紅と蒼の出会い

ページ名:紅と蒼の出会い

今夜は本当に静かだ。 遠くの街の喧騒も、嘘のように聞こえない。この倉庫は世界の全てから取り残されている、そんな錯覚を覚える。

天窓から降りる月明かりに照らされたソラを、銃口がじっと射すくめる。暗闇にたたずむ黒衣の青年は、黙って銃を向けたままだ。外界から切り取られた一枚の絵のように、ソラと青年は静かに動かず向き合っていた。

銃口を前にして、ソラの中の生存本能が警報を鳴らす。


息を呑む。

動けない、動けば撃たれる。

どうしよう。

どうしよう。

答えの出ない思考がソラの中でぐるぐると回る。



一分、十分、一時間?

無限とも思える沈黙が二人を包む。互いを見つめる真紅の双眸と蒼い瞳。

――しかし。


「……何故だ」


不意に、何の脈動もなく青年が口を開いた。


「……何故こんな所にいる?避難勧告は出ていただろう」


黒衣の青年は静かに低い声で、ゆっくりとソラに聞いてきた。 問い詰めるでもなく責めるでもない。どこか優しく不思議なほど落ち着いた声で、ソラに向けられていた殺気もそれからは消えていた。


「……」


聞かれたソラは何故、と聞かれて何と答えればいいのか、答えに詰まる。あの血痕に引き寄せられるように来て、ここでこの青年に出会ってしまった。


一人になるのが嫌で。

取り残されるのが嫌で。

人の残り香に引き寄せられて。

でも……本当にそれだけ?


青年をよく見ると左腕に乱暴に包帯が巻かれている。怪我しているようだ。残った片腕では包帯が上手く巻けなかっただろう。ずいぶんと緩い。傷口に当てられたカーゼには鮮血がにじんでいた。


落ち着け……。

落ち着け、私……。


心でそう念じながら、ソラは少し深く一呼吸する。そして搾り出すようにやっと声を出した。


「け、怪我をしているんでしょう?」


左腕にひと目くれると、青年は「これか」と呟いた。


「帰れと言われれば、帰ります。でもこのまま怪我をしている人を放っておくなんてできません」

「俺が何者か判って言ってるのか?」

「怪我人でしょう」

「……」

「包帯ぐらいは私も巻けます」


恐怖を感じないといえば嘘だが、少なくともそれは今のソラの素直な気持ち。しばしの沈黙のあと、青年の銃口が静かに下りた。






「これでよしっ……」


黒衣の青年の隣に座ったソラは、包帯を巻き終わり安堵の溜め息をつく。 軽く左腕を動かしても包帯はしっかりと腕を包んだまま外れない。これなら多少は乱暴な事も出来そうだ。


「すまん……」


右手を額に当て前髪をかき上げると、青年はポツリと呟く。


「今日は厄日だ」


薬箱を片付ける蒼い瞳の少女を見ながら、青年――シン=アスカはこの状況をどう理解すべきなのか苦しんだ。 不覚にもかけ忘れていたドアの鍵は今は閉めている。改めてそのドアを見て――迂闊だった、とは頭を抱えた。

港の倉庫街の一角にあるこの倉庫は、予めレジスタンスが用意していた、所謂”拠点”のひとつだ。 オーブは島国といえ広い。目の届かない部分も当然出てくる。そこでオーブ内部の協力者や、貿易業者や船舶業者などに偽装した外部の者達が万が一のためにと用意したのだ。もちろん"拠点"は規模の大小の差はあるが、ここだけではない。

この港湾倉庫には応急処置をするための医療道具や、武器弾薬、大型バイクが数台用意されている。 その中のひとつのサイドカータイプのバイクには武器も積まれて、すぐにでも出せるようになってる。ここで一旦応急手当をした後、夜の帳にまぎれてすぐにでも脱出するはずだった。ところが問題が発生する。

――突然現れたこの少女だった。

巻き込みたくないので手当てを終えるまで、との口約束で今、少女は隣にいる。騒がれるのは面倒だし今は仕方ない。そう心の中で己の不運を呪い憂さを晴らす。

最終集合時刻は午前0時。時計を見ると、もうあまり時間が無い。無駄に広い港湾倉庫は独特の雰囲気を醸し出していた。


「終わったのなら早く出て行け」


ぶっきら棒に言い放つ。一般市民に情を持たれても仕方ない、そう思ったからだ。


「あの……」


だが帰ってきた返事は今にも消え入りそうだ。 少しきつい言い方に怯えたのか、少女は次の言葉を繋げられずに困っている。 今頃口を開いた事に後悔している、というところだろうか。少女が黙っているので仕方なくシンは代わりに口を開いた。


「一つ聞く。どうして俺がここにいるとわかった?」


俯きかけていた顔が再び上がる。


「扉の前に血の跡が……」

「そうか……。なんてこった」

「ごめんなさい……」

「アンタは悪くない。ミスをしたのは俺――」


と、そこまで言いかけた時、突然シンは彼女の口を塞ぐ。何が起きたのか目を見開いて驚く少女に、シンは間髪入れずに唇に人差し指を当てるジェスチャーをした。


――静かにしろ――という合図だ。


シンが2、3ゆくっりと頷くと、少女もそれを見て自身を落ち着かせる。 辺りの様子が変わっているのを気づいたのだ。耳を澄ませる。空気を察知し、気配を探る。そして不意にシンは少女に小さく謝った。


「すまん、巻き込んだ」

「え?」


――これだけ大勢の人を巻き込む事件を起こした人が何を言ってるのだろう…「どういう事ですか?」と少女が聞こうとしたその刹那、突如ヘリの激しいローター音とサーチライトが倉庫を照らした。サイレンが鳴り響き、辺りは一気に騒然となる。一帯が大勢の人の気配で満ちる。倉庫の周囲に無数の人間が集まってきたのが、ソラも分かった。


「治安警察に囲まれたか……」


苦虫を噛み潰したようにシンがぼやくと、それに応じるように外から拡声器で激しい怒声が鳴り響いてきた。


《倉庫内にいるテロリストに告ぐ!お前達は完全に包囲されている!抵抗を止め大人しく投降しろ!繰り返す!抵抗を止め大人しく投降しろ!!》

「テ、テロリストって……」

「俺の事だ」

「やっぱり……」


ソラの瞳が凍りついた。私はテロの助力をしてしまったのだろうか。






倉庫の周りは一重二重に治安警察が取り囲んでいた。無数のパトカーや警官達はもちろん上空には無人ヘリ。そして数機の無人モビルスーツ、ピースアストレイの姿もあった。パトライトと投光機のライト光が倉庫のコンクリート壁を眩しく照らす。辺りはラッシュ時の街頭の様に騒がしく、緊迫した空気で満ちていた。警官達はパトカーのドアを盾に銃を構えその時を待つ。


《倉庫内にいるテロリストに告ぐ!お前達は完全に包囲されている!抵抗を止め大人しく投降しろ!繰り返す!抵抗を止め大人しく投降しろ!!》


何度か繰り返された警告が、また拡声器から叩き出される。しかしシンは警告に耳を貸さず、銃器の入った木箱を漁り使えるものを取り出した後、準備していたサイドカーに乗せた。そんなシンを見る少女の瞳に恐れが走る。思わず一、二歩後ずさりしてしまう。

だがシンはそんな少女を責めるでもなく、むしろ申し訳なさそうに謝る。


「心配するな。人質に取るようなマネはしない。なんとかアンタだけでも逃がして――」


ガガガッ!


突然、猛烈な機銃音とともに天井際の壁が打ち砕かれた。


「きゃあああああ!!」


悲鳴を上げて少女はその場にしゃがみ込んでしまう。細かいコンクリートの破片がバラバラと降って来た。威嚇射撃による警告。次は無いぞ、という意図があるのをシンは読み取った。


「奴ら、やる気か」

「やる気…………って……?」

「俺もお前も、始末する気なんだろう」


”始末する”その言葉を聞いた瞬間、巻き込まれた事を理解した少女は青ざめ、ポロポロと泣き出した。


「……嘘、……いやあああああああ!!!」


無理も無いか、とシンは口には出さずこぼす。恐らくこの倉庫の周囲は完全に包囲されているだろう。地下の下水溝も治安警察に押さえられていると考えた方が妥当だ。生半可な手では逃げられないのは容易に予想できた。ならば――。

今、彼の傍らにいるのは何も分からずた小さく身を縮め、自分のせいで死に怯える一人の少女がいる。その姿を見ると、これから起こす行動にシンは思わず自己嫌悪する。彼女の事だけを考えるなら投降するのが最上だ。だが。


――俺もまだ死ぬわけには行かない。……エゴイストだな。


シンは決意した。


「名前は?」

「……ソ、ソラ。ソラ=ヒダカ、です」


震える声で、やっと絞り出された少女の名前。シンは少女――ソラの前に静かにじゃがみ、じっと見つめる。涙に濡れたその綺麗な蒼い瞳は、死にたくないと小さく必死に訴えていた。


「ソラ、生きたいか?」


コクリとソラは小さくうなずく。


「わかった、ついて来い。脱出する」


言葉に力を込めて、シンはそう告げた。






「隊長!包囲部隊の配置が完了しました。いつでもご命令を!」

「よし、そのまま命令を待て!突入分隊はどうなっておる!?」

「突入位置に着き次第報告が入る予定です!」

「くれぐれも無理はさせるな!必要ならば増員しても構わん!支援が必要な時は躊躇無く、こちらに要求するように言え!」

「ハッ!」


無数の計器が明滅し、各種モニターが外の状況を逐次映し出す。完全電子化されたこの指揮車両は、全体の指揮から無人モビルスーツピースアストレイのコントロールまでを司る、いわば最前線の頭脳にあたる所だ。

そしてその車内の中央に陣取る壮年の指揮官は、次々にもたらされる部下の報告に、野太い声で時おり叱咤激励を交えながら応対していた。報告をしてきた部下の一回りは大きい褐色の巨躯。頭には一切毛髪はないものの、代わりにある鼻元の豊かな髭。

エイガー=グレゴリー。部下から”灰色熊”ともあだ名される包囲部隊隊長で、前大戦で顔面中央に大きく受けた"X"状の深く生々しい傷跡は、この男が歴戦の勇士である事を物語っていた。


「状況はどうなっておる?」

「被疑者が潜伏している倉庫を完全に包囲を完了しました。熱源センサーで内部をスキャンしたところ、中にいるのは2名。身長・体格・体温分布などから推定して男一人、女一人と思われます。現時点でのテロリストの武装状況は不明ですが、大型火器などは保有していない模様です」

「……ふむ。そうか」


指揮車両オペレーター要員の報告にエイガーはわずかだけ安堵した。万が一テロリストがモビルスーツを保有していた場合も考慮して、ピースアストレイを三機持ってきたが杞憂で終わるか……、がすぐにその考えを振り払う。指揮官の油断は部下の死に繋がる。状況は次の瞬間どうなるか分からない。安易な判断は禁物だ。


「各突入分隊に伝えろ。5分後に突入。被疑者確保が前提だが、抵抗するなら射殺も止むを得ん」

「分かりました、各分隊に伝えます」

「奴らの全容を掴むためにも、なんとしても逮捕したいところだがな……」


よりによって統一地球圏連合の中枢であるオーブの首都オロファトに侵入され、あまつさえ主席のカガリ暗殺まで企てられた。警備をしていたのが軍だとしても、侵入を防げなかった治安警察にも重大な責任はある。暴漢が自分の家の庭先で顔を出すまで気づかないとは、一体何のための警察だ。面目も何もあったものではない。

その事実はエイガーのプライドを痛く傷つけていた。ならばそれを挽回するには、テロリストを根絶やしにせねば収まるまい。そうエイガーは考えていた。突入任務を負った各分隊隊長が指揮車に報告を入れてくる。


《エーブル分隊、位置についた。このまま命令を待つ》

《ベーカー分隊、配置完了》

《チャーリー分隊、突入準備完了。いつでも合図してくれ》


準備は整った。あとは合図を下すだけだ。突入タイミングを図るため、現状の確認をする。


「テロリスト達の動きは?」

「温度センサーによるサーチでは特に目立った動きはないようです。ただコンテナと思わしき物体の周辺で、何かやっているようですが詳細は不明で……」


と、オペレーターがエイガーに答えた次の瞬間――。



ドオオオオオン!!!!


突如大音響が辺り一帯に響き渡る。指揮車両が大きく揺れた。


「な、何事だ!!」

「倉庫が!テロリストが立てこもっていた倉庫が、突然爆発しました!」

「何ぃ!?じ、自爆だとお!?」


部下の報告にエイガーは慌てて指揮車両天上部にある”やぐら”、指揮塔に駆け上る。そこから見えたものは、なんと火炎地獄と化した現場の惨状だった。倉庫があった場所は巨大な黒煙と紅蓮の爆炎に包まれ、その魔の手は取り囲んでいた警官達にも襲い掛かっていた。


”ぎゃあああ!!”


逃げ遅れ、炎に包まれた警官の一人が悲鳴を上げて地面を転げまわる。仲間達が消火器で必死にその火を消す。誰も彼もが火炎と灼熱から逃げるので必死だ。


「退避だ!!全員、安全圏まで退避させろ!救護班を呼べ!モビルスーツを前面に出して盾にさせろ!!」


エイガーが階下の部下達に怒鳴り散らす。この状況では突入分隊の命運は……。眉間にしわを寄せ、苦悶の表情を浮かべながらエイガーは燃える倉庫を見詰めていた――が、気づいた。

突然、炎の中から何かが飛び出してきたのを。


ヴォォォォン!!


灼熱の壁を猛スピードで突破し眼前に出現した"黒い塊"。それは炎に燻る自身を無視して、包囲するパトカーの群れに猛然と突っ込んできた。この状況で意表を突かれた、というのもあるだろう。その存在に気づいた者たちは一様に、それが何なのか全く判断が出来ない。

どういう仕掛けがしてあったのか。それはパトカーの目前で大きくジャンプし、包囲陣を飛び越して去って行った。大混乱に陥った警官達を後に残して。


「……な、何だとう……?」


エイガーは見、そして知った。"黒い塊"の正体は大型のサイドカー。それも恐らくはテロリストが逃走用に用意した特別仕様のもの――。


「ぬうううううう!!おのれ!謀りおったなあ!!」


指揮官の怒声が焼け焦げた夜空に響き渡った。






無人の直線道路を一直線に黒いサイドカーが駆け抜ける。封鎖規制がされているのか、対向車は全くない。左右に広がる道路照明が、道しるべのように行く手を照らす。サイドカーに乗る二人は全身を分厚い服のようなもので、頭から手足の先まですっぽり覆っていた。顔にはマスクまでしている。


「もういいぞ」

「…ふうっ」


運転手に促されて、側車に座っていた人物がマスクを脱ぐ。ソラだ。


「冷たい……」


ひんやりとした夜の風が頬に当たる。でもそれが心地いい。体内に溜まった熱気を吐き出すように、ソラはすぅっと深呼吸をした。シンもマスクを脱ぎ、サングラスをかけ直す。


「大丈夫か?やけどとかしなかったか?」

「あ、はい。平気です」

「……そうか。なら、よかった」

「で、でもさっきのは何だったんですか?いきなり大爆発が起きて、私達……」

「よく生き残った、か?」

「……え、ええ」


戸惑うソラにシンは淡々と続けた。


「ああいう事態も考えて、あらかじめ手を打って置いたんだ。今、俺やソラが着ているスーツは特別性の耐火耐熱スーツだ。装備を背負ったまま着れる様に、二回りほど大きいサイズなっている」


身を包むぶかぶかの黒い服をちょっとつまんで、ソラは少し興味深そうに見る。


「その分少々動きにくいが、バイクや車に乗って逃げるんだったら大して問題はない。このサイドカーもスーツと同じ耐火耐熱仕様だ。正面突破が出来るようにジャンプも出来るし、他にも色々装備している。特注品ってわけさ」

「へえ……そうなんですか」


逃れた安堵感からか、目の前の男は自分を蒔き込んだテロリストだという事も忘れて、ソラはただ感心していた。そんなソラにシンも少し気が緩んだのか、ふっと笑みをもらす。

ついさっきまで二人がいたあの倉庫――、つまり”拠点”には万が一に備えて自爆装置をセットしてあったのだ。これは貴重な情報などを相手に収集されないためや、逃げるための陽動としてのための備えとしての”仕掛け”で、それをシンは使ったのである。

用意したサイドカーに必要な装備品を載せた後、ソラに耐熱スーツを着せ側車に乗車させ、次に自分もスーツを着てサイドカーに乗る。そして車体を倉庫正面にあるシャッターに向けて位置させた。

そこが脱出口だ。

シャッターを一枚超えた向こうには治安警察の包囲網がある。シンは合図と倉庫に仕掛けられた爆弾を爆破。シャッターも吹き飛ばすと同時に、急加速発進。炎で崩れる倉庫の中を一気に走りぬけた。そのまま爆発で混乱に陥る治安警察のパトカー群を、ジャンプで飛び越え、悠々逃げ去り――今に至る。



遠くにビルや街灯の明かりが星のように点々と灯っている。どこもここも昼間の喧騒が嘘のように静まっていた。その中をサイドカーはただひたすら走り抜ける。何処へ行くとも何も言わない。このまま知らない所に行ってしまうのだろうか?そんな不安に駆られたソラは、ふと切り出した。


「……あの」

「ん?」

「私、これからどうなるんですか?」

「……適当な所で降りて、それでサヨナラだ。朝まで待って警察に保護してもらえ。テロリストに捕まっていた、と言えば大事にはならないだろう。多少の尋問はあるだろうがな」

「そ、そうですか」


少しソラはホッする。

とにかくいろんな事がありすぎて、現実感すら曖昧になっていた。アクション映画の様な事が、次々と身に降りかかってくる。まるで悪い夢に迷い込んだようにしか思えない。もう何がなんだか分からない。早く寮に帰ってスッキリしたかった。シャワーを浴びて暖かいベットで一晩寝れば、またいつものように――。


「……すまん、前言撤回だ。そうも行かなくなった」

「え?」

「後ろを見てみな。追手だ」


そう言われて振り向くと、信じられない光景が目に飛び込んできた。小山の様な黒い影が、ズシンズシンと地響きを立てて迫ってくる。ビルにも匹敵する巨大な体躯をした鋼鉄の巨人。治安警察用モビルスーツ、ピースアストレイだ。それが二機、二人が乗るサイドカーを追跡してくる。まだこのサイドカーとは随分距離があるはずなのに、空気が、地面が揺れた。

――全長18mの鉄の怪物に追いかけられる。

日常とまるでかけ離れた状況を前に、どうすれば、何を考えればいいのかまるで分からない。あれはたまに街で見かける確か警察のモビルスーツだったかしら――?と、ソラはぼんやりと思い出す。思考がほとんど止まりかけていて、それ以上考えられなかった――だが。


「飛ばすぞ」

「え?」

「しっかり掴まっていろ!」

「きゃっ!」


エンジンが高く重厚な唸りを上げ、サイドカーがさらに加速する。Gと分厚い向かい風がソラの体に叩きつけられる。すると不意に車体が大きく右に動いた。ソラの見る景色も大きく揺れて、ぶれる


ガガガッ!!


瞬間、ソラの脇でアスファルトが粉みじんになって吹っ飛んだ。飛び散った破片はあっという間に、後方に置き去られる。モビルスーツの銃撃だ――、と気づいたのは2、3秒も経った後。そしてそれは今ここが紛れもない現実だとソラに教えていた。


「レイ!ルートを確保しろ!このままじゃもたないぞ!」

《シン、前方200m先の角を右に曲がれ》

「了解!」


数秒後、サイドカーは右に大きく旋回しその向きを変えた。減速せずそのまま曲がる。車体が傾き、側車が瞬間浮き上がる。


「きゃあああああ!!」

「しゃべるな!舌を噛むぞ!」


世界がぐるりと回転する。ソラは振り落とされないように掴まるのが精一杯だ。幹線交差点に大きく弧を描いて、サイドカーは何とか曲がった。一帯が封鎖されているのか、通行車両はほとんど無いのも幸いした。そのままさらに加速して道路を突っ走る。

だが二機のピースアストレイは遅れずそのままピッタリと追跡してきた。ピースアストレイの武装は20mmバルカンの他に、火炎放射器、肩部にビームカノンといった具合だ。

シンは予想する。威嚇目的のバルカンの単射ならともかく、本気で撃墜するならビームカノンを使うだろう。だがそれを今使えば市街地や住宅地に被害を出す危険もある。


「このまま行けばもうまもなく郊外だな」

《そこで俺達を仕留めるか、この先で待ち伏せか。どっちにせよこのままでは時間の問題だぞ。どうするんだ?》


右腕の通信機に写る時刻を確認する。最終集合時刻は午前零時。残りはあと三十分を切っていた。

シンは考える――。

すでに俺達の行動は逐一監視されているだろう。このまま集合場所まで行けばコニール達まで危険に晒す事になる。だとすれば残された手は――。


「レイ、今から選択できるルートを表示してくれ」

《了解だ》


右腕にある通信機にある小さなディスプレイに現在位置と道路マップが表示される。その何本かが色で峻別され、行くべき道を指し示す。シンは2、3秒じっとそれを見つめると、おもむろに今からやるべき事を素早く告げた。


「まずケツにくっついているモビルスーツを始末する。それから――」


シンに全ての指示を受けたレイは、即座に彼がこれから何をしようとしているのか悟った。同時に自分がやるべき事も。






必死に逃走するサイドカーの後を二機のピースアストレイがぴったりとついて来る。さらにその遥か後方からは包囲部隊を指揮していた指揮車両が追走する。周囲には幾台ものパトカーが随伴していた。指揮車両の情報モニターにはピースアストレイから送られてくる映像が映し出されていた。二人の男女が乗っているのがハッキリと分かる。


「隊長!目標を補足しました!」

「さっきはまんまと一杯食わされたが、詰めが甘かったようだな。本部に連絡しろ。予測される進行ルートの各出口を塞ぎ、そこで仕留めるとな」

「ハッ!」

「このまま海岸沿いに出るか、山間部に行くか…。どちらにせよ袋の鼠なのは時間の問題だな」


別のモニターでは地図上に各部隊の配置状況が表示されていた。事前にエイガーが指示していた通り、どの出口でも部隊が集結、完全封鎖している。前に包囲部隊、後ろからモビルスーツとエイガーの部隊。郊外に逃げる以上、先に進めば進むほど道は減っていくだけで、どこに逃げてもいずれは追い詰められるのが誰の目にも明らかだった。

もはや詰め将棋で言えばあと三手で投了というところか。

ここに来てようやく指揮官にも余裕が出てきたのか、薄い笑いを浮かべながらエイガーはモニターを見つめている。だが状況がこのままいくかと思われた矢先に、モニターを監視していたオペレーターがサイドカーに新たな動きがあるのを発見した。


「隊長、目標が新たな動きを見せています」

「拡大してみろ」

「ハッ」


夜間なので白黒の赤外線映像になっているが、エイガーはそれに目を凝らし注目し、そして見た。モノトーンの画像の中で、サイドカーの運転手が側車から何かを取り出そうとしているのを。






「ソラ、横にある長物を取ってくれ」

「これですか?」


ソラは自分が座っているシートの横に置いてあった、物干し竿のように長い物体を手に取った。少し硬いラバー製の袋状カバーに包まれたそれは、腕にズシリと確かな重厚感を与える。かなり重いが、両手でなんとかシンの手の届く所に持っていく。カバーの中に何が入っているのか、全く見当がつかなかった。


「ありがとう」


そう礼を言うと、シンは片手でそれを受け取り、カバーを閉じていたチャックを少し開く。その中から一本のコードを引っ張り出すと、サングラスのフレームの端にその端子を持っていく。

見ればシンのサングラスは少し変わっていた。フレーム部分が少し脹らんでいて、小さなスイッチがいくつかと、端子の接続口があった。カバーから伸びるコードをそこに繋ぎ、スイッチを操作する。


「レイ、バイクの運転は頼んだぞ」

《分かっている》


そういうとシンはハンドルから残った手も離すが、サイドカーはバランスを崩す事無くそのまま走る。自動操縦機能もあるらしい。追ってくる二機のピースアストレイを一瞥すると、カバーのチャックを一気に下まで下げ、中にあった物体を取り出す。

なんと中から出てきたのは、大型のライフル――。それも対戦車用の最も巨大なものだ。ライフルの照準スコープの後ろからはさっきのコードが伸び、サングラスのフレームに設置された機械につながっている。

その長く黒光りする鉄の塊をシンは軽々と肩に担ぎ、砲身を真後ろに向けた。そして後方から追走するモビルスーツに銃口をピッタリと合わせ――。






引き金を引いた。



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