左メニュー
左メニューサンプル左メニューはヘッダーメニューの【編集】>【左メニューを編集する】をクリックすると編集できます。ご自由に編集してください。掲示板雑談・質問・相談掲示板更新履歴最近のコメントカウン...
☆第十五幕：幕間＿温泉にて最後の閑談
ゴランボイの地熱プラントの廃熱を利用した温泉。その女湯へ向かう道筋のところにえらく周囲を気にしている一人の女がいた。コニール＝アルメタである。
「………シホとか、いないわよね………」
女のくせに何故か戦々恐々として誰もいなさげな女湯を覗（のぞ）いているさまは奇妙を通り越して滑稽ですらある。が、それも当然、もし件（くだん）の旧紅組三人衆と風呂場で一緒になった日には話の肴（さかな）＋サンドバッグにされるのが落ちである。二度ある事が三度あってもらっては困るコニールの自己防衛本能なのである。
対砂時計の住人クラスのレベル４警戒体制を敷きながらようやく風呂場の安全性を確保したコニールはここに来てようやくゴランボイ地熱発電所名物と化した感のあるゴランボイ温泉の恩恵に与る事になったのである。
「はぁーっ、気持ちいいー。」
空気を吐き出すようなコニールの感想。ゴランボイ防衛の役得とはいえ、このコーカサスの寒さ厳しい春先に身を解（ほぐ）し癒す温泉に入れるというのはやはり幸せ以外の何物でもなかった。
ふと、この前の入浴でその役目をさっさと放棄した男女湯の区切りを見てみる。トタン区切りなのは相変わらずだが、前回の教訓からか男女湯の区切りとしてあってはならない隙間は張り合わせを良くしたのか無くなっている。と、そんな事を考えながら向こう側の見えない男湯の方からペタペタと裸足（はだし）の足音がしてきた。
音の主は着々と足音を近付けていってから、チャポンという足を沈める音を２回立てると、ジャバジャバと太腿（ふともも）で水面を掻き分けながら女湯側に近付いて行き、トタン板に背を凭（もた）れ掛けたかったのかジャバンと女湯に最も近い位置で腰を下ろす音を立てた。
が、トタン板は前回と同じように人の体重なんか受け切れんとでもいうように少しずつ女湯側に傾いてゆく。慌てたのはコニール。
「えっ？」
「馬鹿！ここの区切りは実質あって無いようなもんなんだから！！」
傾いている区切りの方へ走ってゆくとグイッと肩に全体重を掛けてトタン板の傾きを止める。
「こら！向こう側の男！！私が支えている内に早くどっか行け！！」
「『どっか行け』って言われても俺が体重を抜いたら逆に―――――」
「逆にも前にもあるか！とにかくあんたは！―――――」
と、言いかけてコニールは相手側の声色から男湯側の住人の名前を理解した。
「って、あんたシン？」
「そういうお前はコニール？」
薄っぺらいトタン板一枚を境にほぼ全裸状態の２人が向き合う。何とも無しに急にコニールもシンも気恥ずかしくなる。
「俺、向こう側に行くよ。それまで―――――」
「いいよ。力加減間違えると逆に私がそっちに倒れちゃいそうだし。片方が背を凭れると傾くっていうなら両方背を凭れればまあ、このひ弱なトタン板も耐えれるんじゃないの？」
「いや、でも、男と女じゃ体重が………」
「あんたは私に『私の体重は軽くはない。』って言わせるつもり？」
さすがにいくらシンであろうともそのような台詞を言った暁にはトタン板のついでにシン自身も大破する事が分かっていたので口を閉ざす。かくして薄トタン板一枚に互いの背を預けた２人だけの合いの湯が始まったのである。
「これシホ達に見られたらおしまいね。」
「何が？」
「………こっちの話だから気にしないで。」
シホ達の喜びそうな話を振るつもりは無かったがここまで無神経だと怒るというより惨めにさえなってくる。一応、リヴァイブでは数少ない女性陣だというのにシンは全くそれを考えている節（ふし）が無い。やはり胸か。コニールは知らずともシンの今までの好みからすれば半ば当たっている節のあるそんな推察に悩みつつも、それを打ち消すようにコニールは話を振る。
「ねえシン。あんたこの戦いが終わったらどうするつもり？」
「終わったら？まだ終わってもいないのに？俺はユウナとは違って今回の東ユーラシアとの交渉がそうすんなり上手く行くとは思っていない。」
「まあそりゃそうだけどさ。でも、あんただって負けるつもりでこの戦いをしているわけじゃないんでしょ？いずれ東ユーラシアとも話を付けてコーカサス州が然るべき地位を獲得できる日が来る。その時にさ、あんたはどうするのかなって。ほら、あんたってアメノミハシラから来たし一時期はオーブやＺＡＦＴにもいたし。ここに留まるのか、それともプラントやアメノミハシラに行くのか、どっちかなって。」
しばらくの沈黙。やがてシンが語りだす。
「どれでもないと思う。プラントはもうラクス＝クラインの国だし、オーブはカガリ＝ユラ＝アスハの国だ。アメノミハシラはあるかもしれないけれども、特に目的が無ければあそこに定住はしないと思う。」
「へえ。じゃあ、戦争が終わってもここに残―――――」
「いや、多分ここにも残らないと思う。戦争が終わったんなら、俺にはもうここでやるべき事が無い。」
「じゃあどうするのさ。」
「………分からない。俺をアメノミハシラから送り込んだユウナのスポンサー（ロンドの事）が言うんなら、また別の戦場に行くと思う。ユウナ達がコーカサスの軍隊に入れって言うなら多分それもすると思う。何にも無かったら、日銭稼ぎかフリーの傭兵にでもなってとりあえず生きていくと思う。本当に何も無かったら、ここで普通の生活を送るかもしれない。」
シンの答えにコニールは物悲しさを覚える。そして。
「ねえシン。」
「何だよ。」
「あんたここにいてよ。」
強い想いを込めてシンに望みを言った。
「あんたにとって何もやるべき事は無くてもさ、ここの皆はあんたを歓迎している。戦争が終わっても小さないざこざとか、あんたの出番には事欠かない。だからさ、もう少し一緒にいようよ。きっとその方がさ、根無し草に世界中をほっつき回るより、あんたにとって幸せだと思うからさ。」
そこまで言ってから、全てを決してしまう為にコニールは決断の言葉を要求した。
「今ここで決めて。ここに残るか、それともここを去るのか。どっちにするのか、今すぐ答えて。そうじゃないと、私の方が耐えられない。」
トタン板の向こう側は静まり返っている。そして、トタン板のこちら側も小さな波のさざめき以外は音を断っている。どれだけ時間が経ったのだろうか。長いようで短かった思考を強いられた男は、短いようで長かった時間を耐えた女に自分の結論を言おうとした。
「俺はもう、大事な人達を失いたくない。それはとても、辛く苦しい事だったから。だから、俺は―――――」
結論が放たれようとしたその瞬間。
「シン！！！」
怒声に近い大声はコニールのものでも、ましてやシンのものでもない。それは男湯の回廊に荒々しく飛び込んできた少尉のものであった。
「「少尉？？？」」
「ハッ、ハッ、ハッ………良かった、コニールも一緒だったか。探したぜ………」
いつもなら風呂場で２人きりのこの状態を見れば『おっ、我等がリヴァイブの意地っ張りっ子２人もようやく色気づいたか。』などと笑いながらからかってきそうな少尉が、今では息を切らせながら深刻な表情でシンを見つめる。
「２人とも、すぐに服を着てスレイプニールに来い。エマージェンシーだ。最悪の敵軍が来やがった。ピースガーディアンが西方から急速接近中だ。」
２人の顔色が蒼褪（あおざ）めた。
「よーし、曲芸操艦は終わりだぜ。ピースガーディアン両小隊発進！！後はモビルスーツのお役目だ。」
ソロネ艦長サゼルがブリッジで怒鳴ると共にソロネの２本の足から各々３機、合計６機の現世の熾天使フリーダムブリンガーが舞い上がる。
『こちらティクリー小隊、目標に向かいます。戦果を期待してくださいよ、艦長。』
『カリスト小隊だ！何が戦果を期待しろだ！精々貴重なフリーダムブリンガーを壊さないように努力する事だ！！』
自信過剰な２人の小隊長の台詞を聞きながらもサゼルは数十分後にはこれらに立ち向かう事になる敵のテロリスト達の事を考えていた。
「心から同情するぜ。特に、カリストの『プライド部隊』とぶつかるリヴァイブの連中にはよお。」
「お名前を。」
「フリッツ＝ビッテンフェルトだ。」
「タバコはいかがですか？」
「タバコよりもコーヒーを。煙よりも香りが欲しい。」
東ユーラシア共和国はモスクワ市街の一角、モスクワには似合わぬ浅黒肌の男がそこにいた。
「正解です。お待ちしておりました、ビッテンフェルト様、否バルトフェルド長官。」
「お忍びとはいえ偽名は面倒だねえ。とはいえ、せっかくお忍びできたんだ。本部の留守番をしているダコスタ君へのお土産ぐらいは作っとかないとね。」
「それでしたら早速モスクワに良い『お土産』が転がっております。」
「ほお、聞かせてもらおうじゃないの。その『お土産』とやらをさ。」
「寒い土地ね、コーカサスは。エルンスティン、薄着だけれども大丈夫かしら？」
「行動に支障は起きません。」
「そう。オスカーは………いつものとおり別行動ね。エルガー、老骨には厳しくない？」
「この程度で音（ね）を上げるような鍛え方はしておりません。それよりもザラ参事官、エルンスティンはともかくとして、若い女性は腹に寒さがくるといいます。わしらの心配も結構ですが、ご自分の身体も気を付けられた方が―――――」
「何を言っているの、エルガー。」
「は、いや、参事官の方が寒くはないのかと気を利かせたまででして………」
「心配ありがとう、エルガー。でもね、それは杞憂ってものよ。」
「杞憂？ですか………」
「氷の心を持つ人間にとってはこの程度の寒さ、むしろ暖かいぐらいなのよ。同じようにここの人達もしてあげる。魂の芯まで凍らせてあげて、この寒気で暖を取れるぐらいにね。」
汎ムスリム会議領、カスピ海を隔ててコーカサス州を見据えるラムサールにて。
「始まりましたね。」
「対岸の火事って奴か。ガルナハンを出てなきゃ俺達も道連れだったけどよ。」
「さてチャーリー、あなたはこの後どうなると思いますか？」
「知るか。フェダーラインじゃなくてカロライナ、俺はあんたと違って望遠スコープが無きゃ遠くを見れない人間なんだよ。まあ、そんな俺でも分かるとしたら一つぐらいか。」
「何ですか？」
「コーカサスは修羅場になる。誰が勝つかは知った事じゃ無いが、真っ赤な春になる事だけは確定だ。」
「ええ。さあ、対岸の火事を見物するとしましょう。歴史を動かす大事件というものをね。」
オーブ本島オロファト、歌姫の館。
「ラクス様、ピースガーディアンの先遣隊がコーカサス州に到着したとの報告がピースガーディアン本部より入りました。」
「………そうですか。また、戦いが始まるのですね。」
「必要な戦いです。統一連合というシステムが崩れない為の最後の一線なのです。」
「分かっています。………ですが、何故人は戦うのでしょうか。」
「人には互いに譲れぬものがあります。ですが、その全てを認めるには世界という概念は狭すぎます。”唯一”は世界には一つしかないのに人は自分勝手にそれを求める。」
「並存という言葉は美しいけれど、”唯一”を抱く者達の並存の何と脆い事か。６年前の終戦（ヤキンドゥーエ戦～ユリウス条約）とその崩壊（第二次汎地球圏大戦）で私はその脆さを知った。故に、人々が求める”唯一”となり私はこの体制を作った。」
「しかし、”唯一”を惜しむ者達は”唯一”という王座を奪うが為にその王座に位置するラクス様の体制を憎み破壊しようとする。」
「ならば、私が”唯一”を掲げ、彼らが彼らの”唯一”を掲げる限り争いは避けられないのですね。」
「認めたくはない話ですが。」
「ですが、せめて願わずにはいられません。まだ臨むべき戦いは多けれども、この一戦ができる限り死者を、人々の憎しみを生まぬように。そして、憎しみの生まれぬ社会に一歩でも近付けるように。」
ギャラルホルンは吹かれ、末世すらその終わりを刻み始めた。舞台に役者は揃い、死力を尽くした演舞は既に始まっている。どれほどの役者が舞台半ばで精根尽き果て黒幕へと落ちるかも分からず、終劇の時すら定かでない。
演舞の名を『ガルナハンの春』という。『血のバレンタイン』のように”血”などという形容はいらない。ただ”春”という時さえ分かれば良い。最早、”血”などという形容はありきたりであれほどの死に対して何の意味も持てないのだから。
特に記載のない限り、コミュニティのコンテンツはCC BY-SAライセンスの下で利用可能です。