蠢動する思い

ページ名:蠢動する思い

ズール――それは、誰もが想像する田舎というイメージに程近い。

百キロ四方の敷地は見渡す限り田園、少し山林に上った所にある家々。昔ながらの石畳、未だ現役とおぼしき古びた井戸。古き良きドイツ様式の無骨な、暖かみのある建物はまるで当時から抜け出た様にそのままだ。


「長閑だねぇ」


ジェス=リブルは運転席で伸びをしながら呟く。徹夜仕事明けに巻き込まれたわりにジェスは疲れた様子を欠片も見せず事態の推移を面白そうに眺めている。そのタフさが彼を“野次馬”たらしめているのだろう。

今、ソラ達はズール市街地にある市役所の前にいる。

何処から手を付けて良いか解らないので、まずは上から攻める――そう言って市役所に入っていったアスランを待っていたのだ。


「でも、遅いですね……」


助手席で、ジェスと同じように待ちぼうけを食らっているソラがぽつりと呟く。


《ソーダソーダ、遅イゾ!女性ヲ待タセルナンテ最低―!プンプン!》

《いや、近年仕入れた情報によると“焦らし”というのは戦術の一つらしい。即ち……》

「……お前等、何やってるんだ」


AI同士の馬鹿話に、呆れながらジェスは突っ込みを入れる。どうもハチはカイトに毒されているな、と思うとやるせなくなる。最近知り合いからよく「ハチはどんどんジェスに似てきてるわね」などと言われるが、それは気にしないことにしている。

AI達の事は見なかったことにしたジェスはソラに向き直る。


「そう心配しなくても良いよ。ここいらみたいな場所じゃ市役所一つとってもルーズなもんさ。何せ、事件なんか数える程しか起こらないんだからね」

「でも、出立前はテロリストの温床だって……」


なおも心配顔のソラに、ジェスは続ける。


「自分の家でまで好きこのんで銃を撃つヤツは居ないさ。意外と安全なんだよ、本当の“テロリストの温床”っていうのはね」

「そういうものなんですか?」


これは、当たらずとも遠からず、という所だろうか。テロリストという一人の人間では収まらない、人々が一致団結して暴力に走るという構図は、きちんとした社会の構図が有って初めて生み出されるものだ。少なくとも上下関係が築けてあり、共通の意志を持てる様な土壌が必要なのである。

それは、言い換えると“強固な仲間意識”である。

その様な地域で犯罪行為に耽るという事はその地域全体を敵に回すという事とほぼ同義となり、極めて危険な行為になる。故に、犯罪発生率は(ひったくり等の軽犯罪を除いて)極めて少なくなるのである。

元来が、人々の“力”というものはそうした所から生まれる。

テロリストと呼ばれる人々は、言うなれば“新しい力”だ。現体制や、現政権に納得が出来ないから集まった人々だ。その存在の好悪はそれぞれの組織に委ねられるが、現政権と彼等の違いは『早かったか、遅かったか』という事だ。

もっとも、新しければ良い訳では決してないのだが。

そのような内容を身振り手振りを交えつつソラに一通り語ると、待つことに飽きたのかジェスはハチを担ぎあげ、車の外へ出た。


「少し散歩に出るよ。一緒にどうだい?」


片目で軽くウィンクをするジェスに、ソラは微妙に呆れていた。






「ズールの市といえば、有名な観光名所の一つなんだ。いや、実際にこの目で見るのは初めてなんだけど……おお、あれすげえ!」

――いつ買ったのかも解らない擦り切れかけたガイドブックを片手に、ジェスは言う。彼にエスコートされた場所は、ズール市街地中央部を一文字に横切る大市場であった。


「アスランさんにメールしたんですけど、『もう好きにしてくれ。こっちはまだ時間が掛かりそうだ』って返ってきました」


ソラが申し訳なさそうな顔で言う。勿論ジェスではなくアスランに対してだ。


「だろうな。いきなりオーブの大幹部がこんな辺鄙な場所に突然来ればそうなるさ。……下手すると、昼過ぎまでは動けないんじゃないかな」


ジェスは子供のように瞳を輝かせて、市場を眺めながら答える。目新しいモノを見つけると直ぐにカメラがその手に現れ、店員に話しかける――本当の子供であるはずのソラの方が保護者に見えてしまうのはハチの気のせいではないだろう。


「……なんで昼過ぎまでなんだろう?」


ソラがふと素朴な疑問を口にする。別に答えを求めていたわけではなく、つい口からこぼれたのだ。


「この地域の歓待って言えば、『食事』なんだよ」


そんなささやく様な呟きにもかかわらず、「よくぞ聞いてくれました」と言わんばかりにニヤリと笑みを浮かべ向き直るジェス。とても耳に入る距離ではなかったのは彼の両手に載せられているホットドッグからもわかる。“野次馬”の二つ名は伊達ではないのねと、どうでも良い所でジェスが優れたジャーナリストである事をソラは再確認していた。


「はぁ」


ソラはもうツッコむ気も起きず返事をする。そんなソラにホットドッグを渡しつつ、ジェスは自分の言葉の補足を付け加える。


「つまり、市長はこう考えた訳さ――『偉い人がわざわざ訪ねてきてくれたのに、歓待もしないのはどういう事かっ!?』てね。ドイツの特産品はビールとソーセージが定番だが、本当の特産品は“余所者に暖かく、身内に厳しく”っていう気風なんだ。彼等にしてみれば、折角来た人にビールや食事も振舞わなきゃ気がすまないんだろう」


身振り手振りを交えつつ、自信たっぷりに解説するジェスの姿は余所者であることもあり、とても目立っていた。それは道行く人も何事か、と振り返る程だ。


「ま、もっと簡単に言えば“酒の肴”になったんだろうな、アスランは。こんな場所だから、娯楽が疎いっていうのもあってね。付き合わなきゃ逃げられなかったんだろうなあ」

「……そういうもの、なんですか」


ソラは、半ば呆れかえりつつ聞いていた。どうにもこのノリにはついていけない、そんな感じだ。


《要するにここの連中はジェスの様な脳天気集団なんだろうな。ジェスがここに来たがったのも解る様な気がするぞ》

「誤解を招く様な発言はするな、ハチ!俺はソラの為にだなぁ!」

《ほほう?それにしては異様に準備が早かったな。あの疾風の如き動きは仕事中でもそうは見せまい?》

「……お前とは一度、とっくりと“仕事について”話し合う必要がありそうだな」


ついさっきまでパントマイムもかくや、という動きをしていた男が今度は自前のアタッシュケースと腹話術をする――それが奇異に見られなくて何だというのか。もはや遠慮無く突き刺さる市民の視線に晒されて、最近見られる事に慣れてきたはずのソラも赤面した。


しかしソラは直ぐに真顔になった。ジェス改心のトークも今のソラを完全に和ませる事は出来なかったらしい。

「どうして、そんな人達が……」


――レジスタンスなんかに身を投じなきゃいけないんでしょう?


言葉にはしなかったがソラの言いたい事は解る。ジェスは頭をぼりぼりと掻きむしると、表情を少しだけ引き締める。


「君も知ってるはずだよ。理由は」


正しい事が本当に正しいのなら。悪い事が本当に悪いのなら。世界は何と簡素で、楽な構造なのだろう。だが、それらは全て人それぞれが持ち合わせるもので、判断基準も人それぞれだ。今も、ソラの視界の片隅で人々は笑顔を作る。ビールを片手におじさんが、子供の手を引いた母親が、その様子を眺めている安楽椅子に座ったお爺さんが。この地に住まう人達が笑顔で居られるのは平和の証なのだとソラは思いたかった。それが、テロリズムに支えられているかというのは別にして。






「調査を“デストロイ級”に絞って見た所、ヒットしたのは十数ヶ所。まずまずの成果といった所でしょうか」

「焦らさないで、さっさと結論に入って頂戴」


何時も通り勿体付けた物言いを楽しみたがったオスカーだったが、ぴしりとメイリンに言われて首を竦める。


「何事も短気は禁物ですよ。昔の人も云ったそうじゃないですか。……ええと、なんだっけな……」

「“急いては事を仕損じる”――何事も急ぐとかえって失敗するという警鐘です。もっとも、今回の事例については当てはまらないと思いますが」


すらすらと語るエルスティンにオスカーはばつの悪そうな顔をする。こんな時エルスティンの歯に衣着せぬ物言いはありがたい。

今、メイリンの執務室にはオスカー、エルスティン、エイガーの三人――実質の治安警察実働部隊幹部が勢揃いしていた。といっても先ほどからエイガーは壁際に寄りかかり、腕を組んだままむっつりと押し黙っている。まるで、“自分の出番はここではない”と言わんばかりだ。情報戦は確かにエイガーに向いているとは思わないのでメイリンは何も言わない。

今回のような情報戦となるとオスカー=サザーランドの独壇場である。何度となくオスカーの辣腕ぶりを見てきているにもかかわらず、この男を頼りにしてもいいのだろうか、とメイリンは未だに自問自答していた。


「案件をまとめて頂戴、エルスティン」

「了解しました。……現状で仕入れた情報を整合すると、ドイツ国内に於いて“デストロイクラス”のモビルアーマーが建造されており、おそらくは既に完成しているものと思われます」


オスカーもさすがに茶々を入れる様な真似はしない。表情に出ているので同じ事なのだがエルスティンは気付いているのかいないのか、淡々とまとめに入る。オスカーを相手取って自分のペースに持ち込める者は、治安警察内でもそうは居ない。エルスティンは数少ない、オスカーをやり込められる人物である。そんな様を見てメイリンは密かに嘆息する――こんな灰汁の強い連中を私が御さければならないのか、と。


「建造場所が何処か、という点については現在調査中。しかし、北海沿岸にモビルアーマー用ドック所持の偽造タンカーが入港とある事から、海路で運送予定ではないかと思われます」


そこでメイリンが口を挟む。


「そのタンカーは拿捕か臨検は出来ないの?」

「……調査はさせますが、難しいと思いますよ」


オスカーは珍しく苦い顔をしている。


「現在、スカンジナビア連合王国で何が行われているかご存じですか?」

「ええ、国家聖誕祭の準備ね」


スカンジナビア連合王国国家聖誕祭――かつて、三国からなるスカンジナビアは一つの王権の元に集い、そして連合王国を築いた。それは、大西洋連合などの強権を発する組織に対抗する目的で造られた集団であったが、理由はどうあれ長く分離独立していた国家群が一つに纏まった日が記念日として祝日に指定されるのは不思議な事ではないだろう。

その例に漏れず、スカンジナビア連合王国に於いても聖誕祭と呼ばれる日が存在する――二月二十九日、四年に一度しか訪れない日付だ。この日だけはスカンジナビア国中の王族、貴族が例外無く首都オスロに集結する事になる。

言い換えれば絶好のテロの機会なのだ。


「この事態の警護に当たるのはスカンジナビア三軍――スカンジナビアの正規軍のみとなっており、我々の様な外様は期間中、領海に入る事すら不可能になります。そして、件のタンカーは既にオスロ港に入港しているらしき情報をキャッチしています。……意味、解りますよね?」


指を立て、小馬鹿にした様にオスカーが付け加えた。まるで出来の悪い生徒に物を教える様な態度だ。


「……我々には手出しが出来ない、治外法権だって事かしら」


メイリンの眉がひくり、と跳ね上がる。内容もそうだが、むしろオスカーの物言いに対して怒っているのは明白である。オスカーはそんな視線もどこ吹く風という様子であるが。


「この時期に入港出来る――それは、スカンジナビアから正当な評価を受けた者達だけだと聞き及んでおる。万一、そのタンカーがテロリスト一味だとしても、正式な礼状無しにはどうにもならん。ただでさえ、我々は“世間の鼻摘み者”故にな」


今まで黙っていたエイガーが下らない事だと言わんばかりに口を挟む。

だが、それは確かに真実なのだ。


(強権ばかり振るっていたツケがこんな形で出るなんて……!)


歯噛みをしてもどうにもならない。しかし、そんなメイリンを嬉しそうに見る者が居た。言うまでもない、オスカーだ。


「そう悔しがる事もありませんよ、ザラ隊長」

「今度はどんな漏れがあったかしら、サザーランド先生?」


嫌味たっぷりの両者の応酬に、しかし顔色一つ変える者は居ない。いつもの事だからだ。


「先生とはまた恐縮。……私の考えを述べますと、このタンカーに対しては通報以上の行動はしなくても良いと考えてます」

「腰抜け揃いのスカンジナビア軍に任せるのか?」


前線で軍事事情を知るエイガーの痛烈な皮肉だ。それを制して、メイリンが促す。


「どういう事?」

「このタンカーという布石は、おそらくこちらへの陽動目的だと思うんですよ。何故かというと、目立ちすぎている。本体が出てきても居ないのに既に足だけが見えている――こんな馬鹿な話は有りませんよ。少なくともそれだけの力のあるテロリストはもう少し賢しいものです」

オスカーが口元に手を当てる――いよいよ本気になってきた証拠だ。こうなるとこの男は頼りになる。


「“頭隠して尻隠さず”。少々下品ですね」

「……諺はもういいわ、エルスティン。続けて頂戴」


エルスティンはマイペースだった。


「つまり、このタンカーという布石は、『デストロイ、またはそれに準ずる兵器の存在証明』、そして『我々の誘導』に使われていると思われます。『存在証明』とはそのままの意味。『誘導』とは、タンカーの移動先にデストロイクラスが存在すると思わせる様に使う事も出来るし、タンカーを拿捕すれば警察側が動いている何よりの証明となる。また、実際はタンカーを使わず逆方向へ抜ける算段かも知れない。……面白い布石を打ったもんですよ」

「……相手側にも貴方の様な人間が居る事だけは良く解ったわ」


メイリンは、人差し指を額に置いて考える。


「それで、こちらはどうします?」


やられっぱなしと云うのは性に合わない。それは、この場の全員の一致した意見だ。

しかし、憶測だけでは動けない。

“確かな”証拠が必要なのだ。

深呼吸した後、メイリンは決断した。


「オスカー、エルスティン――私と一緒にドイツ入りするわよ。現地の方が情報は仕入れやすい筈よ。留守居はエイガーに一任します。頼んだわよ」

「お任せあれ」

「了解ですよ」

「拝命します」


三者三様の承諾を得つつ、メイリンは考えをまとめていた。


(デストロイ級の報せが誤報であれば良い。でも、誠であるのなら――大変な事になるわ)


メイリンは三者を退室させ、その足で直ぐにライヒの執務室へ向かった。ともかく、ライヒの意見も聞きたかった。






ようやくアスランが解放されて、ソラ達と合流した頃には既に夕日がズールの街を照らし出していた。


「……疲れた……」


アスラン=ザラはどれ程の苛烈な戦場に行ったとしても、弱音を吐いた事は無いと言われている――これは、戦場にはカウントしないでおこうとジェスは決めた。


「大丈夫ですか?」


ソラが心配そうに車のシートに横たわっているアスランを覗き込む。


「大丈夫だ。でも、少しだけ休ませてくれ……」


間違い無くビールの飲み過ぎとソーセージの食べ過ぎと会話のし過ぎでオーバーワークとなっているアスランに、ジェスは「俺でも、駄目だったかも知れん」と一人ごちる。


「……とにかく、シノ=タカヤがこの街に居る事は判ったぞ……」


弱々しくアスラン。痛々しいが、しかしソラはそちらに気を回す余裕もない。


「何処に居るんですか!?」


思わず詰問口調になってしまう。そんなソラをジェスがやんわりと諭した。


「落ち着けって。余所者が珍しい地域だ、この街にいるならいずれ発見出来る。……場所とかは、聞いてるのかい?」

「……それは」


アスランが言おうとした――その時。


「――シーちゃん!」


ソラ達のいた場所は立体交差になっている所だった。

高さの違う十字路で、ソラ達は上の通路。そして今、ソラが呼びかけたのは下の通路を歩いていた女の子だ。


「え……?」


その少女は買い物帰りだった様だった。フランスパンの入った紙袋を小脇に抱え、すらりとしたシルエットのジーンズを履いている。割とおとなしいそうなソラに対して、活動的なイメージを持つ少女がシノだった。

呼び掛けられた少女はいぶかしげに周りを見回し、声を掛けたのがソラである事に気付くと――


「やばっ!」


踵を返し、全力でその場から逃げ出した。






一瞬、ソラは何が起こっているのか理解出来なかった。だが、直ぐに立ち直り大声で叫ぶ。


「ちょ……こ、こらシーちゃん!何で逃げるのよ!」


呼び掛けても、答えは返ってこない。


「もうっ!」


ソラも踵を返し、走って追い掛けようとした時。正にこの時が仕事の時と動き出した男が居た。ジェス=リブルだ。ジェスはソラの居た手摺り辺りに一息で足を掛けると、高々と天空に舞い――意外と高かった事に内心ビビリつつも――少なくとも外見上は華麗に下の通路に着地した。

地面から伝わる着地のショックがじんわりと頭まで伝わり半分涙目になりながらも、ジェスの心では使命感が勝った。


「紛争地帯だろうが何処だろうが――スクープを取る為に鍛えに鍛えたこの脚力!逃れられる者など居ないっ!」


雄叫びを上げつつジェスがシノを猛追する。その迫力に子供を連れて夕食の買い物に来ていた母親が慌てて子供を抱きかかえて道路の端に寄ったり、お年寄りが腰を抜かしたりしたが気にしてはいけない。

呆気に取られていたソラだが、シノと面識の無いジェスに追いかけさせると余計にややこしくなる事に気付き、走って二人を追い掛け始めた。


「俺は、何の為に努力したんだ……?」

《きっと何時か報われる日も来るさ、多分》


皆が走り去った後――アスランとハチだけが取り残されていた。




様々な苦難に遭うだろうとは、思っていた。

きっと体験した事も無い辛苦があるだろうとも、思っていた。

――しかし、現在の状況は、考えていたもののどれにも当てはまらなかった。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!まてぇぇぇぇぇっ!何故逃げるっ!」

「ひいいいいいっ!?」


絶叫マシーンと化し、恐ろしい勢いで追いかけてくる見知らぬ東洋人。しかも、目を血走らせつつ追っかけてくれば大抵の人間は逃げる。


「そ、そんな事言ったって!!」

「逃げるのはやましい事が有るからだっ!!」

「いやあああっ!」


多分違うと思う。遥か後ろを走っているソラはそう思った。シノは元々陸上部員である。たしか何度も大会で優勝した事があると聞いた事がある。――その上こんな状況では火事場のなんとやらも加わり、追い付くのは並大抵の事ではないだろう。


「やるじゃないか。だが、このジェスさんから逃げられると思うなよ!」


ジェスの瞳がギラリと輝くと、シノすら超える速度で加速しだした。コーディネイターでもなかなかいない。しかし、必死すぎる形相はシノからすれば恐怖を煽る以外の何物でもなく悪循環である。


「うわはははははは!捉えたぁぁっ!」

「ひえええっ!?」


両手を広げ、ジェスは一息でシノに飛びつこうとして。


「こんの変質者!!」


聞き覚えの無い声がジェスの耳に入る。それに気を取られたせいで、視界が何かに塞がれるのを直前まで気が付かなかった。それがパイだと気が付いたのもぶつかってからだった。

カウンター気味に飛来したパイを見事顔面に食らい、バランスを失ったジェスはその場で一回転して頭から地面に激突すると路地裏に転がっていった。


「姉ちゃんに、なんて事するんだ!」

「カシム、ナイス!」


金髪の小柄な少年がシノの手を引き、怒声と狂乱が入り交じるの中、混乱を縫って逃走した。

ソラが、クリームまみれになり昏倒したジェスを発見したのはそれから暫く経ってからの事だった。






とっぷりと、夜の帳が落ちた。

遠くでは犬か狼の鳴き声が響き渡る。辺りは既に暗く、家々の灯火が夜道の道標だった。


「……あんなヤツ、俺に掛かればちょちょいのちょいさ!」

「頼りになるわねー、カシムは」


そんな家々の一つの窓からは、そんな話し声が聞こえる。

それは、家の中が幸せな証拠な訳で――


「……ここです」


苦り切った声を、その家に案内して来た男――セシルが言う。


「努力とは、報われるものだと云うが……考えてみると最初からこうすれば良かったんだな」

「ヘッドスライディングまでした俺の努力の甲斐もあった訳だな……?」

「……怒って良いですよ、皆さん。私、止めません」


人影は、複数有った。

彼等は迷うことなくその家のドアを開いて、中に入っていく。

その室内が凍り付くのと、怒声が夜の街に響き渡るのは、ほぼ同時だった。



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