◇第十三話:代償
目が慣れてくると地上の様子が一望できた。
あちこちで崩落が始まっており、大地はひび割れて各所に穴が空いていた。
山は砕けて崩れ落ち、海には無数の裂け目が現れて海水が吸い込まれていく。
望遠モードで確認すると、鳥が一斉に飛び立ち動物の群れが地割れへと落ちる様子が見えた。
空の色は急速に暗くなりつつあって、昼間なのに星が輝いている。
水平線は大きく歪み、もはや世界の境界としては機能していなかった。
これが星の死——?
あまりの出来事に茫然としていると、ミリーちゃんが弱々しく私の膝を叩いた。
「……しっかりして……」
「そうだ、みんなを探さないと!」
急いで降下しながら、最大望遠で必死に施設周辺を探す。
施設中腹にある大きなハッチが開き、輸送船が出発するところが見えた。かなり大型の輸送船だ。
メイズさんたちが使える宇宙船を見つけたんだ。
「いこう!」
「うん」
私たちは宇宙船めがけて急降下した。
操縦席の目の前にたどり着くと、メイズさんとティフが見えた。
2人は私に気付くと一瞬嬉しそうな顔をしたが、すぐに真剣な表情に戻ると宇宙船の後方を指さした。
ティフはそのまま操縦席の裏にある扉を開けると、歩いていった。
船の後ろに回りこむと大きなハッチが開いた。ティフが手を振っている。
何やら叫んでいるが風の音で聞こえない。
「聞こえないよ! どうすればいい!?」
ティフは格納庫の内部を指さした。
急ぐように何度も手を振っている。
「入っちゃっていいってこと!?」
大声で確認するとティフは大きく頷いた。
セプテントリオンごと船に乗り込むと、大きな揺れが起こったがしばらくすると収まった。
私は背中のスラスターを畳み、セプテントリオンを跪かせた。
ティフは急いで壁のレバーを操作し、隔壁を閉じた。
「メイズ、急げ! 脱出するぞ!」
ティフがインカムに向かって叫ぶと宇宙船は急上昇していった。
コックピットを開けるとティフは私に急いで駆け寄り、私の頭を乱暴に撫でた。目が少しうるんでいる。
「やったな、ベル! よく無事に帰ってきた。ちびもよく頑張った!」
「うん」
「……」
私たちの反応にティフは一瞬戸惑った様子を見せたが、すぐにミリーちゃんを抱きかかえた。
「ちびは休ませないとな。ベルは歩けるか?」
「大丈夫だよ……」
「うわ!」
大きな衝撃をうけ、私たちは大きくよろめいた。
窓の外を見ると、割れた大地の下から刺すような光が漏れ出ていて、そこから岩盤の一部が宇宙空間に吹き飛んだり、あるいは落下して消滅していった。
惑星マルーンが崩壊していく……。
惑星はもはや球体を留めておらず、崩れた地殻と溶けた岩石が中心へと吸い込まれていく。星そのものが暗い破片の帯へと変わっていた。
私は見ていられず、目を逸らした。あそこに住む、数えきれない生き物が死んでしまったんだ。
ブラシカちゃんの故郷や仲間達も……。
崩壊の様子を見届けた後、ティフは私に向き直った。
「あの後すぐにブラシカが目覚めて、塔の反対側——翼人の村の方に一人で向かって行ったんだ」
「そのあと、私らが輸送船を起動させて待っていたら、村の生き残りを連れて帰ってきた」
「助かった人はいたんだ……」
「……結構な数がやられちまってたらしい。隠れていた子どもたちだけが助かったそうだ。三人だけだが……」
「そんな……」
「それで、島全体が崩壊を始めたから、やむなく出発したんだ」
「……」
「崩壊が始まったとき、ブラシカの様子がおかしくなった。——星の声が聞こえないと、言っていた」
その言葉を聞いて、胸の奥が締め付けられる感覚を覚えた。星が無くなってしまったのは、私のせいだ。
足が止まる。私はうつむいて硬く手を握った。
ティフも足を止めた。
「お前、その顔……」
「下で何があった?」
私は、今までのいきさつをすべて話した。
グラーナの事、地下での戦いの事、そして……星の命を使うと決めたこと。
————————
案内された居住スペースには、ブラシカがいた。
頭を抱えていて顔色が悪く、明らかに動揺している。
傍には大人びた子が一人と、小さな子が二人いて、心配そうにブラシカを囲んでいた。
背には翼が生えている……生き残りの翼人だろう。
「ブ……ブラシカちゃん……」
声をかけると、ブラシカは顔を上げた。目が真っ赤だ。
私の姿を見ると、少し表情が緩んだ。
「ベル……無事でよかった……。ミリーちゃんは?」
「別の部屋で寝てるよ」
ブラシカは、私のせいで星が無くなったことを知らない。
謝らなくちゃ……。
「ブラシカちゃん……」
「ベルはみんなを守るために、ミリーちゃんと二人で戦ってくれたんだよね。ありがとう」
ブラシカは目元を拭い、私にぎこちなく笑いかけた。
震えている……彼女は無理をしている。
「ブラシカちゃん、聞いて……星が死んじゃったのは、私のせいなの」
「……」
ブラシカの表情が強張った。
「地下で、すごく強い敵が出てきて……。一人じゃどうにもならなくて……」
「……」
「もうぼろぼろで、打つ手がなくて……」
「……」
「それで、星の命を……セプテントリオンに使っちゃったんだ」
「…………」
ブラシカは何も言わなかった。その沈黙が、私には責める言葉よりもずっと重く感じられた。
「ごめんなさい。本当に……本当に、取り返しのつかないことをしてしまいました」
「星の命を使うって決めたのは、私です」
謝罪と共に、深く頭を下げた。
場が、沈黙に包まれた。体が震える。
頭を上げられない。 ……ブラシカの顔を見るのが怖い。
「……で」
「出て行って」
「……っ!」
その言葉を聞いたとき、私は逃げ出すように部屋を後にした。
————————
何も考えられない。
宇宙船の低い天井を見ながら、身動き一つとれなかった。
どうすればよかったんだろうか。
あのとき、ああしていれば。
そんな答えのない問いが、ぐるぐると頭の中に浮かんでは消えていった。
ブラシカは二度と故郷に帰ることができないんだ。
想像もつかない苦痛だろう。私だったら、絶対に耐えられない。
あの時、諦めてしまえばよかったんだろうか。
そんな考えが、ふと脳裏をよぎる。
だめだ。そんなことをしたらみんなも巻き込んじゃう。
お父さんも悲しませちゃうことになるんだ。
だからって、許されることじゃない。
どうすれば……どうしたら……。
私がもっと強かったら。
私がもっと上手に戦えたら。
強くならなきゃ……守るために……。
もっと……強く……。
………………。
…………。
……。
————————
どれだけ眠っていたんだろう。
上体を起こすと、鈍い痛みを感じた。極限状態が続いていたせいだ。
たぶん、ミリーちゃんも同じだろう。
窓の外を見ると、暗闇が支配していた。何もない。
反射で室内の様子が映っている。
机を見ると、水差しが置いてあった。
コップに一杯そそぎ、ひといきに飲み干したあとベッドへ戻った。
そのとき、ドアをノックする音が聞こえた。
「……」
今は誰とも話したくなかった。入口に背を向け窓に映った部屋の様子を見ていると、ドアが開き遠慮気味に翼人の女の子が入ってきた。
ブラシカと一緒にいた、大人しそうな黒髪の女の子だ。年齢は私よりも少し年上に見える。
彼女は私の背中を見て少し悩む様子を見せたが、話し始めた。
「私、オレラって言います。……あの、さっきはすみませんでした」
「ティフさんとメイズさんに聞いたんです。あの時、ベル——さんが戦っていなかったら、みんな死んでいたかもしれないって」
「……」
「あの子も、本当はわかってると思うんです。でも、あの子は星の巫女だから」
「星の声を聞ける子……だから」
「……」
「私も、まだこの状況をどう考えればいいのかわかりません。でも、ベルさんが全部悪いわけじゃないと思います。きっとあの子だって、戦ってくれて感謝していると思います」
「私たちの命を救ってくれて、ありがとうございました——」
「……それでは」
扉が閉まった。

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