仮想第25話:ガルナハンの春(中編):第八幕A

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☆第八幕:違和感の始まり



この違和感の発端は何だったのか。違和感とは即ちレジスタンス連合のスタンスの転換である。当初のレジスタンス連合はコーカサス州全域の制圧こそすれども、東ユーラシア共和国や統一連合との明確な対立路線は打ち出していなかった。

共存を前提に据えるギリアム率いるコーカサス閥主導のレジスタンス連合であればそれは当然の話であり、その前提に立てば武力を誇るようなガルナハン市街へのダガーコンシューマの配置など当然あり得ないのである。

だが、それが崩れた。それが違和感の正体である。ならば何故。答えはごく単純である。コーカサス閥の指導者であったロマ=ギリアムがガルナハンを離れていたのである。



「モスクワに行こうと思う。」


 ギリアムの話は常に唐突である。レジスタンス連合の指導者達の集まる定例のガルナハン市庁舎の合同会議の席上でのギリアムの発言に、いつものように質問が付く。


「相変わらず唐突ですな。ですが、モスクワへ行くとは余り唐突に言うべきものではない。モスクワは東ユーラシアの本拠地。

大方、交渉の為と向こう側が切り出してきたのでしょうが、向こうの意図は明白だ。レジスタンス指導部を根こそぎモスクワへと誘ってそれを一網打尽、そして混乱したレジスタンス連合を難無く制圧する。見え透いた罠。乗るわけには行きますまい。」


「そうですね。私も罠の可能性は高いと思います。」


 と、ギリアムは一旦はレジスタンスリーダーの言葉を認める。


「ですが、この好機を逃してはこのコーカサス独立圏を維持する事が非常な困難となる事が予想されます。」


 反論を認めつつも更に畳み掛けるようにギリアムは続ける。


「コーカサス独立圏が事実上封鎖されているのは皆さんご存知のとおりです。豊富な電力を獲得したとはいえ、外部との交流無しに生活が維持できるほどコーカサス州は万物には恵まれていません。

特に食料プラントが無い為、食糧事情の逼迫は火急の課題です。今までは東ユーラシア共和国側を封鎖されても南の汎ムスリム会議側からのルートが使えた為に何とか持ちこたえてはいましたが、今回ほぼ完璧な独立圏を獲得してしまったが為に汎ムスリム会議からも脅威と認識されてしまい両国国境を完全に封鎖されてしまいました。

これを解消するには停戦協定レベルでも良いですから東ユーラシア共和国からの承認が必要です。現状が東ユーラシア共和国の許容範囲内にあると世界にアピールできれば、汎ムスリム会議もこのCE時代初の地域国家に恐れを抱く必要は無くなり、国境線の封鎖を解くはずです。


 今までの交渉は双方が双方の最低要求に反目してしまっていた為に余り実のある成果は得られませんでした。ですが、ここへ来てカレロヴィチ氏より『モスクワの上層部を説得できれば旧ユダヤ自治州レベルの自治権ならば譲与できる。』との言質を取りました。

無論、カレロヴィチ氏は全権代表といっても内務省の課長クラスであり、彼の言質があるからといって全てが万事上手くいくという確証は到底ありませんし、そもそも前提条件であるモスクワ指導部の説得も容易には達せられないでしょう。

ですが、今までの交渉の経緯から推察するにカレロヴィチ氏に東ユーラシア共和国政府が与えた最低条件は我々の最低要求を完全に否定するものであり、東ユーラシア共和国との平和的解決を目指し加えて我々の最低要求を達する為にはどちらにせよ東ユーラシア共和国の基本姿勢の軌道修正は必要なのです。


 幸いな事に、カレロヴィチ氏以下の東ユーラシア共和国当局はモスクワでの交渉を全権委任代表一人だけで十分としています。交渉を成功させたいのならこれは当然の結論ですが、この提案は即ち当局側がこの提案を囮にしたレジスタンス連合指導部の捕縛作戦を行う気が無いという事の証左でもあります。万が一、そのような事になってもレジスタンス指導部のごく一部が逮捕されるだけで大勢に影響は及ぼさない。


 ですので、ここでこの会議に提案したい。私、ロマ=ギリアムをレジスタンス連合の全権委任代表として承認し、モスクワへの出向を認めていただきたい。平和裏にこの独立圏を維持する最善の方法だと、私は信じています。」


 ギリアムの提案は危険な賭けである。一指導者に過ぎないとはいえ、ギリアムもまたレジスタンス連合の中核であり、彼が一時的にせよガルナハンから離れる事はそれだけでリヴァイブを中心とするコーカサス閥の衰弱に直結し、レジスタンス連合内の和平機運の衰退にまで繋がる事になる。

だが、それをしなければ今度は延々とギリアムとカレロヴィチは無価値な交渉を続ける事になり、進展の無い和平交渉の為に、これまた和平機運は頓挫する事になる。結局のところ、平和的解決を望むギリアム以下のコーカサス閥としてはギリアムの提案には乗らざるを得ない、むしろこの渡りに船の好機を逃すわけにはいかなかった。

そうなると懸念されるのは残り2派閥、ローゼンクロイツを中核とする薔薇十字閥とその他地方勢力の集合体である他地域勢力閥の動きである。が。


「ギリアム氏の提案を歓迎する。我々ローゼンクロイツとしてもギリアム氏のモスクワ入り以外に和平交渉の進展を望める可能性は無いと考えている。また、これが東ユーラシア共和国が真にこのコーカサス独立圏との共存を望んでいるのか、それともいずれ倒すべき敵国として見ているのかを判別する最大の機会となるであろう。」


 あっさりとローゼンクロイツ以下の薔薇十字閥はギリアムの提案に乗ったのだ。彼らにしてみればコーカサス独立圏という最大の反抗拠点を失う事は惜しいが、このコーカサス独立が承認される事で東ユーラシア共和国に更なる亀裂が入るのであれば不本意ながら妥協できるといった読みがあるのであろう。そして何より、レジスタンス連合内部における主導権争いの宿敵であったギリアムがモスクワへと消える事でようやく自分達の勢力を奪還できると皮算を立てていたのである。


「一地方レジスタンスの立場から言わせてもらえば、我々もギリアム氏の提案に賛成する。早期の和平締結がなれば我々も地元へ戻れるというものだ。交渉の成功を祈るばかりだ。」


 他地域勢力閥もギリアムの提案に賛同の意を示した。彼らにとっては最早このコーカサス州から一刻も早く離れて本拠地に帰る事が至上命題となっている。ならば、この時を好機とばかりに他のレジスタンスを自己の勢力下に再編しようと暗躍するローゼンクロイツなどよりもギリアムに賛成の意を示すのは当然である。


 総意を取れたと判断したギリアムは最後に確認を取る。


「では、私がモスクワ入りして全権委任として交渉を行う事でよろしいですか?」


 賛成の意図は拍手によってギリアムに伝えられた。多くの裏の意図と共に。それを知りつつもギリアムは承認を得られた事に安堵し決意する。


(僕がここで交渉を纏め上げれば、全ては丸く収まる。ローゼンクロイツの連中が裏で何を考えていようと、全てはそれで決着だ。)




 レジスタンス連合の指導者達との会議を終えたギリアムは市庁舎のリヴァイブに割り当てられた一室へと戻っていた。傍らには秘書役となっているセンセイも一緒である。


「裏で何を考えているかは別として、ローゼンクロイツも他地域のレジスタンスも僕のモスクワ入りを支持してくれたよ。やっぱり、セーヴァ君は若いね。これが代表のペッテンコーファーやニコライ翁だったらこうも上手くはいかないさ。」


 心なしか浮かれた口ぶりでギリアムはセンセイに言う。よくよく考えてみれば、成功確率の低い交渉とはいえ、ローゼンクロイツが交渉の全権を、それも自らの監視の目の行き届かないモスクワでの交渉における全権を反目しているはずのリヴァイブの指導者たるギリアムに渡すというのはかなりありがたい事なのである。

ガルナハンにおけるローゼンクロイツ代表セーヴァ=ラーヴロヴィチ=スタニスラフは所詮モスクワでの交渉が成功するなどとは露(つゆ)とも思っておらず、むしろコーカサス州の最大戦略要地であるガルナハンでの発言権の拡大の好機と見て取ったのであろうが、あいにくその読みは相手の無策を期待する非常に脆い読みであるとギリアムは考えていた。


 一度講和が成立すれば、レジスタンス連合の中で徹底抗戦を望む勢力は皆無となる。コーカサス閥、他地域勢力閥は当然の事、薔薇十字閥の中でも直参の勢力以外は本拠地への帰還に動くはずである。そうなれば、せっかく結集したはずのレジスタンスが解散してしまう。

レジスタンス連合を自らの兵力にしたいと望むローゼンクロイツならばギリアムの提案は多少の分の悪い交換条件を提示してでも断固阻止しなければならない提案だったのだ。それを易々(やすやす)とガルナハンという餌に食い付いて手放してしまったセーヴァは大局を見ているようで本質が見えていない、ギリアムからしてみれば『若い』相手であった。


「まあ、かく言う僕も人の事を『若い』なんて見下せる人間じゃないけどね。」


 と言いつつギリアムは苦笑する。この時ギリアムは余り思い出したくない事柄ではあるが、5年前のオーブとZAFT軍との戦闘の事を回想していたのだ。



 あの頃のギリアム、否ユウナは経済秘密結社ロゴスの中核メンバーの一人ロード・ジブリールを密かにオーブに匿(かくま)う事を許可し、その後にどこからか事の概要を知ったプラント最高評議会議長ギルバート=デュランダルからの身柄引き渡し要請を『当方、全く素知らぬ事。』と言って一笑に付してしまい、その翌日にグラディス隊を筆頭とするZAFT軍精鋭部隊の猛攻撃をオーブ本国に受けるという最悪の結果を招いてしまったのである。


 当時のユウナは大西洋連邦から逃れてきたロゴスの有力者ジブリールに戦略的価値を見ていた。この男を上手く利用すれば、ロゴス資本と称される何十兆アード(Ear,D:Earth Dollarの略称。CE世界の基軸通貨。)もの膨大な資金をオーブの為に利用できる。そのメリットを考えれば、プラント側の脅迫など跳ね除けても十分にお釣りが来る。

そもそも、プラントはジブリールの行方について明確な確証を持っているわけではない。若干、怪しかったから兵を差し向けながら脅迫した程度であり、向こうも確証も無い事柄の為に不義の戦争を起こすはずなど無いと考えていた。

それだけに、デュランダルが最後通牒の期限が切れるや否や、海上封鎖や領空封鎖を飛び越えて『世界の敵ロゴスを匿った人類の敵』と唐突に弾劾してZAFT軍によるオーブ本国攻略に乗り出した時にはユウナは自分の読みが裏切られて狼狽したものである。


 あの時のユウナには分からなかったが、今のギリアムには理解ができる。最高評議会議長就任以来の対話路線のせいで兵を好まない性分と考えられていたが、デュランダルは本質的には歴史上に幾人も登場する老獪な政治家の一人だったのである。自らの最終目標の為にありとあらゆる手段を行使する。


ユリウスセブン核攻撃への報復として同盟国も含めた世界中にニュートロン邪魔ーをばら撒いてしまった過去が未だ世界の記憶に鮮明に残っている内は元議長パトリック=ザラを否定するように地球圏との対話を表明。

旧ザラ派残党による大規模テロ事件『ブレイクザワールド』を発端とする地球連合との開戦後も中立国に対して平謝りに近い謝罪を連発すると共に他勢力からの要請が無ければ戦線を拡大しない消極戦争のスタンスを確立。


こうして中立国や友好国の警戒心を解いていった後、ロゴス過激派最大の失策とも言える西ユーラシアのデストロイ壊滅事件を機に、旧地球連合中枢部に深く食い込んでいたロゴスの存在をメディアを最大限に利用して暴露。

旧地球連合諸国が軒並みロゴス批判による内部崩壊に揺れている機会を好機として全戦線で反撃を開始し、シーゲル=クラインとパトリック=ザラの両議長でさえ成し遂げられなかった地球圏のほぼ完全な親プラント化を一時的ながら成し遂げる。


 この時点で大西洋連邦はロゴス崩壊のダメージの為に一時無力化し、第二の強国であったユーラシア連邦は二度の汎地球圏大戦における際限の無い戦災によって崩壊し、最後のプラント理事国である東アジア共和国も飛ぶ鳥落とす勢いのプラントに対して消極的忠誠を誓うまでに至っており、地球上でプラントに明確な対抗意思を示せる存在はオーブ連合首長国とスカンジナビア王国の2カ国だけとなっていた。

加えて、オーブ指導部はロゴスメンバーを囲いロゴス資本獲得の意思を見せており、更にはプラントへの強大な影響力を持つ歌姫ラクス=クラインと最強の兵士キラ=ヤマトさえその国土に据え置いている。

非侵攻を国是とするオーブとはいえ、前回の第一次汎地球圏大戦ではクライン派と合流したとはいえ、宇宙へ逃れた僅(わず)かな兵力のみでZAFT軍最終防衛拠点ヤキンドゥーエ基地を陥落させ、事実上のプラント最高評議会の入れ替えによる終戦を誘導した事を考えればこの国の潜在的な脅威度がデュランダル以下のプラント指導者達にとって少なからぬものであった事は容易に想像が付く。

加えて何者にも服属しないという絶対中立、その絶対中立を守る為に最大限の努力をするという重武装、この2つの国是も考えればデュランダルにとってオーブが滅ぼすに値する危険性を有していた事は理解に易(やす)い。

おまけに世界中が敵と認識してしまったロゴス指導者ジブリールを匿っているといえば、最早攻略してくれと言っているようなものである。何十兆アードという大金に目が眩み、デュランダルの内心を理解する事を怠ったユウナの完璧な過失であった。



 自分の理解したい利害だけを計算して、自分の希望する結果だけを算出する。過去の自分に現在のセーヴァを重ねて憐憫(れんびん)を覚えると共に、自分の対立相手がかつての自分程度の浅はかさである事に安堵する。

裏を返せば、この5年の間にギリアムはそれだけ成長したという事であり、ギリアムとセーヴァとの間には5年分の経験と知識の断崖が横たわっているという事でもあった。


「それに、彼の事を『若い』なんて言うには、まずは交渉を成功させなくちゃならないね。失敗したら、それこそ僕の無能を予想した彼の方に軍配が上がってしまうよ。」


「そうですね。ですがリーダー、勝算はあるんですか?今までの交渉を見ている限り、東ユーラシア政府がそれほど大きな妥協をしてくれるようには思えませんが。」


 相槌を打ちつつも交渉の成否に疑問を呈するセンセイ。センセイはギリアムとカレロヴィチの交渉の傍らで各種資料を纏(まと)めていた為、大まかながら交渉の今までの流れを掴んでいたのだ。それだけに、今後の交渉について一抹の不安を覚えていたのだが、ギリアムは仮面を被った状態でも分かるぐらいににやっと笑った。


「東ユーラシア共和国はカレロヴィチ氏をここに派遣した時点では今までの交渉で浮かび上がってきた程度のレベルしかこちらの要求を通す気が無いのは事実です。だから、政府の指定に忠実に対応したカレロヴィチ氏との交渉は全然進まなかった。でも、政府を説得できれば更なる譲歩を引き出す事が可能です。向こうにコーカサス州の安定が齎(もたら)す権益を説明できれば、更なる譲歩も獲得できるでしょう。それに………」


「それに?」


「この交渉には僕の2つのラッキージンクスが被っていますからね。」


「ラッキージンクス?それは一体?」


「モスクワとセンセイです。」


「???」


 センセイ、今度こそ目を大きく開けて呆(ほう)けたようにギリアムを見つめる。モスクワと自分、一体何をどうすればこれがジンクスになるのかセンセイには理解できない。

まあモスクワという都市だけなら昔ギリアムに何かしらの因縁があってギリアムにとっての幸運の都市となったと予想できるかもしれないが、センセイ自身が『ラッキージンクス』な理由は到底分からない。そんなに自分が『ラッキー』な代物なのだったら今日から毎晩ギリアムに抱かれてやれば良いのだろうか。好きか嫌いかの問題以前としてやはり元砂時計の住人として非合理的極まるその発想にはなかなか頷けない。

否、待て。フォーチュンタウンモスクワと掛けて女のセンセイと解く、その答えは。


「リーダー、口説(くど)き文句ではないですよね?」


「???」


 今度はギリアムが目を大きく開けて呆けたようにセンセイを見つめ、ているかどうかは仮面のせいで分からないが、さっきのセンセイのように身体全体から理由分かりませんオーラが放出されている事だけは分かる。

そりゃそうである。『ラッキージンクス』と掛けて『モスクワとセンセイ』と解かれて、その答えが『口説き文句』では頭のネジが10本ぐらい抜けているか10本ぐらい余計に頭蓋骨に突き刺さってでもしない限り理解できない。

幸いな事にギリアムの頭からは葉っぱが数枚抜けていたり、余計な物がぶっ刺さっていたりはしないのでこの奇妙な落語が腑に落ちる事は無かったのだが、事がここに至って何と至って普通の思考なはずのギリアムとセンセイの両者の会話が明後日の方向へ向かうという奇妙奇天烈な事態が発生してしまったのである。しばらく四方に『?』マークをプロヴィデンスのドラグーンが如くばら撒く2人。が、さすがに?ドラグーンの一斉射撃を撃ったところで相互理解の1%もできるわけではないので双方何とか話を切り出す。


「「………あの。」」


 見事に音が協和する。何故こう場を変えたい時に限って無駄にフェルミ粒子のような協調が生まれるのであろうか。さて、こういう何とも不可思議な状態。意外とどちらもこういう不思議空間には強そうだが、どうやら不思議空間を作り出す人間が不思議空間に耐性があるというのは絶対の法則ではないようである。


「あの、リーダー?」


 先に沈黙を破ったのはセンセイ。『女は強い』などと見当違いな命題に内心納得しているギリアムを差し置いて続ける。


「私とモスクワが『ラッキージンクス』というのはどういう意味でしょうか??」


 当然な質問にとても意外な認識を持ちながらギリアムは答える。


「ええ。センセイとモスクワといえば、僕にとっては多分一生で2番目のラッキーですよ。何せ、コーカサスの夜明けの幹部一斉摘発から奇跡的に助かったんですからね。」


「あっ。」


 ようやくセンセイもこの『ラッキージンクス』の意味に思い至ったようであった。



「オーブを出てから今に至るまで、この仮面型の視力矯正装置の調整は全部センセイにやってもらっていますからね。特に、環境の悪いこのコーカサス州まで一緒に来てもらった事には感謝してもし足りません。ですが、敢えて最大の幸運を上げるなら、やはりセンセイの唯一の誤診ですね。」


「誤診?」


「はい。『コーカサスの夜明け』の規模が大きくなってきて、そろそろ一斉蜂起に移ろうとしていた時期に、突然僕の仮面の調子がとても悪くなりました。

知ってのとおり、僕の視力は最早完全な盲目ではないっていうレベルです。仮面を外したら何も見えないのは当然として、仮面の調整が少しでもずれるとそれだけで視野がほぼ0になってしまう。仮面の調子が悪くなった僕は壁に手を付けていないとトイレにも行けない状況だった。

普段はセンセイに診てもらえば再調整して終わりでしたけれども、あの時ばかりはセンセイもお手上げでモスクワのその分野の専門医に診てもらわなければ視野は二度と開けないと匙を投げてしまった。結局、蜂起までの間は僕がスタッフ系の人間だったせいもあって仕事も手持ち無沙汰だったからセンセイと一緒にモスクワへ行き、そこで専門の治療を受ける事に決定した。僕がそれだけ必要とされていた事は今でも嬉しいです。

でも、モスクワへ来た時にテレビに移っていたのは、燃え上がるリーダーの家だった。幹部クラスは僕を残して全滅。コーカサスの夜明けは壊滅しました。あの時、仮面の調子が悪くなっていなければ、今頃は僕もあの人達と一緒に冥府を旅する事になっていたでしょうね。不幸中の幸いといったところでしょうか。

幸運と一言で片付けてしまっても良いのでしょうが、僕はそれでもセンセイとあのモスクワという土地が僕を祝福してくれたと思っています。そのお陰で僕はリヴァイブという組織を結成する事ができ、遂にはコーカサス州の独立を勝ち取る一歩手前までやって来た。ここでもう一度、センセイとモスクワに祈りたい。僕に幸運を授けて欲しいとね。」


 そう言い終えるとギリアムはセンセイに改めて向かい直ってから力強く言った。


「センセイ。僕に幸運を授けてくれますか?」


 まるで神に頼むような台詞。神扱いされた側はいい迷惑である。しかし、これも一種の儀礼。ギリアムの内心、奈落の穴に架かる薄氷で作られた平行棒を片足跳びで進むような感触、それを少しでも和らげる為の形式的な儀式。そんな事はセンセイも百も承知である。であるから、例えそれがどれだけ馬鹿げていても答えるべきは一つであるはずであり。


「………ええ。ロマ=ギリアム。いいえ、ユウナ=ロマ=セイラン。私は、私にできるやり方で、あなたを保護します。」


 それだけに、本来最もギリアムが望んでいるはずの答えとは少しベクトルのずれた答えを返してくるセンセイに対してギリアムは何とも言えない違和感を感じるのであった。違和感の正体は何か。ギリアムにはそれは分からないし分かる必要も無い。何故なら、いずれギリアムも知る事になることだから。



 こうしてガルナハンの春へとまた一歩と世界は近付いていく。ガルナハンが火の海に呑まれるまで、それほど時間は残っていない。






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