ボスコム渓谷の惨劇(小説)

ページ名:ボスコム渓谷の惨劇_小説_

登録日:2021/06/30 Wed 20:39:48
更新日:2024/05/30 Thu 11:37:35NEW!
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コナン・ドイル シャーロック・ホームズ シャーロック・ホームズのエピソード項目 ジョン・h・ワトソン 小説 レストレード警部 ボスコム渓谷の惨劇



There is nothing more deceptive than an obvious fact


(明白な事実ほど人を欺くものはない)




─── A.Conan Doyle「The Boscombe Valley Mystery」より引用





『ボスコム渓谷の惨劇/The Boscombe Valley Mystery』は、アーサー・コナン・ドイルの短編小説でシャーロック・ホームズが解決した事件の一つ。
『ストランド・マガジン』1891年10月号掲載。単行本では『シャーロック・ホームズの冒険』の4話目として収録されている。


事件の時期はワトソンが結婚している事、6月3日が月曜日と語られる事から1889年に起きたものと推測されている。


【あらすじ】

ある日、ワトソンの元にホームズから「ボスコム渓谷の事件調査に同行してほしい」と電報が届いた。
妻からの薦めもあってホームズに同行することを決めたワトソンは、道中で事件の概要を聞く。
ボスコム渓谷にある池でチャールズ・マッカーシーという男が死亡していたという。
事件前後の目撃証言から逮捕されたのはマッカーシーの息子ジェームズだった。
ジェームズの無実を信じる地主の娘アリスがレストレード警部を仲介役にしてホームズに依頼してきたのだ。
ジェームズに対して不利な証拠ばかりが見つかる中、ホームズが導き出した結論とは?



【登場人物】


シャーロック・ホームズ
ご存知名探偵。


・ジョン・H・ワトソン
ご存知ホームズの相棒。
朝っぱらからホームズに呼び出されて気晴らしも兼ねて調査に同行する。
髭を剃るのに陽の光を使うため雑になっていることを指摘される。


・メアリー・ワトソン
『四つの署名』事件の依頼人でワトソンの愛妻。旧姓モースタン。
ホームズの呼び出しにどうしようか悩むワトソンに最近疲れているようだから気晴らしに行くといいと勧める。
ちなみに今回はワトソンの妻というポジションでありながら『四つの署名』以降たった2回しかない彼女に台詞のあるエピソードだったりする*1


・レストレード警部
スコットランドヤードの警部。
アリスからホームズに調査してほしいと顧問料を渡され、仕方なくホームズを呼んだ。


・ジョン・ターナー
ボスコム渓谷のあるヘレフォードシャー地方の大地主。
オーストラリアで資産を築いて数年前に帰って来た。
チャールズとはオーストラリア時代の知り合いで、農場をひとつ貸していた。
身体が弱く、今回の事件で精神的にまいって衰弱しており、長くないらしい。


・アリス・ターナー
今回の依頼人。ターナーの娘。18歳。
ジェームズの無実を信じており、ホームズを頼るためレストレードに依頼した。
ジェームズとは兄と妹のような関係だったが、チャールズは二人が結婚することを強く望んでいたらしい。
しかし、ジェームズは若いため、まだ結婚する気はなく、父親からも大反対されていた。


・チャールズ・マッカーシー
今回の事件の被害者。
6月3日の午後3時に大事な約束があると出かけ、ボスコム池近くの森の中で死んでいた。
死ぬ前に農場の前を通ったところを目撃されており、最期に目撃されたのは森の外れだった。
死因は鈍器による撲殺と見られ、何度も頭を殴られていた。


・ジェームズ・マッカーシー
チャールズの息子。18歳。
親子はスポーツ好きで、よく競馬を見に行っていたらしい。
銃を持ってマッカーシーの後を追う姿と口論する現場を目撃されている。
それからほどなくモランの家に駆け込み、チャールズの死体を発見したと助けを求めた。
手と袖口に真新しい血の跡があり、現場に彼の銃が落ちていたため逮捕され、巡回裁判に送致された。
父の死については「受けるべき罰を受けただけ」と語り、無罪を主張した。


・ウィリアム・クローダー
ターナーが雇った猟場の番人。
農場の前を通ったチャールズと銃を手に後を追うジェームズを目撃している。


・ペイシャンス・モラン
ボスコム渓谷農園の管理人の娘。14歳。
森に花を摘みに来ていたところを、口論するマッカーシー親子を目撃している。
激しく口論する姿に恐怖し、家に逃げ帰って親に報告していたところにジェームズが入ってきて事件を知った。



【事件の手がかり】

・ジェームズ・マッカーシーの証言
事件があった日は3日間の出張から戻って来たばかりで、父親は家にいなかった。
馬車の音が聴こえたと思ったら父親はどこかへ行ってしまい、向かった先は分からなかった。
猟銃を持ってボスコム池の向かい側にあるウサギの飼育場に行く途中、クローダーを目撃した。
池まで100ヤードの地点で「クゥイー!」という父とよく交わしている合図を聴いたため、急いで駆け付けた。
父は自分を見て驚き、暴力的になったため農場の方へ避難した。
それから150ヤードもいかない内に悲鳴が聞こえ、駆け付けた時には父親が倒れていた。
銃を捨てて瀕死の父親を抱きかかえたが、直後に息絶えたので管理人のところへ助けを求めに行った。


自分が戻った時、近くには誰もいなかった。
父親は人格者ではなかったが、大きな敵もいなかった。
父親は死ぬ直前「ラット」がどうしたと言っていたが、よく聞こえなかった。
現場を見た時、激しく混乱していたため父親のことしか考えられなかったが、左の地面に灰色の布のようなものを見た気がする。
しかし、父の側から立ち上がった時に見回すとなくなっていた。


ある理由から出張の間、チャールズとは連絡を取っていなかった。



・ボスコム池
15ヤード程度の小さく浅い池。
農場とターナーの家の中間に位置し、池の淵には被害者が発見された草むらが存在する。



【真相】

+ ホームズの推理と真相(ネタバレのため未読者要注意)-

・ジョン・ターナー
今回の事件の真犯人。
動機は彼の若い頃まで遡る。
1860年代初め、オーストラリアのビクトリアがゴールドラッシュに湧いていた頃、彼も金を狙っていた。
しかし自分の所有権のある鉱山からは金が出なかったため、彼は悪い仲間と共に追い剥ぎとなった。
「バララット*2のブラックジャック」と呼ばれ恐れられた彼らは、ある日バララットからメルボルンに金を運ぶ馬車隊を襲った。
その馬車隊の御者をしていたのがマッカーシーだった。


金持ちとしてイギリスに帰国したターナーは心を入れ替え、それまでの罪滅ぼしに慈善事業に邁進していた。
だが、ある投資の件で出かけた際、マッカーシーと再会してしまったのだ。
マッカーシーはターナーを脅し、無料で一番いい土地に住み始めた。
マッカーシーの存在によりターナーは心を休ませる暇もなくなり、病んでいった。
そしてとうとう、マッカーシーは自分の息子とターナーの娘を結婚させ、ターナーの全てを乗っ取ろうとしたのである。
自分の罪のせいで娘まで不幸になるのはどうしても許せず、二人の結婚に反対し続けていた。


この話についてマッカーシーに呼び出されたターナーは、偶然マッカーシー親子の話を陰で聞いた。
二人の話を聞いている内に邪悪で冷酷な考えに支配され、犯行に及んだのであった。


ホームズに呼び出されたターナーは罪のないジェームズの容疑を晴らすため、ホームズとワトソンを証人に全てを告白書に書きとめてもらった。
それから7か月後、彼は天に召されたという。


・チャールズ・マッカーシー
被害者であり邪悪な脅迫者であった。
最初にターナーと会った時には銃を突き付けられながらも見逃されており(ターナーはこの事を非常に後悔していた模様)
欲さえ出さなければ殺されることもなかったかもしれない。
なお、彼の「クゥイー」という叫びはオーストラリア人特有の掛け声で、オーストラリアにいた二人の符号であった。


・ジェームズ・マッカーシー
弁護士がホームズから聞き出して提出した異議申し立てにより無罪となった。
父親たちの関係については何も知らなかった模様。ワトソンによると彼とアリスはその後結婚して新たな生活に入ろうとしているという。
ちなみに父親と連絡を取っていなかった理由は出張先のブリストンでバーの女に引っかかって結婚してしまい、その女のところにいたためであった。
女はジェームズが不利な状況にある事を知ると既婚者であることを明かして逃げて行ったらしい。


・シャーロック・ホームズ
現場調査の結果、ターナーが木の陰に隠れてタバコを吸っていた事、落とした灰色のマントを拾いに戻った事などを見抜き、彼の犯行と確信した。
依頼者であるアリスのためにターナーから聞き出した真相はジェームズが有罪にならない限り墓まで持っていくと約束した。
この数奇な運命のいたずらによる惨劇を嘆いた。
実はホームズが探偵になる最初のきっかけとなった事件とよく似ている点があるのでなおさらターナーを安らかに逝かせたいという思いもあったのかもしれない。


・ジョン・H・ワトソン
ホームズの珍しい気遣いも虚しく全てを暴露した語り部。ターナーに絶対恨まれてるぞお前
フェイクを織り交ぜていることを祈りたい…。



【疑問点】

本作に限らずホームズ作品の多くに言えることだが、作者は細かい考証よりもアイディアと物語としての面白さを重視している節があり、そのため後世の読者からは様々な疑問が提唱されている。
以下はその一例である。


+ ネタバレに付き注意-

  • そもそもワトソンは何を考えて、このような事件を公表してしまったのか。故ジョン・ターナーは決して公にしてほしくなかったであろうし、真相を知ったアリスやジェームズが感情的にも名誉の上でも傷つくことは目に見えている。「まだらの紐」事件のときもそうだったが、あの事件では関係者が既に死去しているということで百歩譲って大目にみるとしても、この事件におけるアリスやジェームズは存命であり、これからいよいよ幸せな生活を歩んでいこうかとしているところだとワトソン自身が作中で書いているというのに。


追記・修正は綺麗に髭を剃ってからお願いします。



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  • チャールズの息子がジェームスというと名誉革命時のイギリスの王様を連想させるけど、偶然の一致なんだろうか? -- 名無しさん (2021-06-30 21:15:32)
  • ジョンもチャールズもこうなったのはどちらも身から出た錆が原因なんだよな…悪い事をすればいずれ自分の身に帰ってくる、まさに「因果応報」だな……。 -- 名無しさん (2021-07-01 01:45:24)
  • どの話もワトソンが後に執筆って体裁をとってしまったせいで彼がとんでもない鬼畜になってしまっているのはどうなんだろうな… -- 名無しさん (2021-07-01 01:54:37)
  • ↑2 この事件以外でもホームズものでは「過去に罪を犯しながらも改心した人がその罪によって破滅を迎える」ってのがあるからなぁ。まさに「過去はバラバラにしてやっても石の下からミミズのようにはい出てくる」「人生のツケというやつは最も自分にとって苦しい時に必ず回ってくる」ってヤツ -- 名無しさん (2021-07-01 02:40:07)
  • ↑グロリアスコット号とかその口かな。 -- 名無しさん (2021-07-01 02:46:51)
  • ↑逆に「グロリア・スコット号」の顛末を考えればホームズがターナーに気を遣ったのも分かる気がする -- 名無しさん (2021-07-01 02:58:43)
  • ただ、現実だとジェームス助けるにはジョンの自首しかない気が…。だってこれ外側から見たら被疑者不明の未解決事件だぞ。 -- 名無しさん (2021-07-01 14:50:33)
  • グロリアスコット号はまだしも、こっちの犯人は二桁は殺してるから流石に本人には同情できなかった。 本人もハッキリ「自業自得だった」と認めてるし。 -- 名無しさん (2021-07-01 19:38:25)
  • グロリア・スコット号も悲劇っちゃ悲劇だけど、個人的には結局自分の罪から逃げ続けた結果だから特に同情できないなって思うところがある -- 名無しさん (2021-07-01 20:15:56)
  • 踊る人形のエルシーとか本人悪くないのに、最悪な形で過去が追いかけてきた人もいるな… -- 名無しさん (2021-08-24 09:17:47)
  • 直接ホームズとは関係ないけど、こういう「過去が追いかけて来る」話が流行るのは時代背景と関連しているんだよね。本人の善悪関わらず「自分だけが時代に乗って助かった」っていう後ろめたさがある人々に共感されやすいし、ある意味当時の英国らしい話と言えなくもない -- 名無しさん (2021-08-24 11:19:46)
  • ワトソン的には書いたのを未発表のまま机の中に放置でもしてて、戦間期辺りにワトソンが死んだ時に遺産整理した人が見つけ、ホームズ(爺)やマッカーシー夫妻(壮年)に許可取ってから発行したとかなら有り得そうかもな。 -- 名無しさん (2022-05-08 12:53:12)
  • ↑2 実際、過去の悪行を全く反省もせずちゃっかり第二の人生歩んでる奴は多いだろうからな。 フランス革命ではそういうエピソードばかりだし。 だから無法者は根が善人であっても破滅的な末路でないと共感できない。 -- 名無しさん (2022-07-11 09:46:50)

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*1 メアリーの存在自体はワトソンが度々言及している。
*2 ビクトリアにある町のひとつ

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