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古いびた部屋の中、男は待ちくたびれていた。それもひどく。
持ってきた煙草は残りあと二本。灰皿には三箱分の吸殻がうず高く積もっている。
換気扇は一応回っているが充満する灰色の霞をかき回すだけで、まるで用を足していない。ヤニのこびりついたコンポから流れるダニエル=パウターのアルバムはもう四周半回っていた。今なら全部の歌がそらで歌えるだろう、と思う。
男は待ちくたびれていた。
傷だらけの机の上には航空管制用の通信機がある。大戦前に買った中古品で、この部屋やコンポに比べればまだずっと新品のものだ。だが今ではヤニがべっとりと染み付いていて、まるで年季の入ったジャンク品同然の様相だった。
通信機は電源が入ったまま何も言わない。
ずっと男が待っているのは、そこからの”声”だった。
「いーかげんにしてくれよ……」
退屈紛れにくしゃくしゃになったラッキーストライクの箱を見ると、申し訳なさそうに最後の二本が覗いている。その一本を咥えて、男は古びたコンクリート製の部屋から外に出た。
ギラついた太陽の下には延々と伸びる滑走路。一面のアスファルトが陽光を照り返し、まばゆいばかりに光り輝いている。
うっとおしい。
遥か向こうに広がるのは果てのない砂と砂利だけの不毛の荒野。
見飽きた、風景だ。
「ったく、予定時間を三時間もオーバーだぞ……」
男のぼやきを聞く者は他にいない。例え大声で叫んでも、誰も気づかないだろう。大平原の真ん中にひっそりと作られた、小さな民間の農業空港。それが今、男のいる場所なのだから。
そして男のいた建物は管制塔であり、さっきまで彼がいた部屋は管制室だった。外観は掘っ立て小屋のように見えても、それらはここでは一応その名の通りの役目を果たしている。だが秋の収穫期を除けば、めったに人は立ち入らない。晩夏の今なら、この空港が人であふれ返るまであと一月以上は待たないと駄目だろう。
普段は廃墟の様にひっそりと静まり返っているこの無人の空港を使って、男は相棒とともにある仕事を請け負った。
仕事内容は、とある積荷の密輸。だがその荷を届けるはずの相棒は予定時刻を過ぎても一向に来る気配がない。予定ではこの空港に三時間前に到着する予定だったのだが。
「ジェフィー!あと30分して来なかったら、俺は先に帰っちまうぞ!クソ!」
悪態をついてみる。が、どうにもならない。仕方無しに煙草に火をつける。風に流れていく紫煙を眺めながら、今日は夜まで待つしかないか、と男は半ば諦め気味に思った。
ところがそれから二、三分後。ついに待ちに待っていたものが耳に聞こえてきた。
《ザザザ……、こちら『正直じいさん号』、プーシキン空港管制塔……応答せよ、ジジ……応答せ…ジジ…よ》
管制室の通信機から雑音にまぎれて呼びかける声が聞こえる。男は吸いかけの煙草を地面に吐き出し、管制室の中へ走っていった。そして通信機に向かって思いきり怒鳴り返した。
「オラ、ジェフィー!何時間待たせやがるんだ!この糞ったれが!!」
《すまねぇな、イワン!途中で乱気流に巻き込まれて、ちょっと手間取っちまった!》
男は再び外に出て周囲を見上げる。すると東の空の彼方から低く響いてくるエンジン音と共に、小さな機影が見えてきた。両翼には年代物の咆哮を上げる二機のプロペラ。レシプロ機、それも中型の旅客機だ。
風を切る薄いジェラルミン製の翼は所々凹み、塗装がはげ、照りつける陽光を不器用に照り返している。すでに骨董品の域すら超えたようなその機体は、現役最新鋭ジェット機にも負けじと重厚な唸りを上げ、ゆっくりとこちらに向かって飛んできた。
「あの野郎、やっと来やがった」
機体はこの滑走路を目指して、次第に速度を落としてくる。アプローチラインに乗り車輪を出し、地面すれすれまで徐々高度を下げ、そしてタッチダウン――難なく着地完了。三日間回り続けたプロペラもゆるゆると止まり、ようやく機体は滑走路の真ん中あたりで完全に停止したのだった。
帰りに奴に一杯奢らせよう。遅刻のペナルティだ。やっと到着した相棒のレシプロ機を眺めながら、男は最後の一本に火をつけ、美味そうにふかした。
赤道直下のオーブから地球を半周、およそ六十時間の長旅を経てレシプロ旅客機『正直じいさん号』はようやく東ユーラシア共和国、コーカサス州の大地に降り立った。男達の言う”積荷”――シン=アスカ一行とともに。
機内ではコニール=アルメタがシートベルトを外しながら、ひどく疲れきった顔でぼやいていた。
「はー。スリルとサスペンスってもんは実際に体感するもんじゃ無いわよねー。映画見る時だけで十分だわ」
途中で乱気流に巻き込まれて機体が振り回された時は、正直生きた心地がしなかったわ、と道中でのトラブルを思い出す。それは彼女自身、機体がバラバラになるのを半ば覚悟してしまう程だった。
嫌な思い出を振り払うように、コニールは首を軽く回す。小気味よい音が鳴った。さすがにいささか肩が凝ったのだろう。シートから立つとコニールは同乗してきた他の二人に眼を向けてみると、パートナーのシンはまだシートに座ってうとうと眠りこけている。
そして二人が連れてきた少女、ソラ=ヒダカはすっかり憔悴しきっていた。彼女の桜色の小さな唇から、空ろな呪詛が紡がれる。
「私……まだ生きてるんですよね……?」
エンジン音が止んで飛行機が完全に止まったのに、ソラはシートに深く座ったまま動けない。その息は絶え絶え、顔は真っ青。心の中の暗雲は到底晴れそうな様子がなかった。
《残念ながら事実だ。現実を見据える努力は時として有意義だ。……まあ、現状に於いて君は十分にその責務を果たしていると言って良い。誇って良いと思うぞ》
呆然とするソラに彼女の左腕にある腕時計“AIレイ”は、元気づけようとしてるのか皮肉なんだか分からない台詞を言う。
(まあ機体はボロだし道中大変だったし、こりゃ無理もないわね)
生死の境をさまよったともいいたげな彼女の様子に、コニールはこの機体を選んだことをちょっとだけ後悔した。
「おーい、目的地に着いたぞ~。とっとと降りて、残りの金払ってくれや。お客人」
そんな三人をのっそりコックピットから出てきた機長が急かしてくる。とっとと仕事から早く解放してくれ、といわんばかりに。
「ハイハイ、分かったわよ。ほらシン、着いたわよ。いつまでもモタモタしてられないんだから、さっさと行くよ」
「ん、分かった……」
コニールの声にシンは寝ぼけ眼で答える。大きな欠伸をひとつオマケにして。
「さ、ソラさんも降りて。ここからは陸路よ」
「は、はい」
戸惑いを隠せないままソラもそれに応じた。確かにいつまでもシートに座っているわけにもいかない。渋々というか仕方なく機体の出口から出てタラップを降りようとする。
と、その時、目に飛び込んできたその光景にソラは思わず息を呑んだ。
「わあ……っっ!?」
見渡す限りの荒野、荒野、荒野。そして生まれて初めて見る地平線。乾いた大地がどこまでも遠く広がっている。そこは一切が何も無い、果てのない大平原だった。
遥か彼方にうっすらと黒い山脈が連なり、ゆらゆらと揺れている。ああ、あれは蜃気楼なのだと、ぼんやりとソラは思った。
《陸の孤島という言葉があるが、ここは陸の大海原というべき所か。溺れないだけマシだな》
――絶句。
AIレイの言葉にようやくソラは、自分がどんな僻地に連れてこられたのかを理解した。
「やれやれ、やっとついたか。途中補給のために休憩を挟んだとはいえ、さすがに六十時間はきつかったな。次にチャーターする時はジェットにするか」
続いて降りてきたシンは軽くぼやきながら、背伸びをして凝り固まった体をほぐしている。さすがの彼もこの長旅は効いた様だ。それから少しして支払いを終えたコニールが、ようやく二人の所にやってきた。これで全員が揃った事になる。ここで一服を入れたい誰もが思う場面ではあろう。ところがAIレイは二人に休む間も与えず、矢継ぎ早に指示を出してきた。
《シン、何時までもボーッとしているな。一番疲れているのはソラだろう、お前がそんなザマでどうする。早く車を回してこい。コニールはとにかく一報を入れてこい。その間、彼女は俺が面倒を見る》
「OK、すぐ連絡してくるわ。シンは車をお願い。レイはこの娘を頼むわね」
《了解だ》
奇妙な腕時計にこき使われる二人が何となく滑稽だとソラは思った。
「やれやれ。ったく、人使いが荒い奴だな。少しは一服つかせろ……て、ちょっと待てレイ。お前、腕時計の癖にどうやってソラを見張るつもりなんだ?」
《何、問題はない。お前と違ってソラは聡明だからな。今更じたばたしてもどうにもならん事位は、とうに理解している。……なあ、ソラ?》
「……ええ、まあ」
そんなレイの言葉にソラは生返事で答えるが、今の彼女には聡明という言葉も軽い皮肉にしか聞こえない。しかしその一方でああ言えばこう言う腕時計の姿に、最近の機械は凄いなあ、と頓珍漢な考えも浮かぶ。実際、彼の見識の広さには舌を巻かされっぱなしで、今のソラにとっては最も頼れる存在になっていた。例えそれが“腕時計”であっても。
(腕時計に逆らえない私って一体……)
軽く自己嫌悪。とは思うもののここでの自分はその”腕時計”以上に無力なのだ。
大平原は四方どこもが所々に小さな枯れ立ち木が見えるだけで、乾燥しきった大地と石ころだけがどこまでも続いている。さらこの空港には、管制塔と名乗る粗末な小屋と数棟の小さな格納庫や倉庫を除いて、建物らしい物は他に何も無いようだった。
こんな遠い異国、しかも地上の果てのような僻地ではどうしようもなく、その現実は否定しようがない。
大人しくしているソラと太鼓判を押すAIレイに、シンは「分かった」と短く答えてコニールとともに管制塔に歩いていった。人気のない滑走路にはソラとAIレイだけがポツンと残される。
ところが少ししてソラはシン達が視界から消えたのを見計らうと、周囲をキョロキョロと見てみる。二人の他には誰もいない。そして辺りに人の気配が無いのを確認すると、彼女はおもむろにはAIレイに話しかけた。
「もう……いいわよね」
《好きにしろ。俺は気にしない》
するとソラは脱兎のごとく、傍の建物――格納庫に駆け込んでいく。彼女の眼には爛々と闘志が宿っていた。
(見てなさいよ……!警察の姿が見えたら一目散に駆け込んでやるんだから……!)
実はソラはまだ諦めていなかったのだ。静かにしてれば危害を加えられる恐れがない事は彼女にも分かっていたので、ずっと大人しくして逃げるチャンスを待っていたのだった。
(ここだって一応空港なんだから。きっと警官の一人や二人はいるはずよ。うん、絶対にいるはず!)
こみ上げてくる期待感を胸に秘め、ソラは官憲の姿を求めて空港中を全速力で走り回る。しかしそんなソラをAIレイは止めようともせずに、ただ冷ややかに見つめていた。何故ならそうさせるように吹き込んだのは、他でもない当の彼なのだから。
《警察がいたらすぐ駆け込めばいい。何、あの二人もソラを厄介払いしたがっているから見逃してくれる》と。
ところがAIレイは大事な事をソラに隠していた。そんなものはここにはいないのだという事を。実はまともな警察組織となんてものは、このコーカサス州という東ユーラシア共和国の外れの辺境では、ガルナハンなどの大きな街にしか存在しない。ましてこんな場末の民間空港では望むべくも無かった。
実は彼はこう考えていた。ソラを一時的に安心させるというのもあったが、それ以上にこのまま中途半端な期待を抱いたままだと、後々トラブルの元になる危険がある。そこでどうにもならない現実を見せて、その種を無くそうというわけだ。
――そして20分後。戻ってきたシンとコニールが眼にしたのは、格納庫の木陰で座り込んだソラの姿だった。汗ばんでひどく疲れきっている。そんな彼女に一体どうしたの?とコニールは尋ねるが、代わりにAIレイがそれに答えた。
《トイレを探していて、ちょっと迷っただけだ。なあソラ》
「は、はい……。……そ、そうです。それだけです……」
まさか警察官を探してあちこち彷徨ってました、などというわけにもいかない。はぁはぁと荒い息を継ぎながら、AIレイのいうままに合わせる。AIレイにとっては至極当然の、そして自分にとっては予想外の結末にガックリと落胆したソラは、今度こそ本当の意味で大人しくなってしまうのだった。
――空港を後にして二時間後。
荒野の中の道なき道をひた走るジープの後部座席では、ソラがすっかり熟睡している。いつ墜落するか分からない骨董レシプロ機での長旅の上に、さらに空港中を走り回ったのがよほど堪えたようだ。荒い砂利道でゴトゴトと揺れる車体は、丁度いいゆりかごなのだろう。
「目隠しする手間が省けたな」
ハンドルを握りながら軽口を叩くシンに、ソラの隣に座るコニールは言う。
「今はいいけど、アジト近くになったらやらないと。いつ目を覚ますか分からないし」
そんな彼女に「そうだな」と返しながら、シンはルームミラーに写るソラの寝顔を覗き見る。まだ幼さの残るあどけない表情で、ソラはすやすやと静かな寝息を立てている。今は亡き妹の面影が、シンの脳裏を一瞬だけかすめて行った。
東ユーラシア共和国コーカサス州南部にある大山脈地帯。
険しい山々の連なる渓谷地の一角にレジスタンス組織『リヴァイブ』のアジトがある。いや、それはアジトという生易しいものではなく、巨大な山をくり貫いて作られた大規模な地下基地だった。中にはモビルスーツ格納庫や地熱発電機など様々な施設が設置され、外からはただの山にしか見えないようにカモフラージュされている。ここは元々前大戦の折に旧地球連合によって建設された、通称”ローエングリンゲート”と呼ばれた陽電子砲要塞の跡地だ。この基地はザフトによって陥落させられたのだが、その時大きな働きをしたのが当時ミネルバ隊のエースだったシンであった。
しかしその後ここはプラントが接収する予定だったにも関わらず、プラントのオーブへの併合に伴う国家としての消滅や、戦後の混乱のさなかに忘れ去られ、完全に無人の廃墟となる。いくつかの主要な施設は生き残っていたにも関わらず。そこでこの荒れ城に目をつけ、拠点として再構築したのがリヴァイブなのであった。シンが今この基地にいるのも、皮肉な運命のめぐり合わせといえるかもしれない。
渓谷の小道や森林の獣道など、いくつもの隠しルートを通って、ようやくシン達一行はこの”我が家”に到着する。勝手口ともいうべき小さなトンネルを潜り抜けると、地下ホールのような広い空間に出た。この基地にある地下格納庫のひとつだ。いくつものトラックやジープ、装甲車が並んでいて、中には大型の戦車の姿もある。
その一角では男達が談笑していた。シンはジープを止めると、コニールはバンダナで目隠しをしたソラを連れて奥に向かう。そんな一行を男達が出迎えた。
「いよう!お帰りシン、コニール!今日の戦利品はそのカワイコちゃんか!!」
「そのつもりは無かったんだがな。俺のミスだ」
「アスハの首が取れなかったのは惜しかったな。まあ、あとで一杯やろうや。ついでに俺にもその子味見させろよ」
「うっさいわね!この子は大事なお客なんだから、手ェ出したら承知しないよ!!」
「へいへい、分かりました。踊り子さんには触りませんよってか」
物騒な物言いからのコニールの啖呵に男達の間から、ドっと下卑た笑いが湧き上がった。だがそんな騒々しさも今のソラの耳には届かない。せめてここがどういう所なのか肌で感じとろうしていたから。
人のざわめきとオイルの匂い。
周囲に広い空間を感じる。
取り立てて寒くも無く暑くも無い、程よい体感温度。
目が見えなくてもここが広い室内だと分かる。
かすかに感じる空気の流れはきっと空調なんだろう。
目隠しをされたソラはそう思った。でもそれだけ。それ以上は何も判らない。まるで自分が世界から切り取られたような感じがした。
《不安か?ソラ》
AIレイが胸の内を見透かしたように話しかけてくる。
「……うん」
見た事も無いセカイ。
聞いた事もないセカイ。
知らないセカイ。
そこにがっしり捕まって逃げられない自分。
辺りの喧騒より自分の心臓の鼓動の方が、やけに重く、響いた。
「もうそろそろいいか」
格納庫を抜け薄暗い地下の通路をしばらく進んでいった後、そう言ってシンはソラの目隠しを外す。ソラが周囲を見てみるとそこは狭い地下通路の一角だった。パイプが向き出しの低い天井や、コンクリートの壁が寒々しい。
「ここ……何処ですか?」
「俺達がアジトにしてる基地の中だ。今から俺達のリーダーに会いに行くところだ」
もっともこの基地全体が山の地下なので何処へ行ってもこんな感じなのだが、それはソラには教えない。さらに歩くと、オールドブラウンに染められた上品な木製ドアの部屋に行き当たる。コニールがノックする。
「リーダー、ただいま戻りましたー」
その部屋はドアノブは金色と、機能一辺倒の無骨な通路とはまるで雰囲気が違っている。漂う高級感は場違いな感じすらした。よく見ると連合時代の古ぼけたプレートには『司令官室』と書いてあるのが分かった。
「リーダー?入りますよー?」
コニールがもう一度声をかける。すると中から素っ頓狂な返事が返ってきた。
「ちょ、ちょっと待って!わっとっとっと……。うわわわわわ!!」
それと同時に室内の何かが崩れた音がする。溜まりかねたコニールがドアを開けると高級書斎を思わせる部屋の中で、分厚い本やら書類やらに埋もれた男性が倒れていた。
「何やってんの!リーダー!?」
「痛たたたた……。百科事典が後頭部を直撃だよ……」
パープルカラーの髪を上品に整えた頭をさすりながら、のろのろと男性は立ち上がる。
「ちょっとリーダー、だからいつも部屋の整理整頓ぐらいしなって、あれ程言ってるじゃない!」
「おいおい、大丈夫か?頭にコブでも出来てるんじゃないか?」
《ふうむ、我らがリーダーの最強の敵は戸棚の上の百科事典か。重いものは高い場所に置くなという警鐘か。参考になったな、ソラ》
「………………はあ」
そのリーダーと呼ばれた男は、実に奇妙な人物だった。中肉中背、ルックスも恐らくは悪くない感じで、服装はブランド物かオーダーメイド品のスーツとかなり身なりもいい。しかしソラは彼のある一点に強烈なインパクトを受ける。彼は”仮面”をつけていた。
「やあやあ、お帰りコニールにシン。……えっと、そちらのお嬢さん――わああ!?」
また仮面の男はすっ転んだ。今度は書類を踏んづけて滑ったらしい。
「何やってんだか……。ほらリーダー」
シンは呆れながらも彼に手を貸す。
「まったく子どもじゃないんだから……。片付けぐらいキチッとやりなさいよ、もう」
愚痴りながらコニールは床に散らばった書類の紙や本を適当に片付けている。
「いやいや、ごめんごめん」
そんな二人にリーダーという”仮面”の男は、しまりの無い顔で苦笑していた。レジスタンスの指導者というからには、ソラはもっと厳つい典型的な軍人をイメージしていたが、目の前にいる人物はそれとは全く逆さまだと思った。
どこかの大金持ちのドジなお坊ちゃんという印象と、顔の上半分を覆う”仮面”。サーカスにいるピエロの出来損ないと、軍隊という両極端な組み合わせ。どこか滑稽で、ひどくアンバランスな道化芝居を見ている感じだった。
「じゃ……。ただ今戻りました、リーダー」
片づけを終えたコニールが改めて敬礼する。やや遅れてシンもコニールと同じ様にした。そんな二人をリーダーは、にこやかに笑って労をねぎらう。
「やあ、コニールにシン、そしてレイも。改めてお帰り。三人とも無事で嬉しいよ。……それにそちらのお嬢さんも」
すると仮面の男はソラに向かって一歩進み出て、深々と頭を垂れた。
「お話は伺っています。ソラ=ヒダカさんですね? この度はこちらの不手際でご迷惑を掛けたとの事、誠に遺憾に感じております。私はこのレジスタンス組織『リヴァイブ』のリーダーをやっております、ロマ=ギリアムと申します」
圧力――というか、名乗らなければならない様な雰囲気に押され、ソラも名乗る。
「……ソラ=ヒダカです」
すらすらと謝辞の言葉を紡ぐその奇妙な仮面の男は、礼節については一応“板に付いている”風だった。そしてロマは警戒心を漂わせるソラに向かって、満面の笑みで朗々と述べる。
「ようこそ、ソラ=ヒダカさん。我々の組織“リヴァイブ”へ。貴女の意志でここに来たのでは無いにせよ、私ロマ=ギリアムは我が名において当地での貴女の安全は保証いたしましょう。――何故なら我らは、この地を守護するレジスタンス組織なのですから」
絵本の仮面舞踏会から抜け出てきたかの様な、大仰で芝居がかった台詞。しかしその言葉の意味を、ソラは全て理解することは出来なかった。彼等がテロリスト組織であることは知っていたから、尚更に。
「なんだ来てたのか。お帰り、シン」
整備士のサイ=アーガイルがそう言ったのは、シンがここに来てからだいぶ時間が経ってからだった。リヴァイブ基地内のモビルスーツ格納庫。この格納庫も前大戦を生き延びた施設の一つだ。奥にはモビルスーツが三機並んでいる。
「いたなら声をかけてくれてもよかったのに。気づかなかったよ」
「邪魔しちゃ悪いからそうしなかった。シゲトは?」
「倉庫に部品を取りに行かせたよ。そういやお前、オーブから女の子を一人さらって来たんだって?」
「誰に聞いた?シゲトか?」
「いや、その前にもう基地中の話題になってるよ。シンがカワイイ女の子を拉致してきたってさ」
「チッ」
「きっとシンの事だから何かの問題が起きて、その子を見捨てられなかったんだろう?で、仕方なく連れて来たと」
「……まあな」
「それでこれからどうするんだ?その子の事」
シンが今一番苦悩している事をずばりと言う。だがそれがサイの優しさだと、長年付き合っているシンには分かっていた。
「……何とかオーブに帰してやりたい。そう思ってる」
「でも現状ではそれは難しいだろな。解ってるんだろう?」
「……ああ」
「まあいいさ。あのリーダーの事だから大方シンと同じ事を考えてるよ。たぶん何か手を打つさ。その前にシンはお姫様の面倒を見なきゃな。リヴァイブは荒くれだらけだから、連中からちゃーんと守ってやれよ?」
「……解ってる」
「ところでさ、暇だったらコイツを手伝ってくれないか?まだ作業が終わるまで時間がかかるみたいなんだ」
そう言ってサイは、オイルで汚れた愛用の眼鏡を丁寧にタオルで拭きながら、横のモビルスーツデッキを見上げる。そこには内部機構が剥き出しになっている一機の鋼鉄の巨人が横たわっていた。まだ骨組みだけといった方が良いのかも知れない。装甲がちゃんとしている所もあれば、そうでない箇所もある。頭部パーツの“顔”に当たる部分は、未だに填め込まれていなかった。
「……これが俺の新しい機体か」
「まだ全部のパーツを組み合わせてないけど、明日の昼頃には完成するよ。あとシンの希望通り操作性はかなりピーキーに仕上げておいた。仕様書は後でちゃんと目を通しておいてくれよ。いきなり壊されたんじゃこっちの身が持たないからな」
「善処はするさ」
「こいつのベース機は前の大戦でのザフトの次期主力候補機シグナスだから、性能は問題ない。ただ機動性重視で軽量化したんで、装甲がちょっと薄いのが心配ってところかな。まあその分、シールドは特上品にしておいたよ。並みのビームライフルなら何発受けても平気だ」
「サンキュー、サイ」
シンは机の上にあった仕様書を手に取り、ぱらぱらとめくる。ふと、サイが作業の手を止めてモビルスーツを見上げる。
「しかし……作ってる俺がいうのも何だけど」
「?」
「本当にこいつは”有り合せ”だな。闇ルートから持ってきた横流しパーツでチューンUPしたから、当たり前だけどさ」
「そうだな」
よく見ればその機体は、あちこちが既存のモビルスーツの部位で組みあがっているのが分かった。下半身はザフト系だが上半身と肩は連合系、両腕はグフのものでスレイヤーウィップが装備されている。そして頭部に至ってはオーブ系モビルスーツの様だった。フッとシンは僅かに笑う。
「だが今の俺達にはお似合いさ。驕り高ぶった統一連合の連中に一撃喰らわしてやるにはな」
「確かに、俺達らしいや」
サイもつられて笑う。
「……だからこの機体の名前は塵(ダスト)なのか、シン」
「ああ」
オーブに向かう前に決めていた名前。愛機を見上げながら、シンは語気を強めてその名を呟いた。
「そうだ、こいつの名前はダスト。ダストガンダムだ」
――二人っきり。
今ソラはレジスタンス組織リヴァイブのリーダー、ロマ=ギリアムと二人きりであった。シンとコニールはすでに退室し、AIレイが傍らにいるだけ。二人に連れて来られた『司令官室』 というプレートの掲げてあった部屋。そこは”仮面の男”ロマ=ギリアムの自室なのであった。
ソファーにじっと座りながら、ソラは何気なく周囲を見回してみる。目の前の人物も場違いだと思ったが、この部屋もひどく場違いだと彼女は思った。レジスタンスという言葉からはかけ離れた上品な匂いがする、そんな印象。
壁にはいくつもの上品な絵画が飾っていて、辺りはアンティーク調の高級家具と奇麗な調度品の数々であふれていた。一番大きい額縁に入った油絵に、ふと忘れかけた記憶を掘り返してみる。
(あの一番大きい油絵って、美術の教科書で見たことあった気がする……。確かシャガールとか何とか……)
もっともそれがレプリカだったと知るのはずっと後のこと。そんな書斎とも応接間ともよく分からない部屋の中で、ロマ=ギリアムはソラに向かってとうとうと持論を独り語っていた。
「……我々“リヴァイブ”は、東ユーラシアはコーカサス州を中心に組織された義勇兵団です。まあ世間様では“テロリスト”などと言われていますがね。リヴァイブという組織名は“再生”を意味しており、私どもの理念である“平和な世界の再生”を端的に表したものなのですよ」
「……は、はあ……」
棚から来客用のカップを二つ取り出し、手際よく用意しながらロマは組織の自己紹介をする。ソラはただそれに適当に相槌をうっていた。
「ところでコーヒーと紅茶、どちらがお好みですか?それともココア?」
「……えっと、……コ、ココアでお願いします」
「はい、わかりました」
あまりロマの話は耳に入っていない。部屋のインテリアも気になったが、今はもっと気になるものがあったから。それは彼の”仮面”だ。ソラはただロマの”仮面”を見つめていた。
(普通じゃないよね……。仮面だよ?あんなもの普段からしている人なんて初めて見た。蒸れないのかな?あれ)
そんな視線にロマはふと気づく。
「この仮面が珍しいですか?お嬢さん」
いつの間にかじろじろ見ていたのかもしれない。ソラは慌てて目を伏せてしまう。
「す、すいません……」
「はは、そう構えずに。これはちょっと訳ありでしてね。このままで失礼しますよ。さあ、冷めないうちにどうぞ」
そういってテーブルの上にほのかな湯気を漂わせるカップが並べられる。
「どうも」と小さく頷くと、ソラは遠慮なくそれを手にとって飲んだ。チョコレート色の甘みが、凝り固まった心の緊張を解きほぐしてくれるのが分かる。とはいえ、やはりソラの顔は晴れない。当たり前だろう。たった一人見知った世界から連れ出され、風土も気候も違う場所に来てしまったら、途方に暮れるしかない。
――帰りたい。
落ち着いてくれば落ち着いてくる程、オーブへの望郷の想いがこみ上げてくる。するとロマはソラの向かいのソファーに座ると、彼女に静かに語りかけてきた。
「さて、Missヒダカ」
「は、はいっ!?なななな何ですか?」
突然”Missヒダカ”と呼ばれて、ソラはしどろもどろになってしまう。
「Missヒダカはこれからどうしたいですか?」
「あ、あの…、それって?」
「これから、ですよ。貴方はオーブに戻りたいですか?」
――オーブに戻れる。
その言葉を聞いたソラはすぐに飛びついた。
「は、はい!それはもちろん!……あの、私帰れるんですか?」
「すぐにというのは難しいでしょうが、努力は約束しますよ。今回の事は我々の落ち度なんですからね」
「ほ、本当ですか?」
「ええ、約束します。貴方をオーブにお返しする方法については、既に手を打ってあります。ただ時間が少々かかりますので、貴方にはここに一週間ほど滞在していただきます」
「……一週間ですか……?」
「すぐにお帰ししたいのは山々なのですが、然るべき筋と交渉する必要がありますので、その時間が我々には必要なのですよ」
「それが一週間」
「そういう事なのです。申し訳ない」
「……いえ……」
嬉しさ3割、がっかり3割、そして残りは不思議な違和感。とても紳士的で、奇妙なほど親切な仮面の男。それがレジスタンス、いやテロリストの指導者という像とどうにも噛み合わない。家に帰してくれるというのは凄く嬉しい。でも一方でそれは本当の事なんだろうか?と疑問にもソラは思った。実は彼は自分を安心させるために騙しているんじゃないだろうか?普段ならテロリストの約束なんて信用置けるはずはないのに。
(そうだ、この人たちはテロリストなんだ)
するとソラは思わずふっと湧いてきた疑問を口にしてしまう。
「あの…、一つ質問してもいいですか?」
「なんでしょうか?Missヒダカ」
「何で、テロなんてしてるんです?」
「…!」
ソラは言ってからしまったと思った。なんてバカなこと聞いてるんだろう私、と。これでは悪者になんで悪い事をするのですかと、聞くのと同じだ。ところが相対する仮面の男ことロマ=ギリアムは一瞬強張った様に見えたが特に怒る様子もなく、手を組んでクスクスと苦笑している。
「はは、これはなんとも手厳しいですね。……そうですね。ではそれに答えるために、まず一つ質問をしましょう」
そう言うとロマはついと指を立て、逆にソラに尋ねた。
「ラクス=クラインの目指す世界はどういう世界ですか?」
「え?それってどういう意味ですか?ラクス様の目指す世界?」
「そうです」
出来るだけラクスの言葉を正確に思い出そうとソラは考える。あの敬愛して止まない、平和の象徴ラクス=クラインの理想とは――。
ソラは十二分に考えて答えた。
「もちろん、みんなが幸せになれる世界です。……そうです、ラクス様はみんなが幸せになれるようにがんばってるんです!」
はっきりと声を強めて言う。しかしその直後、ソラは少しだけ後悔した。ラクスやカガリと敵対するテロリストの指導者なのだから、きっと自分達の演説や理想を長々と聞かされて、言い返されるに違いない。ヘタをすれば怒って殴られるかも。そうソラは覚悟する。ところが。
「なるほど。それはすばらしい世界ですね」
と、ロマはあっさり同意したのだ。しかも怒るどころかニコニコと笑っている。
(え?え?え?え?どういうこと?テロリストの人がラクス様を認めた?)
彼が一体何を考えているのか、ソラにはさっぱり理解できなかった。だったら何故、反逆行為なんてやっているのか。一見すると矛盾しているようにしか思えない。
「では、先ほどの質問にお答えしましょう。Missヒダカ」
するとロマは困惑する少女にまるで生徒に教え諭す先生の様に答えた。
「我々はですね。『みんなで』幸せになる世界を作ろうとしているんですよ」
あっけにとられる。その答えの意味がよく分からなかった。
――『みんなで』幸せになる……世界?
(……どういう事?それってラクス様の目指す世界と何が違うの?どういうこと?なんで?わけがわかんないよ。)
ラクス=クラインの理想と、今目の前にいる仮面をしたテロリストの指導者の言う理想。『みんなが幸せになれる世界』と『みんなで幸せになる世界』。一体どこが違うのか、話を聞いてもソラには全く分からない。
(……私って頭が悪かったのかなあ?それとも…この人が?)
頭の中でぐるぐると言葉がめぐっている感じで、いくら考えても答えは出てこなかった。
「ふふ、ちょっと理解しにくい言い方だったかもしれませんね」
ロマが悪戯っぽく笑う。
「では、こうしましょう。これは今度こうしてお会いする時までの宿題にしましょうか。考えてみてくださいね。 さて、とりあえず貴方の当座のお部屋にご案内いたしましょう。Missヒダカ」
颯爽と席を立った彼の”Miss”という呼び方が、ソラにはどうにもこそばゆい。
「……ソラでいいです」
「分かりました。ではソラさん、こちらへどうぞ。今日のところはゆっくりとお休み下さい」
《そうだな。行くか、ソラ》
それまで黙っていたAIレイに促されるように、ソラはロマに連れられて部屋を後にした。
シャワーがここ数日の間に体に染み付いた汗を流し去っていった。お湯が排水溝から流れていく。それは河につながり、海につながり、きっとオーブにも繋がっているのだろう。ふとソラは三日以上、風呂に入っていなかったのに気づいた。
「今頃みんな心配してるだろうなあ……。私がいなくなって。 シーちゃん、ハーちゃん、寮母さんや学校の先生、クラスのみんな……。会いたいなあ……」
熱いお湯で火照っていく体に反して、ソラの心は暗く冷えていく。何度も繰り返し思い出されるのは、大事な親友達との他愛無いお喋りや、学校での穏やかないつもの日々。
――朝、寮母さんに急かされて慌てて起きて、遅刻ギリギリで学校に飛び込む。眠たくなる授業をクリアしたら、放課後はなじみの喫茶店でアルバイト。夜は寝るまで友達とお喋りをして――
ずっと変わらないと思っていたそんな日常が、今は果てしなく遠かった。
帰りたい、帰りたい。でも――帰れない。
どうしようもない絶望感と故郷への想いが止め処も無く溢れてくる。涙と共に。
「うっうっうっ……。~~っ!!」
止まらない。
嗚咽が止まらない。
だが泣きじゃくるソラの声もシャワーの音にかき消されて、誰とも知られずに流れていった。
「今回の作戦は、まあ失敗だけど、大失敗じゃなかったよ」
《しかしこれからどうするつもりだ?リーダー》
一方、浴室前の薄暗い廊下でロマとAIレイはソラが出てくるのを待っていた。リヴァイブ基地では個室に浴室はついていない。だが男女別に分かれた大浴室で汗を流す事ができる。案内している途中、ソラがシャワーを浴びたいと言って来たので、ロマは許可したのだった。とはいうものの、彼女一人をほおっておくわけにもいかないので、かの喋る腕時計を預かった上で、ソラが事を終えるまでこうして待っている事にする。もっとも理由はそれだけではないのだが。ロマは続ける。
「すでにオーブにいる協力者を通して速やかに帰す手筈になってるよ。今連絡をつけている所だ」
《随分と手際が早いな、リーダー。コニールの一報を受けてからすぐに動いたな?》
「そりゃそうさ。出来ることがあれば、すぐに動く――リーダーたる者、かくあるべし……てね。統一連合にこれ以上僕等へのネガティブキャンペーンの材料を与える気は無いし、それに以上に彼女は作戦上での不安要素にもなりかねない。早めに手を打っておくに越した事は無いさ」
《なるほど。だがそれをわざわざ俺だけにいう理由は何だ?リーダー》
AIレイは兼ねてから持っていた疑問をロマにぶつける。案内をさせるならコニールあたりにさせればいいのに、わざわざそれを買って出た上で、仕事そっちのけでこうして待っている。組織の指導者たるもの、女性の風呂上りを待つほど暇人でもないだろう。むしろこうして二人になる機会を伺っていたのではないか、と彼は考えていた。ソラに入浴を許可したのもそれを作るためだろう、と。するとロマは「君には敵わないな」と前置きして話し始めた。
「レイ、君にだけは話しておかないと思ったからさ。まず君はソラさんのそばに一番いるだろうから、あの子を上手くなだめて欲しいんだ。もちろん真相は秘密にしておいてね。その為に君にある程度見通しを話しておく必要があったんだ。それにシンの事もあるしね」
《シン?アイツがどうかしたのか?》
「今回の件で一番責任を感じてるのはシンだろう。何とかオーブに帰さなきゃってね。だからあの子のために少々の無茶も平気でやってしまうかもしれない」
《確かに。あいつは昔から突っ走る癖があるからな》
「でもその焦りがかえってシン自身はおろか、ソラさんまでも追い込んでしまう恐れがある。だから君にはこの件が片付くまで上手く二人の手綱を握って欲しいんだ」
《なるほどな。了解、理解した》
「彼は優しいからね」
ふうとため息をついてロマは壁に背を持たれかける。
「しかし……」
《どうした?》
「僕らの業は深いと思わないか?いくら気高い理想を掲げても、常にああやって無関係な人を危険に巻き込んでしまう。時には傷つけたり、殺したりまでして。一体どれだけの恨みや憎しみを買っているんだろうね……」
《だがその業を自覚してるだけでも、リーダーはまだマシだ。世の中には無自覚はおろか、むしろ理想で他人を踏みつけても当然と思っている奴等もいる。今、俺達が戦っている相手はそういう奴らだ》
「そうだねえ。……まったく今度の手筈が上手く行くよう、本当に祈らずにはいられないよ。僕は」
そう言ってロマは何もない天井の中空を見上げ、もう一度ため息をついた。
――しかしその頃、彼の希望とは裏腹に、地球の裏側では状況が一変していた。
「『――また、貴殿に見せたい光景がある。東ユーアシアの片田舎でお土産を用意して待つ――』ね。暗号でも何でもない電文。こういう方が見逃される……そう思ってたんですか?」
狐目の男は電文がしたためられた一枚の紙を手に、そう老人に言い渡す。追い詰められた老人は苦虫を潰した様な顔で、睨み返すしか術はなかった。
オロファト市から離れた閑静な森の中に、一軒の大邸宅。そこはオーブの中でも有数の名家の屋敷だった。それもその性を聞けばオーブ国民であれば、誰もが聞き覚えのあるの程の。
その家の当主には先日、コーカサスから電文が届けられていた。一見するとどこにでもある普通の電文。しかしその宛名は偽名であり、偽アドレスからのものであった。なぜならそれは、ロマ=ギリアムが送ったものだったから。
「最近の治安警察とやらは、礼儀というものを知らぬ野蛮人か! それは儂の古い友人からの便りなだけじゃ!」
目の前の老人が顔を真っ赤にして怒鳴る。その様子を面白そうに見ながら、狐目の男はにこやかに笑いつつ言う。
「その古い友人とやらの話を是非お聞きしたいですね。専門の方にお任せしてありますので、そちらでごゆるりとお願いします」
男がそういうと厳しい顔をした黒服の男達が室内に入って来た。その中の屈強な二人組が無言で、しかし強引に老人を抱え上げる。
「は、放せ貴様等!おのれ、若造がっ!!くそ!どいつもこいつも儂を馬鹿にしおる!放せぇぇ!」
そう言いながら、老人は連れ出されていく。その様子をみながら、狐目の男は呆れた顔を見せた。まるでこの愚かな老人への、せめてもの手向けの様に。
彼を連れ出していった狐目の男は、治安警察省長官ゲルハルト=ライヒ。
そして老人の名はティモール=ロア=セイラン。オーブ五大氏族のひとつ、セイラン家を先日まで治めていた元当主である。
ロマもシンも、そしてソラもまだこの事実を知るすべは無い。
着実に「悪」の芽は摘み取られようとしていた。
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