◇第三話:セプテントリオン
銀の騎士はプラネットイーターの頭部を右腕で掴み、大きく振りかぶると建物へ叩きつけた。
衝撃波が胸に響く。
怪物は少し身もだえると、耳をつんざくような音を立て、建物全体を激しく振動させた。
周囲が砂のように分解されていく。あの能力で地面を掘り進めていたのか、と私は感覚的に理解した。
騎士は気にも留めず、そのまま左手で怪物の下顎を掴み、上下に押し広げた。
ばきばきと音を立てながら、顎があらぬ方向へと曲がっていく。
銀の装甲に怪物の尾が絡みつく。
尾の先には紫の光が収束していき、先程までとは比べ物にならないほど強力なレーザーが射出された。
レーザーは騎士の胴体に直撃した。乱反射した光の筋が周囲に散り、近くのコンテナや床を溶かしていく。
灼けた鉄の匂いが私の鼻を刺した。
攻撃をまともに受けたためか、銀の騎士は大きくよろめいた。
数歩後ずさりした後、私たちの近くに膝をつく。プラネットイーターも力を使い果たしたのか、壁に埋まったまま沈黙している。
夢の再現のようだった。
膝をついた騎士の姿が夢と重なる。そうだ、彼の名前は……。
「セプテントリオン……?」
私は少しの間、茫然とその光景を眺めていた。
天井のかけらが私のそばに落ちると、ハッと我に返った。
そうだ、今のうちにみんなで逃げないと!
振り返ると、ティフが倒れている。駆け寄ると、胸が静かに上下する様子が見えた。気絶しているだけで、なんとか無事なようだ。
安堵すると同時に、庇ってくれたことを思うと涙が溢れそうになった。
——ミリーちゃんは?
ハッとして周囲を見渡すと、騎士の方へ歩いて行ってしまっている彼女の姿を見つけた。
「ミリーちゃん!ダメ!!待って!」
そう叫ぶと私は思わず駆け出した。
ミリーちゃんは騎士の体を軽快に登り、ちらりとこちらを振り向いた後、胸の上部分に行ってしまった。
私も慌ててよじ登ると、上部が開いていることに気付いた。ミリーちゃんは中に入ったようだ。
中を覗くと、座席とレバー、フットペダルがあり、飛行機の操縦席のようになっていた。誰も入っていない。
驚いていると、地響きが起こった。プラネットイーターが再び動き出したのだ。
その衝撃にふらつき、脚を滑らせて中に落ちてしまった。
「いたたた……。」
私が座席に乗り込むと、ハッチが閉じ、周囲が緑色の光に包まれた。どうやら動き出したらしい。
正面のモニターに何やら文字やメーターのようなものが表示されている。
ミリーちゃんが後ろから現れ、膝の上に座った。
「くるよ。」
「えっ?……うわ!」
モニターに周囲の様子が映し出された。突撃してくるプラネットイーターが見える。
私は無意識に操縦桿を握り、右手中指と薬指のボタンを押しながら前に倒した。すると機体が前傾姿勢となり、攻撃を躱すことが出来た。
更にフットペダルの操作を組み合わせ、振り向きざまに左ストレートを敵に叩き込んだ。
——おかしい。
ガンと鈍い音がして、怪物がのけぞる。
「武器があるよ。」
ミリーちゃんの言葉を聞いた私は、そのまま騎士の腕を相手の方に突き出し、ツイン・ブラスターを連射した。
腕の発射口から放出された光弾が次々に命中し、装甲を破壊していく。
——なんで動かせるの?
腰からライトニング・ソードを取り出し、倒れた相手に突き立てると、紫色の液体が噴き出していく。
無意識に体が動き、的確に操縦して次々に攻撃を繰り出す。私は機体を思い通りに使いこなすことが出来ていた。
それどころか、武器の名前や戦い方も知っている。
私は奇妙な感覚に戸惑っていた。戦いへの恐怖は徐々に薄れ、高揚感が高まっていく。
やっと本来の自分になれたような感覚さえ覚えた。
知らないはずなのに体が知っている。
初めてなのにどこか懐かしい。私はこのロボットのことを知っている。
——"彼"は、明らかに私の操縦で動いている!
「左だよ」
左を見ると、プラネットイーターの尾がこちらを捉え、レーザーが発射された。
とっさに腕ではじくと、停泊していた宇宙船が一瞬のうちに融解し、赤い塊となって消えてしまった。
私がその光景に戸惑っていると、プラネットイーターは甲高い咆哮を上げ、機体に巻き付いてきた。
しまった!
慌ててもがくが、ぴったりとまとわりついて剝がせない。
こちらを向いた頭部に紫色の光が収束していく。エネルギーをチャージしているようだ。
加えて、傷ついた部分が徐々に修復されていく様子が見える。自己再生能力も備えているのか、ものすごいタフさだ。
尾で強く締め上げられた腰の装甲が、徐々に歪んでいく。
「この……離して!!」
慌てて左腕で頭部を掴み、剣を何度も突き刺す。
プラネットイーターの外殻がはがれていき、おぞましい内部が露わになっていく。
機械ではなく、本当に怪物のようだった。
割れた装甲の隙間から無数の触手があふれ出し、どんどんまとわりついてくる。
触手を切りつけるたびに紫色の液体が流れていく。機械のオイルではなく、怪物の血液のようだった。
頭の大きな装甲が剥がれ落ち、中から沢山の蠢く眼球が現れた。
その一つと目が合ったとき、底知れない恐怖を覚える。
私のすべてを覗かれているようだった。
——こんなものが、人間の作った機械であるはずがない。
悪魔。そう形容するのがふさわしいと感じた。
「うわあああぁ!!!」
あまりの恐ろしさに半狂乱になりながら何度も攻撃を繰り返すが、エネルギーの収束が止まる気配はない。
プラネットイーターの全身が輝き始める。直観的に、今までで最も強力な攻撃を繰り出すつもりだとわかった。
「大丈夫、大丈夫だよ」
「え?」
ミリーちゃんが私の手をぎゅっと掴みながら顔を覗き込んだ。
そうだ、私がなんとかしないと、みんな死んでしまう!
少し冷静さを取り戻した私は、勇気を振り絞って、思いきり怪物の頭部に剣を突き刺し――
そのまま上にねじり向け、軌道を逸らした!
光が一転に集まり、光線が放たれた。モニターが白一色に染まり、私はあまりの眩しさに目を細め、手をかざす。
…………。
やがて光が途切れると、怪物は動かなくなっていた。
徐々に生体部分が崩れていき、支えを失った機械が落下していく。
周囲は滅茶苦茶になっており、壁や天井は砕け、あちこちで煙が立ち上っていた。
「終わったの……?」
「うん。」ミリーちゃんが返事をした。
普段通り無表情にも見えるが、少し笑っているような気がした。
怪物の崩壊が止まる様子はない。後ろを見ると、ティフも無事なようだ。
心臓は高鳴り、まだ手が震えている。私は息を大きく吐くと、シートに深くもたれた。
「助かった……。」
私は安堵してコクピットから出た。
ふと光を感じて上を見ると、大きくあいた穴の真ん中に月が見えていた。
レーザーによって溶解した隔壁が赤く円状に輝いている。
その様子をじっと見ていると、色が失われ、光が消えた。
「おーい!」
呼び声に振り向くと、搬入口の奥から人が近付いてくるのが見えた。
目を凝らしてよく見てみると、メイズさんだった。金色のポニーテールを揺らしながらこちらに手を振っている。
私とミリーちゃんが一緒に降りると、こちらに駆け寄ってきた。
「なになに~?これ、どうしちゃったの!?なんでベルちゃんが乗ってるの?」
メイズさんは周囲の様子やセプテントリオンを指さし、私に聞いた。
「あはは、色々と。自分でもちょっとよくわからなくて。
メイズさんこそ、どうしたんですか?」
「色々って……?。まあいいか。今朝、この子の事を調べるって言ったじゃない?」
メイズさんはミリーちゃんの飛び出た前髪をいじりながら話し始めた。
「宇宙船の貨物ブロックにまだ何か残ってないかなーって思って、ここまで来て色々探してたんだけど、
外を見たらこんなことになっててびっくりしちゃったわよ。」
「えっ、避難しなかったんですか?」
「いやぁー……。それが、音楽を大音量で聴いてたから気付かなくて。たはは。」
メイズさんは首の後ろを掻きながら、少し恥ずかしそうにそう言った。
「へ、へぇ~……。」
あんなことがあったのに気づかないなんて、本当に変な人だ。
「なんだ、お前も居たのか。」
目を覚ましたティフも歩いてきた。
「ティフ、大丈夫?」
「派手にやられたが、腕が一本吹き飛んだだけで済んだみたいだ。
それより何なんだ?あれは。」
銀の巨人は静かにこちらを見ている。
「うーん、わからない。なぜだか私たちを助けてくれて、ミリーちゃんを追って乗り込んだら動かせて……。
名前はセプテントリオンって言うみたいだけど……。あ。」
そういえばミリーちゃんは戦っているときにアドバイスをくれていた。
何か知っているのかも。
「ミリーちゃん、この……彼?はなんだかわかる?」
ミリーちゃんは小さく口を開き、そのまま少し考えるような素振りを見せたが、最終的にはいつも通り、「わかんない」と言った。
その瞬間——
轟音と共に小さな影が空を横切り、遅れて大きな衝撃が起こった。
周囲の空間が砕けていく。
視界が紅く染まり、体が浮き上がるような――
もしくは分裂していくような感覚を覚える。
この紅い光は見たことがある。
どこかで――。
次第に私は薄まっていき、やがて意識を手放した。

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