登録日:2016/03/03 Thu 19:25:53
更新日:2024/01/19 Fri 13:55:47NEW!
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伝説 漫画 手塚治虫 書き下ろし エポックメイキング 全ての始まり 新宝島 まんが道 赤本 幻の初版 日本漫画の原点 酒井七馬 長編漫画←戦後初 絵が動いてる! セルフリメイク サカナクション←ではない
1947年、ある一冊の漫画本が出版された。
それは瞬く間に全国に衝撃を与え、日本中の少年少女などに大きな影響、そして大きな夢を抱かせた。
やがてそれは、世界に誇る日本の漫画、そして日本のサブカルチャーの原点の一つとして語り継がれる事となる。
その名は『新宝島』。ベテラン漫画家・酒井七馬と、新進気鋭の漫画家・手塚治虫の合作による読み切り長編である。
この項目では、このオリジナル版と、1980年代に出版されたリメイク版双方を解説する。
◇あらすじ
亡くなった父親の書類箱から出てきた「宝島の地図」。お宝と冒険を求め、ピート少年は途中で助けた犬と共に船長の船に乗り込んだ。
だが、宝を狙っていたのは彼らだけではなかった。片手片足の凶暴な海賊ボワールも動き出していたのだ。
果たして宝を手に入れるのはどちらか?そして一行を待ち受ける「宝島」とは!?
◇概要
四コマ漫画『マアチャンの日記帳』で大々的にデビューを果たした手塚治虫先生が、戦前から活躍を続けていた酒井七馬先生と共に手がけた書き下ろしの漫画。第二次世界大戦後初であると共に、両者共に初めて手がけた長編漫画である。
戦前にも長編漫画はいくつか出版されていたが、第二次世界大戦が近づく中での表現規制でその流れは断絶してしまい、以降の漫画は「短い(数ページほど)」「展開が単純」と言うイメージが定着してしまった。
そんな中、『新宝島』はいきなり全190ページと言う(当時としては)破格の長編として出版された。しかも内容も夢とロマン、そしてスリルが溢れる冒険談。その奇想天外な内容に、読者は大いに興奮した。さらに手塚先生が手掛けた絵も非常に凝っており、台詞ばかりに頼らないスピーディな展開に「絵が動いている!」と日本中に衝撃を与えたと言う。
その発行部数は様々な説があるが、全国的に大ベストセラーになったのはほぼ間違いない。
その影響は後述の通り、現在の日本文化にまで及ぶ事になる。
ただ、契約の関係で手塚先生に印税は入らなかったらしい。
なお、この項目で取り上げる「赤本」は試験対策用の本ではなく、明治時代から1950年代まで流行だったサブカル系の単行本。大手企業ではなく中小の様々な企業によって出版されていた、現在の同人誌のルーツである。
勿論当時はコミケや通販などある訳もなく、日本各地の駄菓子屋や露天で売られていた。今で言う委託販売のようなものかもしれない。
名前の由来は、イマイチな紙質の影響で表紙や中身が赤系統の色だったからである。
最初は小説が多かったが1930年代頃からは漫画がメインになっていき、この『新宝島』で一大ブームが起きる事となった。
◇主な登場人物
○ピート少年
宝島の地図と共に船に乗り込んだ、冒険が大好きで勇敢な少年。地図を見ながら様々な冒険を頭に想像していくうち……。
後の「ケン一少年」である。
○犬
ピート少年に拾われた犬。オリジナル版とリメイク版では出会った場所が異なり、オリジナル版では船が初対面だった一方、リメイク版ではピート少年が駆る車に危うく轢かれそうになったところを救われている。
リメイク版では「パン」と言う名前がついた。
○船長
大きな白ヒゲとはげ頭が目立つ太り気味のおっさん。しかし体力はかなりあるようで、ピート少年や犬と共に大冒険を繰り広げる。
後の「ブタモ・マケル」。続く『火星探検』でもケン一少年とコンビを組んだが、その後の相棒ポジションは諸事情でヒゲオヤジに代わっている。
●ボワール
強欲で傲慢な海賊たちの親分格。元からそういう性格だったが「通り魔」相手に片手と片足を失ってからはますます凶暴になってしまった。人遣いも荒かったため、最終的には部下から反乱を起こされるが……。
その後の作品では「ブク・ブック」として登場。悪役を演じる事も多いがどこか憎めないキャラの場合が多い。
●通り魔
巨大なノコギリザメ。ボワールに釣り上げられそうになった際の激闘でヒレを片方失ってしまった。海賊によって漂流する羽目になったピート少年一行を襲うが……。
○バロン(ターザン)
宝島に住む野生児。人間の言葉は苦手だがどんな動物とも会話が出来る。「バロン」と言う名前は自分で勝手に名乗っているものらしい。
人食い人種に襲われてピンチのピート少年や犬、海賊に捕まった船長を救い出した。
◇影響
この漫画が現在も伝説として語り継がれる大きな要因には、この漫画に大きな影響を受け、やがて漫画家の道を目指す人々が非常に多かった事にある。主な面々を挙げても…
- 藤子不二雄(⇒藤子・F・不二雄、藤子不二雄A)
- 赤塚不二夫
- 石森章太郎(⇒石ノ森章太郎)
- ちばてつや
- 望月三起也
- 古谷三敏
- 楳図かずお
- 中沢啓治
- つげ義春
- さいとう・たかを
- 辰巳ヨシヒロ
- 桜井昌一
- 佐藤まさあき
…と、漫画どころか日本の文化そのものに大きな影響を与えた錚々たるメンツが揃っている。
特に藤子不二雄A先生の自伝漫画『まんが道』ではこの大きな影響が紙面を割いて描かれており、現在の『新宝島』の伝説的なイメージを創り出した要因にもなっているようだ。
他にもSF作家の小松左京氏、デザイナーの和田誠氏、横尾忠則氏、そして宮崎駿氏などがこの漫画の衝撃を語っている。
ただ先駆者としての宿命か、当時の漫画家からは酷評される事も多かったと言う。
◇単行本について:オリジナル版
日本の歴史で非常に重要な作品となった『新宝島』だが、実はその単行本は1947年の初版と1950年の再版以外、長い間ずっと再販される事はなかった。
1968年に別の作家によるトレース版も発売されたが途中で打ち切りとなり、なんと21世紀に至るまでほぼ封印状態になってしまったのだ。
実はこの作品、手塚先生本人には以下の理由のせいで、とても満足出来ないものだった。
×元の構想が大幅に改編されてしまった
手塚先生の元の構想では250ページにも及ぶ長編だったのだが、ページの都合で190ページに削られてしまい、つじつまを合わせるべく酒井先生側が台詞を書き換えてしまった。また絵にも改変が加えられ、特にターザンは全く顔が異なる事態になってしまったと言う。
そのため、完全な自分の作品とは言えない、と言うのが手塚先生のスタンスだった。
×「描き板」がダメダメだった
戦後初期の漫画の印刷は、原稿をそのまま使用するのではなく、原稿を基に出版社の人がトレースを行ったものを印刷に用いると言う方法を用いていた。「描き板」と呼ばれるものだが、トレース担当の人の腕によってその完成度は大きく左右され、同じ漫画家でも全く絵が異なると言う事態もよくあったという。
そして、この『新宝島』は大外れを引いてしまった。手塚氏が描いた絵とは全く違うスタイルになってしまい、足が一本無かったり目が四つに増えていたりと作画崩壊まで起こしていたのだ。
ただ、その後全く再販されなかったが故に『新宝島』の赤本は一種の伝説となり、古本屋での値段も沸騰。既に70年代には数十万円もの値段がつくようになっていた。今やその価値は初版で数百万円にもなっており、さらに再販でも数十万円の価値がついている。
また、現存する初版は僅か3冊しかないと言われている。
◇単行本について:リメイク版
1970年代以降講談社から出版が始まった、歴代の手塚治虫マンガを集めた『手塚治虫漫画全集』。当然、この『新宝島』もぜひ収録したい、と編集側は強く要望していた。だが上記の理由から、手塚氏はずっと拒否し続けてきた。戦後初期の漫画と言う事もあり、現在の読者層には合わないのではないかという危惧もあったと言う。
しかし最終的には編集側の熱意に折れ、また作品の価値もしっかり認識した上で、1981年に「第281巻」として出版される事となった。
ただし単なる復刻ではなく、手塚治虫先生本人が新たに描き下ろしたリメイク版として。
昔の絵柄はそのままに、酒井氏に手を加えられる前の状態を出来るだけ再現した、いわば「ディレクターズカット版」であり、元の内容に加え、構想のみで実現しなかった内容も織り込んでいる。作画が無茶苦茶だった部分もしっかり直されており、ターザンの顔も構想どおりのものになった。そして結末についても手塚氏が元々暖めていた構想が含まれており……。
詳細ないきさつについては『手塚治虫漫画全集・新宝島』のあとがきにも書かれているので、気になった方はぜひ。
その後、オリジナル版も2009年になってついに復刻。現在はリメイク版と一緒に気軽に読めるようになっている。
◇余談
1965年に虫プロダクションで『新宝島』と言うアニメ作品が製作されているが、今回紹介している『新宝島』とは関係ない別の作品である。
以下、ネタバレにつき折り畳み。ガラケーの人はご注意を。
大冒険の中、ピート少年は度々妙な違和感を感じていた。
海賊ボワール、宝島、ターザン、人食い人種、そして宝島。どれも全て、彼が想像しただけの存在のはずである。それが全て彼の思ったとおりの姿で現れ、そして様々な活躍や悪行を繰り広げる――これは一体どういうことなのだろうか?
その全ての真相は、大冒険が終わった後、犬の口から直接明かされた。
「ぼくはほんとは犬じゃないんだ。パンって妖精さ」
ピート少年に助けられた犬――いや妖精「パン」は、そのお礼としてピート少年が抱いた空想の世界を現実にしたのである。何もかもが都合よく進んでいったのもそう言う理由だったのだ。
しかし、パンが世界を改変できるのはここまで。大冒険を終えた先に待ち構えているのは、20世紀と言う現実の壁である。宝は税金として没収、一緒にやって来た動物たちは税関に引っかかり、バロンも国外追放――妖精の力でも、こればかりは変える事が不可能だと言う。
「だから、夢は一番いい所でおしまいにすべきなんだ」
ピート少年が見守る中、パンは別れを告げて飛び去っていった。
そして、全ての「夢」は終わった。宝も動物もバロンも消え、船長も冒険の事など一切知らず、地図に書かれた宝島も今や某国の石油貯蔵施設にされていると言われてしまった。
がっかりするピート少年の目に、ふとボトルに入った海賊船の模型が入った。彼はその船に「ボアール号」と名づけたい、と船長に伝え――。
「聞いてくれますか?ぼくの冒険談!」
「犬が全ての真相を語る」「夢オチな結末」などは構想の段階で手塚先生が暖めていたアイデアだが、細かいところはリメイク版製作の際に新たに書き下ろしたものである。20世紀が舞台なのに時代錯誤な海賊と言うのは幾らなんでも無茶苦茶だ、と言うのがこのオチにした理由だ、と語っている。
なお、妖精パンの名前の由来は、永遠の子供・ピーターパンである。
追記・修正は自分の仕掛けた落とし穴に何度も落ちた後にお願いします。
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▷ コメント欄
- 確かビリケンでオチにこの本が出てたのを覚えてる。当時は知らなかったけど百万円以上の価値がある本だったのかこれ…!! -- 名無しさん (2016-03-03 19:34:19)
- 誇張抜きで「そのとき、歴史が動いた」だったんだろうな…手塚先生がいなければ今の日本文化は無かった -- 名無しさん (2016-03-03 23:37:52)
- 最近父が買ってきた雑誌に付録として冒頭だけの小冊子付いていたけど ディズニーの影響が強く出ている気がした -- 名無しさん (2016-03-03 23:56:34)
- あまりに伝説化されて語られているけど構図やストーリーの分量とか、実際は戦前漫画にも有って技術的には革命より復興の方が近いらしいけど、情報伝達の遅い時代に数十万部と言う部数を売上、瞬く間に全国的に有名になった点はそれまでの漫画と一線を画すとか、何にしても大きな特異点としてその名を刻んでる作品 -- 名無しさん (2016-03-05 08:49:59)
- 藤子不二雄のお二方は『漫画道』でこの作品の衝撃を書いているよね -- 名無しさん (2022-01-30 22:30:55)
- サカナクションの曲は漫画家の映画の主題歌としてこれ以上ないタイトルだよね -- 名無しさん (2022-10-18 21:39:07)
- 次も その次も その次もまだ目的地じゃない 夢の景色を探すんだ 宝島 -- 名無しさん (2023-07-23 22:16:12)
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