◇第十五話:エクスキューター
「はっ、はっ、はぁ、はっ……」
「もうへばってきたぞ! あと十分だ、頑張れよ!」
「ええぇ! まだそんなにあるのー!?」
私はルームランナーの上で悲鳴を上げた。全身から汗が吹き出し、息が上がる。
ティフは隣で私を励まし続けている。少しでもペースを落とすと、お尻を叩かれてしまう。
必死に足を動かし続けた。
あれから1週間が経ち、私の身体はなんとか走り回れるくらいに回復した。
私はティフにお願いして、パイロットとして一人前になるために鍛えてもらうことにした……んだけど。
「はぁ……はぁ……ティフ……さすがにハードすぎない……?」
「パイロットをやるんだからな、身体づくりは大切だぞ。すぐに疲れて判断力が鈍るようじゃダメだ!」
「ひええ……」
ティフが厳しくしているのは、私のためを思ってのことだろう。
マルーン地下の戦いでは、危うくミリーちゃんも巻き込んで死んでしまうところだった。
みんなを守れるように私がもっと強くならなくちゃ……。
私は必死に足を動かし続けた。
過酷なトレーニングだけど、体を動かしている間だけは辛いことを考えなくても済んだ。
————————
一通りのトレーニングを終えた私は、居住エリアの境目まで歩いていった。
宇宙船内は白を基調とした色合いで、やや無機質に見える。
エリアの境目から隣を覗き込むと廊下が回転しているのが見えた。あっちが無重力ブロックだ。
隅の手すりをつかんで仕切りをくぐると、ふわりと体が浮き上がった。
無重力ブロックの壁一面にはバーのような出っ張りと足を差し込むための穴がいくつも並んでいて、すべるように移動することができる。
そのひとつに足をかけ、軽く蹴りこむ。すると身体が廊下をまっすぐに進んで行った。
曲がり角の手すりに手を伸ばすが、つかみ損ねてしまった。あわてて壁の穴に手をかける。
船内の移動方法はメイズさんに教えてもらったんだけど、やっぱりまだ慣れない。
私が移動に苦労していると通路の向こうから笑い声が聞こえた。
通路の角から覗き込むと、黒い影がものすごい速度で通り過ぎた。ミリーちゃんだ。
彼女は長い黒髪をなびかせながらジグザグに壁を蹴って進み、あっという間に見えなくなってしまった。
「まてー! わはは!」
その後ろから、二人の子どもが追いかけていった。翼人の子どもたちだ。
背が低く、まだ羽根が小さい。未就学児くらいの年齢に見える。
大きく遅れて、オレラが後から続いてきた。
「はあ……はあ……まって……あ、どうも……」
「元気ですね」
「ははは、遊び盛りですから」
オレラは胸に手を当て、呼吸を整えてからにこりと笑った。
「あの子たちはもう大丈夫なんですか?」
「ええ、最初は戸惑ってましたけれど、最近は元気そうですよ。まだ幼いので……」
「そうですか……」
「ベルさんはこれからどちらへ?」
「ちょっと格納庫へ行ってきます、セプテントリオンの様子を見ようかと」
二人で話していると、子どもたちが戻ってきてひょっこりと顔を出した。
「オレラー、おそーい」
「どうしたのー?」
「あ、ベルだ」
ミリーちゃんは私に気付くと近くに寄り、私の背中にくっついた。無重力だから重さは感じない。
ふわふわと浮く長い髪がくすぐったい。
「赤毛のおねーちゃんもあそぶ?」
「あそぶー?」
「私はまた今度にしておくよ。ミリーちゃんを借りてくね」
「はーい」
「では、私は失礼します」
「あ、ちょっと待って。……あの、ブラシカちゃんは、まだ……?」
オレラは目を伏せ、首を横に振った。
……前みたいに笑い合える日は来るのだろうか。
————————
「ベルちゃん、準備はいい?」
「OKです」
「隔壁閉鎖、ハッチ解放!」
ブザーの音と共に格納庫内を黄色い回転灯が照らした。
天井から吊るされたセプテントリオンが輸送船の後方へとスライドしていく。
全体が宇宙空間に出た時、機体を固定していたアームが開いた。
背部のスラスターが展開され、機体が起き上がった。
無線機からメイズさんの声が聞こえる。
「ベルちゃん、この前のおさらいをするわよ。無重力下での移動は、殆どスラスターに頼ることになるわ」
「基本的には背部の大きなスラスターで前進。急制動をするときは、鉄棒で逆上がりをするみたいに脚を前に突き出して、向きを変えてからスラスターを吹かすのよ。基本は上半身を進みたい方向に向けることね」
「わかってるよ」
「姿勢の微調整はミリーちゃんがやってくれるのよね?」
「そうだよ」
私の替わりにミリーちゃんが答えた。
「ならいいわ、二人とも気を抜かないでね」
「わかったよメイズさん」
「はーい」
私たちは宇宙空間でセプテントリオンを動かす訓練をしていた。
謎の信号の発信源が危険な相手だった場合、宇宙空間で戦う必要があるためだ。
……戦うのは正直気が進まないけど。
連日の訓練で宇宙空間の基本的な動作はマスターできた。
といっても私の操縦は大まかなもので、細かな制御はミリーちゃんに頼り切っている。
操縦桿やペダルだけじゃ、機体の各所にある細かなスラスターの制御は難しいのだ。
「ベルちゃん、もうすぐグレイゾーンに突入するわ。気を付けてね」
「おっけー」
周囲には徐々に漂う宇宙ゴミが増えてきた。
このあたりの宙間は宇宙船や兵器の残骸が漂う武器の墓場らしい。五年前に起きた戦争のせいなんだとか。
しばしば安全な航行を妨げる宙域として、星図上では灰色に描かれる。だからグレイゾーン、もしくは灰色宙域と言われている。
……と、メイズさんから聞いた。
「ベルちゃん、このまま船に随伴して邪魔になりそうな物があったらどけて頂戴」
「わかった」
宇宙船の周りを飛び回りながら大きな残骸を押しのけたり、ツイン・ブラスターで破壊したりしながら進んで行った。
壊れた戦闘機や何に使うかわからない巨大アンテナのようなものまで、様々なごみを見た。
巡洋艦や巨大な岩塊も押し返すことができた。
今更ながらセプテントリオンの能力には驚かされる。
こんなロボットがまだ何機もいるなんて。
「おっ、大きなのが流れてきたよ。これもどけちゃうね」
壊れた戦艦の影から巨大な緑色の塊が姿を見せた。
花のつぼみのような形をしていて、宇宙船の五倍ほどの大きさがある。
殆ど宇宙ステーションのような大きさだった。
「何かしらねぇ」
「なんだか、花のつぼみみたい」
「とにかくどかさなきゃ。よいしょ!」
私は素早く近づき両腕で押し始めた。
強めにスラスターを吹かすが思ったように進まない。ものすごく重いんだろうか。
「それは無理そうねぇ。迂回するから無理しなくてもいいわよ」
「おっけー」
諦めて通り過ぎた時、一瞬背後から青い光が差した。
「えっ?」
振り向くとさっきのつぼみが開いていく様子が見えた。内側が青く輝き、周囲のスペースデブリが不気味に反射光を返している。
花の中央には一本の大きなとげ——円錐状の突起物がつき出ていた。
花が開ききると、開いたつぼみの一本がセプテントリオンに叩きつけられた。
私たちは突然のことに反応できなかった。
「うわ!!」
私は弾き飛ばされて、巡洋艦の残骸にぶつかった。
「ベルちゃん!? 大丈夫?」
メイズさんの慌てた声が聞こえる。
「大丈夫……びっくりしただけ! それよりあれは何?」
「あれはまさか……なんで動いてるの……?」
すぐに姿勢をたて直し、花のほうを振り返った。
複数の花びらがそれぞれ怪しく輝き始め、先端から触手のようなものが伸び始めた。
「メイズさん! あれは!?」
「あ……あれはたぶん、Civ-1200『エクスキューター』よ」
「フロンティアデバイスの一種で、スペースデブリの除去が目的の個体よ! もう使われてないって聞いていたけど……」
「どうして私たちが襲われてるの!?」
「本来はデブリを処理する機械だけど、それだけじゃないの! こういった宙域には密輸業者やスパイが潜んでいて、そういった相手を始末する役割もあるのよ!」
「ええ!? 何も悪いことはしてないよ!」
「この古い船は宇宙連合に登録されてないの! だから攻撃されて……うわぁ!」
触手の先端から青いレーザーが射出され、そのうちの一本が宇宙船の後部に命中した。砕けたエンジンの部品が散らばっていく。
私はとっさに船の前に出て庇った。
「ミリーちゃん、シールド!」
私の指示を受けてミリーちゃんが念じると、前方に力場が展開された。
光の障壁がレーザーの直撃を受け止め、乱反射した光線が周囲のデブリを切り裂いていく。
「ぐううう……!」
「まだ、だいじょうぶだよ」
「このままじゃ足手まといね……ベルちゃんごめんなさい、一旦離脱するわ!」
「わかった……!! 後で追いかけるよ!」
輸送船は急加速を始めた。
宇宙船に視線を移すと、ブラシカが窓越しにこちらを見ていた。
表情までは分からない。
——船が十分に離れるまで盾にならなくちゃ。
私は向き直ると、怪物の中央を狙いツイン・ブラスターを連射した。
しかし、相手に光弾が命中する前に次々と消えていく。
「効かない!?」
「私たちと、おんなじ!」
ミリーちゃんが言うように、巨大花の周りをよく見ると、光が屈折して見えた。
あいつもバリアみたいなものを貼ってるんだ。
全ての触手がこちらを向き、逃げ道をふさぐようにレーザーを繰り出してきた。
「かくれながら戦おう!」
「賛成!」
ミリーちゃんの言う通りに、私は大きなデブリを遮蔽物にして陰から陰に隠れながら近づいていった。
隠れた残骸が破壊される前に次へ次へと乗り継いでいく。
もう少し……焦らずに……。
——今だ!
最後に距離を一気に詰めると、私はライトニング・ソードを抜き触手の一本を切り落とした。
「やったあ!」
「すぐ離れて!」
「え? ……うわぁぁ!」
怪物は触手を束ね、セプテントリオンの右足に絡ませた。振りほどけない……!
そのまま触手は私たちを振り回し、周囲のスペースデブリへ滅茶苦茶に叩きつけた。
「うっ……」
視界が目まぐるしく回転し続けている。上下左右が全く分からない。
触手を切ろうともがくが、うまく捉えることができなかった。
「しっかりして、落ち着いて狙って!」
「こ……こんのぉ……!」
機体を前かがみに丸め、やっとのことで触手を掴んで切断することに成功した。
スラスターをふかして逃れようとするが、すぐさま触手の群れが追いすがってくる。
あわてて距離を離すと、触手がシールドの外にまで伸びてきた。それらをツイン・ブラスターで撃つとちぎれ飛んだ。
「移動するのは苦手みたい」
相手は逃げ回る私たちに追いつくことができずにいる。
後ろを振り返ると、宇宙船はもう見えなくなっていた。
「みんなは逃げられたみたい。ミリーちゃん、このままやっつけよう!」
「どうやって?」
「任せて!」
私はさっきと同じように敵の周りを飛び回りつつ、次々に触手を撃ち抜いていった。
触手の数を十分に減らした段階でスロットルを上げる。
機体を急加速させ、エクスキューターへ肉薄した。すぐさま花の中央に向けライトニング・ソードを突き刺し、ひねりながら引き抜いた。
続けて傷口に正拳突きを叩きつけると、セプテントリオンの右腕が敵の内部へ深々と突き刺さる。
「やった!」
そうするとエクスキューターはすぐさま花を閉じてしまった。
——閉じ込められた!
「これって——うわあ!!」
エクスキューターは内側に伸ばした触手からレーザーを発射した。内部へレーザーが乱反射していく。
大量の青白い光が目まぐるしく視界を跳ね回る。シールドで防ぐことはできるが、エネルギーが心配だ。
「止まって!!」
刺さった腕をねじりながら、ツイン・ブラスターを連射して傷口の内部を破壊していく。しばらくすると、エクスキューターの動きは停止した。
「……や、やったあ!」
「ベル、ちょっと無謀すぎ」
「あ、あはは……」
「……」
無言で睨まれた。
「ごめん」
ミリーちゃんに叱られちゃったな……。
花状の部品をこじあけ外へ出たら、撃ち抜かれたエクスキューターの部品が散らばっていた。ショートした部品が断続的に青い光を放っている。
「なんだかプラネットイーターとはちょっと違うね」
「……うん。近くにいるのもわかんなかった。動きも単純だったし」
ミリーちゃんの言う通り、前に戦ったプラネットイーターはこちらの動きに対応してきていたけど、この機体の動きは単純だった。
それに、プラネットイーターは生物のような内部構造をしていたけど、この機体は全て人工物でできているように見える。触手もホースのようで、肉感がない。
「うーん……フロンティアデバイスにも種類があるのかも」
気になることは沢山あるけど、目標地点が近い……急いで戻らなきゃ。
「とにかくメイズさんたちと合流しよう」
「うん」
私はスラスターを全開にして、宇宙船が見えなくなった方角へ向かった。

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