三人は奇書院に到着すると、まず今回の拠点としている会議室で絵画鑑賞の認可を待つ事になった。絵画そのものも院内に保管されていると言う事なので、認可され次第そのまま誘導される手筈となっている。
特に会話もなく静かに待機していると、白い布を被ったような出で立ちのダイバー二名が入室してくる。
- 絵画守り「お待たせ致しました。無事承認と相成りました」
- リオン「結構かかったね。君たちが案内してくれるの?」
- 絵画守り「左様です。私たちは絵画守りと言います」
- ロッカ「かいがもり……。とにかく、ありがとうございます」
「さっそく案内をお願いできますか?」 - 絵画守り「承知致しました。こちらへおいでください」
絵画守りに案内され、三人は奇書院の所蔵品保管庫へ向かった。エレベーターと分厚い扉を経由した先には、様々な種類の物品が保管されていたが、ある一定の区切りから絵画のみが飾られた区画に入った。
絵画守りが立ち止まり振り返った場所には、状態が悪い風景画がアクリル板で封をされた状態で飾ってある。腐っているためか色は全体的に黒っぽく、もはやどのような風景を描いたものなのかは素人には判別が難しい。
- ロッカ「……随分風化してますね、年月を感じさせるというか」
- リオン「芸術ってのはわかんないな」
- 織田「一世紀以上前だと言っていたからな」
「むしろ修繕無しならよく保ってる方じゃないか?」
三人が完全に美術鑑賞に夢中になっていると、絵画守りのひとりが咳払いをしてから話し出す。
- 絵画守り「この絵画は特殊心理対策局の遠征に際し朧島で回収されたものです」
「既に公式の調査は終了しており、作者は現在のゼロメア株式会社に蝕する傭兵、オズだと判明しています」 - リオン「大昔に人が朧島に棄てた絵を、また人が持って帰ってきたんだ」
「なんだかな」 - ロッカ「そんなもんですよ」
「私も何回か殺されては埋められて、掘り出されるのを繰り返してますし」
そう言ってロッカはアクリル板の縁を指先でなぞる。
- ロッカ「まあでも君も同族だと思うと大変だよなあ、その気持ち少しわかるよ、と」
- リオン「ひっひ、どんなに頑張っても地球上の最大勢力は人類なんだから、要領よく取り入らないとねえ」
- ロッカ「ええほんと。慎ましく生きる私に相応しいでしょう、今の仕事は」
そう言ってリオンとロッカは不気味に笑い合う。織田はそれを聞いて彼女たちを見る。
- 織田「全員が全員捨てる人類ってわけじゃねぇけどな」
- ロッカ「ふふ、そうですね」
「でも、それ、私みたいな別の人に同じこと言っちゃだめですからね。約束ですよ」
そう言うロッカは織田をジロリと見た後、リオンに合わせて適当に笑う。一方で忠告された当の織田は、意図を理解できず不思議そうにロッカを見ていた。
- 織田「んぁ?俺なんかマズいこと言ったか?」
- ロッカ「いや、まあ気にしないでいいですよ。また次百さんとお話するとき楽しみにしてます」
ロッカはほっと息を吐いて絵画守りに向き直る。
- ロッカ「……さて、作者のオズさんの話ではこれに想像力を注ぐということでしたが」
「これもまた申請が必要なやつですよね」 - 絵画守り「申請というか……ええ、まあ」
「通ればですけど」 - 織田「まぁ仮に許可が取れたとしても今日はもう夕暮れだからな」
「準備もいるだろうし、実行するなら明日だ」 - ロッカ「まあですよね、とりあえず今日やれることはやったと思いますし」
「ロトちゃんの様子を確認してあとは支度に充てましょうか」
ロッカの言葉に数秒遅れて、リオンが視線を逸らしたまま返事をする。
- リオン「そうだね」
時刻は17時を回っていた。三人は保管庫を後にし、ノスの運転で特総医に向かった。
待合室でロトの状態の説明を受ける。だいたいの内容は日中に聞いたものと変わらない。状態は今のところは安定しているが、根本的な解決法は見つかっておらず、対症療法を行って苦しみを和らげているに過ぎない。
- 特総医「小康状態にあるとは言いましたが、依然として意識は戻りません」
- リオン「そうみたいだね」
リオンはテーブルをじっと見ながら、医師の言葉には適当な返事を返す。
- 特総医「それと……、こちらに目を通していただきたいのですが」
医師は言いづらそうに書類をリオンの前に提示する。すると彼女はそれを手に取り、興味無さげに文章を目で追う。
- 特総医「保険を差し引いたとしても、そのようになります」
- リオン「ふうん」
彼女が確認を終えたのを確認し、医師は明るい表情を作って続ける。
- 特総医「しかし、マザーから物資の無償提供の申し出が来ていまして」
「額面通りであればロトさんへの供給はしばらく安定します」 - リオン「……」
- 特総医「それと聖夢想教会からも援助の申し出が」
医師がそこまで言い掛けると、リオンは治療費の書類を彼に付き返してこれ見よがしに遮る。
- リオン「申し訳ないけど、断っておいてくれるかな。どっちもね」
- 特総医「え……」
- リオン「心配しなくても踏み倒したりしないよ。カネの心配はしなくていい」
「見切りも僕がつける。……それだけかな?」
リオンはそう言って席を立つと、医師を真っ直ぐに見つめる。
- リオン「じゃあ彼女をよろしく」
そうぶっきらぼうに言い放つと、勝手に待合室を出ていってしまう。
- ロッカ「……申し訳ありません。教会には後程私の方からもお詫びしておきます」
「そのほかの、もろもろについても本当に、すいません」
それだけを医師に言うと、ロッカもリオンを追いかけるように部屋を出ていく。呆気にとられる医師に織田は簡単な会釈を済ませ、ロッカたちを追って退室する。
帰りの車内には重苦しい空気が充満していた。ノスはどういう事かわからず、かといって尋ねられる雰囲気でもなく、運転席で小さくなるばかりだった。ロッカはノスに全員の降車地点を協会付近の閑散とした場所に指定した。
- ロッカ「あ、ここで降ります。今日は一日本当にありがとうございました、お疲れ様です」
「それでは」 - ノス「あ、はい……。では、お気をつけて」
ノスは三人が降車すると、運転席の窓から会釈をして走り去っていった。
ロッカはそれを確認すると、街頭に淡く照らされたベンチに腰掛け、リオンにも横に座るように提案する。
- ロッカ「で、リオンさん、ちょっとお話しましょうか」
「織田さんは嫌だったら近くのコンビニで少年誌立ち読みしててもいいですよ」
織田は二人をじろりと見返した。
- 織田「……いや、俺も同席させてもらうぞ」
「お前ら二人を放っておくと何が起きるか分からねぇからな」 - ロッカ「相変わらず酷い言い草ですね、もう助けてあげませんよ?」
そう言ってロッカは微かに笑う。リオンは二人の掛け合いを見ながら不機嫌そうな表情で、ベンチの指定された場所に腰掛ける。座ったそのときに表情はニュートラルに戻り、わざとらしく伸びをする。
- リオン「んー……疲れた」
「で、なに」 - ロッカ「色々ありますが、まあ第一はよくもまあ勝手に蹴ってくれましたね、支援」
「キャラバンはまああなたの縁の方だからまだいいですけど、教会に関してはあの子と私関係のものですよ」
「濁さず言うと不愉快です。あとで彼らの面子を埋め合わせることも考えなければなりませんしね」
怒りを露わにしたような内容だが、ロッカは落ち着いて、平坦に話すように努めている。
- リオン「何かと思えば……」
「僕は聖夢想教会ともよく取引するからね。君ごときが気に病むことではないよ」
リオンはロッカと同じように静かに答える。
- ロッカ「あなたの立場を慮っているわけではありませんよ」
「私が私の立場の為に憤慨しているんです。わかりませんか?」
怒り狂う寸前でロッカは、すうっと息を整える。
- ロッカ「……まあ、大事なところはそこではないんですけども」
「ええ、問題はどうしてそんな愚行を無分別に反射的に強行したかです」
「あなた、そこまで頭が悪いわけじゃないですよね」
「少なくとも、私達を這いつくばらせたあのときでさえ比べればまだ、幾らか思慮深かったと言えるのでは?」
ロトに物心がついたとき、手を差し伸べたのはロッカだった。ロッカと織田は、歪な分身としてロトを抹殺しに来たリオンと衝突し、彼女の圧倒的な力に辛酸を舐めさせられた。だが、リオンの気が変わり、今はこうしている。
- リオン「無分別でも反射的でもないよ。助け船が来ることは予測してた」
「分かった上でやっている、と言ったら。君は引き下がるの?」 - ロッカ「理由次第で引き下がるつもりですよ。まあ、実際問題支援を受けたら受けたでそのツケは回ってきますから、どちらも一長一短です」
リオンは背もたれから背を浮かし、ロッカを真っ直ぐに見つめる。
- リオン「何が言いたいの?」
- ロッカ「この際です。正直に言ってしまいましょう、ここまでの間ずっと、あなたがロトちゃんに執着する理由が一向に見えないのが不気味なんですよ」
ロッカは少し言い淀むが、そのまま話を続ける。
- ロッカ「派閥を関わらせず、自腹を切ってでも干渉させたくない。あなたがそれだけの価値を、利益を見出させているものは一体なんですか?」
リオンはロッカの言葉に歯を食いしばり怒りを滲ませる。
- リオン「そんなもの……、君に関係ないだろ。僕がそうしたいからそうするだけだ」
- ロッカ「それで納得できるわけないじゃないですか。明日は夢界に行くことになるでしょう。後ろから刺される可能性があるくらいなら、今ここで片を付けますよ、私は」
ロッカがそこまで言い掛けたところで、リオンはベンチから立ち上がって彼女の胸倉を掴み上げる。
- リオン「自惚れるなよ。お前がいなくたって僕は……」
「僕は……、僕がその気なら……とっくに君を殺してる。あの丘ででも」
手を出しているのはリオンの方であるにも関わらず、彼女の眉は下がっていき、口元はぶるぶると震えている。一方でロッカの瞳は真っ直ぐにリオンを捉えている。
- リオン「……僕が怖くてしかたないなら消えろ。二度と僕の問題に口を出すな。続けるなら━━」
「━━続けるなら。それなら少しは聞いてやる」
そう言って力無くリオンはロッカの胸倉を離す。
- ロッカ「殺されるのが怖いなら早々に逃げてますよ」
「いや、でも本当に驚きました。そういえば久しぶりに会ってあなたは私に"賢くなった"と言いましたっけ」
「今、私も随分あなたが人間臭くなったなあと思いましたよ。とても、とっても」
ロッカはそうして掌を見せて降参を表す。
- ロッカ「私は納得しました。私の執着のために、あなたの執着に付き合いますよ」
- リオン「……夢がそう簡単に変わるものかよ」
リオンは険しい表情でロッカを睨みつけると、背を向けて数歩進んで立ち止まる。そして拳を握りしめて肩を竦めぶるぶると震えたあと、肩で深呼吸をし振り返り、困ったような表情をして彼女に薄く微笑む。
- リオン「……甘いこと、言ってんじゃねえよ」
- ロッカ「いやはや、本当に、変わりました」
「ゴホン……あー、お話ってのはまあそれだけです」
「私も頭に血が上って言い過ぎてしまって、ごめんなさい」
「また明日から仲良く元気にやりましょうね?」
ロッカそう言ってベンチに腰掛けたまま柔らかな笑みで手を振る。
- リオン「ああ……ごめんねえ?また明日。織田くんもね」
「……織田くんはリタイアすんだっけ?」 - 織田「誰がリタイアするつったよ誰が」
織田は大きく溜息を吐く。
- 織田「ったく、いい感じに丸く収まったみてぇだけどよ……。こっちはヒヤヒヤもんだったんだぞ」
- ロッカ「うふふ。可愛かったですよ~~。私が胸倉掴まれた時の、どうしようって顔」
「優しい優しい素敵なおじさん、って感じでしたね?」
織田は額に手を当てて溜息を吐く。
- 織田「人が心配してやってるってのにそれはねぇだろ」
「あそこで本当に殴り合いになってたらどうするつもりだったんだお前は」 - リオン「僕が勝つよ」
- ロッカ「私が死ぬでしょうね」
「まあでも、それはないと思ってたので」
ロッカはそう言って乱れた襟元を正す。
- ロッカ「私は魂胆も知れましたし、賭けに勝ったというわけです」
- 織田「賭けのリスクが高すぎんだろ…まったく……」
織田は再び大きな溜め息をを吐く。
- 織田「まぁ何はともあれ無事にことが済んで良かったな」
「ロトを助ける前に仲間内で殺し合いだなんてまっぴら御免だぞ」 - リオン「……まあ、それじゃあね」
短い別れの言葉を残し、背中越しにひらひらと力なく手を振りながらリオンはその場から立ち去っていく。
それを見送り切ると、ロッカは織田に向き直る。
- ロッカ「ふふ、私はさっきので割と嫌いじゃないな、って思えたんですけど」
「リオンさんは間違いなく私のこと嫌いでしょうね」
ロッカは愉快そうに笑うと、わざとらしく気づいたように織田を見る。
- ロッカ「……あっ!大丈夫ですよ、嫉妬しなくても織田さんのこともパセリの次くらいには好きですからね!」
- 織田「誰が嫉妬…って、パセリに負けてんのかよ俺は」
- ロッカ「それでも人間の中では相当上位な方ですけどね」
- 織田「お前の中での人類、順位低すぎだろ……」
- ロッカ「それはまあ、さておきとして」
「いやあほんと、見ました?あのリオンさん」
「胸倉まで掴んじゃって怒ってましたよ」 - 織田「まぁ確かにアイツにしては珍しかったな」
「……というよりいつものニタニタ顔が印象深すぎるのもあるだろうが」 - ロッカ「可愛かったですよね~!」
「とってもロトちゃんが大事なんだ、ってすごく伝わってきました」
ロッカの言葉を織田はふっと鼻で笑う。
- 織田「大事にしてるんだったらもっと普段から大事そうにしてろって話なんだがな」
- ロッカ「きっとまだ目覚めたての感情で自分でもよくわかってないんですよ」
「せっかくの超越性だったのに、ずいぶんと人間性に毒されてる様子でした」
「まあそれ自体は、あんまり私も人のこと言えないんですけどね」 - 織田「人間社会に馴染もうとするならいいことだな」
「何も弱点のない完璧超人よりも少しぐらい人間味があった方が良いに決まってるだろうし」
そこまで言葉にすると、織田は鼻から溜め息を吐く。
- 織田「だがまぁ、あのリオンに人間性ねぇ」
「前の俺に聞かせたらぜってぇ信じねぇだろうな」 - ロッカ「私も右に同じです」
伸びをしながらロッカは今日の出来事を振り返った。
- ロッカ「はー、しかし疲れましたね。朝の時点ではただの護衛任務で終わるとばかり思ってたんですけど」
- 織田「まったくだ」
- ロッカ「時にロト担当官の織田さん?」
織田に詰め寄りながらそう言ってロッカは続ける。
- ロッカ「今日一日甲斐甲斐しくあなたの不手際の尻拭いに付き合って」
「また明日からも付き合ってくれる優しい優しいシスターとディナーにしませんか?」
「もちろんお会計は……」
織田は口をへの字の曲げて見ていたが、やはり溜め息を吐いて観念したように両手を肩の高さに上げる。
- 織田「……へいへい、連れてってやる。財布に優しくねぇシスターさんよ」
織田の言葉にロッカは邪悪な笑みを浮かべ、彼の腕を引っ張ってベンチから立たせた。体感では数日経ったような一日目の調査が漸く終わり、一息ついた二人はディナーの為に繁華街へ向けて歩き出す。
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