◇第四話:赤い星
澄んだ海面が光を反射していた。
そのとき——「かかった!」
糸がぴんと張り、竿が持っていかれそうになる。
すんでのところで持ち直し、少しずつ、竿をひいてはリールを巻く作業を繰り返す。
ぎぎぎ……と糸がきしむ音を聞きながら集中する。徐々に魚影がくっきりと見えてきた。
ばしゃ、ばしゃと跳ねるたびに、鱗が宝石のようにきらめいている。30センチはあるだろうか、思ったよりも大きい。
「メイズさん、網!網!」
「はいは~い。」
すぐ近くまで引き寄せた段階で、助けを求める。
メイズさんが横からぬっと網を出し、獲物を掬い上げた。
——やった!
「おお~、結構大きいね、やったじゃない。」
メイズさんは素早く魚を締めながら言った。これで10匹目だ。
ミリーちゃんはメイズさんが魚を締める様子を興味深そうに見ている。
「釣りって案外面白いんだね。」
「でしょー?……本社の下でも美味しい魚が沢山釣れるのよねー。」
私たちは海岸から突き出た岬で魚釣りをしていた。
周囲は濃い赤紫色をした大地が広がり、まだらに草木が生えている。
時折大きな岩が突き出ており、下に濃い影を落としていた。
時々動物の姿も見える。ここに来る途中、ダチョウみたいな鳥も見た。
「さあて、あと何匹か釣ったら帰りましょうか。」
「はーい。」
少し太陽が傾き始め、過ごしやすい気温になってきていた。
ふと、私は来た方角を振り返り、強い日差しに目を細める。
遥か彼方に、巨大な塔が聳え立っているのが見えた。
——プラネットイーターとの戦いから、5日が過ぎていた。
――――――
あの戦いのあと、私たちはこの星で目を覚ました。
どんな仕組みでここに飛ばされてきたのかもわからなかった。
宇宙港のドックを巻き込んで転移してきたようで、メイズさんの宇宙船やいくつかの物資も周囲に転がっていた。
そこにセプテントリオンの姿はなかった。
宇宙船の飛行装置は故障していて飛び立つことはできなかったけれど、動力炉が生きていたため、船体をキャンプ替わりにすることにした。
幸い、この赤い星は温暖でやや乾燥した気候だったため、それなりに過ごしやすい環境になっている。
何とか生きていくことはできそうだった。
だけど。
「お父さん……どうしてるかな?」
ぽつりと私が呟くと、ミリーちゃんが私の袖を引っ張った。
目を合わせると、少し心配そうな顔をしている。
私はにこりと笑いかけると、手をつないで再び歩き出した。握った手があたたかい。
魚で満杯になったクーラーボックスを揺らしながら、私たちは帰路についていた。
真っ赤な太陽に照らされ、大地が更に赤く輝いていた。
…………。
「ほら、見えてきたよ。」
岩場の向こうに宇宙船が見えてきた。
その下でティフが難しい顔をしながら右手でコンソールのキーボードを叩いている。
「おー、帰ってきたか!」
「ただいま!今日は大漁だったよー!」
「うお、すっげーな、よくやった!」
クーラーボックスを開けて見せると、ティフが歓声を上げた。
「じゃあ忙しそうだし、魚は私が焼いてくるわねー。」
メイズさんはティフの左肩をちらりと見た後、クーラーボックスを受け取り、簡易キッチンを組み立て始めた。
「そっちは何か収穫あった?」
「あぁ。やっとコンピュータの修理が終わったぜ。
で、この星について、船にある共通データベースに記述を見つけた。」
ティフが片手でコンソールを操作しながら話し始めた。
「昔、地球がだめになったとき、生き残りが6つの船団に分かれて宇宙に脱出したことは知ってるだろ?」
「うん。去年学校で習ったよ。」
「私らの先祖……第一船団よりも先に、他の船団がこの星に移住しようとしていたらしい。
たぶん、今ここが住みやすくなっているのはそいつらのおかげだな。」
「へぇー。じゃあ、この星にも誰か住んでるってこと?」
「あー、ちょっとそこらへんが分からないんだよな。」
「どういう事?」
「辺境の星……ドラスーⅢから無人探査船を向かわせたみたいなんだが、衛星軌道上で通信が途絶えちまったらしい。」
「で、最後の通信で送られた画像データに映っていたのが、どうやらあの塔ってことみたいだぜ。」
「そうなんだ。じゃあそこに人がいるって事?」
「そこなんだが……。ここに来た初日から救難信号だの、信号弾だのでSOSを出してただろ?」
「あ……。」
「そう。今までだれも来ていないってことは、人がいない可能性が高い。」
「そうなると宇宙船も動かせないし、このままじゃずっとここに足止めだ。」
ティフの言葉に血の気が引いていく感覚を覚える。
胸の奥が、ぎゅっと痛んだ。
帰れない?
——お父さんに、もう会えないって事?
動揺した私を見て、珍しくミリーちゃんが口を開いた。
「でも――。」
「まだわかんないと、思う。」
「そうだ。ちびすけの言うとおりだ。方法はある。これを見てくれ。」
ティフはコンソールを操作し、モニターを私の方へ向けた。
「これが、無人機が最後に撮影した、この星の様子だ。赤い島の真ん中に、白い部分が見えるな?」
「この白いのが、おそらくあの塔のある基地だ。大きさは、約10キロメートル四方。」
「大規模な基地があるってことは、何らかの通信手段が残っている可能性が高い。使える宇宙船もあるかもしれないしな。それに……」
「ひょっとしたら、本当に私たちに気付いていないだけかも知れないしね。」
メイズさんが戻ってきて、魚の串焼きをティフに一本渡した。
よく見るとかなり焦げている。
「おいおい、黒焦げじゃねーか!」
「食べれるからいいでしょー?」
「料理がへたくそ過ぎるだろ……。」
メイズさんはのほほんとしており、ティフは呆れた顔をしている。
この二人はなんだかいつも噛み合わないな。
ティフは私を振り返り、目を細めてニッと笑った。
「まぁ、つまりそういうことだ。行ってみなきゃわからないさ。」
この日は皆で魚を食べた。メイズさんの焼いた魚は苦かったけれど、美味しかった。

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