◇第五話:ラプター
正午になり、強い日差しが照り付ける。
平坦で傾斜の少ない地形は障害物も少なく、旅は順調だった。
軽快なエンジン音が鳴り響き、車はどんどん進んでいく。
「配送車の給油、やっといてよかったわねー。」
ハンドルを動かしながらメイズさんが言った。
メイズさんの社用車はとても頑丈で、どんな悪路でも走行できるようになっているらしい。
さすがは天下のトライスペース社だ。
車は少し揺れるが快適だった。
隣のミリーちゃんは目を閉じて、気持ちよさそうに風を感じていた。
長い髪がゆらゆらとなびいて輝いている。ちょっぴり羨ましい。
「あ、見て!」
遠くの湖に牛のような動物の群れを見つけた。水浴びをしている。
ミリーちゃんは興味深そうにその様子を眺めている。大きな瞳がきらりと光った。
「おいしそう。」
……この子にとっては、生き物はなんでも食べものに見えているのかも知れない。
「このぶんなら明日には着きそうだな。」
私たちは少しずつ目的地に近付いていた。
――――――
「なんだこりゃ」
丘を超えた先にあったものは巨大な人工物だった。ビルのようなものが、地面に斜めに突き刺さっている。
側面は大部分が焼け焦げていて、金属の大きな板が溶けて変形している。また、ところどころに尖った出っ張りや穴が見えた。
全体的に茶色く変色している。墜落してから長い時間が経っているように見えた。
穴から中を覗き込むと、深い闇が広がっていた。
「うわぁ、なんだか不気味だねぇ。」
「あんまり中を見ないほうがいいぞ。船員の死体があるかもしれない。」
「ひっ!?」
私は思わず飛び上がった。怖いことを言わないでほしい。
抗議しようと思ってティフを見ると、真顔で宇宙船を観察していた。冗談でおどかされたわけじゃないみたいだ。
「でかい宇宙船みたいに見えるな。連合軍の艦船に似ているが、艦橋の形が少し違うな。」
「これは、宇宙移民時代の巡洋艦ね。確か……アトランティック級だったかしら。」
ティフは驚いた様子で、メイズさんを振り返る。
「詳しいな。」
「まぁ、ちょっとね。」
「それにしても派手にやられてんなー。」
遠くには同じくらいの大きな残骸が横たわっていた。
「あっちのほうにもあるね。半分に折れちゃったのかな?」
「そうねぇ……。」
メイズさんは軍艦の残骸を見比べながら首を傾げている。
「どうしたの?」
「何か変ね。これで全部なのかしら。」
「どういうこと?」
「おーい、置いてくぞー。」
船の奥からティフの声がする。行動が早い。
私たちは慌てて後を追った。
――――――
巡洋艦の内部は埃っぽく、床には砂が溜まっていた。
私たちはじゃりじゃりと砂の音を立てながら、薄暗く長い廊下を恐る恐る歩いていった。
乗員は脱出したらしく、遺体などは見当たらなかった。
床が斜めになっているから歩きにくい。
「お化けとか出ないよね……。」
「大丈夫大丈夫~。」
メイズさんは慣れた様子でどんどんと先に進んでいく。
振り返ると、ミリーちゃんも平気そうな顔をしていた。
「く、暗い……。」
歩いたり梯子を上ったりして20分ほど進むと、艦橋に辿りついた。
中に足を踏み入れるとモニターが淡く光を放った。
「まだ動力が生きているみたいね。」
「手分けして情報を集めよう。」
手分けして、とは言うものの、軍艦の中にあるものなんて私に分かるわけがない。
周囲を見回すと、中央には大きな台座のようなものがあり、その周囲をぐるりと囲うように、椅子やモニターが設置されている。
モニターの下を見てみると、小さな収納スペースがあった。開けてみると、小さな拳銃が入っていた。
この中で拳銃を使うような状況——。私は怖くなって、それ以上考えるのをやめた。
隣を見ると、積もった埃で手形を作って遊んでいるミリーちゃんの姿が見えた。
ティフがひときわ大きな机でコンソールをいじると、中央の台座から星図が映し出された。
片腕だと操作し辛そうだ。
「ここは惑星マルーンと言うらしい。やはり私達の知っている星系じゃないみたいだ。」
「権限がないから、情報はあんまり読み取れないわねー。でも、このシステムは古い規格だから、少なくとも30年以上前に墜落した船だと思う。」
「なるほど。ひょっとしたら大昔、外宇宙に派遣された調査部隊なのかもな。……おっ、広域スキャンの結果は閲覧できるみたいだ。」
「この星に他の陸地はないみたいだな。ここはでかい島ってことらしい。」
「結局、あの塔に行かないと何もわからないってこと?」
「そうなるな。やはり行くしかないみたいだ。」
――――――
外に出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。
空一面に輝く星が綺麗だ。
私たちはここで野営をすることにした。
ちょっと嫌だったけれど、仕方がない。
ティフは「あっちの方も見てくる」と言って、もう1つの残骸の方へ行ってしまった。
メイズさんは鼻歌を歌いながら、星を眺めている。
彼女は何者なんだろうか。とぼけたような素振りを見せたと思ったら、やけに鋭いことを言うこともある。
今までは、ただの変な酒飲みくらいにしか思っていなかったけれど、妙に場慣れしているというか……。
「メイズさんって、なんだかこういう状況に慣れてる感じだよね。」
「そう?まぁ、一人暮らしが長いからね。」
「配達員の前は、どんなことしてたの?」
「うーん……ベルちゃんには教えてもいいか。」
メイズさんは貨物を置いて振り返った。
「私、家出してるのよね。……ママは物心つく前に亡くなっちゃったんだけど、パパとは折り合いが悪くてね……。」
「えっ、そうなんだ。あんまり仲良くないんだね。」
「まぁねー。色々勉強させられたり、訓練とか……。」
「訓練?」
「まぁ、色々とね。家の事情、というか。」
あまり細かいことは話したくないみたい。
「……お父さんとはどのくらい会ってないの?」
「16で就職したから、もう家を出てから4年くらいになるかなぁ。」
「そんなに!?連絡はしてるんだよね……?」
「全然。そんなことしたら連れ戻されちゃうわ。」
「そっか……。」
父親と仲が悪いって、どんな感じなんだろうか?
「私も、早くうちに帰ってお父さんを安心させてあげなきゃ。」
「ねぇ、それって—。」
メイズさんは何かを言いかけた。
その時、遠くの方を見つめていたミリーちゃんが突然立ち上がった。
「どうしたの?」
ミリーちゃんの見ている方を注視すると、遠くから走ってくる人影がうっすらと見えた。多分、ティフだ。
右腕を振り回しながら、しきりに何か叫んでいる。
「何かしら、やけに慌ててるみたいだけれど。」
メイズさんも気付いたようだ。
目を凝らすと——暗闇の向こうから何かの大群が追ってきているのが見えた。
「なにあれ!?」
「わからないけど、準備した方がいいみたいね!」
「ーい。……おーい!車を出せー!」
ティフの声が聞こえる頃には、全員車に乗り込んでいた。
メイズさんは素早く周囲を確認すると、車を急発進させた。
「しっかり掴まってて!」
エンジンが唸り、全速力で走り出した。
私は双眼鏡を取り出すと、ピントを合わせた。機械の群れが追ってきているのが見える。
追いついてきたティフが車体の後部を掴む。
ガンっと音が鳴り、車体が一瞬沈み込んだ。
「どうしたの!あれは何!?」
「わからん!いきなり襲い掛かってきたんだ!」
機械は人間より一回り大きいサイズで、どんどん近づいてきている。
よく見ると、左右に二対のホバー装置を備えた機械だった。ドローンを思わせる見た目だ。
弾をばらまいてきている。すぐそばを弾丸がかすめるたびに、恐怖を覚えた。
「運転替わって!!」
そう叫ぶと、メイズさんはシートの背を乗り越えて後部座席に飛び移った。
車が大きく揺れる。
「お、おい!!」
ティフが慌ててハンドルを掴む。
メイズさんは荷台の金属ケースから銃を取り出すと、下部のレバーを引いた。
"ガシャン"と、大きな音が鳴る。
すぐに狙いを定め、引き金を引いた。
光弾が放たれ、機械の中央に命中した。
暗闇に火花が散り、バランスを崩した機体が墜落していく。
「えっ?」
意外そうな声とともに、メイズさんは呆気にとられたような顔をした。
「よ……よーし、次!」
再度レバーを引き、撃つ。
——また当たった。光の弾が発射されるたびに、フラッシュを焚いたように周囲の様子が映し出される。
「どんどんいくわよ!」
その後もメイズさんは繰り返しレバーを前後させ、引き金を引いた。
一発も外すことなく、次々と撃ち落としていく。
レバーを引くたびに、銀の銃身が光る。
発射される光弾は全て急所に命中しているように見えた。
「すごい……!」
メイズさんが戦えるなんて知らなかった。ティフも目を丸くしている。
でも、なぜか撃っている本人が一番驚いているように見えた。
これなら何とかなるかも!
「……あれ?」
弾が出なくなってしまった。
引き金やレバーを何度引いても、カチカチと小さな音が鳴るだけだった。熱を帯びた銃身から煙が出ている。
メイズさんはゆっくりとこちらを振り向くと——。
「たはは……オーバーヒート……。」
青ざめた顔で、力なく笑った。
「崖だ!」
ティフが吠えると同時に車ががくんと傾き、大きく揺れた。
とっさに振り返ると、行き先には底が見えないほどの深い闇が広がっていた。
急ブレーキの反動で車体が前のめりに沈む。
止まらない!
私たちは、車ごと宙に放り出され、なす術なく落下していった。
目の前がぐるぐると回転し、暗闇に吸い込まれていく。
恐怖からか、落ちる速度がスローに感じられる。
その時、何か大きな羽根のようなものが、私たちのすぐ横を駆け抜け……。
体が浮き上がる感覚を覚えた。

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