◇第十六話:P.L.D
「みえたよ、船」
「え、どこ?」
しばらく残骸の海を飛んでいると、ミリーちゃんが宙を指差した。
じっと目を凝らしながら進むと、ようやく輸送船を認識できた。エンジンの一部が壊れ、船体は停止している。
「あれかあ。ミリーちゃんは目がいいね、周りの残骸と見分けがつかなかったよ」
「ふふ」
ミリーちゃんは小さく笑った。
「あれ?」
景色に何か違和感を覚えた。目を凝らして観察すると、船の周囲だけ景色がぼやけているというか……。
しばらく見ていると、無線機からメイズさんの心配する声が聞こえた。
「ベルちゃん大丈夫!?」
「なんともないよ、やっつけてきた! そっちこそ攻撃された所は大丈夫だったの?」
「やっつけた?すごいわね! ……みんな元気よ。でも、エンジンが完全にやられちゃって動けないわ」
無事で良かった。
「ベルちゃん、一旦回収するから船の後ろについて」
「わかった」
貨物室の隔壁が開く。スラスターをたたみ、天井に背を向けた形でセプテントリオンを庫内にゆっくりと滑り込ませた。
格納庫の天井から伸びたアームがセプテントリオンを固定し、隔壁が閉じると同時に黄色い回転灯が回り始めた。
庫内に空気が満ちるまでの間は、待っているしかない。
一分ほど待つと、ランプが消えた。
私がコックピットを開放して床に降りると、船の内部隔壁を開いてティフが入ってきた。
「ティフ! 私やったよ!」
ティフは真顔でつかつかと歩いて来て、近くに寄るなり私の頭を右手で小突いた。
一瞬、目の前に火花が散る。
「うわ! ティフ、なにするのさ!」
「こら! なぜ逃げなかった!」
「う……それは、勝てると思ったから……それに船を守らなきゃって」
「心配させるなよ……」
ため息をつきながら抱きしめられた。
うーん……。
「……ごめんなさい」
「わかればいいんだ。次からは気を付けてくれよ……ほら、ちびも無理するなよ」
ティフは私を離すと、次はミリーちゃんを片腕でだっこした。ミリーちゃんも困ったような表情をしている。
心配する気持ちはわかるけど、もうちょっと私たちを信頼してほしいなと思った。
これでも少しは強くなったつもりだ。
……マルーンの一件以来、ティフは過保護になってる気がする。
「二人とも、操縦席まで来てくれない?」
天井にあるスピーカーからメイズさんの声が聞こえてきた。
「行こうぜ」
————————
「ここがこうで、座標はこうだから……」
操縦席にたどり着くと、メイズさんは首を傾げながら二枚の液晶パネルをひっきりなしに見比べていた。
「絶対このあたりなんだけれど……うーん?」
「どうしたの?」
「みんな来たわね。これを見て」
メイズさんが見せたパネルには、二つの点が重なり合って表示されていた。
「どうやら目標地点までは来られたみたいなんだけれど、何もないのよ。ベルちゃん、船に戻ってきたときは周りに何かあった?」
「そうだね……ガラクタばっかりで特に何もなかったと思うけど……」
「変ねぇ……確かに座標はここで間違いないわ。」
「目標が出している電波を遡れないのか?」
モニターを覗き込みながらティフが画面を指さした。
「短距離レーダーとか、デリケートなセンサー類はさっき壊れちゃったわ。細かい探知は無理ね」
「弱ったな……」
「とにかくエンジンの修理が最優先ね。皆を集めて今後の方針を……きゃ!」
突然船が揺れた。
とっさに窓の外を見ると、宇宙ゴミが下にながれていく。
……違う。
私たちの船が上へ動いてるんだ。
「なんだ!?」
「勝手に船が動いてるわ!」
「……上になにかいるよ」
ミリーちゃんの言葉を聞いたメイズさんは画面を切り替え、船外カメラの様子を映し出した。
何もないように見えたが、空間が歪み、徐々に黒い塊が姿を現した。
私たちの宇宙船の何倍も大きい……千メートルはあるだろうか。宇宙船というよりは、戦艦のような見た目をしていた。
よく見ると黒いワイヤーが何本か伸びており、私たちの宇宙船に固定されている。あれで引っ張られているらしい。
天井のスピーカーから声が聞こえてきた。
「輸送船のクルーへ次ぐ。どうか落ち着いて聞いてほしい。我々に危害を加える意図はない……我々はP.L.Dである、君たちを迎えに来た。繰り返す……」
————————
私たちの船は、巨大な戦艦の格納庫に丸ごと入れられてしまっていた。
オレラには船内に残ってもらい、ブラシカちゃんと子どもたちを見てもらうことにした。
私とミリーちゃん、メイズさん、ティフの四人で船を降りることになった。
念のため、私とミリーちゃんはセプテントリオンに乗って出た。
船の外に出ると、二十人くらいの兵士が出迎えた。
兵士たちは全員同じ銃と装甲服を装備していてフルフェイスのヘルメットを被っており、表情が見えない。
彼らはセプテントリオンを見上げると、少したじろいだ。
物々しい雰囲気だった。ティフとメイズが身構えると、兵士たちの後ろから気の抜けた声がした。
「おーい、ちょっと待ってくれ」
兵士たちが道をあけると、頭からつま先までマントで覆われた大男が立っていた。
大男の身長は二メートルをゆうに超えていて、肩幅もやけに広い。
フードは頭全体を覆い隠していて、顔もまったく見えない。
……怪しい。
「えー……と、P.L.Dへようこそ。いきなりで驚いているとは思うけどよ、悪くしねぇからリラックスしてくれや」
どう見ても怪しい……私たちは互いに顔を見合わせた。
しばしの沈黙のあと、ティフが大男に問いかけた。
「あんたたちは何者なんだ?」
「一応味方のつもりだ」
「いきなり捕まえておいてか?信用できねぇな。……そもそもP.L.Dって何なんだ」
「私知ってるわよ。たしかP.L.DってPlanetline of Defense——惑星間防衛機構の略でしょ」
メイズさんがそう言うと、男は「おぉ」と感心した様子をみせた。
「確か……人類の脅威を未然に防ぐための研究機関ってやつだったかしら。具体的に何をしているかは知らないけれど」
「ふーむ……一応存在は秘匿されているはずなんだがな。どこでそれを知った?」
「さーね。あんたたちの目的を教えてくれないなら、言わない」
メイズさんは腕を組んでそっぽを向いた。
「そうだな、これから色々と教えてやるよ。立ち話じゃなんだから、座れる所に案内するぜ。とりあえず、あんたはそのハルディナスを降りな」
怪しい男に指示され、私は少しムッとした。
「降りる前に、フードをとってよ。あなたも顔を出して話すのが筋じゃない?」
「……しょうがねぇな、見て驚くなよ」
大男がフードを外すと、全員が息をのんだ。
——彼は昆虫のような顔をしていた。
左右二つずつ、計四つの目を持ち、アリのような大きなあごが左右から張り出し、頭頂部から二本のなめらかな触覚が伸びている。
「へへ……お前ら驚いたな? コミックの悪役みたいだろ」
続いて大男はマントを開いた。
体の各部は昆虫の殻のようなパーツで覆われ、それらをむき出しの筋肉のような繊維がつないでいる。
よく見ると、その一本一本がゆっくりと動いていた。ひょっとしたら肉の部分は触手の集合なんじゃないか。
大きな両手に3本ずつ生えた、かぎづめのような指も印象的だった。
「その姿……何者なの?」
「俺はポリクタってんだ。これでも人間なんだぜ? 事情があってこんな姿になってんだ。まぁついてきな」
——仕方がない。元々選択肢なんてないんだ。
私たちはセプテントリオンから降りた。
「じゃ、いくか」
「ブラシカたちに何かあるといけないからな、念のため私は残っておくぜ」
ティフを残し、大男の案内で私たちは格納庫を後にした。
————————
案内された部屋は研究室のような場所だった。部屋はグレーや黒を基調とした色合いで、暗い印象を受けた。
中には妙な機材や書類が散らばっており、足の踏み場がない。
よく見ると、奥には机に座って機械を覗き込んでいる女性がいた。
「おーい、連れてきたぜ」
「おお助手くん。ありがとう」
女性は作業の手を止めて、立ち上がった。
私たちを見ると、淡いピンク色のサイドテールが揺れた。
ずり落ちた丸眼鏡の裏には深いくまができていた。
着崩した白衣の下には、伸びきったTシャツを着ていた。
全体的に、ひどく疲れている印象を受けた。
「あ、ボーラだ」
後ろでミリーちゃんが声を上げた。全員の視線がミリーちゃんに集まる。私も驚き、ボーラと呼ばれた女性とミリーちゃんの顔を交互に見た。
疲れた様子の女性はミリーちゃんを見ると、表情を和らげた。
「知り合いなの……?」
「うん」
どういうことなんだろう?
——ミリーちゃんが何者なのか知ってるのかも。
ポリクタは呆れた様子でボーラに問いかけた。
「で、もうこんなに散らかしたのか? 誰が掃除すると思ってんだよ」
「ふふふ、私は止まっていられないのさ」
「は?」
頭を押さえながらポリクタが振り返った。
「……掃除するからちょっと待っててくれよな」
————————
ポリクタがなんとか部屋を片づけ、私たちは壁へ備え付けられた簡易ベッドに並んで座った。
ボーラは正面に丸椅子を持ってきて腰掛けた。ポリクタはその横に控えている。
「私の名はフォーリ・ボーラだ。先ほどは手荒な真似をしてすまなかった。逃げたり暴れたりされると取り返しがつかない事態になっていたから、なかば強引に連れてこざるを得なかったんだ。お詫びになんでも教えよう」
「それじゃあ、広域通信で先に教えてくれればよかったんじゃない?単純な電波を飛ばすだけじゃ意図は伝わらないわよ」
普段と違って語気が強い……さすがのメイズさんもこの状況にはかなり怒っているみたいだ。
「それに関しては申し訳ないな。我々は秘密裏に行動しているため、居場所や行動を悟られるわけにはいかないんだ。ミリー・V・クリーニスとベル・ペッパー……君たちが狙われているからね」
「私たちが狙われてる?」
「そうだ。君たちのことを狙っている人物は魔導士ザッカーという」
——魔導士ザッカー。聞いた事がない名前だ。
ミリーちゃんを見ると、首を振った。彼女にも心当たりは無さそうだった。
「ザッカーはP.L.Dの前所長で、主に魔導力学の研究を行っていた。もともとは人々のために熱心に研究に打ち込んでいたんだが、ある日突然……姿を消してしまった」
「その後は私が所長代理に就任した。徹底的に調査したところ、どうやらザッカーはこの世界——宇宙を消滅させるつもりだということがわかった」
魔導?宇宙を消滅させる?どういうこと?
突拍子もない言葉に面食らってしまった。
私が言葉に詰まっていると、メイズさんが苛立ったように口を挟んだ。
「そんなことできるわけないじゃない。この宇宙の広さは文字通り無限なのよ」
ボーラは顎に手を添えて少し考えると、「少し長くなるが……」と前置きし、話し始めた。
「今から三百年ほど前、地球を旅立った人類が宇宙を漂流していた時代……ある生命の死骸が見つかった」
「それは異次元の狭間に住む生命体だった。ドラゴンのような姿をしていたため、当時の学者はそれをこう名付けた……」
「次元悪魔龍……グラーナ?」
私が名前を言うと、ボーラは片眉を上げて話を止めた。
「知っているようだね」
「はい、夢で会いました」
「夢で……そうか。やつならそういうこともできるか。何か言っていたかい?」
「ええと、今の自分は魂だけの存在だとか、セプテントリオンはグラーナさんの心臓で動いているとか……あとは従者が私たちの元に向かってきているって言ってました」
「従者? ……おそらく、それは我々のことだろう。ポリクタ、私たちも勝手にしもべ扱いされてしまったね」
「俺に振るな。お前は気に入ってるかもしれないが、俺はあいつが嫌いだ」
ボーラが声をかけると、ポリクタはフンと鼻を鳴らしながら答えた。
「やれやれ……。従者うんぬんはいいとして、ザッカーの目的は悪魔龍に関連している。きみの乗っているハルディナス——セプテントリオンという機体は、次元悪魔龍の心臓で動いている」
「ちょっと待って。セプテントリオンのエンジンルームには何もなかったわよ」
「それはそうだろう。グラーナの心臓は機体内部へ密接に組み込まれている。部品として取り出せるものではない」
「本来ならばハルディナスはP・I炉が生み出すマナエネルギーで稼働するものだが、それを悪魔の生み出す超次元エネルギーで代用している形になるな」
「そして、悪魔龍の心臓を正常に稼働させるための鍵が——」
ボーラはミリーちゃんを指さした。
「ミリー・V・クリーニス、きみだ」
「ミリーちゃんが鍵……?」
ミリーちゃんはきょとんとしている。
「その子はグラーナの細胞から生み出された人工生命だ」
「次元悪魔龍から造られた……?」
「そうだ。次元悪魔は惑星から出るマナエネルギーを超次元エネルギーに変換することが出来る。きみはその力を目の当たりにしたはずだ」
「そうだったんだ……」
確かに人間じゃないかも知れないと思っていたけど……。
でも。
ミリーちゃんの小さな手に触れると、握り返してくれた。
目を合わせ、ミリーちゃんに笑いかける。
この子がどんな生まれでも関係ない。
私たちの様子を見て、ボーラは静かに微笑んだ。
「いい友達を持ったな、ミリー」
「うん」
「二人はどんな関係なの?」
「……ミリーは私の父が造り上げたんだ。名前は大谷育郎。オオタニ・ポリマーの開発者だ」
「オオタニ・ポリマーの開発者!?なるほどねぇ……」
メイズさんが驚きの声を上げた。
私も知っている。自己再生・自己修復能力を兼ね備えた、テラフォーミングに広く使われている素材だ。
「これは公開されていないが、オオタニ・ポリマーの再生能力は次元悪魔の細胞によるものだ」
「ミリーは、次元悪魔の力をより効果的に活用するために生み出された存在だ。だが……」
ボーラはしばらくの間目を閉じ、再び話し始めた。
「……ザッカーは、目的のために父を殺してミリーを奪おうとしたんだ。なんとかその子は奪われず、君たちのもとへ送り込むことができた」
「そうだったんですか……」
父親が殺されてしまったなんて……。
私だったら耐えられない。
「なんで私たちの店に送ってきたんですか?」
「それは……ベル、きみの父親がわりのロボットがいただろう。彼も私たちの仲間だ」
「え!?」
「おお、あいつか! あいつの作るメシは美味かったな!がはは!」
ポリクタが大きな声で笑った。
私はいてもたってもいられず立ち上がった。
「お父さんを知っているんですか!?」
「彼は帝国の放棄された宇宙ステーションで稼働し続けていたところを私たちが拾った——保護したんだ。故あって我々に預けられたきみを託して、田舎の惑星に隠した」
「お父さん、安否を確認できていないんです!グラーナさんは生きているって言ってましたけど……何か知りませんか?」
「グラーナがそう言ったのか……ううむ……」
ボーラは目を伏せ少し躊躇したが、やがて口を開いた。
「君たちがプラネットイーターの襲撃を受けた際に、信号は途絶えている。正直なところ……今どうなっているかはわからない」
そんな……お父さんが死んじゃった?
そんなまさか。でも、あの時お父さんは倒れてて……。
あれ?
私は床にへたりこんだ。
「ベル、だいじょうぶ!?」
「ベルちゃん!」
ボーラは私に駆け寄り、顔を覗き込んだ。
「まだ死んだと決まったわけじゃない。信号を送れない状態なだけで、もしかしたらメモリーは無事かもしれないんだ」
「お父さんは……死んでない?」
「……そうだ。まだわからない、だから落ち着け」
右手が暖かい……見ると、ミリーちゃんが手を握ってくれている。
メイズさんも肩を抱いてくれていた。
しばらく、私たちはそのままでいた。

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