絡みつく過去と過ちと

ページ名:絡みつく過去と過ちと

「……それは、本当の事なのか!?」


統一地球圏連合主席官邸、主席執務室。カガリはその一報を聞くや否や、血相を変えてマホガニーのデスクから立ち上がった。信じられない。紅潮する顔にはそんな思いがべっとりと張り付いている。


「ティモールが……。まさか仮にもオーブ五大氏族に席を連ねていた男がテロリストと結託など……!」


先の統一地球圏連合樹立三周年記念式典で発生した『カガリ=ユラ=アスハ暗殺未遂事件』。その首謀者の一人が、なんとオーブ政権の重鎮の一人だったというのだ。だがその凶報をカガリにもたらした治安警察省長官ゲルハルト=ライヒは、表情何一つ変えずに淡々と捜査結果を報告していく。


「確かな筋からの情報で同行を願い出た所、本人が自供しました。今回の御身を狙った一連のテロ――その首謀者の一人と見て間違い無いでしょう」


目の前で刻々とその全容が明らかになっていく中、カガリの顔は次第に血の気を失っていった。だがそれでもカガリは両足に力をこめ、必死に踏ん張る。そうしなくてはこの場で倒れて、そのまま気を失ってしまいそうだったから。

彼女の中では、まさかという思いと認めたくないという拒絶感がぐるぐると駆け巡っていた。よもや身内に殺されかけるなど、一体誰が想像できようか。それもよりによってあの記念式典会場がその舞台だったなどと。


「な、何かの間違いという事はないのか!? あるいはティモールが何者かに嵌められたとか……!」


一縷の望みをこめてカガリは反論するが、それも冷たい声に遮られる。


「残念ながら、全て事実です」

「……!」


沈黙が二人の間に横たわる。冷徹な宣告にカガリはそれ以上何も言い返せない。ヘルムレのアンティーク高級置時計の秒針がコツ、コツ、コツと時を刻む。普段は気にならないその音が、静まり返った室内にひどく響く。まるで自分の心臓の鼓動のように。彼女の脳裏に目の細い、苦虫を噛み潰したような顔をした老人の面影が蘇る。カガリはうつむいたまま、無念に震える拳をただ握り締めるしかなかった。


(どうして……どうしてこんな馬鹿な真似を……!?)


セイラン家先代頭首、ティモール=ロア=セイラン。彼は前大戦でのザフトのオーブ侵攻で死亡したウナト=エマ=セイランの後を継ぎ、セイラン家の取り纏めた重鎮である。また大戦後は統一地球圏連合の主席となったカガリを、裏方でよく補佐してきた人物でもあった。

一言居士という言葉がピッタリ当てはまる老人で、その口煩さにはカガリも閉口していた程だ。彼に説教をされた後、キラやラクスによく愚痴をこぼしていたのも、今では彼女の懐かしい思い出のひとつになっている。しかしそんなティモールも寄る年波には勝てず、娘婿に家督を譲った後は、現在では平穏な隠居生活に入っていた。もっとも今でも時々カガリに手紙をよこし、言葉遣いが荒っぽいだの君主の心得がどうだの、相変わらずの口調で説教をしてくる。

そんな彼にカガリはやはり辟易としつつも、しかし一方で嬉しくも感じていた。その不器用な文面から、世界を統べる主としての自分を気遣かう彼の気持ちが読み取れたから。相手が誰であれ親身になってもらえるのはいい、と。

だが。


「……どうして……、どうしてだ……。あんなに私に手紙をくれたじゃないか! いつも私を気遣ってくれたじゃないか! 体の事も! 政治の事も! オーブの未来の事も!! あれが全部嘘だったというのか!? 私は……嬉しかったのに! 信じていたのに!」


やり場のない怒りをぶつける様に激しく執務机を殴った。何度も何度も。血がにじみ、痛みに眉間が歪む。のろのろと傷んだ拳を抱きしめ、カガリはうめく様に呟いた。


「どうして……私を……殺そうとしたんだ……」


するとライヒは一言だけ、こう告げた。


「恨み、だと」


”恨み”

自分とは無縁だと考えていた言葉。不意にそれを向けられたカガリは激しく反発する。


「う、恨みだと!? そんなバカな!? 私は別にティモールに何も酷い事はして……!!」


と、そこまで言いかけてカガリはハッと気がついた。忘れかけていた過去が記憶に蘇る。思わずカガリは唇を噛んだ。


(……そうか……! ユウナの事か……!!)


オーブ五大氏族のひとつセイラン家の雄、ユウナ=ロマ=セイラン。前大戦でカガリを担ぎ、オーブの実権を握った男。しかし彼の野望もザフトのオーブ侵攻による頭首ウナトの死、そしてカガリのオーブ帰還で起きた軍のクーデターで脆くも潰える。


――ユウナ…私を本物と、オーブ連合首長国代表首長カガリ=ユラ=アスハと認めるか。

――ならばその権限において命ずる。将兵達よ、直ちにユウナ=ロマを国家反逆罪で逮捕、拘束せよ!


4年前のあの日、オーブがザフトに蹂躙される最中にカガリは帰ってきた。そして軍の指揮権を奪還するや否や、ユウナに一方的に国家反逆罪の汚名を着せ、あげくに兵達によるリンチまで加えたのだ。下士官達にいい様に殴ら続けるユウナの姿を、カガリは平然と座視していた。その後、連行されたユウナは戦火の中で行方不明――恐らく死亡したのだろう――となる。

それまでウナト、ユウナの両者はオーブの明日を背負うものとして、セイラン家一族全員の期待を一心に背負っていた。しかしその期待もザフトが侵攻してきたあの日に全て打ち砕かれる。その危機をカガリの機転をきかせた行動がオーブを救う事になったが、ユウナと同じ戦犯となったウナトの心情は複雑であったのだろう。


(……セイラン家の失政は明白であった。ウナト家も同罪であったがそれでも私を支えてここまでやってきたではないか。それでも5大氏族としての面子やセイラン家とのしがらみからは抜け出せなかったというのか…)


オーブどころか世界を傾かせかねないウナトのあまりにも行動に大きな失望を抱きながらも、自分の至らなさも痛感した。


「それでもティモールは……私と一緒に新しい世界を、新しいオーブを作ってくれると信じていたのに……」


だが消えたと考えていた禍根は、実は近臣の心中で息づいていたのだ。密かに、そして根深く。たまらずカガリは椅子に崩れる様に座り込み、大きくため息をついた。


「結局、私は……許されていなかったのか……」


信じたくない現実を前にしてカガリは力無くうな垂れる。そんな彼女をライヒは無言のまま冷たく見下ろしていた。


(これがこの世界に君臨する者の実態か…あまりにも優し過ぎる、そして愚か過ぎる。当時行った最善の行動を愚か者の愚行一つで悔やむなど)


前大戦でのユウナとカガリの衝突にカガリに非は無い。それどころかオーブを救った英雄的行動は世界的に称賛されているし本人も正しい行いだと自負すべきだがそれに馴染めない世界の支配者が今、ここにいる。



(こうも情に厚い者が闘争に打ち勝ち頂点に立つとはな。世界はそれだけ偉大な指導者を得たと言えるが、私にとっては非常に好都合だ。)


ライヒにはカガリという人物が手に取るように分かった。彼女は他人の事を全ての行動基準にするために、常に目先の私情に振り回され、最後には大局を見失ってしまう人間なのだと。迂闊に逆臣の一族の一人を傍で重用し、謀反の種を作ったのもそれ故だ。彼女は特に「敵」に対しての情が大きすぎる。これなら今回暗殺などしなくても良かったな。


「ご安心下さい、主席。既に手は打ってあります。我々治安警察の名に賭けて、二度と御身に危害の及ぶ様な不手際は致しません事を確約致します」


静かにライヒは一礼する。忠臣の見本であるがごとく。その彼にカガリは特に考えること無く後事を託す。落胆し、声を落としたまま。


「……解った。あとは宜しく頼む、ライヒ長官」

「拝命します、我らが主席」


リヴァイヴ同様に利用出来る、彼はこの時はっきりそう認識した。




――ソラがリヴァイブの基地で日々を過ごす様になって、既に五日。事態は動きつつあった。ようやく支援組織からソラの帰国手続きが完了したので、彼女を引き取りたいという連絡が入ったのだ。その旨が書かれた手紙をロマの自室に届けに来たのは、まだ幼さが抜けたばかりという風の青年であった。リヴァイブに入ってまだ1年の若年兵である。


「リーダー、これが例の件の返信です。なおこれのチェックはすでに済ましており、異常なしです」

「ありがとう。感謝するよ」

「いえ、これも仕事ですから」


組織の長に素直に感謝された青年は、素直に笑顔をほころばす。外部からリヴァイブへの連絡ルートは複数ある。幾重にも偽装された通信ネットワークを使ったり、仲介者を介した連絡要員からのものであったりと、その種類は多岐にわたる。

今回は後者を経由したものであった。こうした手紙や荷物はかならずリヴァイブ基地に着く前と、着いた後で入念なチェックをする手順となっている。担当のメンバー達がX線スキャン等にかけて”仕掛け”が無いか丹念に調べ、仕掛けがあった場合は処置をする。そしてその後に、ようやくロマの手に渡るのである。


「やっとソラさんの帰国手続きが完了したわけか。これで僕らもお姫様をお慰めする日々から解放されるよ」

「そういう事ですね」


ロマは支援組織を通してオーブの協力者と連絡を取り、そのルートを使ってソラを帰国させるつもりだったのだ。その準備が整うまでやややきもきさせられたが、これでやっと肩の荷が下りたかと、内心安堵する。

手元に届いた封筒を見てみると、それは片隅に南国模様をしつらえた航空郵便であった。時代を感じさせる古いプリンター文字で宛名がされている。ロマは表裏をざっと眺めると、ペーパーカッターで封を切り、さっそく中の手紙を取り出して読み始めた。だが文面を読み進めていくうちにその表情がにわかに曇る。


「どうかしましたか? リーダー。内容に何か問題でも」

「いや、なんでもないよ。なんでもない……」


そう言葉を濁しつつも、ロマは何か考え込むように手紙をじっと見つめていた。目の前で心配そうにしている青年を他所に。すると次の瞬間、不意にこう告げたのだった。


「ここに大尉とシン、コニールの3人を呼んで来てくれ。大至急だ」


――そして翌日早朝、ソラとコーニル、ロマの一行はリヴァイブ基地から出発した。




「……確かにここなんでしょーね、リーダー」

「手紙によると、ここだよ。……まあ見事に荒野のど真ん中だけどね」

「見事に何もないわねー。地平線の向こうまで一面砂と土だけ。まともな木一本生えてやしないわ」

「まあこの国はどこもこんな感じだけど……」


シープで走る事、数時間。コーカサス州中央部から南部にかけて広がる大平原地帯の一角。そこが今回の待ち合わせの場所なのだという。しかしようやくたどり着いた目的地は、なんと辺り一面全く何もない荒野の真っ只中だった。

コニールは背伸びをして周りを見回してみるが、付近には村や町はおろか一軒家の影すらない。近くに人が住んでいる気配は全くなかった。持ってきた地図やGPSも調べてみるが、確かにここは手紙で指示された座標――会合場所で間違ってはいない。

ロマが受け取った手紙には、ここでオーブにいる協力者から差し向けられた使者と落ち合い、彼らにソラを引き渡して連れ帰ってもらう、とあった。


「本当に大丈夫なの? リーダー」

「大丈夫……だと思う、たぶん……」


そう言うとロマは地図と手紙を見比べながら、黙りこんでしまう。コニールは横から彼の顔を覗いてみるが、仮面のせいでどうにも表情が読み辛い。ロマが何を考えているのかあれこれ詮索しても仕方無いので、今度はジープの後部座席にいるソラの様子を見てみる。シートにもたれかかって、ぼーっとしている。長時間砂利道で揺られた旅路がきつかったのだろうか、疲れた様子が見て取れた。


「大丈夫、ソラ? かなり強行軍だったから疲れたでしょ」

「……うん、平気です」

「ほら、水でも飲んで気持ち落ち着かせなさい。もうすぐ帰れるんだから」


そういうとコニールは、クーラーボックスに入れてあった水筒をソラに渡した。受け取ったソラはコップに水を注いで一気に飲み干す。


「ありがとう、コニールさん」

「どういたしまして」


今日は幸い風も強くなく好天に恵まれた。視界良好。太陽は天頂よりやや傾きつつあるが、その日差しは暑くも寒くも無かった。ジープの運転席に座りながらコニールは、ぼんやりと空を眺める。ゆっくりと雲が流れていた。


「……もう秋も終わりね。そろそろ冬も近いわ」

「え?まだ10月になったばかりですよ」

「ここは一応北国みたいなもんだからね。夏もそうだけど秋も短いのよ。冬ばっかりやたら長いから嫌になるわ」

「そうなんですか……」

「ま、秋はともかくこの国の夏なんてただ暑っ苦しいだけで、何の得もないんだけどね。その分オーブはいいわよねー。一年中暖かいし、夏は海があるから泳げるし、サーフィンもできるわよねー。あーあ、私も南国の海のある街にでも引っ越そうかなー」

「あ、でもここにもカスピ海とか大きい湖があるじゃないですか。それに海があるからっていい事ばかりじゃありませんよ。毎年台風が来ますし、沖合いにはサメもいますし」

「サメ?嘘ぉ?」

「本当ですよ。時々サーファーの人が食べられたとか新聞に出てます」

「……」


急にコニールは昔見た古い恐怖映画を思い出した。大きな人喰いザメが泳いでいる人を襲うという内容のもので、お陰でその夜寝れないくらい怖かったのを覚えている。


「……やっぱこの国でいいわ、私」


ゲンナリとなるコニールに、ソラはクスクスと笑った。そんなにこやかな二人の様子に、ロマは内心ホッと胸をなでおろす。


(やれやれ、コニールのおかげで助かったよ。ソラさんが滞在している間、彼女をどうやって一人にさせないか、本当に悩んだからなあ……)


荒くれ揃いのリヴァイブの男達がちょっかいを出す可能性から、脱走や自殺という最悪の事態まで、基地内でソラを一人にするリスクは実に大きかった。今までは傍らにはAIレイがいたが、その彼も仕事がある時は席を外さざるを得ず、その間どうしても一人になってしまう。下手に人をつければ逆効果にもなるし……と、ほとほと困り果てたロマに助け舟を出してくれたのがコニールだった。


――リーダー、ここにいる間あの子の世話は私が見るから。

――コニール。シンと一緒に彼女を連れてきた事を負い目にしてるなら、無理しなくてもいいんだよ。

――別にそんなのじゃないわ。大丈夫、私に任せて。


以来、コニールはソラと寝食を共にして来た。幸いソラもそんなコニールに心を開いてくれたようで、今では二人は友達のように話している。その懐の深さにロマもただ感心するしかない。


(だてに幼い頃から気難しい大人たちに囲まれて育ったわけじゃないって事か。その人付き合いの上手さは、僕には到底マネ出来ないよ)


結果オーライ。おかげでロマの心労もひとつ減ったのだが……。


「これさえなければ、もっと喜べたんだろうけどね」


手にあるのは昨日届いた一通の手紙。彼の元に送られてきた”依頼”の返信だ。一見すると普通の回答だったが読んだ瞬間、ロマは今までにない微かな違和感をそれに感じていた。それがずっと頭にこびり付いている。


(……叔父上。嫌な予感が当たらなければ良いが……)


約束の時間まであと一時間。そこでロマはこんな事もあろうかと、持ってきたある物の準備をする事にした。


「コニール、ちょっと手伝ってくれないか?」




薄暗いコックピットの中。どれほど時間が経っただろうか。シンは目を閉じてじっと待っていた。こういう時は誰もが軽い無駄口のひとつも叩くものなのだが、何故かシンはずっと黙り込んでいた。先ほどロマからの”万が一のために準備をするから”という連絡を受けた後も。


《何事も無く無事に終わるといいがな》


今、AIレイはコックピットの一システムとして機内にいる。これまでの長い沈黙に堪りかねたのか、それまで静かにしていたAIレイが話しかけてきた。


「……そうだな。どころで中尉は?」

《もう配置についている。保険は万全だ》

「そうか」

《ところでどうしたシン?先程から不機嫌な様だが》


するとその瞬間シンが怒鳴った。


「この状況下でどうやればご機嫌になれるのか、俺は知りたいね! サイの奴、『コックピット周りの防水処置が間に合わなかった』だって? それで許されるのかよ!?」


見れば足元の床に真新しい泥が付着している。実は――シンはモビルスーツごと”溺れかかった”のだ。今回、シンと中尉は不測の事態に備えるために、ソラの返還交渉に向かったロマ達の護衛として選ばれた。


――今日のソラ君の“迎え”に若干不審な点があるんだ。そこで君達には予想される危機に際して備えて欲しいんだよ。ちょっと嫌な予感がするんだよね。取り越し苦労だったらいいんだけど。


今朝のブリーフィングでのロマの言葉。そこでロマとコニールがソラと共に交渉現場に行き、シンと中尉が周囲から護衛するという案が採用された。それも相手を警戒させないために、それぞれモビルスーツに乗って、会合予定地点の付近に潜む、という作戦である。そこでシンは相手に気取られない様に、近くを流れる川を潜伏場所に選んだ。

ところがモビルスーツを川の中に沈めた途端、コックピットに座る自身の足元まで泥水で浸かってしまうという、思わぬ事態に直面する。なんと彼の愛機は防水加工が間に合っていなかったのだ。

慌ててモビルスーツを河からすぐに出したので、特に問題は起きなかったのだが、呆れるやら腹が立つやらこの上ない。結局、代わりに付近の丘の影にタコツボを掘り、カモフラージュシートをかけて潜んでいる。


《軟弱だな。多少水没した位で怒るなど、男らしくもない》


まるで他人事の様に言うAIレイにシンは苛立ちをぶつける。


「普通コクピットは“浸水”しねぇよ! 何処の世界にこんな新型があるんだ!?」

《新型、と言ってもレストアが殆どだからな。流石は整備班長サイ=アーガイル、パーツ同士の齟齬が殆ど無いのは正に職人芸。機体のことを心から愛するエンジニアの魂を見た気分だな》

「チッ。道理でサイの奴、俺にノーマルスーツを着せたがったわけだ……」


出てくる前にやけにしつこかった眼鏡の整備班長の顔を思い浮かべる。この場にいたら一発殴っていたかもしれない。


《ノーマルスーツは宇宙用だからな。当然、潜水服の代わりにもなる。そのスーツも闇市場の横流し品だとサイが言っていたぞ》

「ったく、濁った河の水の中で待ちぼうけ喰らう趣味はないぞ。頭まで水没してみろ。モニターまで泥水に浸かっちまって何も見えなくなるし、それどころか電装品も全部パーになって機体が動けなくなる」

《ああ、それなら大丈夫だ》

「?」

《サイが貴重な電子部品やシステムには、処置を施したと言っていたからな。当然俺も防水加工済だ》


コックピットシステムの一部としてセットされているAIレイにそう言われて、シンは思わず右拳を左の掌にパンッと叩きつけた。


「ケッ。俺は電装品以下の扱いかよ」


ふて腐れるシンに、ふと叩いた両腕が目に止まる。身を包むノーマルスーツの色。薄い紫とワインレッドの二色に塗り分けられたそれは、忘れようも無いザフトレッドの証。そして今はもう滅んだ国のシンボル。言いようの無い郷愁が蘇って来る。


「……もう4年になるんだな。この服を最後に着てから」

《そうだな》


4年前のあのメサイア攻防戦。あの戦いで一度シンの全ては終わった。あとは絶望に身を任せ、ただ死を待つばかりであった。だがデスティニーの残骸とともに宇宙を漂流していたところ、偶然アメノミハシラの輸送船に拾われ、九死に一生を得る。


「そういえば俺は地球に降りてからずっと今まで、一度もノーマルスーツには袖を通してなかったな。今更思い出したよ」

《歩兵として戦ってきた時はもちろん、モビルスーツに乗った時もそうだったな。意識していたのか?》

「……特に必要なかったから着なかっただけさ。ここは宇宙とは違う。空気も重力もある」

《それだけが理由なのか?シン》

「……いや……」


ふとシンは自分を振り返ってみる。もしかしたら無意識の内に忌避していたのかもしれないな、と。 前の大戦では、これと同じノーマルスーツに身を包み愛機インパルスを、そしてデスティニーを駆って全身全霊で戦った。だが最後はアスラン達に敗れ、守るべき祖国も居場所も仲間も、そして愛する人までも全て失う。その瞬間からザフトレッドはシンにとって敗北の過去であり、己が無力の証になった。今でもそれは心の奥底に深く刻み込まれている。辛い過去を思い出させるが故に。

だが一方でそんな想いすら冷静に見つめる事ができる自分がいた。


――地上にくるまではザフトを、プラントを滅ぼしたオーブへの復讐、なんて愚かな妄執に浸りもした。

――今でもあの四人への感情を整理しきれていない。きっと彼らが正しく自分が間違っているのだろう。


「……ひょっとすると、ここからが俺達の始まりなのかもしれないな」


偶然か因縁か。過去と現在が今、狭いコックピットの中で不可思議に交錯していた。



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