第一話 謎の荷物

ページ名:第一話 謎の荷物

 ◇第一話:謎の荷物

 私は暗闇の中を懸命に走り続けた。

「はっ、はっ、はぁ、はっ……」

 髪を振り乱しながら一心不乱に逃げ続けた。
 背後からは、這うような恐ろしい音が聞こえる。
 
 振り返ると、禍々しい紫色の光と黒く長い影が視界に映った。
 
 建物の陰に隠れ、固く目を閉じる。
 巨大な影が、ひときわ大きく吠えた。

 「——来て!」

 誰かがそう叫ぶと、視界が紅く染まる。
 何かが砕け散るような轟音とともに地面が揺れた。

 恐る恐る建物の陰から外の様子を伺うと、そこには銀色に輝く巨大な騎士が佇んでいた。
 彼の周囲には白い水蒸気が立ち上り、荘厳な雰囲気を纏っている。

 騎士は静かに頭を垂れた。胸の鎧が開いていった。

「——ル」、「ベル」

 私の肩になにかが、触れた。

 ————————

「うわ!」

 突然視界が反転し、後頭部に衝撃を受けた。

「ベル、大丈夫ですか?……学校に遅刻しますよ」
「はにゃ……へ?」

 ベッドの下から天井を見上げながら、私は間抜けな声を出した。

「さぁ、座って。間に合わないから、このまま食べてください」

 ひょいと体を持ち上げられ、椅子に座らせられる。
 机を見ると、すでに朝食が準備されていた。
 ふわりとクロワッサンとスープの香りが広がる。

「おはよう……ありがと、お父さん」
「どういたしまして」

 私は指で目をこすり、お礼を言った。
 お父さんは私の髪を梳かしながら、肩を軽く叩き、食事を摂るよう促す。
 ブラシを上げ下げするたびに、小さくモーターが駆動する音が聞こえる。この音は好きだ。

 私はクロワッサンを口に放り込んでぱりぱりと音を立てた。
 香ばしく甘い香りが鼻をくすぐった。
 パンをちぎり口に放り込むと、甘い味が口の中に広がった。
 とってもお腹がすいていたので、私はどんどんと食べ進めた。

「ゆっくりでいいですよ」
「ふぁい」
 
 お父さんが髪を編み終わると同時に水を飲み干し、手を合わせてごちそうさまと挨拶した。
 無機質な板の向こうで微笑んでいるような気がした。
 お父さんはロボットだけど、私にとっては大切な家族だ。
 ずっとこんな生活が続けばいいと心からそう思った。
 
「そうだ。ベル、お誕生日おめでとう。プレゼントですよ」
「わ!お父さんありがと。開けていい?」
「もちろん」

 プレゼントの包みには、奇麗な書体で「誕生日おめでとう、ベル・ペッパー」と書かれてあった。
 慎重に包みを開けると、指輪が入っていた。
 銀色の装飾が綺麗だ。朝日にかざすと、きらきらと輝いた。

「大切にするね!」

 指輪は左手の人差し指にはめた。

 もう十六歳になったんだ。
 ……そろそろ自分で起きられるようにならなくちゃ。
 
「昨日は眠れなかったんですか?」
「うん、ちょっとね」
「ほどほどにしておかないと、健康に悪いですよ」
「わかってるよ」

「それでは私は厨房に戻りますから、着替えと、歯磨きをしていらっしゃい」
「うん、仕込みがんばってね」

 お父さんは厨房の方へ階段を下りて行った。
 家の一階はお父さんが経営するレストランになっている。

 私は急いで着替えを済ませて階段を下った。
 玄関のほうから声がかかる。
 そちらを見ると、青い髪の女性が義足に挟まった埃を落としていた。
 居候のティフだ。
 
「ただいま。あれ、まだ学校行かなくていいのか?」
「おかえりー!今行くところだよ」
「おお、そうか、学校終わったら買い物にいこうぜー!」
「おっけー!」

 私は鞄を取り、玄関に向かった。

「あ、そうだ、誕生日おめでとう!」
「ありがとう!」
 
 私は背中ごしにお礼を言い、店の外の駐輪場へと向かった。自転車に飛び乗り、力いっぱいペダルを踏みこんだ。

「よーし、急ぐぞ!」

 春らしい空気が頬を撫で、ほどよい湿気を含んだ風が気持ちいい。
 下り坂でぐんぐんと速度が増していき、後ろでおさげがゆらゆらとなびいている感覚がする。
 丘を越えると、私が住んでいる街が一望できた。
 遠くに宇宙港を中心に、巨大な建造物が取り囲んでいた。
 
 そんな景色を横目で見ながら、今朝の夢について思いを馳せた。
 ここ数年はあの夢を見ていなかった。なのに毎回記憶は鮮明で、妙にリアリティがあった。
 
 あれは何なんだろう?

 ————————

 教室に駆け込むと同時にチャイムが鳴った 。
 セーフ。
 
「ベルが遅刻するなんて珍しいじゃーん!」
 
 席に座ると、隣の席から黒髪のクラスメイトが声をかけてきた。
 
「ねぇ、昨日の夜大丈夫だった?」
「なんのこと?」

 私はきょとんとした。
 
「え!? 夜中に地震があったじゃん。みんな びっくりして飛び起きてたよ!ニュースも見てないの?」
 
 彼女は目を丸くして言った。
 おかしいな。私はぐっすり眠っていたし、お父さんは何も言っていなかった。
 
 クラスメイトと話していると、担任の先生が教室に入ってきた。

「みんなおはよう、ホームルーム始めるぞー 」

 ————————

 終業のチャイムが鳴った。
 ついつい夢のことを考えてしまって、今日の授業は全然集中できなかった。
 学校から出ると、正門前に見覚えのある古臭い黄色い車が止まっていた。
 ティフが窓から手を振っている。

「おーい、こっちだ!」
「迎えに来てくれたんだ、ありがとう!」

 急いで駆け寄ると、車のルーフマウントに自転車が積んであった。
 私は後部座席に乗り込んだ。

「一旦帰って着替えるか」

 ティフはそう言うと、車のキーを回した。
 古い自動車のエンジンが大きな唸り声を上げる。
 派手な音のわりに、車はのんびりと走っている。
 
「ね、この車買い換えないの?」
「それはそうなんだが、こいつのメンテ費でいつもスカンピンさ」

 ティフが機械の腕を持ち上げて見せた。
 確かに、お金があるなら居候なんてするわけないな、と思った。

 彼女、ティフ・ブルーとは長い付き合いになる。店の前で倒れているところを見つけたのが、私たちの出会いだった。
 本人曰く戦争帰りのサイボーグで「超凄い」んだとか。
 以前、ひどく寝坊したときに担いで走ってくれたけど、速すぎて怖かったことを覚えている。
 
 車の窓越しに海の方を眺めると、奇麗に丸く切り取られたかのような入り江が目に入った。
 あそこは元々陸だったらしいけど、10年くらい前にすごい爆弾が落ちて、消滅してしまったんだとか。
 
 ————————
 
 買い物を済ませた私たちが店に到着する頃には、空はすっかり暗くなっていた。
 店の隣にトライスペース製の配送車が止まっている。
 
「ベル、見ろよ」
「うわ、メイズさんだ。今日は配達日だったかな……ティフは外で待ってて」

 私はため息をついて店のドアを開けた。
 
「あ、ベルちゃ~ん!!元気してた~!?お姉さん寂しかったよ~♡」

 店に入るなり飛び出してきた金髪の女性——メイズさんのハグを華麗に躱し、お父さんにただいま、とあいさつをした。
 お父さんは厨房から少し顔を出し、手を振って肩をすくめた後、メイズさんを指さした。
 どうやら今回は私が相手をしなきゃいけないらしい。

「……メイズさん、今日はどんなご用件ですか?」
「ベルちゃん、そんな他人行儀な言い方しないでよぉ~。私たちの仲じゃな~い」

 彼女は再度すり寄ってきた、諦めが悪い。

「あ、お荷物の受け取りですね、サインしますよー」
「うぅ……取り合ってくれない~……」

 私はカウンターに空になった大量のビール瓶が置かれているのを見逃さなかった。
 まともに酔っ払いの相手をしたら負けだ。

「よよよ、私なんてどうでもいいんだ……はい、荷物は勝手に持って行ってね……」

 泣き真似をしながら配送車の鍵を渡された。なんていい加減なんだろう……。

「マスター、もう一本!」
 
 店の外へ出る時に、背後からメイズさんの叫びが聞こえた。
 ティフに手伝ってもらって、車輪付きの大きなコンテナを配送車から降ろし、店内に運び込む。
 いつもは小さな冷蔵庫に入る程度の量だけど、今回はやけに大きい。私のベッドと同じくらいの大きさがある。

「お父さーん、こんなに沢山注文したの?」

 コンテナを店のバックヤードに運び、いつもの仕事着——ディアンドル風の給仕服に着替えながらお父さんに声をかけた。
 お父さんはまた厨房から顔を出し、少しの間、すべての動きが停止した。
 
 アレはびっくりしたときに頭の中のコンピュータが頑張っている状態だ。
 予想外のことが起こると、たまにああなる。

「そんなはずはないんですが……。中身を確認してもらってもいいですか」
「おっけー」

 返事をしつつ、送り状のタグを見た。
 送り主はプラン食品で、中身は惑星バーネ産の冷凍魚、香辛料……いつもの荷物だ。もう一枚、送り主が匿名のタグもついている。
 あてさきは『アウターアース・7 第五地区 Cエリア 32-5 渡り鳥亭』。

 ——うちのことだ。でも中身がなんなのか表記がない。

「怪しい……」

 慎重にコンテナを開けてみると、中には食品が入った段ボールの下に怪しげな大きな箱——紺色の棺桶のようなものが収まっていた。
 
 お父さんに相談するべきだ。

 そう思ったが不思議な既視感を覚え、箱から目が離せなくなった。
 中央にある手形のマークが淡く光を放っている。指紋認証みたいなものだろうか?
 
 不思議な感覚に導かれるように、そっとマークに触れてみた。

 すると、ひとりでに箱が開いていく。
 冷たい煙が広がり、目の前が白く染まる。
 
 「え……!?」

 煙が急速に晴れていき、箱の中が露わになる。
 そこには——小さな女の子が入っていた。

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