三国時代【官職、度量衡など】

ページ名:三国時代_官職_度量衡など_

登録日:2009/06/14 Sun 00:20:33
更新日:2023/08/17 Thu 18:35:35NEW!
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三国時代の諸雑の形態にある官職や度量衡などを説明する。



〇官職


後漢の給与は穀物によって単位を数えられ、その穀物の量に見合った金などを貰っていたようである。


給与は官職の位階により分類される。月単位で石高に応じて与えられる月給制であった。ちなみに、当時の一石は約二七kgである。


給与の格と実際の手取りが違うのは、時代の変動などにより穀物の価値が変わったことに因る。



【位階】(これにより給与の額が分類される)

  • 上公、大将軍、三公

《月・三五○石》


  • 中二千石

《月・一八○石》


  • 二千石

《月・一○○石》


  • 比二千石

《月・一○○石》


  • 千石

《月・八○石》


  • 六百石

《月・八○石》


  • 比六百石

《月・五○石》


  • 四百石

《月・四五石》


  • 比四百石

《月・四○石》


  • 三百石

《月・四○石》


  • 比三百石

《月・三七石》


  • 二百石

《月・三○石》


  • 比二百石

《月・二七石》


  • 百石

《月・一六石》



●官職の名称


【相国(しょうこく)】《上公》
天子を助け万機を治める漢代最高の臣位。


【太傅(たいふ)】《上公》
天子の教育係。三公より上位だが名誉職に近い。


【大司馬】《上公》
軍事における最高職。三公より上位だが非常設。


【大将軍】《上公》
反逆者の討伐にあたる。三公より上位(後漢中期以降)だが非常設。魏代では三公の下に戻る。


【太尉】《三公》
軍事の最高責任者。《三公》は常設の最高官職。


【司徒】《三公》
内政の最高責任者。


【司空】《三公》
官吏の取り締まり、法律を司る。


【太常(たいじょう)】《中二千石》
儀礼、祭祀を司る。九卿(きゅうけい)の一つ。



《九卿》は実務の最高責任者。


【光禄勲(こうろくくん)】《中二千石》
宮殿の門扉の防備、殿中の軍人を司る。九卿の一つ。


【太僕(たいぼく)】《中二千石》
王朝の車馬の管理、天子の行幸を差配する。九卿の一つ。


【廷尉(ていい)】《中二千石》
裁判を司る。九卿の一つ。


【大鴻臚(だいこうろ)】《中二千石》
諸侯と帰服した異民族を仕切る。九卿の一つ。


【大司農(だいしのう)】《中二千石》
国家の財政の管理。


【宗生(そうせい)】《中二千石》
皇室親族の雑務を仕切る。九卿の一つ。


【少府】《中二千石》
宮中の諸物資、金品宝物の管理。九卿の一つ。


【執金吾(しつきんご)】《中二千石》


宮中と都の警備を司る。九卿の一つ。


【将作大匠(しょうさくだいしょう)】《二千石》
土木工事を司る。九卿の一つ。


【衛尉(えいい)】《二千石》
宮中の警備、巡察を担当。九卿の一つ。



ここまでが【三公九卿】と呼ばれる官職で、いわば大臣とも言うべき高官である。
なお、九卿を九卿と呼ぶことが通例であり、数が揃っていないことに因る意味は特にない。


【大長秋(だいちょうしゅう)】《二千石》
皇后府の長。


【侍中(じちゅう)】《比二千石》
皇帝の側近。皇帝の秘書官的な役割。皇帝の下問に答える役割もあり、官位以上の権力が有る。


【禄尚書事(ろくしょうしょじ】《比二千石》
宮廷の事務を統括。


【尚書令(しょうしょれい)】《千石》
宮中の文書の発行及び執筆の担当。


【尚書】《六百石》
吏部(りぶ)、左民(さみん)、客曹(きゃくそう)、五兵(ごへい)、度支(たくし)の五部署に分かれ、軍事・政治の各事務を分担。


【中書令】《千石》
尚書からの上奏を受け、詔勅や政令の発行を担当する。


【秘書監】《六百石》
図書の管理。


【御史中丞(ぎょしちゅうじょう)】《千石》
官吏の監察、弾劾を司る。


【都水使者】(とすいししゃ)《不明》
潅漑(かんがい)、運河の保守。


【司馬《千石》】
軍事での兵の管理。


【参軍《千石》】
参謀として将軍に戦略・戦術を教示する。


【主簿(しゅぼ)】《不明》
書記として事務を司る。


【太史令】《六百石》
史書の編纂(へんさん)、天文星暦を司る。


【太祝令(たいしゅくれい)】《六百石》
国家の祭祀を担当。祝詞を唱え、神を送迎する。


【太楽令】《六百石》
国家の祭祀や宴での音楽を司る。


【符節令】《六百石》
証印、節を管理する。


【符璽朗(ふじろう)】《三百石》
宮中の印璽を管理する。



【後漢時代の度量衡】


関羽の身長は九尺であるとされる。
日本の尺貫法では2m70cmという巨人になるが、当時の単位に直せば2m17cmと、確かに巨体ではあるがありえない体形ではなくなる。


このような誤解は、日本に流通する三国志関係の本で散見される。以下に列記したので、検証してみるのも楽しい……かも。


<量>


勺  2.02ml
合  20.2ml
升  0.202ml
斗  2.02ml
斛  20.2ml
石  20.2ml



<長さ>


分  2.41mm
寸    2.41cm
尺    24.1cm
歩    120.5cm
丈   2.41m
引    24.1m
里   434.1m



<重さ>


両  13.9g(24殊)
斤  222.7g(16両) 
鈞  6.672kg(30斤)
石   26.728kg(4鈞)



<広さ>


分  34.8486㎡
畝  348.486㎡
(10分)
頃  34848.6㎡
(100畝)


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  • 今の単位は合理的だなと思いました(こなみ) まぁフィートやポンド使ってる国もあるんだが -- 名無しさん (2014-04-01 12:44:09)

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