『世界の果てより』⑧

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  • ロッカ「あ”あ”!さむ”い”……!ずびっ」

目を醒ました瞬間に、自分が雪の中にいると瞬時に理解し、女性の上半身が生えた大蜘蛛が飛び出してくる。ロッカのダイバー体であるアラクネの姿だ。

ロッカ、織田、リオンの三人は、絵画世界へのダイブ後、着地点の不安定な櫓の崩壊に巻き込まれたのだった。雪に手を着けば、そのまま掌が沈んでゆく。どうやら新雪のように柔らかい雪がクッションとなり、滑落の衝撃を緩和したようだ。とはいえ周囲は流れてきた雪により、整地されたように平坦になってしまっている。

彼女は周囲をきょろきょろと見渡して織田を探した。

  • ロッカ「おーい!織田さん生きてますかー?死んじゃいましたかー?」

 

  • ロッカ「死んじゃったっぽいですねー、枝で墓標作ってあげないと」

そう言って枯れ枝を集めるロッカの、すぐ近くの雪から包帯をきつく巻いた腕が突き出てくる。

  • 織田「勝手に人を殺すんじゃねぇよ……っ!」
    「だぁくそっ!さみぃ……!!」
  • ロッカ「なぁーんだ、全然元気そうですねー」

小馬鹿にするような視線を織田に送ると、ロッカは次いでリオンを探し始める。

  • ロッカ「リオンさんも起きてますかー?」

滑落を警戒しつつ少し進むと、リオンが埋まっていたと思しき窪みと、そこから移動した痕跡があった。さらに二人の周囲には、雪原には不似合いな木の枝の破片が複数散乱している。

  • ロッカ「……はぁ」

溜め息を吐くロッカに織田も追い付き、状況を把握する。

  • 織田「勝手に一人で行きやがったなアイツ……」
  • ロッカ「探しびとがまた1人増えましたね」

ロッカは改めて、はぁ~。と大きな溜め息を吐く。

  • 織田「まぁアイツならほっといても勝手に帰ってきそうだがな……」
    「とにかくどっちを探すにしても周囲を探索してみねぇことには始まらねぇな」
  • ロッカ「まぁそうですね……」
    「といっても、あるのは雪とこのオブジェくらいですが……」

ロッカはそうぼやきながら、周囲に散らばる枝の一本を掴んで観察する。ばらばらになっているが、どうやら元は人の形をしていたようである。

  • ロッカ「夢界の住人ですかねぇ」

胴体に当たる部分を軽く振ってみると、銀のペンダントが引っ掛かっているのがわかった。ペンダントは質素な出来だが、世界樹の信仰を表すレリーフが彫刻されているのが見て取れる。

[枝木人]
自立稼働する人形あるいは原住民と思われる遺体。首から提げた雑な造りのペンダントには世界樹のレリーフが彫られている
  • ロッカ「ん、レリーフが掛かってますね、例の」
    「そういうお守りでしょうか?」
  • 織田「恐らくな」
    「それ以外は……なさそうだな」
    「ここに長居してても仕方ねぇな、アイツの足跡を追ってみるぞ」
  • ロッカ「ですね」

ロッカが頷いたのを確認し、織田はリオンの足跡を注意深く追ってゆく。

二人が足跡を辿ってゆくと、斜面の頂上に辿り着く。そこから先は緩やかな下りの傾斜になっており、その先には景色に似合わない礼拝堂らしい立派な建物が見える。しかし、こちらと礼拝堂の間は幅が広い深い谷になっており、対岸に向けて掛けられていたであろう吊り橋が無残にも半ばから分断されて垂れ下がっていた。

滑落に注意しつつ、ロッカは奈落を覗き込み、難しい顔をする。

  • ロッカ「これは飛ばしてどうこうは厳しそうですね?」
  • 織田「流石にこの幅は……無理だな」
    「迂回する道を探さねぇと」

織田が対岸の崖を見ると、垂れ下がっている吊り橋の板に懸命に掴まる者たちが見える。よくよく見れば彼らの身体は木の枝で構成されているが、よく観察し終える前に力尽きて全員奈落へ落ちていってしまった。

  • 織田「……橋が落ちた理由が分かったな」
  • ロッカ「あれが遺体ということも理解できましたね」

リオンの足跡は礼拝堂へ続く崖で途切れている。おそらくは吊り橋を利用したのだろうという事がわかる。彼女を追うには当然対岸に渡る必要があるのだが、吊り橋が喪失している現状、迂回路を模索する必要がある。

織田とロッカが周囲を探索すると、絶壁に沿って谷底へ降りられそうなルートを発見する。

  • 織田「こいつはまた面倒なことになりそうだな……」
  • ロッカ「ものすごい遠回りになりますねぇ……」

げんなりとしながらも、二人は仕方なく危険な崖沿いの道を下っていく事にした。丸太が敷かれた簡素な滑り止めや、縄製の手すりなど、朽ちてはいるもののかつては通路としての整備はされていたようだ。道中で身体が枝で出来た住人たち、枝人にも何度か遭遇したが、彼らは繊細な動作を苦手としているらしく、脚を滑らせて滑落していく個体もいた。織田とロッカは十分に警戒していたが、枝人たちは二人を襲ってくる気配はなく、ただ追い返そうという意思は感じた。

  • ロッカ「部外者というか不審者扱いはされてそうですね」
    「だからといってどうもしませんけれど」
  • 織田「今は気にしなくてもいいだろうが……油断は禁物だな」

そのまま暫く慎重に道を進んでいくと、織田は次第に息苦しさを感じ始める。

  • 織田「……なんか空気悪くねえか?」
  • ロッカ「私たち間のですか?」
  • 織田「違ぇよ!この場所のだ」

ふ、と笑った後ロッカは、鼻を鳴らしながら周囲を見渡してみる。

  • ロッカ「空気が淀んでいるようですね」
    織田「吸っちまって大丈夫なのかよ。ったく……」

崖の上から谷底を確認できない理由が此れであった。何層にも重なった淀んだ大気が谷底に深い闇を作り出しており、銀世界を照らす日光はここにはあまり届いてこない。そして漸く谷底に到着した二人は、空気が淀んでいる原因を目の当たりにした。

どうやらそこは村か何かであるようだった。水泡が止めどなく溢れ出る汚水の水溜まりが点在する荒れた中央道を中心に、腐って朽ち果てた家々が軒を連ねている。至る所から湧き出ている蛆もさることながら、村中に植え付けられた異様に巨大な蟲の卵が景色を致命的に不快なものにしているのだった。常人であればまず生活する事はできないだろうが、ここに暮らす体中に蟲の卵が植え付けられている枝人たちは、くわを振って農作業の真似事に精を出している。

そんな光景を、顔を顰めて見る織田に対し、ロッカは冷めた目で見渡している。

  • ロッカ「あらぁ」
    「私的には海ぶどうとさして変わらないですけど、織田さんはキツそうな」
  • 織田「俺の中の海ぶどうの認識が変わりそうだから止めろ」

渋々といった感じで一歩足を踏み入れると、ぐじゅっ、という不快な音と共に草鞋が沈む。

  • 織田「クソ、勘弁してくれ……」
  • ロッカ「包帯がびちょびちょになりそうですねえ」

二人が道を進んでいくと、道端に座り込んで何もしない枝人を見つける。ただ座っているだけならば別に気にする事はないのだが、彼の藪状の頭部はバランスボール大の卵に蝕まれ……とても重そうだった。事実、卵の重さに負けて項垂れている。

  • ロッカ「頭よりでかいですよあの海ぶどう」
  • 織田「だから海ぶどう言うな」
    「……まぁ確かに、他の奴と比べると異様だな」

ふむ、とロッカは少し冷めた目で織田を見る。

  • ロッカ「辛そうだしちょっと助けてあげます?」
  • 織田「助けるってお前……まぁとりあえず声を掛けたときの反応次第だな」
  • ロッカ「なんですかぁ。あなたが言いそうなことを言ったまでですのに」
    「"モグラ君の件"をお忘れで?」
  • 織田「あれは説得の余地があったからで……」

ロッカが織田に言及したのは、彼らの初協働の際に、織田が悪夢に対し説得を開始したときの事である。ダイバー界隈の通常任務でそのようなアプローチは珍しく、一種の人道主義者のような印象を持たれる。

ぶつくさ言いながら二人は特殊な枝人の傍に寄り、声を掛ける。

  • 織田「まぁいい。おい、そこのお前。何かあったのか?」

面倒臭そうに枝人は頭を上げ、瞳無き視線を織田に向けた。

  • 枝人「なにも。頭に蟲の卵が植え付けられていることを除けば。……あんた、まともな人かい?」
    「それとも、まともなフリをしている人かい?」
  • 織田(なんだその質問……)
    「少なくとも俺はまともだと思ってるよ。ここのまとも基準は分からんがな」

周囲の枝人たちを一顧しながらそう答えた。

  • 織田「そういうお前は」
  • 枝人「嘘だな。ここにまともな奴なんていやしない。わたしも、お前も」
    「……だが、そうだな。まともだというなら言えるはずだ。世界の神の名を。どうだ」
  • 織田「世界の神……?」

顎に手を当てて質問の答えを考えた。そして候補を絵画の作者である"オズ"と土地の信仰対象"ユグドラシル"に絞る。そして片方を切り捨て、有力な方を答えとした。

  • 織田「オズ……いや、ユグドラシルだな」

その言葉を聞いた枝人は、くくく、と卑屈に笑う。

  • 枝人「やはりな。お前とてそのらの木偶と同じよ」
    「木偶どもは神を敬うことを忘れ、もはや神の名すら忘れた。全てはあの教父めの仕業」
  • 織田(知らねぇもんは敬えねぇよ……)

枝人の態度に織田は内心舌打ちをする。

  • 織田「で、その教父はどんな奴で何をしたんだ?」
  • 枝人「神からまこと貴き使命を与えられておきながら、無知故に唆され他の神に傾倒した大馬鹿者よ」
  • ロッカ「同業者はなんで難しい言葉使いたがるんでしょうね」
    「要は背教者ということですか、これまたややこしそうな」
  • 織田「それでその教父のせいでアイツらも元の神を信仰するのを止めちまったと」
    「で、教父が傾倒した他の神って奴は何なんだ?」

織田の問い掛けに少し黙ったあと、枝人は続ける。

  • 枝人「世界樹よ。詳しくは知らんがな。……知りたくもない」
    「いずれにせよ教父による浄化は未だなされず、我らはゆっくりと腐り落ちるのを待つのみだ……」
    「ならばそんなもの、外の世界の連中と同じではないか……」
  • 織田「……ん?まて、外の世界の連中と同じだと?」
    「外界の奴らも腐り落ちるのを待ってるって言うのか?」
  • 枝人「外の世界は悠久の時をかけて腐ってゆく。私にはそのような地獄、耐えることはできない」
    「だからこそ、神は教父めに浄化を託したのだ。世界の浄化をな……」
    「げほっ!げほっ……」

枝人が激しく咳き込むと、頭部の卵の中で何かがもぞもぞと蠢いているのが膜越しに見える。それを見た織田は、枝人に悟られないように距離を取る。すると卵はやがて、みるみるうちに膨張していく。

  • 枝人「おおお……オズさまぁ!私は──」

枝人が言い切る前に、卵は破裂して内容液が壁に飛び散る。枝人の身体は破裂の衝撃で木っ端微塵になってしまった。羽化した卵からは1.5mほどの巨大な蠅が生まれ、それとほぼ同時に周囲の卵からも一回り小さい蠅人が羽化していく。織田とロッカがその光景にあっけにとられていると、蠅人たちは正方形に並び、天に祈りを捧げはじめた。

  • ロッカ「あら、あらあらら」
    織田「ほんっと、今日もついてねぇ……」
  • ロッカ「まぁそんなこともあります」
    「とりあえず変なことされる前にも片しましょう」

蠅たちの集団を一顧した織田は、深い溜め息を吐いて戦いの構えを取る。

織田「はぁ……そうだな」

 

 

 

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