『世界の果てより』⑨

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絵画世界の最下層。蛆湧く農村の中心で、原住民たちによって怪しげな儀式が執り行われる。任務中の正常なダイバーであれば、妨害して然るべきである。事態が悪化してしまう前に芽を摘むのだ。

  • ロッカ「ぺぺっ、痛んでてあんまりおいしくないですね」

自前の糸で拘束した蠅人を捕食しながら、ロッカが織田にぼやく。

  • 織田「食レポしてんじゃねえよ」
  • ロッカ「食わず嫌いはよくないですからね」

この蠅人たちは"食用に不適格"と判断したロッカは、糸を巧みに操り蠅人たちを高い樹の枝に吊るし上げていく。

  • 織田「毒でも持ってたらどうすんだよ、っと!」

織田は蠅人たちを徒手空拳で圧倒する。間近の一匹の頭部を一撃のもとに消し飛ばし、返す刀で背後にいる個体を回し蹴りで刈り取ってゆく。そのすぐ横では、ロッカの子蜘蛛たちが蠅人たちを蝕んでいる。

  • ロッカ「それなら味でわかりますから、ご心配なく」
  • 織田「食い意地張ってんな……ホントに、よっ!」

織田は深く踏み込み、蠅人に渾身の蹴りを放つ。蹴り飛ばされた蠅人は、もう一匹を巻き込んで壁に激突する。武道における残身を行う織田の頭上を、糸に絡められた蠅人が通過していく。ぽたぽた、と垂れてくる体液か何かに集中を乱されつつも、彼はロッカの取りこぼしに格闘戦を仕掛け続けた。しかし、蠅人たちは仲間は斃されても構わず、なにものかに祈りを続けるのをやめない。その祈りに呼応したのか、彼らの直上、谷間の空に暗い穴が開く。そして穴から不透明な粘液が溢れ出て来たか思えば、溶けた肉塊のようなものが穴から全体の一端を見せる。グロテスクな肉塊は、そのままズルズル、と半ばまで穴から這い出ると、祈りを捧げる蠅人たちを手当たり次第に捕食していく。

ロッカと織田は、一旦距離を離して惨状を観察していた。おそらくは、この存在は蠅人たちの祈祷が実って召喚されたものなのだろう。肉塊は休む事なく、無抵抗の蠅人たちを食べ続け、やがて祈りを捧げる蠅人は一人もいなくなる。すると即座に空の穴は閉じてしまい、肉塊の半ばに食い込んでいき、やがて切断された半身が地面に落下する。肉塊は不並びな歯が並ぶ巨大な口かた、不愉快な泣き声を上げて、今度はロッカと織田に食欲の矛先を向けていた。とてつもない声量の泣き声が二人の鼓膜をビリビリ、と振動させる。

  • ロッカ「やかましいなぁもう!」
  • 織田「だぁくそっ!うるさくてかなわねぇ!」
  • ロッカ「それにそんだけ食べたら十分でしょうに! 」
  • 織田「さっさと倒して泣き止まさせるぞ!」

織田とロッカはそれぞれの戦いの構えをし、二人を捕食せんと迫る肉塊を迎え討った。闘牛のように最初の突進を躱したロッカは、肉塊を攫うように糸を投網し、掴んだのを確認すると壁に叩きつける。肉塊は網の中で暴れるが、織田は隙を見て素早い二連撃を放つ。攻撃を受けるたびに、肉塊の内部で擦れ合う骨肉が赤子の泣き声にも似た不気味な音を出す。

  • ロッカ「ダメージ入ってるかもわかりにくいですね、この見た目じゃあ……」
  • 織田「泣き声が聞こえなくなるまではやるっきゃねぇな!」

尚も肉塊の泣き声は谷底に響き渡り、腕に当たる突起を無差別に振り回す。鈍重な攻撃を躱す事は、織田にとっては容易い事であったが、振り回されて千切れた肉片が質量弾となって直撃し、彼に攻撃の手を止めさせる。

  • 織田「い……ってぇな、この野郎ッ!」

続く二撃目は前腕の絶妙な角度で外に弾き、反撃の突きを肉塊の表面に深く突き立てる。そこを中心に、肉塊の上部が大きく膨張を始めたかと思えば、退避する織田が腕を引き抜いた箇所から限界を迎え、破裂する。肉塊が地団駄を踏みながら噴き上げられた血が霧雨のように降り注ぐ。

  • ロッカ「うわっ!」
  • 織田「っと!」

ロッカと自分を覆うように包帯を伸ばす、即席のシェルターを生成する。そうしていると、いつのまにか泣き声は止み、肉塊は地面に染み込むように消滅する。しかし同時に微かに、笑う赤子のような音が聞こえたのだった。

  • ロッカ「……っと、あれれ」

血の雨に一瞬目を瞑って顔を背けたが、すぐに瞼を開いて確認する。

  • ロッカ「織田さん、珍しくナイス判断ですよ」
    「ちょっと感謝してます」
  • 織田「珍しくは余計だっての」

雨が終わったのを見計らい、シェルターを解除する。

  • 織田「……とりあえず脅威は去ったみてぇだな」
  • ロッカ「おそらくは」

肉塊の残した夢源か、あるいは絵画世界そのものの作用により、この場所で起きた物語の一節が、織田とロッカに流れ込んでいく。それは、元から知っていたように記憶に馴染み、理解する事ができた。

[絵画の物語]
枝人と蠅人は絵画世界の土壌たるクオリアに幾たびも異なる性質の想像力が加えられたことにより生じた。故に夢でも人でもない彼らの居場所は絵画の世界だけだった。そんな彼らの主なき祈りは絵画の屑底で眠る忌み子を呼び起こした。

[病めるローデスの落とし子]
絵画世界の底、誰も知らない深淵に幽閉されていたローデスの落とし子。敬愛する師を、ずっと待ち続けたローデスは心を病んだ。やがて外界から迷い込んだ夢に師を演じさせ、人形の身体を与え妻として迎え入れた。しかし産まれた子は悍ましい肉塊の姿であり、絵画の腐敗の先触れとして幽閉された。

織田「まったく、酷い目に遭った……」

袴についた汚れを払う。

  • ロッカ「まあでも、いろんな意味でここが底でしょう」
    「早く出て用事を済ませてしまいましょ」
  • 織田「そうだな。さっさと上に向かおう」

織田とロッカが移動を開始しようとすると、蠅の怪人のようになった枝人が定位置から話しかけてくる。

  • 枝人「強いんだな、あんたら」
  • ロッカ「あ、生きてた」
    「食われてなかったんですねぇ……」
  • 枝人「あれはわたしの神ではないからな」
    「あんたら、上に行って何するんだ?」」
  • ロッカ「人探しですよ」
  • 織田「そのなんだ、教父と教父を唆した奴だ」

織田の言葉を聞いた枝人が、わなわなと震える。

  • 枝人「どちらにも神罰が落ちればいい……」
    「教父なら礼拝堂だ。村のはずれの籠で上がれるぞ。旧礼拝堂の裏手にある」

枝人はそう言って村の突き当りにある古い建物を指さす。

  • 織田「旧礼拝堂の裏手か。情報ありがとな」
  • 枝人「達者でな……」

それだけ伝え、枝人はまた自分の世界に籠り、ぶつぶつと独り言を呟き始める。
織田とロッカは枝人と別れ、旧礼拝堂に向かった。

 

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