ある日の講釈

ページ名:ある日の講釈

やあ、どうも。今、時間あるかい?……そりゃあよかった。少し話があってねえ。この時間だとそうだな……。

礼拝堂は誰も居ないだろうから、そこにしよう。

ああ、いやそう畏まらないでくれ。名ばかりの代表ではあるが、信仰を同じくする者同士対等さ。

話ってのもちとばかり講釈が垂れたいだけだよ、見どころある子には手を出したくなる性分でね。

 


かつて、私達と夢の関係は大脳皮質の生理現象に過ぎないとされていた。だが、今は違う。

まずは基礎の話から、私達が認識する既知世界と夢界の繋がりと法則をおさらいしよう。

この二つは4次元的に重なり合い、ある座標を一つ取って切開したとしても必ず繋ぐことができる。3次元を認識する人類に具体的な構造は理解しがたいが……まあ、実際どこで悪夢が発生しても夢現領域が起こるのだから、これは確かだ。

 

そして繋がれた空間である夢現領域は夢界を主体とした物理法則に従う。この黒く燃える火なんかはその典型だな。

周りの熱量を吸い込んで勢いを増すその挙動は言うまでもなく、熱力学の第二法則に反している。けれど、今君にやって見せたようにそれは存在できている。これはダイバーがごく小規模とはいえ、夢現領域を展開できるからだね。

 

だが、そうこう言ってる間に穴は綴じられ、火は赤く変色してしまった。既知世界に黒い火は存在できないからだ。

夢現領域が解除された瞬間から正しい物理法則に事象が修正される、これを世界の修正力と言う。

これは今示したような、わかりやすい物理現象のみならず記録・記憶にも適用される。例えばさっきの火を道行く人に見せたなら、その瞬間には酷く困惑するだろうが、領域が閉じられた後には「どうしてただのライターの火に驚いていたのだろう?」と、困惑したことに困惑するだろうね。私達ダイバーの記憶が修正されないのは、夢界に置いた記憶をこちらへ持ってこれるからだ。常人はその限りでない。


次は生ける夢についてだ。君も一度は顔を合わせたことがあるだろう?人そっくりから、異形の怪物までピンキリのさ。

だが、あれは夢そのものではなく、どちらかと言えば端末に近い存在なんだ。

まず夢界に個人の精神や自我として広がる、意識ある領域……これは比喩を込めて自我の海と呼んでいるのだが、これが本来の意味での夢そのものだ。これは自らの想像する意思のままに姿を変えることができる。マイルームの内装を自由に変えられるみたいなものだね。そしてこの中に置くNPC、これを生ける夢と私達は認識しているんだよ。


ああ、そうだ。君は生ける夢のうちネイバーとモンスターがどうして、またどうやって区別されていると思う?…………

はは、なるほどなあ。確かに見た目と言うのは確かに分類には便利なものだが……モンスターみたいな異形のネイバーだって居るさ。私が知ってる中では創作神話の怪物のような奴が居たね。現実だとただの無顎類だが。

あれらは何から生まれたかでこの括りが決定する。大雑把にはモンスターは恐怖から、ネイバーは願いから発生する。そしてその悪夢は母体であるそれらの根源に従って活動する。これは前者は機械的であり後者は人間的である傾向が高い。

例えば。そうだな、類型として殺人鬼を取り上げてみよう。

モンスターは誰彼構わず目につく全てを殺傷する。「湖に近づくカップルのみを襲う」など、ある程度例外の条件付けがある個体もあるが、逆に言えばその条件にしか従わない、プログラミングに近い挙動をする。それは言語能力を有する個体であっても同じで、命乞いをしてもただ返事をしてくるだけで、その手は止めずに襲い掛かってくる。

対してネイバーだと、対象への明確な殺意と呼べるものがある。血の酩酊など快感を求めていたり、相手に激しい憎悪を持っていたりだとか、欲望や感情に相当する物が見られる(それは、多くの場合はホルダーの記憶や人格の写しだが、驚くべきことに全く異なるそれを捏造されたものも存在している。)だから命乞いに対しても嗜虐的な笑みを浮かべるだとか、何かしら反応を示すし影響もされる。

そういうわけで二つはそれぞれ取扱いも変わってくる。モンスターは条件付けに基づいた通りに誘導することで、その意図通りに動かせるが、それ以上のことは絶対にできない。ネイバーは臨機応変に動くが、一人格を尊重しなければ私達を裏切ることだって容易にあるわけだ。これが区別される理由になっている。


 

 

 

 

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