◇第二話:悪夢再び
「うーん……」
箱の中の女の子は、上体を起こすとぼんやりとした目で私の方を向いた。
彼女は風変わりな見た目をしていた。
まず耳が長い。
長さは普通の人の3倍はあるだろうか。
ファンタジー小説に出てくるエルフみたいだ。
かなり小柄で、私よりも二回りほど小さい印象を受けた。
見た目の年齢は8~10歳くらいだろうか。
ぐう~~~。
突然腹の虫が鳴った。私のじゃなく、この子のだ。
「おなかすいた」
その声で、ハッと我に返る。そうだ、この子は何者なんだろう。
なんで荷物に入っていたんだ?
よく見ると――何も着ていない。
「服!服!」と、慌てて倉庫から昔着ていたシャツを取り出し、頭からかぶせる。
長すぎる裾を、彼女は無表情のまま両手でつまんでいた。
「えーと、君、名前は?」
「ミリー。」
「ミリーちゃんっていうんだね。どこから来たの?」
「わかんない。」
彼女はそう言うと首をかしげた。
首の動きに合わせて、額の上から触角のように生えた髪がぴょこんと動く。
少し冷静になってきた。……とにかくメイズさんに確認してみよう。
「メイズさん!」
バックヤードから出て確認しようと思ったが、メイズさんはもうすでに出来上がっていた。
顔が真っ赤で、うつろな目は閉じかけている。
空き瓶の量が、さっき見たときの更に倍になっている。
いつものことながら、度肝を抜かれる。
話しかけてからたっぷり3秒経った後に、ゆっくりとこちらを向いた。
「メイズさん、荷物の中に女の子が入ってて……。」
「女の子ぉ~?」
店の裏からミリーちゃんが出てきて、メイズさんの隣にちょこんと座った。
テーブルの上のおつまみを見ている。
「あれぇ~?君は誰かな~?これ食べたいの~?」
メイズさんがクラッカーの乗った皿を渡すと、ミリーちゃんはぱくぱくと食べ始めた。
お父さんが厨房から出てきた。
「ベル、どうしたんだい?その子は?」
「あ、お父さん!この子、この子が荷物だった!さっきのケースの中に入ってて……お父さん?」
お父さん、また固まっちゃった。
「メイズさん、あのケース、なんだか知らない?」
「わかんにゃいなぁ~。その荷物はたしか、コルデの集荷場で……うーん?忘れちゃった!たははは!!」
だめだ、完全に壊れてる。
「おーい、やけに遅いけどなんかあったのか……って、こいつ酒飲みすぎだろ……。」
私を呼びに来たティフがメイズさんを見てドン引きしている。わかるよ。
「この子どもは?」
「なぜか荷物に入ってたんだよ。名前はミリーちゃんっていうみたい。」
「おおー、耳が長いな、変わったヤツ。」
ミリーちゃんは一心不乱におつまみを食べ続けている。
メイズさんはその様子が面白いのか、どんどんおかわりを渡している。
「ふむ、今日はお店をお休みにしよう。
警察に相談してくるから、ベルは留守番をしていてくださいね、その子を頼みますよ。」
硬直から再び動き出したお父さんはそう言って、軽く火の元の確認をしてから店を後にした。
おつまみを食べ終わったミリーちゃんは、宙をぼーっと見つめていた。どこか遠い場所を見ているようだった。
よく見ると、瞳孔がヤギの瞳のような形をしている。
ひょっとしたら、人間じゃないのかもしれない。
なんとなくそう思った。
「ミリーちゃん、お父さんが帰ってくるまでお話してようか。」
彼女は「うん。」と、頷いた。触角のような髪がまた揺れた。
かわいい。
みんなでしばらくミリーちゃんと会話をしたが、名前以外のことは「わかんない」とのことだった。
――――――
翌日になった。あのあと警察が来ていろいろと調べたり、関係各所に連絡を取ってくれたけれど、結局のところミリーちゃんに関する情報は見つからなかったらしい。
問題は一旦保留として、何かわかるまでこの子は一旦うちで預かることになった。
メイズさんは翌朝何も覚えていない様子だったので(なんと、カウンターに突っ伏して一晩中眠っていた!)、念のためもう一度聞いてみると、「ごめんね、本当に何も知らないの」と言っていた。
明日、本社に問い合わせをしてくれるとは言っていたけれど、望み薄だろう。
さて、今日は週末なので学校は休みだ。
ティフと一緒にミリーちゃんを連れて、宇宙港に必要なものを買いに来た。
第五地区はこの星では田舎だけど、宇宙港だけは大都会のように賑やかだ。
特に、港に直接繋がっている大きなショッピングモールには、1000店舗以上のお店が入っているらしい。
端から端まで歩くのに一日中かかるほどだ。
天井はとんでもなく高く、建物内が街そのものといっても良いかもしれない。
こういった大きすぎる建造物のことを、メガストラクチャーというらしい。
ミリーちゃんはきょろきょろとあたりを見回している。
あまり表情に変化がなく口数も少ないけれど、動作を見ていると、なんとなく何を考えているかはわかりやすい。初めて見るものに興味津々なんだろう。
「なぁ、どこから行く?」
「やっぱり服かな?かわいいのをいっぱい買おう!」
以前、あまり飾り気のない私を見て、メイズさんに無理やり買い物に連れていかれたことを思い出した。
あの時は着せ替え人形みたいにされて大変だったっけ。
――――――
……メイズさん、ごめんなさい。人を着せ替え人形にするのがこんなに楽しかったなんて。
私たちは子供服のお店に行って、次から次へとミリーちゃんに服を着せ替えて楽しんだ。
二人であーでもない、こーでもないと話し合いながら服選びをするのは楽しかった。
ちなみに、ティフはだらしがなくガサツな印象もあるけれど、服のセンスはなかなか良い。
以前、四肢が機械むき出しだから、服選びが大変だと言っていた。
結局、ミリーちゃんの服はサスペンダー付きのギャザースカートを中心に、かわいい系の衣装に決めた。よく似合っている。
ミリーちゃんは少し恥ずかしいのか、私の裾を掴みながら下を向いていた。
「楽しかったー!」
「ベル、ちょっと買いすぎじゃないか?」
「お父さんから結構もらってるから大丈夫だよ、自分のものも買ってるしね。」
「そうか。ならそろそろ帰るか?」
「えっ、もうそんな時間!?」
窓から外を見ると、陽が傾きかけているのが見えた。
買い物に夢中になっていたらしい。
「じゃあうちに帰ってご飯にしよっか?」
ミリーちゃんは小さく「うん」と頷いた。
私たちは駐車場に向かって歩き出すが、ミリーちゃんがついてこない。どうしたんだろう?
振り返ると、立ち止まって足元をきょろきょろと見回していた。
私は駆け寄って「どうしたの、行こ。」と声をかけた。
「ねぇ、なにかくるよ」
その言葉と同時に、地面が大きく振動を始めた。
地鳴りは徐々に大きさを増していく。
ショッピングモール全体がきしみ、周囲から悲鳴が上がる。
とっさに、私はミリーちゃんの手をつかんだ。
揺れは更に勢いを増し、ショーウインドウが割れ、天井や壁が崩れる音がする。
立っていられず、彼女に覆いかぶさった。
訳も分からぬまま、必死に無事を祈った。
地響きが止まり、周囲に静寂が戻った。
照明は消え、天井からさす月明かりが、巻き上がった埃に反射して淡く輝いていた。
地盤沈下が起きたのか、広場に巨大な穴が開いている。
「大丈夫か?」
頭を上げて周囲を見渡すと、背後からティフの声が聞こえた。
私達を庇ってくれていたらしい。
他の人々も声を掛け合っている。
皆が安堵しかけたとき、縦穴の中がぼんやりと紫色に光り出し、巨大な蛇のようなシルエットが鎌首をもたげていく。
その大きな塊の動きに合わせ、鉄骨のきしむ音と瓦礫の崩落が混ざり合い、空気を震わせた。
巨大な影――それは、穴から出ているぶんだけで20メートルをゆうに超えていた。
圧迫感に息が詰まる。あまりの出来事に足が震えて動かない。
「……あいつだ……。」
隣でティフがぽつりと呟いた。
私も知っている。教科書でしか見たことのない怪物。
——フロンティアデバイス、Civー1150。
別名、プラネットイーター。
その場にいた誰もが動けずにいた。ただ、目の前の脅威が去るのを静かに待つことしかできなかった。
巨大な怪物の頭が周囲を見渡し……私達の方を向いた。
怪物の顎が四方に裂け、甲高い咆哮が響き渡る。その内側は紫色に恐ろしく光っている。
「くそっ!」
怪物の頭がひときわ強く輝いたのを見るや否や、ティフは私とミリーちゃんを両脇に抱きかかえて飛びのいた。
その瞬間、今までいた場所にレーザーが撃ち込まれた。
床が真っ赤に灼け、瞬く間に溶解していく。
床材が泡立ちながら溶け、肌を焼くような熱気を感じた。
あれが当たっていたら——そう思うだけで血の気が引いた。
「逃げるぞ!」
プラネットイーターの頭部が再び輝く。
ティフは私たちを抱えたまま左右へ飛ぶように走った。
攻撃を躱しながらも、ティフは驚異的な速度で走っている。
車並みの速さだ。それでも距離を離すことはできていない。
怪物の進む速度も速く、身体をくねらせ、通りの柱を次々と砕きながら迫ってきている。
「くそ、速すぎる!」
「あっち。」
ティフはミリーちゃんが指さした方向――職員用通用口に飛び込むと、貨物運搬レールに駆け込んだ。
施設の裏側は殆ど自動化されていて誰もいない。
道を曲がったあと、レールに沿って駆け出した。
「ねぇティフ、あれって!」
「そうだ、プラネットイーター……8年前の怪物だ!」
「でも——でも、おかしいよ!なんで動いてるの!?」
後方で甲高い音が響き、壁が崩れる。振り返ると、怪物が無理やりトンネルに入り込もうとしている!
「ど、どうしよう!追ってきた!」
「落ち着け!あの巨体じゃ、簡単には入り込めないはずだ。このまま引き離すぞ!」
――――――
私たちは逃げ続け、宇宙港のドックエリアまでたどり着いた。
沢山の大きなコンテナが、巨大な空間に整然と並んでいる。
宇宙船は殆ど残っていない。
ここにいた人たちは皆、避難したみたいだ。
人の気配はなく、暗闇に赤いランプだけが光っていた。
けたたましい警報音と非常時のアナウンスが鳴り続けている。
「ハァ……ハァ……さすがに……限界だ…………。」
ティフは立ち止まり、私たちを降ろして壁に寄りかかった。
金属製の両足から熱気が立ち上っている。
「少し休憩したらここを出よう、外がどうなっているか確認しないとな。二人とも歩けるか?」
「うん。」ミリーちゃんが頷く。
「お前、肝が据わってるな……。それとも何も考えてないのか、どちらにせよ大物だな。」
ティフはミリーちゃんの頭をポンと叩いた。
私はティフに笑いかけた。
「ティフ、助けてくれてありがとう。」
「いいってことよ。まぁ、いつも世話になってるしな。」
そう言った次の瞬間、突然目の前の壁が砕けた。
「逃げろ!」
ティフは瞬時に状況を判断し、私たちを投げ飛ばした。
直後、ティフは怪物の体当たりを背中で受け止めた。
彼女は衝撃と共に弾き飛ばされ、砕け散った左腕が宙を舞う。
「ティフ!」
怪物は、壁に打ちつけられて身動きの取れなくなったティフに向き直った。
ゆっくりと顎が開かれていく……。
私はいてもたってもいられず、怪物の前に立ち、両手を広げた。
——とっさの行動だった。
意味がないことはわかっているが、そうせずには居られなかった。
死の恐怖に震え、脚がすくんで動かない。
でも、友達が……家族が死んでしまうのだけは絶対に嫌だった。
誰か、だれか……。
誰か――助けて!
そう強く願った時、目の前の空間が紅く砕け、巨人が現れた。
その姿は、何度も夢で見た、銀の騎士に違いなかった。

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