『世界の果てより』①

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『世界の果てより…』

四月も半ばの頃。
特定のダイバーたちに対し特心対から緊急の調査依頼が舞い込んだ。多種多様な派閥から集められたダイバーたちは、陰山市のとある海岸に集められた。傭兵と呼ばれるカテゴリーのダイバーが大多数を占める中、夢の使者と呼ばれる者たちも少数ながら姿を見せている。その中には、織田とロッカという二人のダイバーがいた。

  • ロッカ「……ふぅむ。なるほど」 
    「よくわかりませんね」 
  • 織田「悪夢にしては実体があるし、人間にしちゃあ部位が変だ、と」
    「……よくわからんな、こいつは」

緊急招集の原因は、海岸に漂着した謎の遺骸だった。既に到着した複数名の調査員が遺骸を調べている。ダイバーたちはそんな彼らの護衛の名目でここにいる。招集されるまでの調査で、この実体を持つ遺骸の正体は悪夢だということがわかった。しかし本来生ける夢などの夢現存在は実体を持たない。実体を持っていれば、それはもはや動物なのだ。夢現事象に精通する彼らからすれば、それは実に奇妙な事実だった。

ロッカが配布された資料を確認する。

【当該悪夢の特徴】
この悪夢には実体らしい遺骸がある。遺骸からは微々たる夢源を宿しており、極狭い範囲に夢現領域を展開している。体長は2.5mほどで脚部は奇蹄目に近いが、上体は人体に酷似している。遺骸はところどころ欠損しており、特に頭部は丸ごと喪失しているため、頭部の形状は不明である。
彼女はさらにページをめくる。
【当該悪夢の記録】
記録によれば朧島と呼ばれる離島で実体を持つ悪夢との戦闘記録がある。撃破には至らなかったが、その際に交戦した部隊が顎骨を戦利品として持ち帰っていた。骨は特殊心理対策局の重要金庫に保管されている。現在奇書院が調査チームを編成し関連性を調査している。

一通り確認し終えると、ロッカは資料を閉じて織田に向き直る。

  • ロッカ「まあ私達は護衛なんですから、一通り見物したら後は賢い人に任せましょう」
    「今回はどちらかといえば、ロトちゃんの講習がメインですし」

ロッカの言葉に織田は渋い顔をする。

  • 織田「それはそうなんだが…なぁんだか嫌な予感がするんだよなぁ……」

織田の心配をよそに、ロトが彼とロッカを見つけたようで、二人のもとへ駆け寄ってくる。

  • ロト「あっ!ロッカ!ぎんじろう!久しぶりだなあ!どれくらい経つ?」
  • ロッカ「大げさだよぉ、そんなには経ってなかったと思うよ?」
    「……2週間くらいだったかな、はっきり覚えてはないけど」

ロトの行動にロッカの表情が綻ぶ。対して織田は至っていつも通りに話す。

  • 織田「俺もだいたいそれぐらいだな」
    「まぁ、久し振りっちゃあ久し振りだな」

二人に再会した事が嬉しくて堪らないといった様子で、ロトは二人の手を引っ張る。

  • ロト「また会えて嬉しいよ!今度遊びにいこう!」 
  • ロッカ「いいよ、仕事が終わったらゆっくり行先を決めようね」

そう言うと彼女はロトの手をそれとなく離す。

  • ロッカ「だからまあ、とりあえず今はがんばってピシッとしとこう?」
  • ロト「あや。お仕事中だった……。でも呼ばれたはいいけどやることないの」

[腰部に提げた鞘に納刀されたナイフの柄に肘を置く]

  • 織田「まぁ護衛つっても対処する脅威がなきゃただの付き人でしかねぇからな」
    「仕事としちゃ何もねぇほうが楽なんだけどよ」
  • ロッカ「……んまー、どうしても退屈なら適当な数字の計算でも頭の中でしておけば多少マシになる、かな」
    「いつまでも現場に居るわけじゃないだろうから、直には終わると思いますけどね」

奇書院の研究員たちは記録を取り終えるとまばらに輸送車に撤収してゆく。実働部隊のダイバーたちも独自の無線周波数で動いているようで、区域から離れてゆく。
それらを見たロトは白い防護服に身を包んだ奇書院の研究員の袖を引っ張る。

  • ロト「終わり?」
  • 研究員「生ける夢……」

彼は怪訝そうな表情をロトに向けたあと、呆れるように溜め息を吐いて言葉を返す。

  • 研究員「ああ、一旦はな。とはいえ……遺骸を処理するためにまた戻るが」
  • ロト「なるほどー!ありがとうなっ」

彼女は研究員にお礼を言うとそのまま遺骸を観察しに向かった。

その様子を見送った研究員は再び溜め息を吐いてロッカたちに向き直る。

  • 研究員「あんたらの連れか?」

研究員の言葉を受けてロッカが織田を見る。

  • ロッカ「彼が保護担当です」
  • 織田「……まぁその通りだけどよ」
  • 研究員「ちゃんと見張っといてくれよ。資料を壊されちゃかなわん」
  • ロッカ「そうですね、すいません、不注意でした」

彼女は織田に先んじて頭を下げ、ロトを回収しに向かう。

  • ロッカ「ロトちゃーん、織田さん達と固まって行動するようにーって」
  • 織田(切り替えはえぇなコイツ…)

彼はロトを連れ戻すロッカを一顧したあと、研究員に向き直る。

  • 織田「あー…すみません。気を付け……ます」
  • ロッカ「……!」

織田が平謝りする横で彼女は酷く驚いた様子でロトを腕に抱いたまま硬直している。

  • ロッカ「いつから謝れるようになったんですか……?」

負けず嫌いの織田が謝罪の言葉を述べるのは彼女にとって驚くべき出来事だったようだ。

  • ロト「申し訳ないな~!」

彼女も満面の笑顔で研究員に謝罪する。

  • ロッカ「ロトちゃんも素直でえらいえらい」

自己への評価が不満そうな織田をよそに、彼女は手元のロトを猫可愛がりするように撫でる。

  • 織田「俺をなんだと思ってんだお前は」
  • ロッカ「逆に聞きますけど、任務での記録を見て何に期待すればいいんですか?」

彼女は織田が直近の任務で、情報提供者への態度が悪かった事を引き合いに出した。

  • ロッカ「いやまあ」
    「次百ちゃんでしたっけ?あの子の努力に頭が下がりますね」

それを言われると苦しい織田は言葉を詰まらせる。

  • 織田「それは……まぁ、そうだな……」
    「だがもうあいつの趣味の為に肉体改造されるのは御免だ……」
  • ロッカ「趣味?」

彼女は顎に手を当て首を傾げる。

  • 織田「……」
    「コスプレってやつだよ。衣装を着る為には減量だの筋トレだのが必要になんだ」
    「俺にコスチュームで遊ぶ趣味はねえが、そんときは次百に逆らえなくてな……」

そう言う彼の目は遠くを見ていた。そんな彼の話を聞くロッカの目もまた、過去に経験した自分自身の三百年前の飢餓と彼の過酷な減量を重ねて想いを馳せていた。

  • ロッカ「思ったより過酷でちょっと同情しますね……」
    「飢えはとても辛いものです。ええ、本当に」

感慨に耽っていると、ロッカはふと自分の傍にロトが居ない事に気が付く。きょろきょろと周囲を見回すと、ロトは二人の傍からいつの間にやら遺骸のすぐ傍に移動していた。ロッカはロトに向かって声を張り上げる。

  • ロッカ「あっ、こら!こっちこっち!」

ロッカの声は周囲の喧騒に掻き消され、ロトには届かない。それどころか、忙しなく動き回る人で視線すら遮られかねない状況だ。ロッカは人々の間を縫ってロトに近づく。ロトは遺骸に顔を近づけて何かをしているようだ。

ロトに近づきながらロッカは、再び大声で声を掛けた。

  • ロッカ「何か気になることがあるなら……」
    「とりあえず奇書院のおじさん捕まえてからがいいよ!」

その後を織田も追う。

  • 織田「おいおい、怒られるのはこっちなんだぞ……」

ロッカはロトが何をしているか分かる距離まで接近すると、偶然喧騒の切れ目が発生しロトの呟く言葉が聞こえた。

  • ロト「なんかある……」

制止する二人の声は好奇心に支配されるロトの耳には届かず。彼女はそのまま腐って脱落しかけた遺骸の骨格を動かして腐敗した筋繊維と汚らしい黒い粘液が癒着した金属らしき物質に触れ、それを無理矢理に引っ張った。やがて繊維が千切れて液状のものが噴き出す。

  • ロト「ぶわあっ!」

それを上半身にモロに浴びたロトは驚いてひっくり返ってしまった。

  • ロッカ「んもーー!」

大声を出しながらロッカはロトを掴んで力ずくで遺骸から引き離した。

それを見ていた織田は呆れた様子で軽く頭を抱える。

  • 織田「いわんこっちゃねぇな……」
  • ロッカ「はい、とりあえずばっちいからロトちゃんは私とシャワー室行くよ!」
    「で、織田さんはその間に頭下げに行っておいてください」
    「あとで慰めてあげますから」
  • 織田「へいへい、分かったよ……」

ロトが遺骸から噴き出た汚物を浴びた事は、当然ながら周囲の人々の注目を引いた。

呆れる者や心配する者など反応は様々だが、それらを掻き分けて一度は輸送車に戻っていった研究員たちがぞろぞろと遺骸のもとへやってくる。

  • 研究員「上手くニュアンスが伝わらなかったか?」
  • ロッカ(人員の経費をケチったツケですよ)

彼女は内心で毒を吐きながらロトを洗浄しに向かう。

織田を威圧する主任研究員の横に立つ研究員が、砂浜に落ちている金属片を拾い上げる。それは、ロトが遺骸から引き剥がし、汚物を浴びた際に手から滑り落ちたものだった。砂で軽く汚物を落とせば、それは特殊心理対策局に属する実働部隊の所属を表すバッジだった。それも通常のものではなく、朧島遠征記章である。言わずと知れた激戦区である朧島への遠征は大きな危険が伴う。そのため局は遠征に際してダイバーに特別な記章を贈呈するのだ。

  • 研究員「これは……おい!」

そのような限られたものが、遺骸から引き出された事に、研究員たちは興奮を隠しきれない様子だった。

謝罪の準備をしていた織田も、研究者の肩越しにバッジを確認し怪訝そうに呟いた。

  • 織田「……そいつは、実働部隊のマークじゃねぇか」
    「何でコイツが……」
  • 研究者「そうです。そしてこのバッジが、その悪夢が朧島で交戦した個体と同一である可能性の補強になる」
    「結果的にとはいえ、手柄だな」

彼は上半身がヘドロ混じりの粘液に覆われたロトを遠目に見て不敵な笑みを浮かべる。

一方でロッカは、上半身がヘドロ混じりの粘液に覆われたロトの直上まで蛇口からホースを伸ばしてくる。
ロッカ「はい、冷たいから気を付けてねーいくよー」
そう言いながらロトにばしゃばしゃと流水を掛ける。するとみるみるうちに粘液は落ちてゆくのだが、汚れが落ちてロトの地肌が見える頃にはロッカは異変に気が付く。

  • ロッカ「ん……うん?」

ロトの首筋から頬までの範囲に不規則な黒い斑紋が広がっていた。彼女自身も酷く息を荒くして視線は焦点が合わず、脱力してぐったりと動かない。

  • ロッカ「織田さーん!特総医の人が居たらちょっと呼んできてください!」
  • 織田「はぁ!?おい、今度は何だってんだよ……!」
  • ロッカ「ロトちゃん、しんどそうに見えるけど、今どんな状態?」
  • ロト「…………」

彼女は答えない。答えられないほど衰弱しているか、失神しているのだろう。

  • ロッカ「……まずいな」

ロトをベンチに寝かせてやり、額に手を当てる。

ロトの様子を見た織田は、調査に同行していたはずの医師探しを周囲に指示する。

  • 織田「おい!誰か特総医の奴を呼べ!今すぐにだ!」

一通りの指示を出したのち織田も二人の元へ駆け寄る。

  • ロッカ「低体温……。殆ど気休めだけど……」

そう呟いて海風を拭く用のタオルをタオルケット代わりにロトに掛けた。

  • ロッカ「低体温に正体不明の斑紋、多分、私には測れないですけど脈も弱いかと思います」
    「生ける夢に生理学的な機能はあまりないですから、代謝が低下したからって人みたいにすぐ死ぬわけではないですけど、それでも"人の死に近い"状態は相当まずいですよ」
    「この場にある物資だけでなんとかなると思えませんし、本部にも連絡を掛けてください、今すぐに」
  • 織田「十中八九さっきのヘドロが原因だろうな……
    「ったく、だから勝手に触るなって言われてたのによ……!」
  • ロッカ「言っても仕方ないです、手を動かして!」

ロッカが並行してスポーツドリンクを準備していると、三人の元に特総医のダイバーが到着した。

  • 研究者「なんだ?怪我人か?……またあんたらか」
    「どれ、見せてみろ」

医者をと呼ばれて出て来たのは、先ほどの研究員だった。彼はロトの傍らにしゃがみ込むとグローブを外し、掌を彼女の身体に当てる。するとみるみるうちに研究員の表情が強張ってゆく。

  • 研究員「こいつはまずいぞ」
  • ロッカ「とりあえず簡易ですが、観察した範囲のメモ置いときます」
    「……お願いします」

そう言って深く頭を下げ、ロッカは後ろに下がる。

  • 研究員「おそらくは夢現由来の毒物……」

彼はそう呟くと特総医のダイバーとしてのスキルを発動させる。

【野戦手術】

研究者の両手に半透明に光輝く幻の手術具が生成されると、寝かされたロトからその数十センチ上に幽体のように半透明のロトが浮き出る。研究員はその幽体に幻の手術具を潜らせて施術を行う。特総医がダイバーに戦場で施す緊急的な施術様式のひとつとして知られる。

しかし手練れの施術にも関わらず黒い斑紋は消えず、容態は一向に改善しなかった。

  • 研究者「既存の症例ではないということか……」

ロッカは何も言わずに施術を見守るが、状況に耐えかねた織田が口を開く。

  • 織田「……おい、そいつは治りそうなのか?」

そう言う織田の口にロッカが指を当てる。

  • ロッカ「邪魔になります、私もあなたもどうしても気にしてしまいますから、ここは一旦離れましょう」
    「必要になりましたら、すぐ状況説明などに戻りますから」
  • 織田「……分かったよ」

二人が離れる前に研究員は施術を中断する。

  • 研究員「この場では進行を遅延させるくらいしかできない。患者の夢源の備蓄が著しく低下している。とっとと特総医に搬送しなければ遠からず消滅するぞ」
  • ロッカ「わかりました。隔離対応ですか?」
  • 研究員「そうだ。今から隔離病室の用意をするように連絡するから離れていろ」

彼は二人に指示を出すと現場を他の人員に任せ、輸送車に向かい無線で連絡を取り始める。

ロトから離されたロッカが遺骸を一顧すると、実働部隊のダイバーがシートをかけているのが見えた。視線を外していると、既に防護服を着用したダイバーたちがロトを担架に乗せて輸送車に積み込み終えていた。

  • 研究員「特総医に向かう者以外は別の輸送車に乗れ!こちらはすぐに出るぞ!」

ロッカは輸送車に歩み寄り、織田の手を取り引っ張る。

  • ロッカ「行きますよ。早く」

その所作にはいくばくかの焦りが混じって見える。

  • 織田「言われなくても分かってるっての……!」

ロッカに続いて彼も輸送車に乗り込む。車内はロトと人員とが隔壁により隔離されていた。

輸送車は赤色灯を灯し、サイレンを響かせて一般車を道路端に退けさせながら特総医へと急行する。

 

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