蒐集家と夜の訪問者

ページ名:蒐集家と夜の訪問者

右腕を撃ち、左足を裂き、右足を抉り、左腕を吹き飛ばす。弾丸や刃に込められたクオリアは自らを再生しようとするみじろぎで、打ち込まれた患部を狂わせ痙攣させる。正確にそして悪意を以て用いられるそれは容易く悪夢を蹂躙した。

蒐集家が四肢を捥がれたスレンダーマンの臓腑を開き、手を差し込んでごそごそと探る。切られた肉や繊維はぶちゃぶちゃと立てられる不快な水音は、悪夢の恐怖を煽るには十分に足るものだ。

「ははぁ。君のはどこかな……ここかなぁ?おっと、あったあったぁ」

「あっ……あっあっあっ……」

茂みの中から鮮やかな花を手折るように優しく、あるいはおもちゃ箱から宝物を見つけ出したみたいに愛おしそうに、ゆっくりとクオリアを引き抜く。そうして中核を喪い、維持できなくなくなり崩壊した外殻は修正力によって霧散していく。ふぅ、と軽く息を吹きかけれれば、風に舞うたんぽぽの種みたいに散らばって見えなくなってしまった。

横たわる滅多刺しにされた犠牲者の前に身を屈め、白百合が刺繍されたハンカチを被せてからポケットのスマートフォンを取り出す。と、そこで蒐集家は誰かに袖を引っ張られているのに気付く。振り向いて視線を下に遣ると、少女と目が合った。

「……どうしたんだい、お嬢ちゃん?」

「寒い、お腹すいた……」

「そっかぁ……」

何とも言えないような面持ちで寒空を見上げ思案する。そののちスマートフォンをポケットに戻して、代わりに車の鍵を取り出し、曲がった背中をさらに彼女の視線の高さまで曲げてからこう提案した。

「ならば、私の屋敷で君をもてなそう」

 


車は森を抜け、人気のない古びた洋館で止まった。

「着きましたよ、お嬢様。」

蒐集家はわざとらしい程恭しく、手を差し出し執事のようにエスコートする。それに応じて少女もゆっくり車を降りた。「君くらいの年の客人をもてなすのも随分久しぶりだねぇ。予定になかったし、スープくらいしか用意できないが……」

蒐集家が説明する一方で少女の目は物珍しそうな館への好奇心でいっぱいで、いかにも浮足立っており話半分くらいにしか聞いてない様子だった。まあ、それくらいが一番らしい反応だ。

脱いだ靴を仕舞いシャワーの場所を教え、脱衣所に古い寝間着と途中寄ったドンキの下着を置いてやり、自身はキッチンへと向かいオニオンスープの支度を始める。ちょうどあとは温めるだけというあたりであがってきたので、それからは雑談なりで時間を潰すことになった。

「お姉さん、フリフリの服着てたんだね、意外……」

「母さんの趣味だよ。エリマキトカゲの仮装なんて誰が好き好んでするもんか」

「そうかな。私は今のお姉さんでも似合うと思うよ、この服とってもかわいいし」

フリルの端を掴んでぱたぱたとはためかせる。

「勘弁してくれよ。君だって本当なら、10年も年を取ればすぐに着れなくなるはずだったろう」

「あはは、そうかも。なら今のうちに楽しまなくっちゃ」

「それがいい。時間は案外残されていないものだ、私も、君もね。」

 


ファッションショーをひとしきり楽しんだ少女が次のターゲットを探そうと、あたりをきょろきょろと見渡していると、隅に置かれた棚の宝石箱の存在を見出した。

「見るかい?」

少女は頷き、蒐集家がジルコニアを散りばめた蓋を開けると、中には緋色のエメラルドや黒いダイヤモンドなど様々な石が色彩を放っていた。それは幼子であっても魅了するに足るだけの美しさがあり、少女は食い入るように宝石を見つめる。その様を、蒐集家はやけに嬉しそうに隣から眺めていた。

「君はどの石が一番好きかな?」

「うーん、そうだなあ。どれもとっても綺麗だけど……私はこのビー玉が一番澄んでて、好きかな」

「おお、いい目をしているね。鑑定士にだってなれるよ、その貧困な語彙さえなんとかすればだけど」

「こうしてやると本当に綺麗だろう。だからこれは私のお気に入りなんだ、何にも代えがたい宝物だね。」

少女が指差した水晶をピンセットで摘まみ電光に当ててやると、プリズムのように鮮やかで屈折した虹が宙で煌く。光は遮蔽物に辿り着くまで限りなく伸びていき、さながら架け橋か階段のようであった。指を2本立て狐の影に見立てて、そこを行き交わせて遊んでいると、遠くでスチームの音がした。それは食事の合図だ。

 


2人分並べられた皿とスプーン。中は飴色の液体で満たされており、コンソメの匂いが鼻孔をくすぐった。

「私、こういうマナーとか、わかんない」

「なぁに。スープくらい好きに飲めばいいさ。少なくとも、ここでは誰も咎めやしない」

そっか、と言ったも束の間、皿を思いっきり掴んでずるずると啜る。あっという間にスープは空になった。

「良い飲みっぷりだねぇ。おかわりはどうだい?」

「ううん。もう満足」

「ずいぶん無欲なお嬢ちゃんだ。ほんの数時間前、乞食みたいに裾掴んで『腹減った』って言ってたとは思えないねぇ」

少女は意地悪……だとか、ぶつくさ言いながら手慰みに縁の模様を撫でる。

「そういえば、お姉さんはどうして私にこんなに優しくしてくれたの?見ず知らずなのに。」

「そりゃあ簡単さ!私は完品美品主義だからねぇ」

少女は首を傾げる。蒐集家は肩透かしだと言わんばかりに脱力し、椅子に背を預けた。

「あー、まぁ、君に言っても仕方ないかぁ。お決まりの冗談なんだけれど」

 


ふと、窓に目を遣る。日は少しずつ昇り始めており、すっかり空も白らんでいた。

「もうこんな時間か。最後はどこに行きたい?送ったげるよ」

「大丈夫、必要ないわ。それと」

「おお、そうかい?」

椅子から立ち上がった少女はぺこりと頭を傾ける。

「お姉さん、何から何までありがとう。私、とっても楽しかった」

「お風呂に、服に、綺麗なもの、スープ……それにハンカチも。それじゃあね」

カラン、と何かが跳ねる音がする。

どういたしまして、と蒐集家は言いたかったが、瞬きの間にはもう、少女の姿は見えなくなってしまっていた。少し嘆息してから、音のしたほうへとゆっくりと歩き、床に転がった小さな小さなダイヤモンドを拾い上げると、朝日に照らす。それはブレミッシュもインクルージョンの濁りもなく、ただカーンと冴えかえっていた。

「本当に無欲な子だ。」

 


「ヒーヒッヒ!!妄想彼氏とかいくら何でもそりゃあ拗らせすぎだろお前よぉ!!!ヒー……はぁ、おっかしい」

「なーぁ、悩んでるなら話くらいは聞いてやるぜぇ?それに婿くらい、実家に頭下げりゃあどうにもでもなるだろ。」

「あ、それともアレか、白馬の王子様を信じてるたちか!?残念だがありゃあとっくにリョコウバトと一緒に絶滅したぜ」

その後についてだが、皿をうっかり片し忘れたせいでいつもの品卸しに来たゼロメアの鴉に煽り散らかされることになった。それはもう、絶好の機会を見つけたと言わんばかりに。

そうしたいつもの騒がしいやり取りで、先ほどまでの感傷的な気分はすっかり消え去っていた。蒐集家は首を傾げ、鼻で笑って言い返す。

「脳ミソ少年漫画の恋愛相談はアテになりそうにないな。悪いが、それくらいなら他を当たらせてもらうことにするよ」

「んだとコラ」

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