用語集

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用語集

こちらでは、システム上で使用されている言葉の意味などを整理しています。
管理人が気になって調べたものを日本語版と中国語版で比較+意味が分かるものは原典の意味を翻訳して記載。

これも追加してほしいというアイディアがあればぜひご連絡ください。

 

日本語 中国語 意味
追憶 忆往昔 直訳すると「過去を思い出す」
容姿 摹形貌 形貌であれば「もののかたち、姿」
技能 战四海 直訳で「四海の戦い」
绘佳肴 直訳で「描かれたおいしい料理」、味の解説くらいの意味か
天性の才 解赋性 特徴、才能
记今朝 現在の記憶
半分風雅 半面之雅 会ったのは一度だけで友情が深くないこと。
同袍同沢 同袍同泽 衣服をともにするという意から転じ、苦労を分かち合った親密な友。特に戦友のこと。
以心伝心 心意相通 両者の間に何の妨げもなく、気心が通じあっている様子
金蘭之契 金兰之契 きわめて親密で固い友人関係のこと。特に「契」は約束や結束などの結びつきを示す言葉。断金の交わり。
     
     
     
     

 

小ネタ集

個人的に気になっていることを調べたりしてまとめているページです。
管理人が気になったことを調べて記載しているため、内容にはかなりのばらつきがあります。
 

〇〇羹の「羹」とは

雪霁羹や雉羹、太史五龙羹など名前に「羹」のつく食魂が複数いる。
日本語では「あつもの」と読み、普通のスープやお吸い物のイメージ。
しかし、この「羹」は中国語ではgēng/ゴンと読み、肉や野菜を入れたとろみのついたスープのことを指している。(なおとろみのない、さらっとしたスープは「湯」(タン/tāng)という。)

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イメージ的にはコーンクリームスープのように、素材とスープが一体化しとろっとしたものが近い。
食材を小さく切り揃え、必要に応じて下処理を施したものに、スープ(出汁)を加えて調味、加熱した後、くず引き(とろみづけ)して仕上げたものが「羹」の調理技法となる。

また、中国ではレンゲのことを「勺子(sháo zǐ/シャオズ)」と言うが「羹」の字を用いた「羹匙(gēng chí/ゴンチー)」「調羹(tiáo gēng/ティヤォゴン)」という表現も存在する。
このように「羹」はレンゲを使って食べるスープであることが分かる。

なお 「烩(huì/ホェイ)」も、「羹」と同じくとろみのついた料理を指している。
この「烩」は、羹に比べ具材が大きく触感が感じられる、あんかけのような料理を指す。

つまり、日本の中華料理店でよく出される卵入りコーンスープは「羹」、チャーハンなどと一緒に出されるスープは「湯」。佛跳牆を強引に分類するなら澄んだスープに具材が入るため「湯」になる…はず。
(「湯」も大変奥深いため、調べて整理したい。)

ちなみに、ことわざに登場する「羹に懲りてなますを吹く」の「なます」は肉や魚の刺身料理のことを指す。孔子は肉のなますが大好物だったと話が残る通り、非常に古い時代からどちらも食されていた料理。 
日本の「なます」いわゆる酢の物とは全くの別物。


そもそも儒教とはなんなのか

诗礼银杏や八仙过海闹罗汉、百仁全鸭など、登場する食魂たちの中には儒教と深く関わりのあるものもいる。
そもそも管理人が儒教をよく理解できていなかったので、儒教についての情報をある程度まとめる。
中華ゲーを遊ぶうえで、結局は避けて通れない話題だと思うので…

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儒教とは孔子の教説を中心として成立した、儒家の実践的倫理思想とその教学の総称を指している。

  • 儒教の経典は五経と呼ばれ、『詩』・『書』・『春秋』・『礼』・『楽』の5つ。
  • 「子曰く」の書き出しで有名な「論語」は孔子の発言をその弟子たちが後世まとめた発言集である。

儒教の教義

五常(仁・義・礼・智・信)という徳性を拡充することにより五倫(父子・君臣・夫婦・長幼・朋友)関係を維持することが重要であると考えている。

  • 仁:人を思いやる心。孔子が最も重要視している。
  • 義:利欲に囚われず、すべきことをすること。
  • 礼:もともとは宗教儀礼でのタブーや伝統的な習慣・制度を意味していたが、現在は人間の上下関係で守るべきことへ変化している。
  • 智:ただ学問に励むだけでなく道徳的認識判断力であることともされている。
  • 信:言明を違えないこと、真実を告げること、約束を守ること、誠実であること。

いずれもwikipediaより引用。
日本にも朱子学を通じ強く流入した文化であるだけでなく、今だ中国では強い影響力を持っている考え方である。

こうした儒教の考え方は、中国に広く浸透。
公務員試験である「科挙」の出題内容は、儒教に関する様々な問題であったとされる。

儒教の始祖

始祖にあたる孔丘(孔子)は紀元前552年または紀元前551年~紀元前479年に生きた人物で、中国の春秋戦国時代にあたる。彼は、彼が生まれるよりもさらに昔に存在した周公旦という人物の政治を理想とし、周の時代の礼儀作法などを重んじたとされる。

彼は山東省曲阜の出身であり、诗礼银杏が生まれた孔府の所在地もここ。
孔府は孔子の直系子孫とその家族が住んでいた大邸宅のことを指し、孔廟、孔林と合わせ三孔として世界遺産に登録されている。

 

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