第二話 悪夢再び

ページ名:第二話 悪夢再び

 ◇第二話:悪夢再び
 
「うーん……」

 箱の中の女の子は、上体を起こすとぼんやりとした顔で私の方を向いた。
 彼女は風変わりな見た目をしていた。

 彼女は風変わりな見た目をしていた。まず耳が長い。
 長さは普通の人の三倍はある。
 まるでファンタジー小説に出てくるエルフみたいだ。

 かなり小柄で、私よりも二回りほど小さい印象を受けた。
 見た目の年齢は8〜10歳くらいだろうか。
 
 ぐう~~~。
 
 突然腹の虫が鳴いた。私のじゃなく、この子のだ。

「おなかすいた」
 
 その声で、ハッと我に返る。そうだ、この子は何者なんだろう、なんで荷物に入ってたんだ?

 よく見ると——何も着ていない。
 
 「服!服!」と、慌てて部屋に走り、昔着ていたシャツを引っ張り出してきた。
 急いで戻り、服を女の子の頭からかぶせる。
 長すぎる裾を、彼女は無表情のまま両手でつまんでいた。
 
 誘拐?人身売買かも!?こういう時はどうすればいいんだろう!?
 私がパニックになっていると、彼女はこてんと首を傾げた。
 首の動きに合わせて、頭頂部から飛び出た黒い髪がぴょこんと動く。
 
 子どもの前で慌てるのはよくない。落ち着こう、深呼吸……深呼吸……。
 
「えー……っと。きみ、名前は?」
「ミリー」
 
 謎の女の子——ミリーは、平坦な調子でそう答えた。
 
「ミリーちゃんっていうんだね。どこから来たの?」
「わかんない」

 ミリーちゃんは同じく平坦な調子で答えた。
 困った……とにかくこの箱を運んできたメイズさんに確認してみよう。
 
 ホールに戻ると、メイズさんはもうすでに出来上がっていた。
 顔は真っ赤で、うつろな目は半ばまで閉じかけている。
 私は彼女に駆け寄って、その背中をひっぱたいた。
 
「んえ~?なぁにぃ〜?」
「メイズさん!起きて!あの荷物はどこから送られてきたの!?」
「う~ん~と、ねぇ~」
 
 メイズさんはたっぷり3秒考え込むと、ゆっくり口を開いた。
 
「貨物はねぇ~、コルデの集積場で~勝手に積み込まれちゃうのよ~」
 
 ……ダメだ、この人をあてにした私が悪かった。
 
 騒ぎを聞きつけたお父さんが厨房から出てきた。

「ベル、どうしたんだい?それに、その子は?」

 振り向くと、ミリーちゃんが私の後ろに立っていた。
 私は女の子の肩を掴み、お父さんの前に突き出した。

「お父さん!この子、この子が荷物だった!」
「その子が荷物……ですか?」

 お父さんは顎に手を当てて聞いた。
 
「そうだよ!さっきの箱の中に入ってて……お父さん?」

 あ、お父さん、また固まっちゃった。
 お父さんは目の光が消えて、微動だにしなくなった。

「おーい、やけにうるさいけどなんかあったのか……って、こいつ酒飲みすぎだろ……」

 騒ぎを聞きつけて店に入ってきたティフがメイズさんを見てドン引きしている。わかるよ。

「この子どもは?」
「なぜか荷物に入ってたんだよ。名前はミリーちゃんっていうみたい」
「ふーん?やけに耳が長いな、変なヤツ」

 ミリーちゃんは私たちが話している間に、いつのまにかメイズさんの隣に座っていた。
 一心不乱におつまみのローストビーフを左手で口に運び、今度は右手でまた、もう一枚のローストビーフを口に運ぶ。
 そしてまた今度は左手で……一心不乱にローストビーフを食べ続けている。
 メイズさんはその様子を面白がって、どんどんとおかわりを渡していた。

「今日はお店をお休みにします。警察に相談してくるからベルは留守番をしていてくださいね、その子を見ていてください」

 お父さんは硬直から復帰するなりそう言って店を出る準備を始めた。

「ベル、せっかくの誕生日なのに今日はお祝いできそうにないですね」
「しょうがないよお父さん、また今度やろうね」

 今年は素敵なプレゼントをもらえたから、それだけで十分だと思えた。
 右手の人差し指にはめた指輪を、親指でそっと触れると自然と笑みがこぼれる。

「お、似合ってるじゃないか。おやじさんに貰ったのか?」
「へへー、いいでしょ」

 指輪をティフに見せびらかして自慢していると、ミリーちゃんが突然立ち上がった。
 床をぼーっと見つめている。
 
「どうしたの?」

 しゃがんでミリーちゃんの顔を覗き込む。
 床を見ているというよりは”もっと奥にある何か”を目で追っているように見えた。

 よく見ると、瞳孔がのヤギの瞳——横長の四角形のような形をしている。
 この子は本当に人間なんだろうか?

「——ねぇ、なにかくるよ」
「え?」

 その言葉と同時に、地面が大きく揺れ始めた。
 店全体がきしみ、棚から食器が落ちては次々と割れていく。
 
 とっさに、私はミリーちゃんの手をつかんで引き寄せた。
 揺れは更に勢いを増し、天井や壁が崩れ始める。

 私は立っていられず、彼女に覆いかぶさった。
 怖い。訳も分からぬまま、必死に無事を祈った。

 ————————
 
 地面の揺れが収まり、周囲には静寂が戻った。
 店は壁が崩れ天井は半ば落ち、およそ建物とは言えない状態になっていた。
 穴の空いた天井から差し込む月明かりが、巻き上がった埃を淡く照らしている。
 
「……ベル、大丈夫ですか?」

 背後からお父さんの声が聞こえる。私達を瓦礫から守ってくれていたらしい。
 ティフやミリーちゃんも無事みたいだ。

「ベル、怪我はありませんか?痛みは?」

 お父さんは狼狽えているようで、何度も同じようなことを聞いてくる。

「うん。なんとか大丈夫だよ」
「あぁ、良かった」
 
 私たちは店を出て、あたりを見回した。
 外は停電しているのか嘘のように暗く、正面の通りには巨大な縦穴が空いているのが見えた。
 
 闇に紛れてよく見えないが、周りの被害はそれほどでもなさそうだった。
 まるでここが震源地のようだ。

 私たちが安堵しかけたとき、縦穴の中がぼんやりと紫色に光り出し、巨大な蛇のようなシルエットが姿を現した。
 その大きな塊の動きに合わせて、金属のきしむ音と異様な駆動音が空気を震わせる。

「なに、あれ……」

 その影はビルのように大きく見えた。
 圧迫感に息が詰まる。あまりの出来事に足が震えて動かない。

「……星喰いだ……」

 ティフがぽつりと呟いた。
 その言葉で私も思い出した。学校で習った、文明の功罪……。

 ——フロンティアデバイス、Civ-1150。
 
 別名、プラネットイーター。

 封印された惑星改造用機械。
 
 ……なんでこんな所に?封印はどうしたの?
 
 その場にいた誰もが動けずにいた。
 巨大な怪物の頭が周囲を見渡し……私達の方を向いた。
 
 怪物の頭が四方に裂けて広がり、甲高い咆哮が響き渡る。
 その裂け目が不気味な紫色に光りだした。光はみるみるうちに膨らんでいき、周囲が照らされていく。
 
「——危ない!」
 
 怪物の頭がひときわ強く輝いたとき、お父さんが私を突き飛ばした。
 直後、広がった閃光に目が眩む。

「うわっ!?」

 視界が戻ると、すぐそこの地面が泡立ちながら溶けていた。肌を焼くような熱気を感じる。
 あれが当たっていたら——そう思うだけで血の気が引いた。

「お父さん!大丈夫!?」

 振り向くと、お父さんが倒れていた。

「お父さん!?」
 
 返事がない……何かがおかしい。
 
「お父さん!」
「逃げるぞ!」
 
 お父さんに駆け寄ろうとした瞬間、背中をティフに引っ張られた。
 ティフは私を肩にかつぎ、ミリーちゃんを小脇に抱えて走り出した。
 巨大な怪物——プラネットイーターの頭部が再び輝く。
 彼女は私たちを抱えたまま左右へ飛ぶように走った。
 
 飛んでくる熱線を躱しながらも、ティフは驚異的な速度で走っている。
 車並みの速さだ。機械の義肢がアスファルトの地面を蹴り砕く。
 
 プラネットイーターは身体をくねらせ、道端の車や家屋を次々と吹き飛ばしながら迫ってきている。
 地下鉄に逃げ込む人や、恐怖で動けなくなっている人もいる。
 視界の端に、宙を舞う人影が見えた。動悸が止まらない。

 徐々に距離が縮まっていく。
 
「お前たちだけでも逃げろ!」
 
 ティフはそう叫ぶと、私たちを前方に投げ飛ばした。
 直後、彼女は怪物の体当たりをまともに受けてしまった。
 
「ティフ!」
 
 怪物は、壁に打ちつけられて身動きの取れなくなったティフに頭を向けた。
 ゆっくりと光が膨らんでいく……。
 
 私はいてもたってもいられず、怪物の前に立つ。
 
 とっさの行動だった。
 
 本当は逃げるべきなのはわかっているが、そうせずにはいられなかった。
 友達が……家族が死んでしまうのだけは絶対に嫌だった。

「——呼んで」
 
 ミリーちゃんが言った。
 その言葉を聞いて、私は今、何をすべきなのかを理解した。

 ——夢と同じだ——
 
 左手を天にかざし、叫ぶ。
 
「来て!!」
 
 かざした手の先が紅く砕け、巨大な何かが降ってきた。
 地響きと共に土埃が舞う。
 
 その姿は、何度も夢で見た、銀色の騎士に違いなかった。

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