小田原市生活保護なめんなジャンパー事件

ページ名:小田原市生活保護なめんなジャンパー事件

登録日:2017/08/05 Sat 23:31:07
更新日:2024/02/09 Fri 10:36:08NEW!
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生活保護 ジャンパー 神奈川県 小田原市 小田原 賛否両論 ギレン・ザビ 社会問題 事件 ケースワーカー






小田原市生活保護なめんなジャンパー事件とは、平成29年1月16日に報道された事件である。



◆概要

この事件は、神奈川県小田原市で、生活保護受給者を支援する市役所生活支援課職員(ケースワーカー)33人のうち28人が、後述する真っ黒のジャンパーを着て10年にわたって受給者の家を訪問していたものである。
この事件を受け、小田原市では生活保護行政のあり方検討会(以下「検討会」)が設置され、保護行政の在り方が議論された。


◆どんなジャンパーか?


ジャンパーの中身は、下に書いてある通りである。
著作権の問題があるので画像は貼り付けないが、画像検索すれば簡単に見つかるので検索してみてもよいだろう。


  • ジャンパーの左胸部分には「HOGO NAMENNA」(保護なめんな) とローマ字が書かれており、漢字の 「悪」を二本の得物で×で消した紋章らしきものがつけられていた。

  • 背中には「SHAT TEAM HOGO」と大文字で書かれていた。SHATは「生活保護悪撲滅チーム」 の略であったという。

  • 「SHAT TEAM HOGO」の下に書かれていたのは英文で、原文は以下の通り。なお、日本語訳は事件後に作られたものである。

We are "the justice" and must be justice,
so we have to work for odawara.


Finding injustice of them,we chase them and
Punish injustice to accomplish the proper execution.


If they try to deceive us for gaining a profit
by injustice,“WE DARE TO SAY,THEY ARE DREGS!”


日本語訳


我々は『正義』である。そして正義であらねばならない。ゆえに、我々は小田原市の為にこそ働かなければならない。
適正な給付を達成するため不正を見つけ、追いかけ、罰する。
もし不正受給を得る為に我々を騙そうとする者がいるのなら、「あえて言おう、『奴らはカスである!』」


そして、ケースワーカーたちはこれらのロゴや文章を用いたジャンパーに限らず、自費でグッズまで作成。
大半の職員がこのジャンパーで個別の家庭訪問など、ケースワーカーとしての仕事をしていたことが明らかになっている。



◆ジャンパー事件の何が問題なのか?


書いてある英文の内容については、正論だと思われる人も多いだろう。


生活保護受給者は、浪費を慎み、生活を引き締める義務がある。(生活保護法60条)
受給した金銭は健康で文化的な最低限度の生活や自立への準備に用いられるべきであり、無駄遣いしてはならない。
また働くことのできる若く健康な者は、仕事を探して早期に生活保護に頼らない生活になれるよう努力することも必要だ。
不正受給などもってのほかである。


税金の無駄遣いが許されないのはもちろんのこと、不正受給を行ったり、浪費をする人たちが正当に受給している生活保護受給者たちへのヘイトスピーチを誘発している面も否定できない。


その意味では、不正受給を戒め、また適法に生活保護を受ける者に対しても、「気を引き締めてください」と呼びかけることは100%正しいと言える。



だが、生活保護を不正受給していなくとも、「不正受給を許さない」 という声は受給者の心に突き刺さりやすい。
例え悪事を働いていなくとも、狙い撃ちして「不正は許さない!!」と言われたら、多くの人は「自分は悪いことをしたのか?」と疑心暗鬼になってしまう。


そして、生活保護受給者は今後仕事への復帰が望めない障害者や高齢者、既に勤務していながらも収入が少なく、不足分の生活保護を受けている人達といった、怠けているとは言えない人たちが8割以上を占めている。
中には、犯罪の被害に遭って後遺症で働けず、加害者が金銭を持っておらずしかも刑務所に服役して稼ぐこともできなくなったため、生活保護に頼るしかなくなってしまったような人たちもいる。
もちろん、残り2割弱にも、求職活動が功を奏さない人たちもいるだろう。
仮に彼らを無理やり働かせたとしても、その場合は彼らの勤務先に、生活保護分の負担を押し付けることにもなる。


そして、そういった人たちの心に刺さるような「不正受給を許さない」という声をぶつけなくとも、各受給者の個性や置かれた状況に応じ、個別に的確なアドバイスをすることの方がはるかに効果的である。
不正受給ならば警察の出番になる場合もあるだろう。
個別のアドバイスが通じない相手に対し、当の公務員たちも理解が難しい英語でのジャンパーの記載を見せたところで意味はない。
しかも、実際にはそういうことを受給者に示す目的で着ていったわけですらなかったことが、検討会の調査で明らかになっている(この辺は後述する)。



それだけではない。
このようなジャンパーを着て家に訪問していることを見られてしまった場合、見る人が見れば「この人は生活保護受給者だ」ということが周囲に知れ渡ってしまう。
ケースワーカーは公務員。守秘義務があり、法律に定められた手法に拠らないで「あの人生活保護だよ」と漏らすことは、それだけで秘密を守る義務に反している
また、生活保護受給者には、知的な能力に問題のある人たちも多い。
「あの人は生活保護受給者だ」と分かった結果、暴力団などが「こいつはいいカモだ」とやってくる。
そして、騙されやすい受給者から、多忙なケースワーカーの目が届かない所でこっそりなけなしの保護費を巻き上げていくこともあるのだ。


さらに細かいところをつつけば、マークがイギリスのサッカーチーム「リバプールFC」のクレストに似ていること、
最後の一文が機動戦士ガンダムギレン・ザビの「あえて言おう、カスであると!」のセリフに似ていることも問題だろう。
作成者はなんとなくかっこいものから借りたつもりかもしれないが、リバプールFCや富野監督を始めとしたガンダム関係者がこの活動に協力していたり賛同していたりすると誤解を招く可能性は十分にある。
これについてリバプールサポーターズクラブ日本支部は「クラブのクレストをこのような形で使用することを許可した事実はない」とコメントしている。



◆どうしてこんなことに・・・


このような視点から、こういったジャンパーを仕事で用いることは、大きな問題があるということで検討会側の意見は一致した。
しかし、ケースワーカーたちがこういったジャンパーを使うようになった経緯を検討会が調べた結果、ケースワーカーたちの置かれた厳しい状況も明るみに出てきた。
検討会も、「ジャンパー着用は愚かな行為」と断ずる一方で、「職員のせいにして改革案を押し付けることは簡単だが、それでは解決にならない」 と報告書に記している。


◆平成19年の事件~困った生活保護受給者たち~

このジャンパーが作られたのは、平成19年のことであった。
この年の7月、生活保護の元受給者にケースワーカーがカッターナイフで切り付けられてしまったのだ。


この元受給者、アパートから追い出されそうになり、無料の宿泊所に入居しようとしたのだが、入居のための面接に現れなかったどころか行方が分からなくなってしまった。
仕方なく生活保護を止めた所、市役所にやってきてケースワーカーを切りつけたのである。*1


物分かりが悪く自立意欲がないなどで、ケースワーカーの指導が通じない受給者は相当数いる。
数少ないケースワーカーのやりがいが自立による生活保護からの「卒業」だが、障害や高齢、もう働いているなどで最初から卒業が無理という人たちが8割以上を占めているのが現状である。
しかも、多数の受給者を監督するケースワーカー。一人一人に割ける時間には限りがあり、それでも激務に追われることが多い。
また、社会福祉関係の支援については覚えることが非常に多く、とるべき対応も千差万別なのだが、役所の中は転属が激しく生活福祉課もそれに漏れない。
せっかく勤務して経験や知識を得たのに、それが蓄積されないということが問題になっていた。
やる気出ない・難しい・激務なのに、さらに危害まで加えられるような事件が起こってしまってはモチベーションの低下が避けられない。


◆生活支援課の市役所内での孤立


こうした厳しい状況の中、生活支援課は他の市役所職員からの救援も得られていない。
多くの職員は「ケースワーカーになるのは嫌」とこぞってアンケートに答えるようなありさまであり、他の職員は忙しそうにしているケースワーカーに対しても「そんなものだよね」とスルーしてしまったのである。


ジャンパーを着ている姿を見ても、市役所の他の職員たちも疑問に思うこともなかった。
いくら英語とはいえ、多数の職員がいれば意味に気づく職員はいたと思われるが、それらも10年にわたってスルーされてしまった。
これも、生活支援課が孤立化してしまっていた一つの証拠だろう。


◆人の交代と時間の経過


困った受給者に振り回されて激務、更には役所内での孤立。
そんな中で、何とかしてやる気を高揚させるために作ったのがこのジャンパーであった。
つまり、受給者に何かメッセージを送ってやろうというジャンパーではなく、自分たちで協力して頑張って行こうというためのユニホームだったのである。


ところが、平成20年以降もこのジャンパーの着用は続き、しかもそれを着ていくことにためらいを持たなくなった。
役所内では配置転換がしばしば行われる。当然新任のケースワーカーも入ってくるわけだが、彼らはこのジャンパーを単なるユニフォームと考えていた。
英文の意味もよく分からないまま、何となくユニホームにデザインされている英文だと思って着ていたのである。
何が書いてあるか訳そうとも思わず、意味を理解できる受給者に何を伝えるか意識することすらなかったケースワーカーが多かった
誰かが早く気づいて指摘していれば、引き返す機会はあったのだ。


◆事件を受けて


事件を受け、小田原市はすぐにジャンパーの着用を禁止。
関係したケースワーカーは厳重注意処分となり、所管する副市長は報酬の10分の1を自主的に辞退した。
そして、検討会が設置され、今回の事件の背景の解明や再発防止に向けての取り組みが行われた。


多くの市役所職員もその意味に気づかなかったジャンパーなので、実際には受給者たちの中でも意味に気づいた人たちは少数だろう。
その意味では、こっそりジャンパー着用をやめた上で、丹念な個別指導に移行していくと言う態勢に移行することでも当面の問題は解決できた可能性が高い。
だが、これを機会に生活福祉のおかれた厳しい状況が明らかになり、よりよい生活保護の在り方が模索されるようになった。
その意味では、この事件は決して無駄ではなかったと言える。


平成30年7月、小田原市では事件を受けて

  • 職員を増やしてケースワーカー一人当たりの負担を減らす
  • 生活保護を申請したら2週間以内に保護するかしないかの決定を出すようにする。*2
  • 地域の協力を得て、自立できる人には農作業などに参加させ、受給者が孤立しないようにする。

といった改革が導入された。


◆この事件が難しいこと


この事件が複雑なのは、2つの正義がぶつかり合ってしまったことにある。
一つは、税金を無駄にし、正当に働いている人達の勤労意欲を阻害する不正受給を厳しく取り締まるべきだという声。
もう一つは、社会からこぼれ落ち、最後の頼みの綱として生活保護を頼っている人々の権利を守るべきだという声。


これらはいずれも正論である。
しかしそれらを両立させるのは容易ではない。
不正受給を厳しく取り締まろうとすれば本当に必要な人が保護を受けられなくなり、手厚く保護をしようとすればどうしても不正受給が起こってしまう。
そのためにぶつかり合い、人間同士の対立が深まっていく構図となっていた。
この事件は報道もされ様々な意見が飛び交ったが、こうした二つの正義のぶつかり合いから、議論が平行線になりがちになってしまった面がある。
北九州市生活保護受給者死亡事件のように「保護を打ち切ったせいで人が死んだ」という因果関係が把握しやすい実害があった訳ではなかったことも一因であろう。


二つの正義のぶつかり合いについて、どこに線を引くかは、常に悩ましい問題というしかない。
言えることがあるとすれば、ジャンパーを着用したからと言って何かが解決するわけではないこと、そしてジャンパーを着用しなくなったからと言ってそれで終わらせていい訳ではないこと、くらいだろうか。



事件後、小田原市長は


「生活保護制度への不寛容、さらには生活支援が必要な人びとへの 不寛容さを小田原市が持っているというイメージが全国に発信されたことは残念である 」
「この機会を、小田原市の進化の機会として受け止め、市民とともに、喜びも 苦労も分かち合いながら安心して暮らせるまちを目指していく」


とコメントしている。








追記修正なめんな
もし追記修正しない者がいるならあえて言おう、「奴らはカスである!!」



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*1 受給者の行為が犯罪であることは言うまでもないが、この受給者に対しても、担当者からもっと手厚く支援できた可能性があるという指摘もあった。配属後数年でさっさと転属し、せっかくの経験も蓄積されないというケースワーカーのおかれた状況も、問題として指摘されている。
*2 本来法律で2週間以内に出すのが原則なのだが、理由をつけて守られないことが多かった。小田原市では2週間で決定が出ていたが、改革後は9割が2週間で決定を出していると言う。

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