「よぉ~、ボスぅ。何見てんだ?」
ノックをして部屋に入るやいなや、彼女は私に絡んでくる。最早見慣れた光景だ。
「昨日の任務で撃破と死亡が確認されたローグのリストとプロフィールだ」
そう私が言い切る前に、彼女は私の手からボードをひったくっていく。
この子は……。
「どれどれ……覚醒級が三匹か。三時のおやつだな」
彼女は死んだローグ達を鼻で嘲笑いながらプロフィールを読み進めていくが、一瞬表情か強張った。
「どうした?」
「ああ……、この名前と特徴にな、見覚えがあるってだけさ」
彼女は小さく舌打ちをして、吐き捨てるように質問に答えると、私が見える位置にボードを投げ置く。
オカニシ、タクゾウ。五十二歳中年男性。
「そいつ、駅前の小汚ねえ喫茶店のオヤジだぜ」
「駅前の喫茶店?チェーン店ではなくか?」
「駅から20分くらい歩いたところにある」
「そこは駅前ではない」
「うっせ」
一瞬笑った彼女は、すぐに口を一文字に結び、不機嫌そうに伏し目がちに腕を組む。釈然としない時の仕草だ。
「行きつけだったのか?」
「いーや。……そんなんじゃねぇ」
その答えから、"行きつけ"とまではいかないにしろ、それなりに思い入れがあるようだった。
「どっちにしろ私の仕事じゃねえなら旨味もねえし良い事もねえ」
こうなった時には、何も反論しないのが賢明だろう。
「でもな……」
「どうした」
「今回の案件で唯一いい事があったとすりゃ……、二度とこいつの長話を聞かなくて済む事だ」
「カウンターのおっさんに120円手渡して、ぬるいコーヒーに感謝しながらさ、おっ死んだ娘の話を延々と聞かされるのは酷い苦痛だった」
この子は粗野に見えて、感傷的になりやすい。他人に心を寄せ過ぎる。
「娘と天国に上がってったかもな」
"犯罪者にさえならなければな"。そんな言葉は飲み込んだ。
「おい」
彼女はぶっきらぼうに言うと、腰を曲げて俺の顔を覗き込んできた。
「あんた、思った事飲み込んだだろ。"ローグは天国に行けねえ"とかか?」
「そんなんじゃないさ」
「ふーん……、そうかい。ならいいけど、私に配慮なんかすんな?」
相変わらず妙に鋭い。
「わかったよ」
「わかりゃあいい」
完全に向こうのペースだ。
「立ち話もなんだ、そこの椅子を持ってくるといい。コーヒーでも淹れようか」
「おう。悪ぃな」
もはやどちらがボスなのか分からん。
席から立ち、コーヒーを用意しながら彼女を一顧する。椅子をしっかりと持って運んでいた。
彼女を見ていると、彼女を父親を思い出す。黒い髪や瞳もそうだが、何より話をしたときの感覚が似ている。
先生でもあり、父のような存在であった。
しかし彼は戦場で死んでしまった。俺もそこで死ぬはずだった。
生前に彼は、娘にはダイバーの世界に踏み込んでほしくないと零していた。
その為に娘をどこかに預け、離れて暮らしている事も知っていた。俺は彼の死後に彼の娘を探した。
だが情報は強固に隠匿されていて、俺には見つけられなかった。彼の意地だろう。
それから時間が経ったあと、彼女とは戦場で出会う。彼の娘だと言う事は、雰囲気と名前で分かった。
運命というよりは呪いの類ではないか。
「いきなり固まってどうしたんだ。ボス?お湯、沸いてるぞ」
「すまん。……いや、少し考え事をしててな。砂糖は?」
「んー、あんたは?」
「ひとつだ」
「なら私もひとつでいい」
彼女の前に珈琲を置いた後、俺も着席する。
祖父母に育てられたという彼女は、湯呑を持つようにカップを持つ。
その様子を眺めていたら、彼女と視線が合った。そして彼女はすぐに視線を逸らしたあと、口を開いた。
「……なあ」
「ふん?」
「あんたはまだ老け込む歳じゃねえぞ」
「憶えてるだろ。あの冬の夜。私はあんたから5.56mmを一発脚に喰らった」
「……俺は脇腹に7.63mmマウザー弾を二発貰った」
「だが勝ったのはあんただ。ディフェンディングチャンピオン」
「私はいつかリベンジするからな。それまで死ぬ気で守ってやる」
彼女は力強くこちらを見つめていた。父親とは対照的な、熱を帯びた眼差し。
「わかっているさ」
俺は自分が罪悪感で動いているとずっと思っていた。
彼に対する恩返しや、贖罪の為に彼女と共にいる人生。そういうものだと。
だがどうだろう。こうしていると、俺は自ら選択したのだと思い出させてくれる。
「だから私をそばに置いときな?」
「そうするよ」
俺はレイから目を離せずにいた。
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