第一話 謎の荷物

ページ名:第一話 謎の荷物

◇第一話:謎の荷物 

宇宙移民時代、次元悪魔龍の遺体から培養された細胞は、人類に新たな技術革新をもたらした。

究極の動力『P.I炉』、超硬金属『コリオバイト』、そして万能重合体『オオタニ・ポリマー』……。

革命的技術の結晶である『新型ハルディナス部隊』は、度重なる戦いにより、その殆どが失われてしまった。

星間戦争から5年、連合国は復興の道を歩みだしていた。

――――――

土砂降りの中、懸命に走り続けた。

「はっ、はっ、はぁ、はっ……」

髪を振り乱しながら一心不乱に逃げ続ける。
濡れた服が体に張り付く不快な感覚があるが、気にしている余裕はなかった。

地面に激しく打ち付けられる雨音に混じり、這うような恐ろしい音が聞こえる。
振り返ると、禍々しい紫色の光と黒く長い影が視界に映った。

「やだ、やだよ!誰か助けて!!」

建物の陰に隠れ、固く目を閉じる。
巨大な影が、ひときわ大きく吠えた。

その瞬間——視界が紅く染まり、何かが砕け散るような轟音とともに大地が揺れた。

恐る恐る建物の陰から外の様子を伺うと、そこには銀色に輝く巨大な騎士が佇んでいた。
彼の周囲には水蒸気が立ち上り、荘厳な雰囲気を纏っている。

騎士はゆっくりと振り向き、私に静かに頭を垂れた。胸の鎧が開いていき……。

「——ル」、「ベル」

肩になにかが、触れた。

――――――

「うわ!」

驚いた拍子にベッドから転げ落ち、目を覚ました。

「ベル、大丈夫ですか?……学校に遅刻しますよ。」
「はひゃ……へ?」

床から天井を見上げながら、私は間抜けな声を出した。どうやら夢を見ていたらしい。

「さぁ、座って。間に合わないから、このまま食べてください。」

ひょいと体を持ち上げられ、椅子に座らせられる。目の前に朝食が差し出された。
今日のメニューは小さな焼きたてのクロワッサンがふたつに、ベーコンが散らしてあるレタスとトマトのサラダ、コーンスープだった。

「おはよう……ありがと、お父さん。」
「どういたしまして。」

私は中指で目をこすりながらお礼を言った。

お父さんは後ろで私の髪を梳かしながら、私の肩を軽くたたき、私に食事を摂るよう促す。
ブラシを上げ下げするたびに、小さくモーターが駆動する音が聞こえる。この音は好きだ。

「なんだかこういうの、久しぶりだね。」

クロワッサンを口に放り込んでぱりぱりと音を立てる。
自分で朝の支度をするようになったのはいつごろからだったかな。

昔はなんでもやってもらってたっけ。
……あの夢も、ずいぶんと久しぶりに見た。

「昨日は眠るのが遅かったんですか?」
「うん、ちょっとね。」
「ほどほどにしておかないと、健康に悪いですよ。」
「わかってるよ。」

お父さんが髪を編み終わると同時に水を飲み干し、手を合わせてごちそうさまと挨拶した。
表情はわからないが、無機質な板の向こうで微笑んでいるような気がする。

お父さんはロボットだ。

「それでは私は仕事に戻りますから、着替えと、歯磨きをしていってらっしゃい。」
「うん。」

お父さんはそう言うと厨房の方へ歩いて行った。
家の一階はお父さんの経営するレストランになっている。 

着替えを済ませ、急いで下の階に降りようとしたとき、上から呼び止められた。ティフだ。

「おーい、ベル!今日は遅いな!」
「ティフ!おはよう!」
「送っていこうか?」
「だいじょーぶ。急げば間に合うよ!」

ティフは階段の向こうからひょっこり顔を出して笑っている。
ギザギザの歯がまぶしい。

今日は仕事がないのか、下着に、くたびれたタンクトップ一枚で髪もぼさぼさだ。
準備を待っていたらむしろ遅くなってしまうだろう。

だらしないと思ったけど、今日はお父さんに朝の支度を手伝ってもらったんだっけ、少し恥ずかしい。

「今日は帰ってきたら港の方まで映画でも観にいこうぜ!デザートもおごるからさ!」
「ほんと!?ラッキー!」

笑顔で返事を返すと、ティフは目を細めながらサムズアップしてきた。

私は店の外の駐輪場へと向かった。自転車にまたがり、ペダルを踏みこむ。

「よーし、急ぐぞ!」

春らしい空気が頬を撫で、ほどよい湿気を含んだ風が気持ちいい。

下り坂でぐんぐんと速度が増していき、後ろでおさげがゆらゆらと揺れている感覚がする。

丘を超えると街の全体が一望できた。
宇宙港の周囲にぽつぽつと巨大ビルがそびえ、放射状に都市が広がっている。
その光景を見ながら、今朝の夢について思いを馳せる。

ここ数年は夢のことを忘れていた。昔は何度も同じ夢を見ていた……と思う。
記憶は鮮明で、ただの夢にしては妙にリアリティがあった。

あの騎士は何者なんだろう?

私は何に追われていたんだろうか?

色々と考えていると学校が見えてきた。
携帯端末でチラリと時間を確認すると、なんとか間に合いそうなのでほっと胸をなでおろした。

教室に駆け込むと同時にチャイムが鳴った。
先生もまだ来ていない。セーフ!

「ベルが遅刻するなんて珍しいじゃーん!」

席に座ると、怜が振り返りながら声をかけてきた。

「怜ちゃんおはよ。アラームをつけ忘れちゃって……。」
「へぇー、しっかりもののベルがねぇ。意外だなぁ。」
「あはは……私だってこういう事もあるよ。」

私の友達、水無月怜は顎に手を当て、思い出すような仕草をした。
スポーツマンらしい引き締まった腕だ。かっこいい。

「うーん、まぁ確かに、たまに抜けてるとこもあるよね。
 昨日の社会の時間はびっくりしちゃった、まさか8年前の事件を知らないとは。」

「ちょっとぉー、忘れてよ!」

前言撤回。ぜんぜんかっこよくない。

「でもさ、ベルは最近このあたりに引っ越してきたわけじゃないんでしょ?」
「うん……でも、あんまり昔のことは覚えてないんだよね……。」

具体的には、8年前以前のことは殆ど覚えていない。
本当の両親の顔も思い出せないし、そもそも実在していたのかもわからない。
普段は平気だけれど、こういう時は少し孤独感と疎外感を感じる。

お父さんが頑張って私を育ててくれたことを思い、こんなことを考えるのは最低だと、ぶんぶんと頭を左右に振った。
クラスメイトと話していると、担任の先生が教室に入ってきた。

「みんなおはよう、ホームルーム始めるぞー。」

――――――

放課後、友達と別れて正門前に行くと見覚えのある車が止まっていた。
窓から手を振っている女がいる。ティフだ。

「おーい、こっちだ!約束通り遊びに行こうぜ~。」
「迎えに来てくれたんだ、ありがとう。」

急いで駆け寄り、助手席に乗り込んだ。私の自転車は荷台に積んでくれていた。
ティフは制服姿の私を見て、「一旦店に帰って着替えるか。」と言った。

古い軽自動車のエンジンが唸る。
エンジン音は大きいがあまり速度は出ていない。

「ねぇ、そろそろ車買い換えたら?前に乗せてもらった時よりぼろぼろになってる気がするんだけど……。」 
「う……か……金がなくてな……。」
「そっかぁ……。まだ仕事は見つからないの?」

「まぁな。戦時中はともかく、今は平和だからな。ちょっと短期の仕事が入っても、こいつのメンテ費ですぐになくなっちまう。」

運転に集中しながら、機械の腕を軽く動かして私に見せた。
ティフは元軍人のサイボーグだ。

「ね、お店の手伝いをしてみたら?お父さん……マスターなら喜んで採用してくれると思うけど。」

「タダで住まわせてもらってるんだから、これ以上世話になるわけにはいかないぜ。それに私は不器用なんだ。」

ハンドルを切りながらティフは答えた。

よく見るとレバーを引いても方向指示器が点滅していないことに気付いた。怖いなぁ。
……彼女とは長い付き合いになる。店の前で倒れているところを見つけた時、すごく驚いたことは覚えている。
奇麗な青い髪がなびくティフの横顔を見ながら、そんなことを思い出した。

ふと海の方を見てみると、切り立った崖が緩やかな弧を描いてどこまでも続いている。
巨大な入り江のようにも見え、反対側にうっすらと陸地が見えている。

「ねぇ、あそこに行った事ある?」
「ん?ああ、あの岬か。一度だけ行った事があるな。展望台はいい眺めだったぜ。」

「私はまだ行った事ないんだよね。……ティフはいつからこの星に来たんだっけ?」

「お前たちと出会ったころだな、5年くらい前。だから、例の事故は見ていない。
 8年前だったよな?なんだったか、ええと……そう、『フロンティアデバイス暴走事故』。たしか、あの辺も陸だったんだよな。」
「うん……。」

赤信号で車が止まり、少しの間、沈黙が流れた。

「……。」

「……。」

ティフは突然私の頭を掴むと、わしわしと撫でまわした。

「わ!ちょっと!」
「へへ、辛気臭い顔するなよ!」

笑顔でそう言うと、手を離した。

「こっちの方が無事で良かったよな。」

「うん。」

――――――

私たちが店に到着する頃には、陽が傾いてきていた。

「よーし、もうすぐだ。……ん?」
「どうしたの?」
「ベル、見ろよ。今日もあいつが来てるぜ。」

「うわ、メイズさんだ。今日は配達日だったかな……。」

店の隣にトライスペース製の配送車が止まっている。
つまり、メイズさんが来ている。

「あ、ベルちゃーん!!元気してたー!?お姉さん寂しかったよ~♡」

店に入るなり飛び出してきたメイズさんのハグを華麗に躱し、お父さんにただいま、とあいさつをした。
お父さんは厨房から少し顔を出し、手を振って肩をすくめた後、メイズさんを指さした。どうやら私が相手をしなきゃいけないらしい。

「メイズさん、今日はどんなご用件ですか?」 
「ベルちゃん、そんな他人行儀な言い方しないでよー。私たちの仲じゃん。」

「あ、お荷物の受け取りですね、サインしますよー。」
「うぅ……取り合ってくれない……。」

私はカウンターに空になった大量のビール瓶が置かれているのを見逃さなかった。
まともに酔っ払いの相手をしたら負けだ。

「というか仕事中にお酒なんて飲んでいいんですか?」
「ここで今日の配送は終わりだからいいのよ~♪」

お店でお酒を飲むためにうちを最後にしたに違いない。
彼女のいつものパターンだ。
店内を見回すと、時間が早いからか、珍しく他にお客さんは誰もいなかった。

「あとはここの荷物だけだから、勝手に持って行っていいわよ~。」

配送車の鍵を渡された。なんていい加減なんだ……。

いつもそうだけど、荷物の受け取りを済ませる前に飲まないでほしい。
お父さんも注意してくれないかな。
私の保護者はみんなに甘い。

お会計でぼったくってやろうか、なんて考えながら店を出ると、眉を逆ハの字にしながらティフが待っていた。

「ごめんね、ちょっと荷物を運ばなきゃいけなくて……もうちょっと待ってて。」
「やっぱりか……あのバカ、いっちょぶん殴ってきてやろうか?」

「ややこしくなるからやめて。」

ティフとメイズさんは相性が悪いのか、顔を合わせるとすぐに喧嘩してしまう。
だからこういう時はいつも外で待ってもらっていた。

荷下ろしだけティフに手伝ってもらって、車輪付きの大きなコンテナを店内に持ち込む。
いつもは小さな冷蔵庫に入る程度の量だけど、今日はやけに大きい。私の身長くらいの大きさがある。

「お父さーん、こんなに沢山注文したの?」

お父さんはまた厨房から顔を出し、少し停止した。
あれはびっくりした後に頭のコンピュータが頑張っているときのリアクションだ。
予想外のことが起こるとお父さんはたまにああなる。

「いや、そんなはずはないんですが。裏で中身を確認してもらってもいいですか。」
「おっけー。」

バックヤードに荷物を運ぶ。ちらりとメイズさんを見ると、空き瓶は最初に見たときの倍近くの量になっていた。
もうコップに注ぐのも面倒なようで、瓶のままラッパ飲みしてる。
素面の時はいいとこのお嬢様みたいなのにな……。
あんな大人にはならないようにしようと思いつつ、コンテナにつけられた送り状のタグを見る。

惑星バーネ産の冷凍魚、香辛料……いつもの荷物だ。もう一枚、送り主が匿名のタグもついている。
あて先は、『アウターアース・7 第五地区 Cエリア 32-5 渡り鳥亭』

——うちのことだ。中身がなんなのか、表記がない。

「怪しい……。」

とりあえず開けてみることにした。

コンテナの中には、いつもの食品が入った段ボールと……これだ、怪しげな大きいケース。
鍵穴や取っ手は見えないけれど、中央に手形のマークがある。
なんとなく触ってみると、ひとりでに箱が開いた。

「え……!?」

霧のような冷気が広がり、視界が白く染まる。
そこには——小さな女の子が入っていた。

 

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