郷愁は黄昏色と共に

ページ名:Lonely bird

 

通説1:ダイバーは予知夢を見る事がある。

通説2:ダイバーが見る予知夢は、そのほとんどが夢界の出来事に関するものである。

 

 

「ゑ?」

彼女は日課のひなたぼっこに勤しんでいた。
そこは昼過ぎになると心地よい木洩れ日が当たる彼女のお気に入りの場所だ。砂浴びも水浴びもできるし、木の幹に寄り掛かって昼寝をする事もできる。

誰にも邪魔されない場所のはずだった。

「おねえちゃん、ずっとここにいるの?」

「うーん……?」

フクロウのように首を傾げる。
秘密の場所だったはずのところに、見慣れない子供が訪れた事が、彼女にとって不思議で仕方なかった。

「こ……」

「こ?」

「ここは、あたしのひみつの場所……」

"ここは自分の秘密の場所"。だから消えてもらう?違う。だけど逃げる?もっと違う。血を見る必要はないが、場所を譲るのも嫌な彼女は、幼女と共存する道を見出した。
これ以上難しい事考えたらヤバいって、彼女のインテリジェンスが悲鳴をあげる。

「一緒にひなたぼっこやる?」

「うん!」

幼女が笑顔で彼女の横に座り込む。

「おねえちゃんひとり?」

「ひとり」

「一緒!みーちゃんもひとり!」

「そう……」

幼女が自分の話を繰り広げているが、彼女の耳には一つとして入ってきていなかった。
なにしろ興味が全く無いからだ。早く砂浴びか水浴びがしたい事で思考は支配されていた。
今朝はお宝を探して自販機の前で這い蹲っていたら、変なおじさんに蹴っ飛ばされて水溜りに突っ込んだからだ。

おじさんには謝るまで頭突きした。

「おねえちゃん聞いてるー?」

「うんー……」

幼女の問い掛けに曖昧に答え虚空を見つめる。

「眠いのー?」

「んーん」

少し悩んだ後に、幼女が思いついたように言う。

「じゃあ、おままごとしない!?」

「おまままま?」

「おままごとだよー!」

「?、?」

彼女の理解を置き去りにしたまま、幼女がリュックサックからレジャーシートを取り出してきて地面に広げる。そしてその上にままごと用のお鍋やまな板、食べ物のおもちゃを広げる。

「みーちゃんお母さんでいい?」

「い、いいよー?」

この幼女が何を言っているのか、彼女が理解するには少し時間が掛かった。
はいはいはいはい。"おままごと"ね。と、やっと回線が接続されたように遅れて理解した。

「おねえちゃんは?」

「鳥」

「とり!?」

「え?」

「え?」

「とり」

「鳥……か」

未知との遭遇に狼狽える幼女をよそに、彼女は心の中で自身が鳥である事の最終確認を行っていた。
人間である可能性もちょっとだけある。が、おそらく鳥だろう。だって指も五本あるし、洋服だってちゃんと着てる。

「……………………ん?」

「じゃあ……おねえちゃんはお友達の鳥さんね」

ほらね、鳥だって。やっぱ鳥なんだよ自分は。と謎の自信に満ち溢れた。

「鳥さん鳥さん、お茶はいかがー?」

「ぴぃーょ」

彼女が小鳥のような口笛を吹くと、周囲の木々から鳥たちがおままごと会場に乱入してくる。
あっという間に彼女と幼女の周りには、多種多様な小鳥でいっぱいになった。

「わっわっわっ!」

「ぴぃ〜ょ」

驚く幼女を尻目に更に鳥の増援をよぶ。

「おねえちゃんがやったの?」

「うん」

「すごーい!」

「へへへ」

目を輝かせ自分を尊敬する幼女に、彼女も少し表情が綻ぶ。
鳥たちを交えたおままごとは幼女にとって忘れられない思い出となった。

楽しい時間は疾く過ぎ去り、真上にあった太陽ももはや沈みかけている。
もう薄暗くなった木々の下で黄昏に染まる空を仰ぐ二人と三十六羽。

「楽しかったー!」

「うん」

言葉に抑揚こそ無いものの、彼女にとって幼女と遊んだ時間は確かな楽しさを感じた。

「でも、わたしそろそろ帰らないと」

「かえる?」

幼女が胸から提げた鍵を手に取る。

「……ほんとは学校から帰ったら、家にいなきゃいけないんだよね」

「うん?」

鍵とそれとでどんな因果関係が?彼女は考えた。

なるほど所謂鍵っ子というやつか。

あたしも、昔はそうだった。そう、昔。

昔?

「家にいてもひとりなんだもん」

「ひとりは……」

「おねえちゃん?」

「独りは嫌だもんね」

考えるよりも先に出た言葉に彼女は驚く。
そんな事、思っ事もなかった。はず。

「うん……。おねえちゃんは?」

「あたし……?」

「うん。さみしくないの?」

さみしい。
「あたしは大丈夫」

「……そっか!」

そう言うと幼女は彼女のそばで元気よく立ち上がる。

「もし、お母さんがもう帰ってきてたら心配しちゃうから……もう行くね」

『風美』

おかあさん?

「ばいばい!おねえさん!」

「……ばいばい」

物憂げに幼女にひらひらと手を振る。

「ばいばーい!」

「……ばいばーい!」

彼女のその日一番の大声に、小鳥たちが驚いて一斉に飛び去る。
日が暮れかけた木陰にひとり残された彼女は、今日の出来事を忘れないうちに絵日記に書き記しておく。
心の隅で聞こえた、どこか懐かしい声の事は、書かずにおいた。
その事を思うと、なぜか胸が苦しくなるからだ。

 

その日の夜、彼女は夢を見た。美味しいごちそうを好きなだけ食べられる夢。
大好物のカレーライスとか、ハンバーグとか。それと……おかあさんのお味噌汁。

向かいの席で自分に笑いかけている人がきっとそうだ。おかあさん。
あたしが「美味しい」と言うと優しく頭を撫でてくれる、優しい人。

全部全部、懐かしい気がする。こんなのは、知らないはずなのに。

 

朝になって眼が覚めると、彼女は大粒の涙を流していた。
枕が濡れているのがわかるほどに。どんな夢を見たのかはほとんど覚えていない。

でも、思い出そうとすると胸がきゅっとなる。
嬉しいような、寂しいような。

もうすぐ短い針が九の位置にくる。巡回の時間だ。
彼女は郷愁に似た気持ちを一旦忘れ、今日も今日とて外に出かける準備を始める。

 

通説3: ダイバーは稀に、夢界の出来事以外に関する予知夢を見る事がある。

 

 

 

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