮抗し気まぐれな馬が揃っているレースや、実力差が見えにくいローカルレース、他にも様々な狙い方は有るが予想の軸は一点突破の可能性を秘めた穴馬を選定し限りなく蒸留を繰り返し純化した予想を少数点購入する。
予想が全く立たないときには純化した予想に混ぜものをたっぷり入れて購入することもあるが可能であれば運任せにせずに絞りたいとは思っている。
可能性を秘めた穴馬の選定には全てのレースを確認しそのレースの質や傾向、本質を正しく理解する以外にその方法は無い。
レースを確認する中で距離適性があわないと感じる馬や不利を受けた馬、特定の競馬場のみで光る可能性を感じさせる馬。
そういった可能性を秘めた馬のレースポートフォリオとレース動画を全て確認し選定してゆく。
故に特定の条件でのみ高確率に激走する可能性のある馬の見極めには多くの時間と整理が必要となる。
これは予想をする為の基礎準備ではあるが、段取り八分とはよく言ったもので最も効果的な方法だと思う。
可能性を感じる馬を選定しじっくり時間を掛けて理解し追いかける以外に穴馬を小数購入で仕留める方法は無いと思う。
その上で、対象レースに登録する各々の個性をベースに、年齢的傾向、当日の馬場的傾向、休み明けでの好走歴、地方馬であればその力関係、持ち時計、血統傾向等、上げればきりがないが様々なファクターを考慮し出走馬の力関係を整理してゆく。
血統や馬主、厩舎等の基本的な属性や、調教、パドックでの状態、当日の馬体重、各馬の状況を判断し最終的な買い目を決めてゆく。
券種は予想に応じてリスクを勘案しそして最もリーズナブルな配当を考慮し最適だと思う買い方を選択し購入している。
競馬の予想とはこれら多くの情報を的確に整理し緻密に磨き上げてゆく行為を背景として初めて予想と言える。
競馬を初めて1年半くらいは満足な予想を行う為に必要な情報は揃わないように思う。
ましてや哲学を持たずに片手落ちな情報のみでレースに参加しても努力をしてきた真面目な我々とは見る景色がまるで違うははずだ。
これら情報は、インターネットと、競馬ソフトを駆使して整理してゆく。
手元にあるデータを失ったらもう予想などは出来ない為、PCのバックアップには特に気を使い行っている。
職業柄この手の調査や情報整理に関してはそれなりの自信を持っていた。
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