証言記録3

ページ名:証言記録3

 

 

セイレーン

 

出現日時: 2058年8月2█日   ゴコクエリアにて出現。

 

インタビュー対象: 麗麗 職業不明

インタビュー場所: 台湾 台北市

インタビュー日時207█年6月██日

 

 

台湾の首都、台北市のある公園の中にあるベンチに腰をかけ、静かな空気に浸りながら図鑑を読みふけっていた。というのも約束通りの時間を過ぎても待ち合わせの相手が中々やって来ないからだ。約束を破棄されたか騙されたか、それとも何かがあったのか。何れにせよ相手が相手である事もあって、心の中に宿る警戒は確固たるものとなった。  相手は未だに職業も、年齢すらも分からない人物だ。どう考えても何かしらの事情を背負っているに違いない。

今回のインタビュー対象である麗麗とは…最盛期のジャパリパークでも何回か出くわしたが、彼女の素性が明らかになる事は無かった。今回の話で、その片鱗も少しは明らかになるのだろうか。それとも、単にふざけられて終わるのか。

 

 

让你久等了〜っ

 

 

そんな呑気な女性の声が背後、それも耳元から聞こえて来て思わず体が跳ね上がったのは待ち始めてから34分も経とうかと言う時だった。大遅刻だ、あるいはこちらが時間を間違えてしまったのかもしれない。だが後ろから覗き込んでくる反省の色が無い顔が、こちらに非がないことをまざまざと伝えて居た。

 

 

そんな顔しちゃイヤアルよ、ほら!肉まん食って力パワー出すネ。

 

 

どうやら考えが顔に出てしまっていたようで、彼女は不満タラタラの馬を宥めるかのような、戯けた顔付きで何処からか肉まんを取り出してこちらに寄せて来た。あの時の彼女の遊んでいるような挙動には、正直に言ってしまえば苛立ちを覚えていたが、彼女の手製であるという肉まんの匂いは未だに印象に残っている。その手グセの悪い行動を指摘する度、ああいった賄賂に食べ物を押し付けかけられたがあの匂いからだけは、彼女が丹精込めて作り上げた事が良く分かった。

 

 

ふふ、昔あった時よりかなり良い男になってるアルよ?彼女が居なけりゃソッコー搔っ攫ってたネ。

 

 

肉まんを渡してさっさと座った小柄な女性…麗麗は、そのふざけた態度を崩さずにそう言って来た。姿も服装も昔とほとんど変わって居ない。流石に身長は幾分か大きくなってはいるが、久々に見ても麗麗と分かる見た目をしていた。

 

 

ふふ、訳ありで日本へ行くにあたってジャパリパークにも寄ったケド、めっちゃ大好きな場所だったアル。全部がこまめで、きれいで、思いやりが行き届いてて…何よりけものとヒトがが珍しいくらいに調和してたネ。職員もフレンズたちに優しいし。

あのまんまジャパリパークに引っ越しちゃおうか迷ったのを思い出すアルよ。

 

けれど、アナタたちは捨てた、あの楽しい場所を。

フレンズたちさえも捨ててしまった。

 

 

楽しそうな何時もの調子から一転して、静かな声で麗麗は深々と、過去の失敗を突きつける様に言い放った。その声を聞いて、辞意していた感情が思わず固まるのを感じた。「往生際が悪いマナー違反の常習者」の声とは思えない、深い落ち着きを感じさせる声が、頭の中で回っていく。

 

 

……残念です。しかし、あんな物が現れてしまっては。仕方がありません。

 

そうじゃない。そうじゃないって。何で分からないアル?

アレは…どうして再び出てきたのか、なんでヒトを襲ったのか。そんな物が分かるわけないって?

わからないなら分からないなりに最善尽くせば良かったのに。他の奴らもサンドスターばかりに注目してたから、啀み合ってばっかりいたから…

……何で最初から、手を取り合えなかったアル。

 

 

溜まっていたものを吐き出すかのように、彼女は一通り吐き捨てた。

何かの怒り、悲しみ、後悔が入り混じったような重々しい声。人と言うのはここまで声が変わるものなのかと、普段の麗麗との差を実感し、これから話されるであろう体験談に備え、気を引き締める。

 

 

…あはは、ゴメン。ワタシの口出しすることじゃなかったアルね。

今はもう過ぎた話アル。そんなんでもいいなら、取って置きの話をしてやるヨ。

 

 

こちらがただただ静かに頷くと、彼女もそれに応えるようにして話を始めてくれた。

 

 

じゃあ、肉まん食べながらでいいから聞いてくヨロシ。ワタシがあの人魚と出会ったのは確か、まだパークが閉まる前の楽しい時期だったアル。昔はワタシもヤンチャしててさ、フレンズに会いたくて色んなとこ駆けずり回ってたんだ。もうね、ガイドさんの話なんか聞いてるよりフレンズと遊んでる方がよっぽど楽しかったのを覚えてるヨ。ゴコクエリアのナリモン水族館(注1)でシャチにナンパされたり、ミチアトの近くで████を食ってるアノマロカリスを目撃したり、フレンズってのは見ていて飽きなかったヨ(注2)。

 

(とても懐かしい昔話を語る様に、ゆっくりとした声で続ける)

 

あの時も丁度ゴコクエリアの深い森の中でフレンズ探しに勤しんでいたアルよ。あの森で見つかるものといったら、森まで歩きにくるイルカのフレンズか、熱帯に住む鳥のフレンズとか、そんな、あの夏の日に丁度良さそうな動物たちが大半だったヨ。でもね、その日は違う物も見つけたんだ。

川の近く。少し深そうな川辺で、その違うものを見つけた。丁度何かを捕まえている様ていて、ワタシはついつい近づいて、木陰からバレないようにそ~っと覗いたヨ。

 

そこで良く良く見てみると、それは緑色の何かが巻きついてる水色のでっかい蛇みたいな奴だった。でも、所々どこか違うノ。ぷにぷにした身体から、簡略化された前足みたいな部位が生えてて、後頭部からはウーパールーパーみたいな虹色のエラのような何か。尻尾の先には同じく虹色に輝くヒレまで持っている。まるで、そう…「人魚」を思わせたネ。

身体から絶えず粘液を噴き出しているのか、周りにはありったけのローションをぶちまけた様にぬるぬるしていてテカりもあった。足を踏み入れたらつるんと滑って人魚の近くまで来てしまいそうな有様を見て、気持ち悪さに身震いしたヨ。

 

「いつもの服のまま来るんじゃなかったアル…」

 

ワタシは呑気にもそんな事をボヤきながら、もう少しだけあの人魚の様子を見ていることにした。一体何が捕まっているのかに焦点を合わせ、何が起きているのかを理解する為に。

じっくりと"あいつ"を凝視すると、そいつが捕まえていたのはヒトっぽい何かだ。人食い人魚?人食い蛇?そんな在り来りのモンじゃないネ。

あいつが襲っていたのは、フレンズだった。尾ビレを持った、涼しそうなカッコをしたイルカのフレンズ、バンドウイルカのフレンズ。その子を助けようとお姫様みたいな蛇のフレンズ、ティタノボアが、必死にあいつと戦っていた。あいつに巻きついていた何かは、あの子の尻尾だったんだと、その時初めて気付いたアル。

 

その後はその場の状況が流れる様に頭の中に入ってきた。その情報を鑑みてもティタノボアの方はかなり苦戦している。あの子の尻尾は2mくらいだけど、対してあいつの身体は5mほどの長さを誇っていて、とてもじゃないけど敵いそうに無いのが、無情にも心の中に伝わってきたネ。

助けたい。そりゃワタシだってそうおもったヨ。でもこちとら140cmくらいしかないガキみたいな身体のか弱い女の子アルよ?あんな後ろ足と羽根がないドラゴンみたいな奴をどう引きはがせるって言うネ。

フレンズが襲われているのを、ただただ指を咥えて見てるだけの時間、めっちゃ歯痒い思いに苛まれながら、奴がどう言う奴なのかを見定めるのにしか使えなかった。

 

「さっさと…その子を離しなさいよ!」

 

ワタシよりほんの少しだけ大きいくらいのティタノボアが、バンドウイルカへの締め付けを尻尾で押し返そうとしながら、隙あらば鞭で奴の体を叩いている。

だけどあいつの体はぷにぷにと弾力性に富んでいて、叩かれる度、周りに粘液を撒き散らしながら、鞭による打撃をいなしきっている。…少なくともあのフレンズの武器じゃ、あいつに傷一つつけられそうにないのがまざまざと伝わってくる。

 

「すっごい柔らかそう…ぷにっぷにしてるヨ」

 

そう呟いた、手はカバンの中を探っていた。

どうしようかなんてもう、ワタシの中では決まってる。そのまま十徳ナイフを外に出し、ぱたぱたと、粘液の道を駆け出したネ。

 

「嘿っ!」

 

やっぱり足元はぬるぬると滑りまくるし、踏ん張るのも一苦労な程の悪路だった。それでもワタシは蝶のように舞い、蜂のようにあいつのヤワい身体に小さな刃を突き立ててやったアルよ。

結果なんて火を見るより明らかネ。そんなにデカい傷は負わせられなかったけど、あいつの柔らかい身体に簡単に、面白いくらいに刃が入っていった。

根元まで深く食い込んだ瞬間、あいつの口から高い歌みたいな悲鳴が漏れて、バンドウイルカへの拘束を緩めた。

今だ!って言う前にティタノボアが尻尾をバンドウイルカに巻きつけて確保し、死の輪からすくい上げるのが見えたヨ。それを見て心んなかでガッツポーズ取りながら、急いで離れるべく足を振った。

 

 

 

急に目の前が暗くなった。

えっ、なにこれ。 夢オチ?

そんな事も考えたけど、湿り気が顔を包んでる感覚で、すぐ答えに行き着いた。

"食われてる"って。

 

あの時は凄いゾッとしたし、めちゃくちゃ驚いたヨ。

暗闇だから下手に手が動かせないし、動かしたところで手にめっちゃぬめぬめした感覚が走るだけだし、暗中模索というにはあんまりにも情報が多すぎたネ。

多分、セルリアンに食われかけて生き延びたのはワタシだけだと思うアルよ。むふふ。

…そんで、何故ワタシが生き延びられたかって?うんうん、そこもきっちり語るからネ。慌てない慌てない。

 

 

その後も奴は、気持ち悪い水音を立ててしゃぶってくる。まるでこっちのことを味見してくるかの様に。

顔中涎まみれだろうし、息はできないし、もう最悪そのものの状況。暴れても暴れても、ずるずると頭から引き込まれる。

年貢の納め時だと、覚悟したヨ。だけど…納め時はあの時じゃあなかった。吸い寄せてきた空間が突然止まった。がくんっと揺れて、頭の上に何か狭い壁の様なものがある感覚があった。それが広がろうとして、びくびくと空間が揺れ動いてる。何事と思っていたら、下の方からぱあっと光が溢れ出た。

 

「大丈夫っ!?今、助けてあげるから!」

 

もぬもぬと、あいつの口が開かれた。

下を見やると、そこにはさっき助けられたあのバンドウイルカが、その細い手で頑張って奴の口をこじ開けているのがはっきりと、ワタシの視界に飛び込んできたのを覚えてるヨ。あの時のバンドウイルカは、とても必死だったろうけどこっちからみたら凄く勇敢な子だと思わされるほどにイイ顔をしてたから余計に記憶に残ってる。

ともかく、奴の口による挟むような圧迫から解かれ、身体が地面に転げ落ちる。

ローションまみれの地面と思い切りキスして、空気を目一杯取り込もうと身体が息をあげる。

呆然とあいつを見る暇もなくバンドウイルカに連れられ、林の方まで連れていかれる中で、ティタノボアの鞭があいつの首を締め上げ、尻尾で長い体を頑張って押さえつけているのが見えた。さっきより有利なのは分かっていたけど、それでも、あのデカい蛇をどう倒すのか見当もつかなかった。

 

「すごい、あんなのどうやって倒すつもりネ…?!」

 

「出ちゃダメっ、また食べられちゃうからっ!」

 

そんな事はしないしないと言いたかった。けど、あの時は二つの蛇の戦いをその眼に焼き付けるのに意識が集中していた。

ふと、友人の顔が頭に浮かんでくる。薙刀にも似た、青龍偃月刀を持った馬。あの子ならこんな奴も軽々とやっつけてくれるのかな。

なんて、淡い希望とも言える様な思いを抱いていた。多分あの時…もうだいぶ参ってたんだと思うネ。

でも助けは来てくれた。まだ友達じゃないけど、来てくれたんだヨ。

川辺の水中から、螺旋の付いた長い槍を持ったイルカみたいな女の子が飛び上がって来た。儚い印象を抱かせる見た目と裏腹の、覇気の篭った声をあげながら女の子は"牙"を、人魚の頭に突き刺した。

突き刺さる瞬間に短く、悲痛な声をあげて人魚が糸を切られた様に倒れる。

あまりにも一瞬だった、さっきまでの苦戦が嘘の様に。刃物が効果的とは思っちゃ居たけど、あそこまで簡単に倒せるものなのかと。

きっとあいつは、バトルがあるゲームみたいに弱点を突いちゃえば簡単に倒せてしまうものだと、ワタシはその短いトドメを目に焼き付けながら、そんなことを考えていた。

頭を貫いた長い槍を、虹色の粒子に変わりつつある人魚から引き抜いた女の子、イッカク。

イッカクの槍が突き刺さるまで押さえつけていたティタノボア。

食われかけていたのに、今度は食われかけたワタシを見捨てずに助けてくれたバンドウイルカ。

みんなを助けるつもりが、結局ワタシは皆に助けられたんだ。

 

(膝に置いた手を握り、悔いているような顔を浮かべる)

 

何も出来なかった。…ワタシ一人、奴に傷をつける程度で、あの三人に迷惑をかけた。

一般人一人であんな結果になった、専門の人が大勢で取り組んでも、アレはどうにも出来なかったのかもしれない。

だからこそ、手を取り合えなかったのかって、思うヨ。

 

 

あの日の夜、飲み物を買う為に散歩していたら、ニンジャみたいな人が闇から現れた。

服は普通なんだけど、長いマフラーを巻いていて、ワタシを見るやいなや真っ先に手を合わせ、深いオジギをした。その人が名前を教えてくれた後に、ワタシに色々言ってきたアル。

あのぬめぬめの人魚……そう、セルリアンを見た事を、誰にも言わないでほしいと。

ワタシを助けたあの三人にもそう言ってあるから、目撃者となったワタシも内密にして欲しいと告げて来た。 

当のワタシには言いふらす理由なんて無かった。身体中ぬめぬめになったけど、こうやって生きている。とんでも無い思い出が出来たなってくらいの感情でいた。

今なら分かる。あの人は、セルリアンを隠蔽していた連中の一人だったんだヨ。

"なんで言って欲しく無いのか" そう聞いた時、あの人はこう言った。

 

 

「今はもう、限界まで隠し通し、先延ばしをするしか出来ませんが…それならば、私は限界まで続けます」

 

「大好きな場所は、何としてでも最後まで守り抜くのが責務なのですから」

 

 

そう語る顔は、とても辛そうな顔をしていた。

きっと、ワタシなんかより長い間セルリアンに関わって、長い間解決策を見出そうと、苦悩していたんだろうなって思わされる顔。

ワタシは、あまりにもパークの事を知らなすぎた。セルリアンの事も、それを隠そうとした人たちの葛藤、努力も。

一人がそれを知ったところでどうにもならない。…だから、良い年した大人達には、足を引っ張り合わずに手を取り合って欲しかったと思うネ、うん。

 

もう少し早く団結していれば、結果は違ったかもしれない。

変わらなくてももしかしたら、今よりもっと………。

 

(何の返事も返せないまま、沈黙を守る他なかった。暫くの静けさの後、麗麗はおどけたように微笑みかけてくる)

 

なんて、ワタシはついつい考えたりしちゃうアル。

…ふふ。アナタがこんな話を聞いて何をする気は分かんないけどネ、絶対に世界にばら撒かないって期待してる。だってアナタ、フレンズととっても仲が良かったから。

だから、知っていてあげてほしいな。

勇気があって、とても優しい三人のともだちと、一人の頑張り屋さんのことを。

 

 

…終わりまで話を聞くうちに、抱いていた警戒は失せていた。約束を破ってまで、セイレーンと出くわした日のことを全て語ってくれた彼女の感情を只々、静かに察することしか出来なかった。

最後に、彼女は桂花陳酒という酒を手渡して、この場から去った。  

 

 

曰く、"とても大切な友達が大好きなものだった"と。

 

 


追記1: 麗麗がこの時対面したセルリアンは蛇型のセルリアン、CEL-1-682/PS "セイレーン"と見られる。蛇と言うにはやや大柄な体躯、前足の存在、魚を思わせるヒレ、エラの様な毒腺など、一般的に想像するような蛇とはかけ離れた姿を持つ。水辺に潜む他、ピット器官による索敵、麻痺針による拘束、長い体躯による圧迫により獲物を弱らせてから捕食するなど、錦蛇と毒蛇のハイブリッドの様な性質を持っている。

花の様な匂いを放って獲物を誘き寄せる個体なども確認されている様だ。

 

 

注1: ナリモン水族館(なりもんすいぞくかん,Narimon aquarium)とは、ジャパリパークゴコクエリア東部沿岸に位置する園営の巨大水族館である。海洋生物は勿論、数多くの海洋アニマルガールが暮らしている場所としても有名で非常に人気の高い観光スポットだった。 スタッフの活動のみならず、イメージキャラクターとして広告などのメディア関係も担当していたシロイルカのアニマルガールや、シャチのアニマルガールなどの哺乳類アニマルガールや、ウバザメのアニマルガールやホホジロザメのアニマルガールなどの個性的かつ有名なフレンズも観察する事が出来た。

 

注2: 名は伏す。


Tale 負の遺産 クライシス・オブ・ジャパリパーク

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