「キリコさんー」
騎士団の執務室。机にぐだっと倒れこむ少女が一人。
その光景は、ドレアム騎士団の筆頭十二席の第一席とは思えない姿である。
そして部屋にはもう一人。
「ダメです」
キリコと呼ばれた女性は、ずれた眼鏡を直しながら小さくため息を吐く。
間髪入れずに、内容も聞かず、サー・ロータス…。リアの言葉を否定する。
まるで内容が分かっている。といった感じの返答だった。
「まだ何も言ってないじゃないですか…」
「内容は分かります。どうせ現場に出たいというのでしょう?」
リアは視線を逸らした。
図星であったのは言うまでもないが、かれこれ何十回もこの手のやり取りをしているのだ。
キリコは聞かずとも内容を察するほどになっていた。
「暇です」
「そこに書類があるでしょう?」
キリコは机の上に建造された書類タワーを指さした。
「……これは騎士の仕事じゃないですよ…」
一瞬絶句して、そのタワーを眺めるリア。
見なかったことにして再び視線を逸らす。
「騎士の仕事の一つですよ。貴方はドレアム騎士団日本支部の円卓の第一席なのですから」
「だからこそ、こう、ババーンと前線で戦えば士気も上がるし」
「一理あることは認めます。貴方が強いことも認めますよ」
「じゃあ…」
「だからこそ」
リアの言葉を遮るようにキリコは言葉を発する。
「力以外を示すためにも、執務を行ってもらいます」
説き伏せることができたと思ったリアは、再び机に顔を突っ伏した。
「それに前回、前線に出たでしょう?」
「同時多発夢現領域の……」
「そうです。特心対から感謝状も来たじゃないですか」
キリコは壁に掛けられた数多くの賞状の一つを指さした。
「手ごたえなかったし、あれは陽動に引っかかっただけじゃないですか……」
「えぇ、本命は取り逃してしまいましたね」
今まで表情をあまり変えなかったキリコも、流石にバツの悪そうな顔をする。
「『ゲームマスター』でしたか……。アイツが持つクオリアは危険ですね……」
「それについて続報は?」
リアの質問にキリコは机の上の書類を指さした。
少しめんどくさそうに、リアは書類に目を通す。
そこに書かれている事は、前回の夢現領域対処の各班の報告書。
そして、無名のダイバーたちの『ゲームマスター』との交戦記録。
さらには、それを追う特心対の提供情報。
必要な情報を読み取ると、リアは書類を机の上に放り投げた。
「こちらも動くべきかな……」
「特心対も手が足りてないようですしね。調査チームを組織しますか?」
「わたしが」
「あなたが動くのは禁止です。リア……、いい加減分かってくださいよ」
今日何度目か分からないが、リアは机に突っ伏した。
「……じゃあ、エクィをリーダーに、中級を数人つけてください」
「彼ですか……。まぁ適任でしょうね。的確な判断だと思いますよ」
キリコは端末を取り出して操作を始める。
「手配はしました。後は結果待ちですね」
「キリコさん早い」
「指令は予測していましたので。先にメンバーはピックアップしておきました」
少し自慢するように、メガネの位置を直すキリコ。
それを見て、尊敬と若干の苦笑をリアは彼女に送った。
「あ、忘れるところでした」
何かを思い出したようにキリコはハッとした表情を見せた。
「██島への強襲偵察。今年もやるみたいですよ」
「あんなに被害出たのに……。まだやってたんですね……」
「特心対から、今年も協力要請が来てます」
やっとの出番。といった話ではあったが、リアは浮かない顔を見せる。
乗り気ではない。という雰囲気を感じとれる。
「去年の被害は三十六人…」
重く暗い言葉をリアは発する。
「全員中級ダイバーでした。上級は命からがら」
リアは突っ伏している机から顔を上げて、姿勢を正す。
「この強襲偵察に意味があるとは……。私だって、あの魔獣には敵わないのですよ?」
「えぇ……。前回はダイバーたちを逃がすのがやっとでしたね……」
キリコは机に置かれた書類から、強襲偵察関係の書類をリアに渡した。
名立たる組織がこの任務に参加することが書かれている。
「誇りか……、命か……」
「傭兵どもも参加するようですね。彼らは金でしょうけど。特心対への返事はどうします?」
「……決断しないとですよね」
リアは立ち上がる。部屋の窓から見える空を見つめて瞳を閉じた。
「サー・ロータス。決断を」
その言葉に少女は、先ほどとは打って変わった表情を見せる。
凛々しく、しかし少し憂いのある表情で。
「参加すると。そう伝えてください」
キリコは深く頭を下げる。敬意を表しているようだった。
「サー・ロータスが命じます。早急に強襲偵察の為の部隊を組織し訓練を開始しなさい」
「御心のままに……」
キリコは部屋を後にする。
一人残されたリアは再び窓から空を見つめた。
平穏に見える世界。
空を流れる雲の速さは、決断のために早くなった、彼女の心臓の鼓動を映したかのようだった。
「酷いですよね……キリコさん……」
視線を自らの掌に移す。
「年下にこんな決断させるんですから……」
ぐっと拳を握り、小さく深呼吸をした。
「騎士の誇り……か」
リアは気持ちを落ち着かせたところで、椅子に座りなおす。
「暇って本当は……」
小さく独り言を呟いては、書類に目を通し始めた。
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