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☆第六幕:戦いの拠り所、飛鳥対鳳仙花
コーカサス州で最も豪華なパーティーを行いたいのであれば、シェリー=マドリガルは必ずそのパーティーのスタッフとして必要であろう。
何故なら、彼女の所有する幾多の茶葉は、それぞれが各地の最上級品として珍重されるに相応しいものばかりだからである。茶葉が優れているならば、その茶を淹れる為の道具も一級品。当然の事ながら茶の淹れ手であるシェリーの技量も一流の技。重箱の隅をつつけば、紅茶に入れる砂糖とクリームと牛乳に至るまで一等級なのである。そんなシェリーがお茶を淹れるならば、例えそれがどんな場所であってもその場が最高のお茶会の場となるのは自明であろう。例えそれが、訓練終了直後のスレイプニールのブリーフィングルームであろうとも。
「相変わらずの事ながら、シェリーの紅茶って手が凝(こ)っているわよね。」
そう言うのはスレイプニールの旧紅組3人衆のリーダー、シホ=ハーネンフース。ちなみに、シホには最高級の紅茶の違いを理解する為の最高級の味覚が無い為、シェリーの渾身の一服であろうとも”それなりにおいしい紅茶”にしか感じられないので、内心ではそこまで高級な紅茶を出してもらうのには抵抗感がある。
しかし、そんな事を口にしようものならシェリーの『秘伝マドリガル家一子相伝の紅茶術』に関する数多のご高説の嵐に巻き込まれる事は理解しているので、それを言う事は無い。
「当然ですわ。『秘伝マドリガル家一子相伝の紅茶術』を甘く見てもらっては困りますわ。」
えっへんと自信満々に喋(しゃべ)るシェリー=マドリガル。その技術をもう少し高級な人々の為に生かそうとすれば、それはそれで十分生計を立てれそうなものなのだが。
「やっぱりシェリーの紅茶はおいしいね~。はい、おかわり~!あっ、砂糖大盛りで!」
と、早々に一服を飲み干して次の一服をねだるのは旧紅組3人衆最後の一人、ユーコ=ゲーベルである。無駄に間延びした口調といい、砂糖大盛りという発想といい、良くも悪くも子供っぽい印象の強いユーコだが、これでも旧ZAFT軍内では有望株だったというのだから、意外と分からない人格である。
「ユーコ、紅茶はそのようにがぶ飲みするようなものではありません。それと、ミルクや砂糖は人の趣味に合わせて適時入れるものですが、砂糖を大盛りなどとしては紅茶本来の甘みが砂糖に殺されて逆においしくなくなってしまいますわ。」
「いいよ~。だって、別に紅茶ほんら―――――ガモガモガモ………」
『本来の甘さなんて別に感じないから。』などという暴言を吐きそうになったユーコの口に手近にあったナプキンを押し込んで言動を制止するのはシホ。その暴言の代償が何十分の説教になるかを知る者としては当然の判断である。
「んっ?ユーコ、何か言いまして?」
「別に何もユーコは言ってないわ!さっ、おかわりとっとと作って!ついでに私の分も!」
「まあ、そうですわね。では、砂糖は少し多めに入れておきますわ。砂糖はあくまでも、紅茶本来の甘みを引き立てるためのものですから。」
そういって適切な量の砂糖を入れて紅茶の2杯目をユーコとシホの手前に置くシェリー。2杯目ながら鼻をそそる匂いである。
「それにしても、隊長も良かったね~。何だかんだいってもシグナスを使わせてもらえてね。」
と、言ったのはユーコ。戦場ですら場違いな不思議空間を作り出すこの『エースof空気読めない子byスレイプニール組』であるが、今回の発言は珍しく(珍しい時点で旧紅組として大問題な気もするが。)真面目なものであった。
「まあ、リヴァイブの人達に遠慮してもらったから。」
とのシホの発言には若干の誤りがあるであろう。数の少なくなったモビルスーツの利用についてはシホ以下スレイプニールの旧紅組3人衆とリヴァイブのシンと尉官3人のリヴァイブチームのパイロット同士で決めた結果なのである。
とりあえず、まずはリヴァイブチームの対ジュール隊戦後の機動兵器の状況である。
とりあえずユーコ機とシェリー機はそのままだが、問題はモビルスーツ組5人の機体であった。
まず、最大戦力であるシンのダストを少尉のスクラップシグナスなどを流用して完全復活させる事となったが、それでも射撃戦を担当していた為に機体自体のダメージは薄かった中尉機とダストの修理で実質解体された大尉機のパーツで復活したシホ機の2機が残ってしまった。残った4人はいずれも優秀なパイロットであり、誰がシグナスを任されても良い、つまり誰でもシグナスを取れるという難しい状況となってしまったのだ。
ところが、この難しい状況は切り出されるなりすぐに解決してしまった。中尉と少尉が揃って辞退したのである。まず、中尉の意図はこうである。
「私の本分は砲撃戦ですからね。代わりの砲さえあればフライルでも十分なくらいですよ。」
そして、少尉の意図はこの通りである。
「大尉に機体が回らなきゃモビルスーツ戦を指揮できる人間がいなくなるだろ?それに、エゼキエル隊を最も良く生かすには俺と組むより、長年一緒のシホが指揮した方がいいに決まってる。機体の右半身蒸発させちまうような俺の機体は、中尉じゃないがそれこそフライルかエゼキエルで十分さ。」
こうして、残ったシグナス2機は大尉とシホの手に渡る事になったのだ。
「でも、これで再びあの敵部隊に攻めてこられても安心ですわね。隊長も同じ相手に二度と不覚は取りませんわ。」
ユーコと同じようにシホに機体が回ってきた事を喜ぶシェリー。しかし。
「いいえ、勝てない。私には、絶対。」
その正の雰囲気はシホの深刻な返答によって一瞬で負の世界へと反転してしまったのであった。
「隊長?まさか。」
「え~、隊長が勝てないなんてないよ~。そんな暗い事言わない~。」
シホの悲観論を払拭しようとするユーコとシェリーの2人だかシホは。
「いいえ、無理よ。私に、彼を倒すなんて。」
「彼?隊長の知り合いなの?」
シホは頷く。
「旧ZAFT軍ジュール隊々長イザーク=ジュール………聞いた事はあるでしょ?」
2人が息を呑む。
「イザーク=ジュールと言われたら、あの元プラント最高評議会議員ロザリア=ジュール女史の一人息子にして世界でも十指に入るモビルスーツパイロット、そして隊長の―――――」
「そうよ、シェリー。私の、直属の、上官、だった人、よ。」
その一言は、とてもゆっくりと途切れ途切れに発音された。2人が異様な発音の為、シホを見やるがシホは顔を俯(うつむ)けているのでどういう状況かもわからない。
「第一次汎地球圏大戦のパナマ攻略戦の後、ジュール隊長はラウ=ル=クルーゼ隊長の指揮下から外れて、一つの部隊を持つ隊長になった。カーペンタリアに配属されたジュール隊の第一期生、その一人が私よ。あの人とは以来、メサイア攻防戦以降に袂を分かつまで同じ部隊にいたわ。」
「でも奇遇だよね~。嬉しい事じゃないけれど、昔の隊長と敵同士とはいっても会えるなんてさ~。」
「そうとは知りませんでしたわ。ですが隊長、これはある意味では好機ですわ。2年以上同じ部隊にいたのでしたら、相手の得意とするところも弱点も分かっていらっしゃるでしょ?そうでしたら、普通の敵などよりも―――――」
「できない!」
シホの一喝、2人は口を閉ざす。
「見ているから、見ているからこそ分かるのよ。戦いのスタイルも、普段の性格も、鋭い一閃の太刀筋さえ、おかっぱの髪の毛一本さえね!最初に敵としてまみえた時は、何も分からなかった。一太刀に斬り捨てようとして、気付いたら後ろを取られていた。
何とか対艦刀でその一撃を受け止めた時、私はYJの奇妙なイニシャル(ジュールが英語圏の苗字なので本来ならば英語圏で独語圏のイザークを訳すならIsaac即ちアイザックとなるはずなのだが、この名前はどういう成り行きか独語圏の読み方を英語圏の音で無理矢理に直訳したようなYzakという不思議なスペリングとなっている。ちなみに英語圏っぽくイザークを普通にスペリングするとしたらおそらくはIzzerkみたいなスペルになると予想される。あのスペリングで英語圏っぽく読もうとするとイゼークみたいな音になるだろう。)を理解した。後は、どうしようも………どうしようも、なかった。………」
その独白に何の批判ができるであろう。シホの想いを考えれば、それを否定する事が果たしてできるだろうか。しかし。
「そしてお涙頂戴か?全く、それに付き合わされる俺達はいい迷惑だな。」
ここに一人、何の躊躇も無くシホを批判し否定する者がいた。
「お前は~!確かリヴァイブの―――――」
「シン=アスカ、ですわね?」
ユーコの問いをちょん切ったシェリーの問いにシンは皮肉げな顔をして頷く。
「ああ。覚えていただいてくれて光栄だね。」
「いつからこの話を聞いておられましたか?」
「この猿も食わない道化芝居か?お宅らのリーダーが戦わない内に早々と弱音を吐き始めた頃からずっと聞いていたさ。俺はただブリーフィングルームに忘れ物を取りに来ただけだけど、敵を倒す最前線に立つパイロットがこの様じゃさすがに問題ありと思って、しょうがないから話に加わっただけさ。」
「お前~、ナマイキな事ばっか―――――」
シンの皮肉を一通り聞き終えたシェリーはシンの発言に逆上したユーコを片腕で抑えると、内心の怒りを表に極力出さないようにしながら冷静に丁重にシンに話しかけた。
「そうですか。ではアスカさん。あなたの話を聞くからにはあなたはこの話の大部分を聞いておられた事になります。
でしたら尚の事、どうして隊長に向かってあのような暴言を吐けたのか、説明をお願いしたいですわ。人の話からそのあらましを理解する程度の『おつむ』はあなたにもおありでしょう?
隊長がその敵部隊の指揮官に対して特別な思い入れがあり、そしてそれ以上に実力の差を認識して悔しさに拳(こぶし)を握っている最中(さなか)、あなたはそれを『お涙頂戴』そして『いい迷惑』と言われた。そのような話が好きでなければとっとと忘れ物を取ってこの場から去ればよろしい。
それに一々、忍耐の欠けた子供のように小言一つ流す事ができずに屁理屈を並べて人の傷口に塩を塗りたくる。それとも、あなたには隊長の複雑な心境も分からぬ機械の頭脳しか持ち合わせがおありではないのですか。」
シェリーの怒りに一週間以上漬けておいたような丁重でこそあれ平常ではない強烈な質問に対してもシンは。
「そんな事は知らないね。俺達は兵隊だ。敵を倒し殺す事が仕事だ。敵を殺して味方を守る事、それができない兵隊なんて無意味を通り越して無駄ですらなく害毒でしかない。
そして、この女はあろう事か昔の隊長と戦う事になっただけで動揺して、ぼろ負けして、懲りない事に半殺しにされかけた今でさえその隊長の事が吹っ切れずにトラウマを自分自身に上塗りしている。
結局、この女が中途半端な戦いをした結果、俺達の仲間にたくさんの犠牲者が出た。心臓が止まってしまっても、葬式どころか埋葬される事さえ無く、数日近く蠅やウジに集(たか)られて、ようやく故郷でもない名も無い平地に埋められる。それだけの犠牲を払った事を忘れて、自分の妄念に縋(すが)り付く。俺はそこが気に食わない。」
「自分を棚に上げた批判ですわね。リヴァイブの他の方からお聞きした話ですが、あなたも随分と自分勝手な行動をされているとの事ですが。
そもそも、確かに隊長が動揺されたのは紛れもない事実ではありますが、それだけで隊長だけを批判されるのは筋違いですわ。あなたのおっしゃられる”結果主義”でいうのでしたら、あなたも含めた私達機動部隊のパイロット全員に責任がある事になりますわ。」
「ああそうさ。不甲斐無い事に、俺はあのインパルスの出来損ないを一機も仕留める事ができなかった。そもそも仕留めきれないんだったら、あの旧式のバクゥを一匹でも多く殺しておくべきだった。
あんたの言う通り、それは俺も含めた皆の責任だ。だがな、だからこそ、次に会った時には殺してやるぐらいの意気込みは持つべきなはずだ。それなのにこの女は、未だにこの様だ。それが一番気に食わない。大体、イザーク=ジュールだって?メサイア攻防戦でプラントを裏切ってクラインにくっ付いてかつての仲間を撃ち殺した裏切り者の蝙蝠(こうもり)だろ?裏切り者に情でもあるなんて、実はできてた―――――」
「自粛なさい!いいですかシン=アスカ、これ以上そのような暴言ばかり吐くようでしたら私としても―――――」
シンの暴言に堪えかねたシェリーが強引に論を遮(さえぎ)って最後通牒を出そうとしたその時である。ガツン。と、テーブルを叩き付ける激震がブリーフィングルーム全体に響いた。3人が音源の方角を見ると、そこには両拳をテーブルに叩き付けた状態で立ち上がったシホが涙で潤んでいてもなお怒りを隠し得ない瞳をシンに向けていた。
「私の部隊を、そして隊長を侮辱する事は許さない!確かに私と隊長は今では袂を分かった敵同士だけど、メサイア攻防戦までは同じZAFT軍の一部隊で一緒だった!あの人に対して怒りも含めた複雑な感情はあるけれども、だからといって私は何も知らないあんたなんかに隊長を蝙蝠(こうもり)だなどと侮辱させる事は許さない!」
「フン!えらく有難い仲間意識だな。」
「『有難い仲間意識』!喧嘩でも売っているのかしら!そもそも、”仲間”がどうのこうのなんて、よりにもよってグラディス隊の生き残りになんか言われたくないわね!」
シンの目が皮肉じみた嘲笑の視線から一瞬にして剣呑なものに変わる。
「なに!………」
「言葉通りの意味よ!分からないの?ZAFT軍最精鋭部隊グラディス隊のエースだったあんただけど、戦歴を見る限りはあんたの戦闘はただのワンマンプレイ!あんたは自分が前線に立って、他の人間がフォローするっていう役割分担に感じていたかもしれないけれど、傍(はた)から見たらブレーキの利かない暴走車とそれで事故が起こらないように周囲に神経を配る警察部隊並みの頓珍漢よ!
そもそもグラディス隊にしたって仲間なんて概念皆無じゃない!最精鋭部隊なんて煽(おだ)てられていたけれども、その実態は適当にモビルスーツを出撃させて死んじゃったらそれで終わり、生き残ったら一通り褒めてまた出撃させるだけの戦術性のかけらもない間抜けなやり方!
あんた分かってる?実はあんたの部隊ではあんたとアスラン=ザラとあの赤と白以外のパイロットは配属された矢先に戦死しているのよ!(ショーン、ゲイル、ハイネ、以下グラディス隊の一話パイロット達。)はっ!お笑い草ね!これじゃあアスラン=ザラが逃げ出すのも分かるって―――――」
次の瞬間、シンの右手はシホの襟元を握り潰すように掴んでシホをブリーフィングルームの壁に叩き付けた。シンの瞳には本来の真紅の色合いに比べて憤怒(ふんぬ)の業火(ごうか)が燃え盛っている。
「それ以上何も言うな………!」
「何ですって?あんたも薄々気付いていたって事?それなら話は早いじゃない!あんたに仲間の何たるかを言われる筋合い―――――」
「黙れ!」
バキッ。シンの左拳がシホの右頬脇を紙一重ですり抜けて壁に叩き付けられる。シンの拳も耐え切れずに皮膚が裂けて壁に血の一筋を作る。
「俺の事をどうこう言うのは許そう。確かに、俺は仲間の何たるかも分かっていない青二才だった。今だってその要素が抜け切っていない。そのせいで、たくさんの仲間を失った事も事実だ。エースだエースだと煽て上げられてその実、何も周囲が見れていなかった。俺はあんたの言う通りの存在だ。その事実は甘んじて受けるさ。
だがな!俺はともかくとしても、ミネルヴァ(グラディス隊の旗艦。)のみんなを侮辱するような真似は、この俺が許さない!ミネルヴァのみんなは、あんたの言うような冷血漢じゃない!みんながみんな、互いを考えていた素晴らしいチームだった!
確かに結果として失った仲間はいただろう!けど、それをまるでチェスの駒のように消えた瞬間から無かったものとして考えるような下種(げす)な思考をした奴なんて一人もいない!ショーンとゲイルの時も、ハイネの時も、メイリンの時だってな!
あんたが何を思おうと勝手だが、その侮辱に満ち溢れた讒言(ざんげん)をこの世界にばらまく真似を、俺は許す事ができない!」
しばらく続く一触即発の緊張感。たがいにとっての譲れぬもの、それに相手が触れてしまった事で、また相手のそれに触れた事を知った事で、両者は怒りを収めるわけにも、怒りをぶつけるわけにもいかなくなってしまったのだ。発散も収束もままならない怒りの鎮め先。それを提供したのは何とも意外な人物であった。
「2人とも~、もう充分に言いたい事は言えたかな~?」
この緊迫した空気の中でこんな間の抜けた台詞が言える輩(やから)、もはやいうまでも無い事だが敢えて説明しよう。『エースof空気読めない子byスレイプニール組』ユーコ=ゲーベル。
しかし、今のユーコは普段のユーコとは少しばかり雰囲気が違っていた。互いに集中し過ぎていて周囲の面々への注意が薄れていたシンとシホの2人は、ユーコの発言にまるで明後日の方向からの野球ボールの被害に遭ったような衝撃を受ける。そのおかげか、両者の緊迫した雰囲気は見る間に薄くなっていく。
「ユ………ユーコ………言いたい事って………」
「言いたい事?………お………俺は、まあ、言えたかな………ミネルヴァのみんなを侮辱して欲しくないって事は頭の悪そうなあんたにも理解できただろ。」
「『頭の悪そうな』は余計だよ~。ボクはこれでも頭が良いんだよ~。」
無駄に間延びした口調で『頭が良いんだよ』と言われても説得力皆無だと思ったのはシン、シホ、シェリーの3人。もっとも、先程の緊迫した空気をその普段の天然っぷりを以て”意図的に”収めたのだとしたら間違いなくユーコは諸葛武侯並の軍師系人間である。否、性質(たち)の悪さでいうならばロケット団は仮面のジェシス並であろう。
「2人ともさ~、思うところがあったんだよね~。シンだって一緒に背中を合わせる仲間が弱腰じゃ不安だったんでしょ~?だからさぁ~、隊長に棘のある発破をかけてあげたんだよね~。シンって優しいね~。」
にこやかな天然ぶったユーコの顔を視野の真正面にぶつけられて、シンは気恥かしさから慌てて顔をそむける。
「べ、別に俺はあんたが思うような人間じゃないさ。ただ、負け犬根性の付いたあの女、じゃなくてその、シホ隊長?………にシグナスを使われるぐらいだったら中尉や少尉に譲った方がまだましだと思っただけさ。さっきもそう言っただろ?あんたってやっぱ、その、言いにくいんだけど、頭悪い。………と思うよ。」
「え~っ!?ひどいよシン~!ボクは頭が良いってさっきも言ったのにぃ~!」
恥ずかしいのか刺々しい発言をするように終始努力するシンであったが、いかんせん口調からも雰囲気からも毒気が抜けてきているのは一目瞭然である。
「で隊長は~、そのジュール隊長にと~っても思い入れがあるんだよね~?」
で、今度はシホにユーコのにこやかな天然表情がぶつけられる。セリフとも相まってシホは赤くなりながら弁明する。
「だ、誰が思い入れがあるのよ!馬鹿!私はただ、ただその………一時期一緒の部隊にいた人だから、それなりに人なりとかも知っているし、それを誰も知らない人が批判するのは、いくら敵とはいっても、そのまあ公共良俗に反するというか何というか………」
「やっぱりさぁ~、隊長も優しいよね~。『おかっぱの髪の毛一本』ぐらいしか知らない人の為にそこまで怒れるなんて、やっぱすごいよぉ~。」
シホの顔が赤くなっていくのが止まった。当然である。一瞬で顔全体が真っ赤になってしまったのであるからこれ以上より赤くなれるはずがない。
「ちょっと!?!ユーコ!?!あんたその話を一体どこから!?!」
「隊長が少し前に言っていたよ~。ねぇ~、シン、シェリー。」
「え………ええ、そうですわね。」
「ああ………」
「ああんっ!私のバカバカバカ!!!!」
両拳で自分の頭をポカポカ叩いているシホとそれをにこやかに見守っている下手人ユーコを見比べてシンがユーコに抱いた感想。
(なるほど。確かにあんたは頭良いよ。………性格えげつないけどな。)
そんな心の呟きをシンが囁(ささや)いている中でユーコは話を続けた。
「じゃあもういいよね。2人ともお互いに深いところにあるものは分かったんだし、雨降って地固まるだよ。」
「まあ、そうね。………何だかすごくユーコに弄(もてあそ)ばれた感があるのだけが不愉快だけど。」
「つまり、ずっと騙され続けてたって事だろ?」
何とも忌わしげな視線を交わし合う2人。一方で。
「ところでユーコ。あなた実は天然でも何でもないのではないので?」
とのシェリーの問いに。
「爪を隠しているから良い鷹は獲物を捕まえられて、獲物を捕まえすぎるから犬は鍋に入れられちゃうんだよ~、シェリー。」
と、ユーコは返すのであった。
シンとシホの対立。そして和解。同じ戦場を飛ぶ2人の和解は今後の戦闘において大きな得点となるであろう。そして、今後の戦闘は実はもうすぐ傍にまで近付いていたのである。
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