囚人のおやつタイム

ページ名:oyatu

「変わっていくのねえ」

多くの職員達が忙しなく行き交う特殊心理対策局の社員食堂。まるで一つの生き物のように人の列が流動してゆく光景が日常だが、今日はそれを切り裂くように、人波が一人の女性を避けてゆく。

人々が避けてできた空間には、一人のダイバーの存在があった。

彼女はスージー・アシュビー
「マリーゴールド」の異名で知られる彼女は、かつて味方ダイバーを攻撃に巻き込んだ罪でライセンスを剥奪され、その後ローグとして各派閥に多大な被害をもたらした存在だ。
共同任務により捕獲された彼女は、現在特心対深部に存在する特別監房で暮らしている。

「……いろいろと。私が前にふらついた時には、ソフトクリームを作る機械なんて無かったもの」

ソフトクリームメーカーのレバーを下ろしてコーンにソフトクリームを捻り出しながら、正規ダイバーだった頃の内装の記憶と、現在の様子を比較して懐かしんで微笑む。

笑った際に除く歯は、猛獣のように鋭い。

彼女を避けて進む人々は、誰もがこの犯罪者に関わるまいと視線を逸らしている。

ソフトクリームを二口で胃に放り込むと、おかわりのソフトクリームを捻り出す。それを繰り返す事三回目。社員食堂内に「動くな」という旨の怒号が響き渡る。

彼女が振り返ると、スーツを着た数人の職員達が広がって彼女を睨みつけている。

「なぜ貴様がそこにいる!?収監されている筈の貴様が!」

大柄の職員から怒鳴られ、少し不愉快になった彼女は、四個目のソフトクリームを一口で平らげると、職員達に対して口を開く。

「鍵が取れる位置にあったから」

大柄の職員が彼女に詰め寄る。
「ふざけるな!見張りを殺したのか!?」

「彼なら……眠っているわ。きっと」

彼女の発言に激昂した大柄の職員に殴られ、地面に尻餅をつく。他の職員に制止されてなお殴り掛かろうとする大柄の職員を尻目に、服についた汚れを払って立ち上がり、自分を殴った職員のネームプレートに目を移す。

「悪くないわ。すぐ手が出るのね。"木戸"さん?」

殴られて切れて出た血を舌で舐め取り乍ら、他の職員に向かって両手を突き出す。
「もう今日は家に帰るわ。外は危険だもの。木戸さんに乱暴されてしまうから」

その言動で再び激昂した木戸は他の職員の制止を振り切り、彼女を再度殴ろうとする。

彼女は振り下ろされた腕に素早く反応し、両手でそれを受け止めた。そして一切の躊躇なく彼の拳に齧り付く。

彼女の咬合力で一瞬圧迫された拳はみしりと音を立てたが、すぐに彼女の方から拳を解放した。

一秒程度の出来事にその場の職員達は呆気にとられていたが、彼の右拳に穿たれた赤い咬み傷が、何が起こったかを物語っている。

右手を押さえて痛みに耐える彼の耳を掴んで自分の目線の高さまで腰を落とさせ、耳元に囁く。
「動物と遊ぶのは嫌いじゃないけど、畜生に噛みつかれるのは好きじゃないの。あんまりしつこかったら、私殺してしまうわ」

用が終わると木戸を突き飛ばし、他の職員に連れられて自分の監房がある場所へと帰って行く。

その後、どのようにして彼女が脱走したかの事情聴取が行われたが、理由はすぐに判明した。彼女を再収監する際にも見張りのダイバーが鉄柵にもたれかかって居眠りをしていたからだ。

彼女は扉外の鉄柵の隙間から手を伸ばし、見張りの腰から下がっている鍵束で解錠したのだった。

あまりに稚拙な脱走原因や、彼女が自分から危害を加える素振りが無かった事などから、今後の関係も考慮して脱走は不問とされた。

彼女の自宅兼監房の家具に、ソフトクリームメーカーが設置されたのは、この事件のせいである。

 

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